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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.44 ■ 開戦






 巫浄霧絵は、予想だにしなかった敵の動きに苛立ちを顕にした。
 虚無の受胎が成功し、間もなく世界が虚無によって還るのだと胸に期待を膨らませていた。にも関わらず、虚無の反応がこの世界から消え去ったのだ。

 そんな異常な事態に困惑した霧絵であったが、その後の判断は早かった。
 虚無の境界の主要メンバーであり、かつて激突した経験もあるエヴァとファングを呼び出し、そして異界――『誰もいない街』の能力を有しているヒミコと合流したのだ。

 異界とはそもそも、能力者が『所有』している世界ではない。

 三千世界、もしくはパラレルワールドとも呼ばれるだろう。
 あまりに似通った世界が、まったく違った時間軸に形成されていたり、文化だけがチグハグになっていたりと、そういう世界を指す言葉だ。
 つまる所、シンとヒミコの能力、『誰もいない街』は、言うなれば三千世界への扉の様な能力である。

 そんな扉であっても、世界の指定は難しい。
 開く場所や、そこにある力などを指標に世界を繋ぐ事は困難であり、普段のヒミコであればシンの足取りを追う事など出来なかっただろう。
 それでもそれが可能だったのは、虚無の卵の存在が放つ圧倒的な力だ。ヒミコの能力は必然的にその力に吸い寄せられ、この世界への扉を開いた。



 ――かくして、霧絵らは武彦らとの対峙に至った。



「……悲願の達成を邪魔するなんて無粋な真似を、よくも……ッ!」

 冷徹さと妖艶さを兼ね備えた女性――霧絵は、怒りを孕んだ言葉が苦々しげに吐き出された。
 鬼気迫る表情、とでも言うべきだろう。これまでの霧絵らしからぬ反応だ。

「全てが自分の目標の、狙い通りにいかないと気に喰わない。そんなので癇癪を起こすなんて、幼稚園児以下よ。巫浄霧絵」

 対して冷静にそう指摘する百合。
 いつ攻撃を仕掛けられても、すぐに反応出来る様に身構えながら、霧絵を睨みつけた。

「調子に乗らない事ね、ユリ。ユーの相手は私よ」

 そんな百合へと声をかけたのは、エヴァだ。
 前回の雪辱といった所だろうか。

 その横に立っていたスノーがヘゲルを振り回し、そして先端をファングへと向けた。

「この前の続きです」
「……こちらも望む所だ」
《ハッ、図体デカい猫のおっさんなんざ、ワシの錆にしたるさかい、往生せいや!》

 ファングとスノーが睨み合う。

「だったら、俺の相手はそこの血色悪いガキか」
《油断なさるな、翔馬殿。一体どんな能力か判らないでござるよ》

 翔馬が睨みつけたのはヒミコだ。
 薄気味悪さを感じさせるような笑みを浮かべ、この状況を見つめている。

「なら、ユリカ。俺と一緒にあの親玉だな」
「面倒ね。あんなヤツ、アタシ一人で十分よ」
「あぁ見えても虚無の境界のボスだからな。油断出来る相手じゃねぇぞ」

 武彦とユリカが互いに声を掛け合う。

「武ちゃん、気をつけて」
「あぁ。こんな形で再会するとは思ってなかったが……、憂。お前も下がってろ」
「うん」

 憂と武彦が、互いに声をかけあう。
 ディテクターとIO2の開発責任者の憂。二人は旧知の仲だ。
 こんな状況でもなければ、積もる話もあっただろうが、そうも言ってはいられない。

「さぁ、開戦といきましょうか」

 ファングが飛び上がると同時に、スノーもヘゲルを用いて飛び上がり、散開する。
 エヴァと百合。ヒミコと翔馬も然りだ。
 そしてついに、その場には武彦とユリカが霧絵と共に残る。

 それぞれの個の力が大きい者達の戦いで、至近距離での戦闘は味方を巻き込む怖れがある為、それぞれに散開したのだ。これは虚無の境界も、武彦らもまた同じ考えであった。






「オオオォォォッ!」

 咆哮を上げ、スタートから本来の姿を取るように姿を変えたファングがスノーへと肉薄し、鋭い爪の生えた腕を大きく振りかぶり、スノーめがけて振り下ろす。
 しかしスノーもそれを読んでいたのだろう。たいして焦る事もなく身体を捻ってそれを避ける。その勢いのままにヘゲルを振り回す。
 遠心力の乗った強烈な速度。命を刈り取る一撃だが、しかしそれをファングも受けるつもりはない。
 後方へと飛び、一度距離を取る。

 パワータイプのファングに対し、スノーはスピードとテクニックでそれを補う。
 前回は2対1という状況で何とか引き分けに持ち込んだ相手ではあったが、今回は一人で勝つ必要があるのだ。

「ヘゲル。行く」
《おうよ!》

 小手調べをしている余裕も、時間もない。
 出来る限り早く片付け、味方のフォローに回れるのなら、それに越した事はないのだ。

 スノーの声を合図に、ヘゲルの刀身から冷気が溢れだし、地面に白い影を落としていく。冷気が触れた大地を瞬く間に氷で包み込んだ。
 直後、スノーがヘゲルを振り上げた。

 地面を走る冷気が、ファングの身体に向かってその牙を剥いた。

「フンッ!」

 地面に無造作に落ちていた巨大な瓦礫を、畳返しの要領で浮かび上げたファングがスノーの攻撃を無効化する。
 直後、振りかぶった腕でその瓦礫を殴りつけ、破片の礫がスノーに向かって襲いかかる。

 スノーもまたそれをあっさりと飛んで避けてみせると、ファングと睨み合う。

「以前よりも動きが鋭くなっているな、小娘」
「……訂正して下さい。小娘と言いますが、少なくともこの中で私は一番年長者です」
《せや! スノーは永遠の10代な見た目しとるけど、御年数百年のババア……ちょ、あかん、あかんでスノー! ワシはつるはしやない! 無言で地面に叩きつけるとか、存在意義の否定みたいな真似はあかん! アッー!》

 ヘゲルの存在意義が否定された瞬間であった。








「……何やってんのよ、あっちは……」

 遠巻きにヘゲルとスノーの漫才を見つめていた百合が呆れ気味に呟いた。

「余所見しているなんて、随分と余裕があるみたいね、ユリ」
「余裕、ね……。そんなモンあったら、もっと気分も楽なんだけど」

 エヴァに対し、百合が呆れた様に呟いた。

 正直に言えば、エヴァの戦闘能力はスノーのそれと同等だ。
 真正面から肉弾戦になれば百合に分が悪い。かと言って、遠距離過ぎると攻撃を避けられてしまう。

 つまり百合がエヴァに勝つには、奇策を用意するしかないという事になる。

 対するエヴァも、百合が一体何を企んでいるのかと考えると、油断は出来ずにいた。

 百合は知略策謀に長けた少女であり、その戦闘スタイルは場所や状況に臨機応変に合わせるだけの柔軟性を兼ね備えている。
 考える時間を与えれば不利になるなら、考えさせなければ良い。

 戦闘の開始に合わせ、すぐにでも百合に張り付き、そのまま押し切るのがベストだろうと考える。

 しかし、動けないのだ。
 百合が一体何を考えているのか、見当もつかない状態では、動くに動けない。

 故に睨み合いが続いていた。

「ねぇ、いつまでこうしているつもり?」
「……さぁ、どうかしら」
「ま、正しい判断だと思うわ。だって――」

 百合が右腕を目の前の空間に突き出した次の瞬間。
 エヴァは背中を走った確かな悪寒に、反射的に後方に飛び退いた。

 その瞬間、僅か数瞬前まで自分の頭があったその場所を、何かが飛来していった。

「――あら、勘が良いのね」

 クスっと笑みを浮かべて告げる百合を前に、エヴァは目を見開いていた。

 今目の前を通過したのは、確かに弾丸だった。
 しかし、発射音も何も聞こえなかったのだ。

 本来銃には消音器を取り付ける事も可能だ。
 しかしそれでも、その僅かな音はあくまでも音そのものが抑えられるに過ぎず、文字通りに音を消す効果には至らない。

 しかし今、エヴァの耳には何も聞こえてなどこなかった。
 感じた気配に応じて、身体を動かしたに過ぎないのだ。

「その勘も、いつまで保つかしらね」

 百合の笑みは冷たく、まさに冷徹なものであった。
 エヴァは確信する。
 百合の能力は、異能だけではない。その頭脳もまた能力であると。

 対する百合は確信する。
 音を聞いてからでも反応出来るだけの運動能力と防御性。
 ならば、音が聞こえない位置から攻撃してやれば良いだけの事だと。

 視界をまるで見えないゴーグルの様に仕掛け、ここに来るまでに瓦礫の山の上に仕掛けてきたいくつもの狙撃銃。
 これが、百合の手札だ。もちろん、ファングとの戦いの為に、対戦車用ミサイルなんてものまで用意しているあたり、もはや一人軍隊である。





 戦争の開戦だ。







to be counitnued...



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いつもご依頼有難うございます、白神怜司です。

今回は美香さんの出番はありませんでしたが、
百合達の開戦の模様のお届けです。

ちょっとスノーとヘゲルがギャグ展開という、
謎のオプションがつきましたけど…。

何はともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願い致します。

白神 怜司