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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Mission.10 ■ 牽制する女性たち






「ね、ねぇユータ」

「ん?」

「……ユータってもしかしてだけど、気付いてるの?」


 初詣に参列した人々に紛れながら、二人は英語で会話をしていた。
 少しばかり顔を赤らめて尋ねたエルアナ。
 その質問は恥ずかしさから主語が抜けているが、もちろんエルアナや周りの女性がフェイトに気持ちを寄せている事について、だ。

 密着し、人混みの中でたった二人が英語で話している状況。
 この状況ならば、踏み込んでも逃げられないのではないかと判断したエルアナが、ついに核心に触れようと試みた。


「……そりゃあ、あれだけのサインを送られたら気付くよ。俺だって、4年間もアメリカにいて、エルアナと一緒にいたんだからさ」


 フェイトの答えにエルアナの心臓がトクン、と高鳴った。


(――そりゃ、どんな任務だってこなしてきたんだ。エルアナの実力は信頼してるし、俺だって気付くよ。それにしてもエルアナ、顔赤いな。あぁ、そっか。並ぶの慣れてないから疲れてるのかな)

(……気付いて、いたの……? た、確かに私はサインを送って――と言うかアプローチは続けてたけど。けれど、今までそんな素振りなんて一度も見せなかったのに……?)


 盛大な勘違いに拍車がかかっている事など、二人は一切気付いていない。


「……い、いつから気付いてたの?」

「ば、バカにすんなよ、エル。最初からに決まってんだろ」

(さ、最初って……いつーーー!?
 ま、まさかパートナーが決まったあの日から? いやいやいや、それはない。それはないわ。
 そもそも私が気にし始めたのは、組んで少し経ってからだもの! アプローチを始めたのは2年目ぐらいからだったはずだし……って、まさか気にし始めた頃から知ってた、とか……!?
 そ、そうよ、そうだったわ。確かユータ、人の心に入り込んで中を読もうと思えば読めるって……。でもあれは、普段は絶対使わないって言ってたし……!)

(……あ、あぶねぇぇぇ……! 危うくエルアナにバカにされる所だった。作戦に気付かないなんてまだまだ甘い、って怒られる所だった……。
 ダメだな、俺も。やっぱり草間さんに会うまでに、ここはしっかりしておかなきゃな……。よし、気合入れておこうっ)


 ――エルアナが混乱する横で、フェイトの表情が真剣味を帯びる。


(ゆ、ユータの表情が真剣にーーーっ!?
 え、これって、まさか、ここで言われちゃうの? これが神社のご利益!? ジャパニーズ神秘か何かっ!?)


 もはや早鐘を打つ心臓の鼓動は止まらず、エルアナは目が回りそうな心境でフェイトを見つめていた。

 これまで何度もアプローチを続けてきたが、それはあくまでも自分が主導権を握っていられるからこそ落ち着いていられたのだ。
 そもそもエルアナは、男性経験に関しては乏しいと言える。

 見た目の美しさと聡明さが、怜悧な性格が。
 周囲の男のプライドを逆撫でし、敬遠されてしまう才女。
 飛び級で学んだせいで、恋愛云々に進む事が出来なかった青春時代。

 一言で言うならば、彼女はその思考能力と持ち前の胆力のみでどうにか大人の女を演じていたのだ。
 ここで真剣に受け止められてしまったのは彼女の計算外の展開であり、かなりのパニックを引き起こしていると言えた。


「……エル」

「へ……? ひゃぁっ」


 フェイトの手がエルアナの頬を撫でた。


(……顔熱いな。並んでるの辛そうだし、一度人混みから出ないと……!)

(こ、これって、まさか、キ、キスとかされちゃうのかしら……っ!)

「エル、ちょっと人のいない所へ行こう」

「ふぇ!? ひ、人のいない所……!?」


 フェイトがエルアナの腕を引っ張り、人混みの中を進み始めた。








◆ ◆ ◆








「――――ッ! しまった、罠です!」

《何ですって!?》


 萌はこの状況に歯噛みする。

 先程から何かを話し、少しでも近付いて会話の内容を聞こうとしたその瞬間に表情に真剣味を帯びたフェイト。
 それは正に、自分が近付いたその瞬間に気取られた事を萌は痛感した。

 そして一度離れて様子を見ていると、今度は頬に触れたフェイト。
 これはマズい、止めなくては。
 そう思いながら動き出した瞬間、フェイトがエルアナの手を引いて、人混みから離れていくのだ。

 それは明らかに、自分が状況を見ている事に気取られ、そして釣り出された瞬間だと萌は悟った。


「ク……ッ、さすがは工藤勇太です……。すみません、百合さん。気取られ、釣り出されました……。人のいない所へと逃げて接触を待つつもりの様です……ッ!」


 4年間の修行の成果を見せてやろうと思いながら、今日という日を迎えた萌であったが、結果は惨敗だ。
 それどころか、磨きに磨いた隠密行動をあっさりと見破られてしまうなど、まさに格の違いを見せつけられてしまった様なものである。


《……4年間の成果は伊達じゃないって事ね。良いわ、萌。プランDに変更するわ。アナタもこっちに来て着替えなさい》

《萌さん、着付けしてあげるわ。戻っていらっしゃい》

「ッ、すみません。まさか強行突入のプランDに移らざるを得ないなんて……。ではプランDに変更し、一度戦線を離脱します……。
 凛さん、着付けお願いします」


 悔しげな表情を浮かべつつも、それでいてどこか晴れやかな表情を浮かべて、萌はフェイトとエルアナが去っていく姿を見送る。
 彼女達もまだ、それが盛大な勘違いの一環である事に気付く事はなかった。








◆ ◆ ◆








 神社の境内へと外れて行ったフェイトと、それに手を引かれていたエルアナ。
 さすがに林の近くに向かっただけあり、周囲に人の気配はない。


「ふぅ、ここなら良いだろ……」

「こ、ここここ、ここなら……?」


 もはや鶏か何かの勢いでエルアナが小刻みに肩を震わせる。

 ――二人は知らない。
 その場所の、すぐ傍の木を背に隠れている一人の少女の存在を。


(……まさかとは思ったけれど、日本に戻っていたなんて……。しかも私の存在に気付いてここまで来るとは、さすがね……)

「ユ、ゆ、ユータ……?」

「ん、あぁ、ここなら人がいないからな。隠すつもりはないけど、こういう場所の方が都合は良いだろ?」

「っ!?」

(こ、ここで!? やっぱりここでっ!?)

(……なるほどね。出て来い、とそういう意味ね。わざわざ英語で話しているなんて、周囲を気にしているみたいね。という事は、やっぱり連れているあの女はIO2の関係者かしら。
 まさか、私の事情を配慮してわざわざここに来るとは思ってもみなかったけど)


 もしもこの状況を理解している者がいれば、誰もがフェイトにツッコミを入れるだろう。
 紛らわしい言い方をするな、と。

 閑話休題。

 もはや隠れる意味はないと思ったのか、その言葉に釣られて茂みからその少女が姿を現した。
 フェイトと、目を閉じて戦闘態勢に入っていたエルアナがそちらへと振り返る。


「さすがはオリジナルね。私の存在に気付いて、わざわざ声をかけに来るなんて」

「……ッ、エヴァ……!?」

「え、え……?」


 状況を飲み込めていないフェイトとエルアナの前に姿を現したのは、かつて虚無の境界に所属していた少女。
 当時は十代半ば程の容姿であったが、今はまだあどけなさも残るものの、大人らしくなっているエヴァだ。

 長い金髪を手で払い、エヴァは続けた。


「憂から聞いていたのかしら? 私が今、ユリと同じ様に身体の組織構成を変えてIO2のエージェントして活動していたのを」

「……は? 何それ――――」

「――ゆ・う・た……?」


 続いてかけられた声に、フェイトとエルアナが慌てて振り返る。

 そこに立っていたのは、晴れ着姿の3人である。

 青を基調にした、大人らしさを感じさせる晴れ着の凛。
 赤く、深い色合いで嫌味のない晴れ着を身に纏った百合。
 そして、今年は大人らしく、淡いピンク色の着物を着て、かつてに比べて大人らしくなった萌の姿である。


「……な、何で皆が――」

「――さすがでした、工藤勇太……いえ、フェイト特級エージェント。まさかあんな容易に気配を探られるとは思いませんでした……。感服です」

「は? いや、というか――」

「――勇太、初詣なんて久しぶりよねー?」

「凛さん凛さーん、顔。顔が。というか、何かなー。その黒い狐みたいなの、何かなー……!」

「エヴァ、アンタもここにいたの?」

「えぇ。ユリが何か面白そうな事してたから」

「ちょっと……。任務は?」

「今日はオフでしょ?」


 百合とエヴァの掛け合いを見て、フェイトが唖然としながらも声をかける。


「え、ちょっと、エヴァと百合って……」

「あぁ、私達パートナーよ」

「は……?」

「ユリ、どうやらオリジナル……ではなく、ユウタは気付いていたみたいです」

「へぇ。さすがね、勇太。萌も気取られちゃうし、エヴァ、アンタもバレたみたいだし」

「え、ちょっと、何言ってんの……?」

『ユータ……、まさかブロンドに耐性があるのかと思ったら、あんな若い金髪の子まで……』

『ちょ、どうしたんだよ、エル……』


 女三人寄れば姦しいとは言うが、五人にもなればちょっとした混沌が生まれる。
 予想外の全員集合を前に、フェイトは何かを察知し、そろりと後方へと下がろうと試みる、が。


「ちょっと勇太。何処へ行くつもり?」

「あーーっ! 百合さん!」


 勇太の腕を抱き寄せて、百合が声をかける。
 同時に反論した萌を他所に、凛が逆の腕をしっかりと抱き寄せた。


「初詣、一緒に行きましょうか」

「凛さんも!? じゃ、じゃあ私はやっぱり前から……」

『……ユータ、アナタって……』

『ちょ、ちょっと待て、エル! これはいつものじゃれ合いと言うか……!』


 そうこう言っている内に、萌がフェイトの前へと立って服の裾をつまむ。
 実に控えめな反応である。

 エヴァがニヤリと笑って便乗する中、凛はくるっとエルアナへと視線を向けて、笑みを浮かべた。
 その挑発を、エルアナはしっかりと受け取り、フェイトに後ろからそっと近寄っていく。


「さぁ、勇太。並びましょう」

「え”、って言うか歩きにくいって言うか……!」


 無理やりに連れられて行くフェイトを囲むように進んだ女性陣が、あの5年前と同じく列へと並んでいく。
 密着して触れる感触は5年前より強く、何より意識させられる要素が強くなった女性達。



 戦いの火蓋が切って落とされた。


「あ、勇太……。あんまり動くと……ッ」

「だ、だったらせめて身体の向きぐらい変えてくれよ、凛……」

「勇太……っ、その、手が……!」

「百合ならいっそ飛べるだろ!」

「……香水? 大人になったのね、オリジナル」

「堂々と匂い嗅ぐなし!」

『ねぇ、ユータ……。さっきの続きを……』

『続きって!?』

「……工藤勇太。何かが――」

「――萌! お前もか!?」






 混沌とした初詣は、こうして終わりを迎えるのであった。







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