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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.11 ■ お化け騒動―C






 ギギギギ、と鈍い音が鳴り響くエレベーターの中は一瞬暗転し、そして非常灯に照らされた。古いエレベーター特有の、豆電球の様な灯りの中で美香と武彦は沈黙していた。
 しかし沈黙の理由が大きく異なっている。

 美香はエレベーターの閉まる間際に見た子供の様な真っ黒な影が脳裏に焼き付いてしまった恐怖からの沈黙。
 対して、隣りに立っていた武彦は撤退を阻止された事に対する苛立ちと、完全に巻き込まれた現状に対する無言の抗議とでも言うべきだろう。

 ベクトルの違う沈黙を最初に破ったのは、やはり武彦であった。

「……はぁ。まぁこうなっちまったらおさらばとはいかねぇな……」
「……へ……?」

 武彦の口調は、やはり面倒臭さに染まった溜息と同様に、終始気怠さを前面に出したものであった。さすがに緊迫していた美香も、真横でそんな人間がいるとなれば、その緊張の糸もあっさりと緩んでしまうというものだ。

 これがいっぱしのホラー映画なら、明らかにキャスティングミスだろう。

「ど、どどど、どうするんですか……?」
「さぁてなぁ。少し待って動かねぇなら、よじ登るしかねぇだろ」
「な、なななな何でそんなに冷静なんですか……?」
「目の前に俺の分を足しても余りあるぐらいにビビッてる人間もいるしな」
「酷いですねッ!?」

 完全に恐怖感が払拭された美香であった。
 それを見て武彦は一段落ついたと言わんばかりに再び嘆息し、とりあえず非常連絡用のボタンを押して声を出した。

「もしもーし」

 ………………。

「ダメだな、出ない」
「焦りましょうよ!」

 マイペース過ぎる武彦に、思わず常識人の美香からはツッコミと批難が入り混じった声を上げる。

 とは言え、美香もまた武彦のこの行動のおかげで、徐々に平静を取り戻しつつあった。もしやそれが狙いだったのではないだろうかと思ってしまう辺り、美香もお人好しと言える部分はあるが、あながちそれは過大評価という訳ではない。

 ――騒がれても喧しい、という武彦の本音が大前提がある以上、完全肯定には程遠い理由がある事を美香が知る由もないのだから。

「よっと」

 最初に武彦が始めたのは、エレベーターの壁に張り付いている、さながらカーペットの様な生地の壁紙を剥がす事だ。

「く、草間さん……?」
「あー、やっぱりあったな」

 粘着テープなどで張り付けてはおらず、ただはめ込んであった壁紙はあっさりと剥がれ、そこには取手のついた壁が顕になった。
 およそ1メートル程度の高さにあるそれを武彦が外すと、四角い空間が広がった。

「これは……?」
「お亡くなりになった人やらをストレッチャーって呼ばれる手押しのワゴンに乗せるだろ。エレベーターで運ぶ時なんかはこういう所を開けてスペースが用意されてんだよ。
 まぁ最近の新しいエレベーターなんかじゃ広さが十分に確保されてるが、このぐらいの大きさのエレベーターにはよくあるもんだ」

 予想だにしていなかった豆知識を説明した武彦が取手を外し、床に立てる。

「これ抑えてくれ」
「え、あ、はい」

 武彦に言われるままに美香が両手で抑えると、武彦がそれに足をかけ、天井を叩き始める。
 電気のついている横の部分を強く叩くと、エレベーターの上へと続く通路が開いた。

「先に登って梯子下ろすからついてこい」
「は、はい」

 武彦がするりと自分の腕の力でそこを登り、エレベーターの上へと出た。
 非常灯が点々とついたその場所で、今度は横にあった避難用はしごのボックスから中へとちいさな梯子を落とす。
 これも古いエレベーターにはよくついていた物だが、武彦がこれの存在を知っていた理由は、こうしてエレベーターに閉じ込められた経験が3度もあるからである。

 主に、今回の様な場所で、だ。
 それでもエレベーターを懲りずに使う辺り、良い度胸をしていると言えるだろう。



 美香が上にあがり、先程の一つ下の階の扉を武彦がこじ開ける。
 無事に鉄の箱から出られた事に安堵する武彦と美香であったが、どうやらそうもいっていられないらしい。

 空はすっかり暗くなり、廊下の電気がチカチカと明滅を繰り返している。
 恐怖心を煽る演出は絶好調な様だ。

「……く、草間さん、これ、やっぱりマズいですよね……!? 怒ってるんですかね……!?」
「面倒かけられた分、こっちが怒りたいぐらいだがな」

 そう言うや否や、武彦がポケットから数枚の御札を取り出した。

「そ、それって?」
「こういう仕事がある時の為に用意してんだよ。とある変人科学者が作った代物だがな」
「変人、科学者……?」
「まぁ気にすんな。効果はバッチリ期待して良い。んじゃ、お化け退治といきますか」

 とあるロリ系科学者を思い浮かべつつ、武彦はさっさと歩き出す。
 何だかんだ言いながらも、巻き込まれてしまった以上このまま無事に逃げ出せるかは怪しい状況だ。いい加減腹を括った武彦であった。












「く、くく草間さん! いましたぁぁ!」
「バカ! そんなデカい声出したら奇襲もクソもねぇだろうが!」
「すいませんすいません!」
「おい、逃げろ!」
「わーーー! やだーー!」

 もはや緊迫感は何処かへお出掛けになられたかの様な、そんな光景が広がっていた。

 反撃に出た武彦――一応美香も一緒ではあるが数には入れそうもない――に対し、お化け騒動の張本人と思しき黒い人影が反撃に出る。

 せっかく見つけ、攻撃しようにも先程から恐怖に震える美香が転んだり、今の様に声をあげたりと、これで5度目にもなる撤退を余儀なくされていた。

「お前はどっちの味方なんだ!」
「だって、私普通の女の子ですし!」
「それにしたって慣れるだろーが!」
「ホラーはダメなんですううぅぅ!」

 後方からズル、ズルっと鈍い音を立てて恐怖を煽る幽霊何某に、もしも人並みの感情があったなら、きっと今頃「何なのこいつら」とでも呆れているだろう。

「ああいうのは能力者と組むってのがセオリーなんだがな……。よりによってこんな足手……いや、普通の女と対峙するなんて」
「あー! 今草間さん足手まといって言いそうになりましたよね!? 酷いですよ!」
「だぁぁぁっ! それ以外の何者でもねぇだろうが! 良いから引っ込め!」

 美香を押し退け、近寄ってくる霊に向かった御札を投げつける。

 某ロリ科学者曰く、対霊鬼兵用装備の一環であるそれは、確かに悪霊や怨霊といった物に対し、“祓魔”の力を持っているらしい。
 札に触れると同時にまるで煙の様に消えていくその姿を見て、武彦は追い打ちをかける。

「悪霊退散だ、コラァァ!」

 さらに出血大サービスの御札の乱舞に、ついに幽霊の姿は完全に消え去るのであった。

「なんか雰囲気台無しです……」
「おいお前が言うな。どう考えてもお前のせいだろうが」
「えぇぇ!? 何でですか!?」

 このやり取りが原因で、武彦の美香に対する態度が決定打になったと言えるだろう。






 何はともあれ、美香が武彦の仕事に随行する様になった初めての体験は、その実あっけない終わりを迎えたかに思われた。





 数日後。
 美香は再び現場に呼び出されていた。
 特に理由を説明されなかったが、「アフターケアに付き合え」と言われた美香は依頼者としてそれに応じる事にしたのであった。

 しばらく待っているとやってきたのは、武彦と彼の妹、零だ。

「こんにちは、美香さん」
「こんにちは。草間さん、どうして零ちゃんも連れて来たんです?」
「あぁ、まぁ見てろ。零、ここだ」
「はい。分かってます。こっちです、お兄さん」

 挨拶も程々に、零に連れられて二人は再び寮の中へと入って行った。

 エレベーターに乗る事に些か抵抗を感じていた美香を気遣い、階段で向かった先は3階。ちょうど美香がエレベーターの閉まる間際に人の姿に似た黒い影を見た所であった。

 淀みなく歩き続ける零の後ろをついて歩いて行くと、零が一番奥の壁の前で足を止めた。

「お兄さん」
「あぁ、許可は得てる」

 短い応答の後で、零は目の前の壁を、何処から取り出したのか真っ黒なハンマーで一撃、殴りつけた。
 ちなみにこれは、霊鬼兵の能力によって具現化された武器であるが、美香はそんな事まで知る由もない。

 殴りつけ、ぱらぱらと音と立てて崩れた先の壁が崩れ、そこには小さなダストシュートがあった。

「……これって……」
「寮としてここを使う為の改装中に、近くで子供が行方不明になったって事件があったらしい。部屋の中を覗くってのが、まるで何かを探している様で気になって調べたんだが、当たりだったな」
「当たり……?」
「はい。この中に、子供の遺体が入っていると思います」
「……ッ!」

 淡々とした口調で告げる零の横顔を見つめ、美香が言葉を呑み込んだ。
 武彦はその場でポケットから線香を取り出し、火を点けると、崩れた瓦礫でそれを挟んで立ち上げた。

「この寮は引き払う事になったらしいしな。ここに遺体があるだろう事はこっちから報告する。解体さえすりゃ、親御さんの元に帰れるだろうよ。それまでは、ここでもうちょっと待っててくれ」

 手を合わせるでもなく、語りかける武彦。
 その横で、いつもは笑みを浮かべているのが印象的な零も、この時ばかりは無表情でその中を見つめていた。

 美香は一人、悲しい気持ちで手を合わせていた。
 ずっとこの場所にいて、そのせいであんな事になってしまったのだと分かると、途端に切ない気持ちになってしまった。
 現金な性格だと思いながらも、それでも冥福を祈らずにはいられなかったのだ。




 こうして、本当の意味でこの事件は解決したのであった。





 この事件をきっかけに、美香はたまに武彦に呼ばれ、依頼解決に付き合わされる事になるなど、この時の美香には予想もしていなかった事だろう。







FIN





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ご依頼ありがとう御座います、白神怜司です。

今回でお化け騒動篇は終了となります。
ちょっとしたギャグテイストを入れようと思い、
こういう形で書かせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

ちなみに、ロリ系研究者と言えば、もちろん彼女です(

何はともあれ、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司