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Mission.9 ■ 日本の文化
駅から少し離れた場所にある草間探偵所へと向かって車を運転していたエルアナが、同情しているフェイトに聞こえる様に呆れがちに溜息を漏らした。
「……相変わらず、日本っておかしな国ね」
「突然どうしたのさ?」
「文化が混ざり過ぎてて、何だか混乱するって言えば良いかしら……。だってほら、あれ」
信号待ちで停車中、突如日本を批判するように続けたエルアナが指差した先には、一件の喫茶店があった。
元日なので休業している様ではあるが、その店先には松飾りが飾られている。
その光景に、フェイトは苦笑を浮かべて頭を掻いた。
季節はすっかり冬。今日は1月1日――元旦だ。
LEDによって装飾が施されたクリスマスカラーはそのまま残っている。
それに加えて、門松や松飾りが存在しているのだ。
自分の時間に余裕などがあれば年越しに一年を振り返り、感慨深いものを噛み締めたりもしようものだが、今のフェイトにそんな余裕はない。
大掛かりな任務を前に、正月休みなど取れるはずもなく、行き交う人々は晴着を着ていたり、初詣に向かっている、という訳だ。
その光景は、和洋折衷とは到底言い難い。
日本という国は、明治の開国宣言――ペリー来航以来、海外の文化にすっかりと影響されてしまっている節があるが、今の日本の風景は正しくそれである。
例えば、クリスマス。
これはキリストが由来している祝祭日であり、言うなればX〈エックス〉デーというやつでもあるのだが、ローマ帝国時代の名残であり、イギリスとアメリカの文化に近い。
そして日本と言えばおせち料理なのだが、これはそもそも中国の文化であるし、仏教もまたインドから伝わったものであるが、日本人の根底観念には強く根付いている。
にも関わらず、初詣に向かう者達は神社に向かうのだ。
エルアナが抱いた違和感の理由を説明されたフェイトは、そう言われて初めてその現実に気付いた気さえしていた。
日本人の当たり前としてそれを享受してきたフェイトと、文化的・学術的に捉えるエルアナの視点とでは、どうやら受け止め方が違うらしい。
「――まぁ、着物に関しては私も着てみたいな、とは思うけど」
「着物? エルアナも着物に興味があるの?」
「それはそうよ。一度は着てみたいわ」
締め括った言葉に食いついたフェイトが、エルアナの着物姿を思い浮かべる。
スタイルが良く、足の長いエルアナ。
総じて着物というのは足の長さがあまり出ないが、スタイルの良い外国人がそれを着ている姿は意外と絵になる事が多い。
落ち着いた青系統の着物に、簪で留めた長いブロンドヘア。
――確かに似合っていない事はないだろう。
そんな事を思いながら想像――もとい、妄想を膨らませていたフェイトに、エルアナがしたり顔で口を開いた。
「もしかしてフェイト、今想像してたのかしら?」
「え……、な、何言ってんのさ! べ、別に想像なんて……!」
「フフ、着るのは構わないけど、恥ずかしいから2人きりの時にしてね?」
「……からかってる……! 絶対からかってるだろ、エルアナ……!」
顔を赤くして一生懸命に抵抗するフェイトの姿に、エルアナはクスクスと笑みを浮かべるだけでそれ以上は何も言おうとはしなかった。
「それにしても初詣、かぁ。そういえば日本を出てからは行ってなかったなぁ」
「ふーん……。ねぇ、フェイト。せっかくのデートなんだし、寄って行かない?」
「デ、デートって……。草間さんの所に行く口実じゃ――」
「――無粋なこと言わないの。さぁ、行くわよ」
◆
結局、エルアナの提案に抗う事も出来ずにフェイトは少し大きな神社へとやってきた。
黒服の2人が車から降りて行く姿は初詣らしさとはかけ離れ、その上外国人であるエルアナに自然と視線が注がれているが、当の本人は一切構う様子もない。
出店を興味深そうに見つめながら長蛇の列に並んだエルアナは、フェイトの肩にしなだれかかりながらフェイトをからかい始めた。
「ちょ、ちょっとエルアナ。くっつき過ぎだって」
「並ぶのってあまり慣れてないの。それよりフェイト。デート中なんだから、エルって読んで。エナでも良いけど」
「な、何言ってんだよ……!」
「私も今日からは、その……。ユータ、って呼ぶ、から……。ね?」
クスクスと笑っているのは間違いないのだが、フェイトに対してそんな事を言い出すエルアナの姿に、不覚にもフェイトの胸が高鳴った。
そもそも名前を知っている事に違和感を覚えても良いものだが、凛や百合らが勇太と読んでいる以上、今更知られていても驚く程の事ではない。
対するエルアナにとって、今日のデートというのは一種の勝負に合図である。
新年を迎えたタイミングという、あまりにも出来過ぎたタイミングだ。これは一種のお膳立てとすら言えるだろう。
エルアナもまた、今回の日本での事件を機に、フェイトとの距離を詰めようと考えているのである。
アメリカにいた頃は、勇太は任務の都合から自分以外の女性との関わりはほぼ皆無であったと言えるだろう。
休日はあったものの、お互いに休日が一緒になってしまうのがパートナーであり、余談ではあるが異性のパートナーというのは恋愛模様に発展しやすい傾向がある。
もちろんそれは、お互いに時間を共有し、痒い所に手が届く存在であったり、吊り橋効果的なものなども起因しているものの、決して珍しい訳ではない。
その為、あまり焦って距離を詰めようとはしてこなかったつもりだが、日本に帰って来てからはそんな悠長な事は言っていられそうにないのだと判断を覆したのである。
女っ気がないフェイトだと言うのに、日本に帰って来た途端に女性の影が見え隠れしているのだ。
エージェントである凛や百合が勇太の事を想っている事など、あっさりと見抜く事が出来た。
(リン、ユリ。今の所はあの2人が要チェックよね……。それに、名前が出て来たメンバーの中にはまだ女の気配があるし……。鈍感とは言え、いつまでも同僚の枠のままで収まっている訳にはいかないわ……)
エルアナが密かにそんな事を考えている事など、当然フェイトが知るはずもない。
――それどころか、勇太は明後日の方向に解釈を広げていた。
(……そっか。エージェントネームで呼び合ってたら、どこで聞かれてるかも分からないよな。日本での外国人は目立つし、そういう点では名前で呼んでもらった方が良いもんな……。
エルアナの場合は本名みたいだけど、俺は目の色がなければそのまま日本人な訳だし、その方が周囲には溶け込める。
……なるほどな。つまりこれは、一種の撹乱の為なのか……!)
「分かったよ、エル。俺の事はユータで良い」
「……ッ、そ、そう……? 良かったわ……」
(ど、どういうこと……? 名前で呼ばれるなんてやり過ぎたかなって思ったけど……、まさかあっさり承諾するなんて思ってもいなかったわ……。
で、でも、これってもしかして、フェイト――じゃない、ユータなりに少しは意識してくれた、のかしら……)
(さすがエルアナだな。アメリカじゃいつも通りだったけど、フランスのエージェントが怪しい今、日本の中じゃ警戒して呼び合おうって事だったんだな。それに密着してれば、ちょっと目立つけど捜査に動いてるって思われないよな!
大丈夫だ。それぐらい、俺だってこの4年間アメリカで鍛えて理解してきたんだから。任せてくれ)
明後日の解釈を深める2人の、盛大な勘違いは今ここに始まったと言えるだろう。
普段の冷静なエルアナであれば、フェイトの解釈のズレにも気付けたかもしれないが、こうして自分から一歩を踏み出した恥ずかしさというものもあり、冷静な判断が下せずにいたのが不幸の始まりと言えるのであった。
――そんな2人を見つめている謎の人影が人混みの中から姿を消した。
「……標的、発見しました。予想通り、アメリカのエージェントであるエルアナと行動を共にしています」
《……予想通り。ターゲットの状況は?》
「はい。女性の方がターゲットにしなだれかかりながら、何かを喋っていましたが、生憎英語だったので読唇には失敗しました」
《……チッ、さすがはアメリカのエージェント。そうそう簡単には尻尾を掴ませないつもりか……》
人混みから外れた、神社の敷地内にある森の中、人の気配がないその場所で、イヤホンマイクに耳を当てながらその者は小さく嘆息する。
(……予想通り、と言えば予想通りでしたね。さすがは工藤勇太……。細かく話を聞こうと近寄ろうとした途端に、突然真剣味を帯びたあの表情……。
あれは恐らく、こちらに気付いていた……)
何やら談笑している様子だったはずが、突然表情が引き締まったあの瞬間を、その者はしっかりと見ていた。
そうなるだろう事は予想していたと言えるだろう。
何せ――。
《――ッ? 萌! 聞いてるの!?》
「あ、すみません、百合さん。どうしました?」
《引き続き監視を頼むわね。今から凛と一緒にそっちに行くから》
「……了解」
――そう、彼女は茂枝 萌。
IO2のNINJAであり、現在は高校生の少女。
そして、勇太を狙う第3の刺客とも呼べる存在であったのだから。
(……さすが、です。工藤勇太)
4年の間に実力不足を必死に埋めてきたつもりであった萌だが、フェイトはそれを上回っていたのだと萌は実感し、その驚きに愕然としながらも、かえって評価を高くする。
――フェイトがエルアナの意図を盛大に斜めに解釈していた為に起こった勘違いが、図らずも萌の好感度に影響している事など、フェイトは気付きもしないだろう。
to be countinued...
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