|
Episode.45 ■ 攻勢
「うおおおぉぉぉッ!?」
翔馬の情けない声が響き渡った。
笑顔を浮かべながら立ち尽くすだけに見えるヒミコを前に、ひたすらに接近しようとするが、足を動かさずに後方へと下がって行く。
その姿はまるで、タチの悪い幽霊そのものである。
追いかけ続けた翔馬が、気が付けば老朽化したビルに囲まれた路地へと入っていたのだが、それが突如として崩れ、翔馬を襲ったのだ。
「クソッ、あっぶねぇ!」
「ここは私の世界。私の思うまま」
《なんとも面妖な……! 翔馬殿、広い場所へ逃げるでござる!》
「分かってるっての!」
スサノオの助言に対し、翔馬が叫ぶ。
ヒミコに対して、地の利というものは存在しないらしい。
とは言え、後退したままでは他の味方に加勢される怖れもある。
近距離での戦闘にもつれ込むには、いささか分が悪い相手だと言えた。
「追いかけっこはおしまい?」
「このガキ……!」
「あはは、鬼さんこちらー」
決して可愛らしいとは思えない笑みを浮かべたヒミコが、翔馬を挑発する。
「チッ、スサノオ、あれをやるぞ」
《応ッ》
スサノオの剣が姿を変え、弓に変わる。
近距離に詰められないのであれば、遠距離から攻撃をすれば良い。
それだけの事だ。
しかし、その直後。
風すら吹いていなかったその場所に風が吹き荒れ始める。
「な……ッ!」
「言ったでしょ? ここは私の世界なの」
ヒミコが干渉し、風を巻き起こしているのだ。
瓦礫となって落ちていた石の礫が、風に乗って翔馬とスサノオに向かって降り注いだ。
「ちくしょ……ッ!」
悪態をつきつつ、翔馬が横に向かって飛ぶ。
次々と地面に突き刺さる瓦礫から身体を転がしながら避け、ようやく瓦礫を凌いだ。
とは言え、これではあまりに不利と言えるだろう。
遠距離では瓦礫を操られ、至近距離に近付こうにも気味の悪い動きで逃げられてしまう。
まさしく手詰まりと言えた。
「――まったく、私の世界、ですか。聞き捨てなりませんね」
思わずその声に視線を動かす翔馬とヒミコ。
その視線の先には、謎の協力者であるシンの姿があった。
「ここはそもそも、亜空と呼ばれる次元の狭間。この世界の権限を持つのは何も、アナタだけではないのですよ」
「な……ッ!」
「さて、お嬢さん。ここは一つ、干渉力の勝負といきますか?」
シンのその言葉と同時に、先程のヒミコと同じく周囲の瓦礫が礫となってヒミコへと降り注ぐ。
「ッ!」
ヒミコもまたそれに干渉したのだろうか。
瓦礫が空中で動きを止めた。
「さて、チャンスですよ?」
「――ッ! いくぞ、スサノオ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
真っ暗な闇に包まれる。
何も感じず、聞こえず、見えない。
暑さも寒さも、匂いもない。
ただただ、広大な闇が広がるその中に、美香の意識だけがポツンと存在している様な、そんな感覚が残っていた。
――記憶の奔流が、美香の脳裏を過る。
しかしながらそれは、虚無の侵食でしかない。
美香の記憶を読み取る様に、ただただ記憶が流れて行く。
(……何も感じない……)
漠然とした感情の波に身を委ね、美香は意識を垂れ流した。
便宜上の虚無から流れてくる感情は何もない。
喜怒哀楽の感情は感じる事が出来ず、ただただ自分の感情も希薄になっていく。
膨大な量の情報だけが頭の中に流れ込んで来る。
それは感覚として認知していると言うよりも、ただただそうであると理解させられるばかり。
真っ暗な闇の中に身体を委ねる。
ただそれだけが、美香の中にある現実であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
霊鬼兵という存在がそうであるかの様に、霧絵の攻撃は怨念を黒い何かに具現化する事で攻撃を仕掛けていく。
「邪魔を、邪魔をするなぁッ!」
黒い刃が一斉に、それこそ四方八方から縦横無尽に武彦へと肉薄する。
到底避けきれるレベルではないが、それでも武彦は銃を構えたまま腰を落とした。
武彦へと迫る黒い刃が、直後。
白銀の光と共に弾かれた。
「ヒステリックね。ちょっとばかり見ていて痛々しいわ」
目にも留まらぬ速さでそれを叩き落としたユリカが、淡々とそう告げる。
それを信じ、待っていたのだろう。
武彦が撃鉄を弾いた。
高速で回転する縦断が、霧絵に向かって襲いかかる。
しかし霧絵もまた微動だにせずにそれを怨念の刃で弾き飛ばすと、狂気に染まった気配を一層深めた。
直後、霧絵の身体から黒い煙が溢れ出る様に生まれていく。
「気味の悪い……!」
ユリカの愚痴とほぼ同じタイミングで、一斉に霧絵の身体からそれらが空へと伸びた。
空中で球体を作り上げると、先程よりも多い、数十もの黒い刃が、まるで剣山の様に広がり、ユリカと武彦に向かって肉薄する。
そのあまりの多さに、捌ききれる数ではないとユリカは判断し、武彦を抱いて移動を開始する。
直後、地面に次々に突き刺さったそれらは、まるで豆腐に突き刺さったかの様に抵抗もなく地面を抉っていく。
「ちょっと、アンタ。アレ何か知ってるの?」
「あぁ、怨念を操る能力だ。だが、あれだけの量を操れるなんて聞いた事もないがな……。あれじゃ、まるであの霧絵自身が怨霊の温床みたいなもんだ」
遠く離れた位置でユリカに問われ、武彦が嘆息混じりに答える。
スサノオを守り神として戦闘能力にする翔馬。
そして、怨霊を武器エネルギーとして変える霊鬼兵のエヴァや零。
彼ら彼女らには、その限界の質量が存在する。
そもそも、翔馬の場合はスサノオを利用しているのみであり、大きさには限度があると言えるし、エヴァや零の場合は、その周囲の怨霊を問答無用でエネルギー化するという条件がある。
エヴァや零はある意味、そこに怨霊がいればある程度は力も放出出来るのだが、霧絵の場合――むしろ、この場所でそんな力を使える霧絵は、まさに温床という言葉が相応しいだろう。
「どういう意味?」
「詳しい事は分からないが、アイツは多分、怨霊なんかのいる地獄やら冥府やらとこちらの世界を繋げられる、と考えるべきだろうな」
「……おぞましいったらありゃしないわね。でも、それならアタシが美香の中に入ったそれも不思議じゃないわ」
言うなれば、世界を繋ぐ力とでも言うべきだろうか。
もともと別の世界にいたユリカやシン。そういった存在に干渉出来るのであれば、霧絵の能力は十中八九それで間違いないだろう。
「まぁ、こっちだって色々とツテがあるんでな。戦い方がある」
武彦が手に持っていた銃のマガジンを引き抜くと、ポケットに入っていた他のマガジンを装填し、早速銃弾を放つ。
「――ッ!」
何も危惧せずにそれを怨念によって払おうとした霧絵であったが、着弾と同時にそれらが霧散し、まるで粉塵となるかの様に空気中に霧散していった。
「“聖弾”、だったか。昔あのロリっ娘研究者が作ってくれてた武器だ。ああいった怨霊なんかには効果が出るって聞いてたが、なるほどな」
「へぇ、これで攻撃は可能になったって訳ね」
「だが、あんまり数がない。残り11発って考えてくれ」
「問題ないわ。あの気味と趣味の悪い攻撃を弾いて、あの女の隙ぐらい作ってあげるわ」
ユリカと武彦の反撃が始まった。
一方、エヴァは対峙する百合に対して攻めあぐねていた。
百合の能力と戦況の手配能力は、正直見誤っていたと言うべきだろう。
一歩動く度に、まったく音もしない位置から銃弾が飛んで来るのだ、これでは自由に動く事など出来ない。
霊鬼兵とは言え、その身体の耐久力そのものは人間と同じレベルだ。
スナイパーライフルなどの狙撃銃に撃ち抜かれれば、あっさり身体を貫通されるだろう。
先程から致命傷は避けているが、それでも百合に対して接近しきれずにいる。
その上、百合自身も両手にハンドガンを構えているのだから厄介なものだ。
どこかに大量に武器を保管し、そこから球切れの度に武器を持ち替える。
銃弾を装填する隙もなく連打出来る攻撃など、卑怯としか言いようがないだろう。
――一瞬の思考から現実へと意識を戻し、エヴァは身体を捻る。
同時に、その身体をかすめた弾丸が真横を通り抜けた。
再びの遠距離射撃だ。
網目状に張り巡らされているのか、その攻撃はその都度止まる事がなくエヴァを狙う。
かと言って、遮蔽物などに出来るビルの中に入れば、その隙に味方を援護される可能性もある。
正直、戦いにくい相手である。
「――止まってるだけなんて、意味ないわよ」
百合の非情な一言に、エヴァが警戒し身構える。
しかし僅かに時間が空いても、攻撃は来ない。
このままではジリ貧になる。
そう判断したエヴァが百合へと攻撃をしようと動き出したその瞬間だった。
「が……ッ!」
「――油断したわね、エヴァ」
僅かな警戒と、時間差が生んだ油断が、エヴァの判断を鈍らせた。
エヴァの右足の太ももを、何かが貫いた。
「遠くから来る攻撃に警戒し過ぎたのが、アンタの敗因よ」
背後に自身を移動させた百合が、エヴァの右足を撃ち抜いたのだ。
その僅かな動きを、遠距離からの攻撃に集中してしまったエヴァは見逃していた。
to be countinued...
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
ご依頼有難うございます、白神怜司です。
さて、今回もまた戦いパートです。
攻勢になっている百合や武彦ら一行。
次話あたりで、美香さんの方に動きが出る予定です。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後とも宜しくお願いいたします。
白神 怜司
|
|
|