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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


2人の年越し






 商店街はイルミネーションに彩られ、すっかり町並みはクリスマスカラーから年末らしい独特な静けさに包まれつつある。

 大手のスーパーというものとは無縁な商店街の一角は、基本的には個人経営の店舗が立ち並んでいる。その為、12月も末頃を迎えてしまえば、人の姿はぱたっと止んでしまう。
 もちろん、商店街に住まう家々の往来はあるのだが、それでも買い物客で賑わういつもの姿に比べれば、些か閑散とした雰囲気に包まれるというものだ。

 今日が年内最終営業日という店は決して少なくなく、生鮮食品を扱う店では、夕方にもなると値札に赤いペンが走らされ、大幅な値下げ表示が次々に書き足されていく。
 年内の仕入れ分を売り捌いてしまいたい、という経営者側の意図が見え隠れしている。

 ――そんな、今年最後の営業日を迎えた店を横目に歩く金髪の少女は、手を握った少年に向かって声をかけた。


「陽、えぇな? 赤い文字で書かれたのを狙うんやで?」

「うん、大丈夫っ」


 金髪蒼眼の少女から日本語を紡がれるというのも些か違和感を覚えるが、そんな少女が告げる言葉は紛れもなく関西弁である。
 商店街から少し離れた場所に鍼灸院を構えた、外見は十代中盤程度の少女であるセレシュである。

 そんな彼女に手を引かれているのは、ひょんな事からセレシュに預けられる事になった甥っ子という設定を持った少年。
 人外と言うべきか、付喪神である陽である。

 鍼灸院も最後の営業日を迎え、年内最後の残りの二日間で大掃除や年越しなどのイベントを前に、今日で色々と買い溜めをする心算であった。
 すでに手には掃除用の道具などが袋に詰められており、これから生鮮食品の値下げ品を買い占めるつもりだ。


(……なんや、一年もあっちゅー間に過ぎてしもうたなぁ……)


 今年一年を振り返りながら、セレシュは目の前に広がる戦場を見据える。
 いざ、最後の買い出しである。








◆ ◆ ◆







 一年の締め括りに大掃除をする事になったセレシュと陽の戦いは、大晦日を迎える前日を全て使いきり、どうにか一段落を迎えた。
 窓も拭かれ、普段はあまり洗わないカーテンなども一気に洗濯するなど、相変わらず年末特有のバタバタである。

 大晦日を迎え、台所で色々な食材を前に腕を組んだセレシュが「うーん」と唸りながら眉を寄せる。


「セレシュお姉ちゃん、どうしたの?」

「あぁ、えっとな。おせち料理でも作ろうかと思うて」

「おせち料理?」

「せや。祝い肴、焼き肴、酢の物に煮物で作られる正月の定番やな。食材の名前や見た目をそれぞれに見立てて食べるんや」

「食べると良い事あるの?」

「どないやろうなぁ。ま、縁起もんやな」


 ふーん、と生返事をしながら、陽はセレシュが作っているおせち料理に視線を走らせた。
 作っている所に興味があるのだろう。
 そう判断したセレシュが、試しに手伝ってもらえるか尋ねると、案の定陽は快諾してみせると、手を洗ってセレシュの隣に並び立つ。

 ちょっと待つように告げたセレシュが尾頭付きの鯛をオーブンから取り出した。


「鯛?」

「まぁめでたいってこっちゃな。こっちじゃやらへんみたいやけど、関西じゃこれを「睨み鯛」言うんよ。三が日の間は箸をつけないから、お飾りみたいなもんやけどな」

「へー……」

「よっし、陽。昆布巻きのやり方教えたる」

「おー」











 すっかり夜の帳が空を覆い、町は静寂に包まれていく。
 大掃除に続き、おせち料理の制作にまで及んだこの数日間の慌ただしさも今ではすっかりと鳴りを潜め、すでに時刻は23時をまわっている。
 今年一年の終わりに、誰もが一年を振り返っては思いを馳せていた。

 年末の特番を見ながらゆったりとした時間を過ごしていたセレシュと陽だが、先程から陽が何やら忙しなく時計を見やる。
 除夜の鐘を待っているのだ。


「楽しみやな、陽」

「うん。でもセレシュお姉ちゃん。除夜の鐘の108回の鐘って、煩悩を消す為だっけ?」

「いくつか由来はあるんやけど、一般的にはそう言われとるなー」

「……? 他にも色々由来があるの?」

「せや。例えば、四苦八苦って言葉あるやろ? 四苦と八苦を掛け算すると、36と72。足して108の苦しみを消すって言うてる場合もあるし、一年を表す為に叩いてるって言うてる場合もあるし、これもおせち料理と似た様なもんやなぁ」

「なんか色々あるんだね」

「せやなぁ。日本は色々な国の文化が乱れとるから、何とも言い難いんよ。地方で風習もちゃうから、場所によっては200回も鐘を突く場所もあるんやって」

「200……? 疲れちゃうよね」

「一人でやっとったら重労働やなぁ」


 どうにもずれた感想を抱いた陽に苦い笑みを浮かべながらセレシュが告げると、ちょうど話題に上っていた除夜の鐘の音が響いてきた。
 陽がぴくりと身体を動かし、セレシュが頷いてそれに答えると、立ち上がって窓に駆け寄り、冷たい空気に包まれた外へと顔を出す。

 真っ白な息がふわっと空気中に舞い上がる中、セレシュも一緒になって顔を覗かせた。
 僅かな間があって、再び鐘の音が静寂の中に響き渡る。


「さて、年越しそばの用意でもしよかな。陽はここにおるん?」

「うん。もうちょっと聞いてる」


 どうやらしばしこの鐘の音を聞いていたいらしい。
 そんな陽の頭をくしゃりと撫でると、セレシュは再びキッチンに向かって歩き出した。








◆ ◆ ◆








 年越しを終えたその翌朝。
 赤を基調にした晴着に身を包み、長い髪を簪で留めたセレシュと、セレシュが用意した袴に身を包んだ陽の2人は初詣に繰り出していた。

 向かうは近くの少し大きな神社。
 電車を使う程は離れていないが、片道30分程をかけて歩いて向かう予定だ。

 門松や松飾りがあちこちに飾られ、それらが何かと尋ねる陽に、セレシュは逐一説明を繰り返す。

 かつての自分と同じ様に色々なものに疑問を持つ陽の姿を見ながら、思わずセレシュは過去の自分を思い返していた。


(……うちも昔は、こないな感じに色々聞いとったんやなぁ)


 親心とでも言うべきだろうか。
 なんとなくだがそんなものが理解出来る様な気がした。

 当時おっちゃんが時折見せていた、どこか懐かしそうに微笑む表情と自分の今のそれが同じである事に気がつくと、セレシュは小さく嘆息しながらも頬を緩ませる。


「ねぇ、セレシュお姉ちゃん」

「どないしたん?」

「初詣って、神社? お寺じゃないの?」

「せやで。もしかしたら、神社に住む神様に会えるかもしれへんなぁ」

「神社に住む神様……。僕、会ってみたい」

「今日やったらいるかもしれへんし、探してみよか」

「うんっ」


 神社に住まう神と付喪神では、そもそも神格というものが違う。
 それでも陽はどうやら興味を抱いたらしい。

 思えば、付喪神から人の姿を取った陽も、言うなれば神の一柱だと言えるだろう。
 しかし残念ながら、陽と同じ様な存在――つまり、人の姿を取った神はともかく、付喪神でさえセレシュは見たことがない。

 過去に手鏡から付喪神化した陽と同じ様な境遇の存在。
 セレシュのそれとは少しばかり異なるが、似た様な存在がいれば陽の良き理解者になれるのではないか。
 そんな考えがふとセレシュの脳裏に過る。

 言うなればセレシュは、陽の母親とも言える存在であるが、友にはなれない。
 友達のそれとは同義とは言い難いのだから。

 神社であればそんな存在とも会えるのではないだろうか。

 何となくだがそんな事を考えながら、セレシュもまた陽と足並みを揃えて神社へと向かって歩いて行くのであった。




 神社の境内は、年始特有の人混みが続いていた。
 晴着に身を通して初詣に訪れる者は決して多くはないみたいだが、それでもいない訳ではない。

 周囲の出店に僅かに気を取られながらも、陽はきょろきょろと周りを見回して同類の存在を探している様だ。
 とりあえずは初詣として参拝に向かう事になり、長蛇の列に並んだセレシュも、手を繋いでいる陽と同様に周囲を見回していた。


「……ッ、セレシュお姉ちゃん。あれ……」

「どないしたん?」


 隣に立っていた陽が、神社の社の上へと視線を向けたままセレシュの手を引っ張った。
 声をかけられたセレシュが上を見上げると、社の屋根の上に、和服に身を包んだ何者かの姿があった。

 狐の仮面を被った童子。
 距離がある為、年齢や背丈などは目測になってしまうが、恐らくは陽と同じく、小学生程度の背丈といった所だろうか。

 仮面越しの視線がセレシュと陽に突き刺さる。


 ――《いや、実に奇怪な組み合わせよの》


 突如脳内に直接響き渡る様な声に、セレシュと陽が大きく目をむいて互いに視線を交錯させる。
 どうやら突如響いて来た声は互いに聞こえた様だ。
 それを物語る互いの顔に、言葉を交わさずに2人が頷き合う。


《そう緊張せずとも良い。そもそも、何も手を出そうなどとは考えぬよ》


 からからと笑う様な軽い口ぶりで陽とセレシュの耳に届けられた声に、2人は困惑していた。こちらから声を出そうにも、周囲の目があるのだ。大声で話しかけるなど出来るはずもない。

 そんなセレシュの心情に気付いたのか、童子はゆっくりと手を振ると、その場からすぐに姿を消してしまった。
 しばらく呆然としていた2人だったが、列が動き出した事に気付くと我に返ったかの様に再び視線を交錯させた。


「……セレシュお姉ちゃん、今のって……」

「きっと陽と同じ存在、もしくは……」


 もしくはそれ以上に高位の神だろう。
 そう口に出そうかとも思ったが、セレシュはそれ以上を口にはしなかった。



 気が付けば列は消化され、2人のお参りの番が訪れていた。
 陽に手渡していた5円玉と、自分が持っていた5円玉を一斉に賽銭箱に投げ入れる。

 鈴を鳴らし、二礼二拍一礼に則って2人は参拝を終えて列の外へと離れた。


「セレシュお姉ちゃん、何をお願いしたの?」

「内緒や。陽は?」

「僕も内緒ー」


 お約束な言葉を交わすと、2人は笑みを浮かべて手を取り合う。


「セレシュお姉ちゃん」

「ん?」

「あけましておめでとう」

「ん、明けましておめでとう、やな」


 2人にとっての新たな年が始まろうとしていた。








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いつもご依頼ありがとう御座います、白神怜司です。
明けましておめでとうございます。

年越しネタ、という事で、一連の流れで描かせて頂きました。
お楽しみ頂ければ幸いです。

崩れ易い時期になりましたので、
お身体、ご自愛下さい。

それでは、本年も改めて宜しくお願い致します。


白神 怜司