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<東京怪談ノベル(シングル)>


再び起こった魔法本の災難!

 学校から帰って来た響・カスミ(NPCA026)はマンションに入ってすぐ、郵便受けの扉を開いて中を見た。A5版サイズの郵便物が入っていたが、宛名が『響・カスミ様方 イアル・ミラール(7523)様』になっているのを見て、首を傾げる。
「連名ってことは、私達二人に贈られてきた物と考えた方が良いのかしら?」
 ブツブツと呟きながら部屋に入るが、同居しているイアルはまだ帰っていなかった。
「ん〜、二人で何かを頼んだ覚えはないけれど、一応中身を確認しておきましょうか」
 郵便物は裏に返して見ても、送り主の名前も住所も書かれていない。
「この形と分厚さから予想すると、中身は本だと思うんだけど……。あっ、当たったわ!」
 茶色の紙袋の中から出てきたのは、青の表紙に金色の文字と模様が描かれており、中は羊皮紙が使われた一冊の本だ。
「……何だかどこかで見たことがあるような本ね」
 デジャヴを感じながら本を開いた瞬間、カスミの体は光に包まれ、本の中に吸収されてしまった。


「んっ……。アレ? 私、どうしたのかしら? ……ああ、そうだったわ。私は女戦士で、悪いドラゴンにさらわれたお姫様を助けに、ドラゴンが住む城に乗り込んだのよ!」
 本の中でカスミは露出が激しい赤の鎧を身にまとい、手に剣を持っている。
 カスミの記憶は本に描かれた女戦士と同調しており、何の迷いもなく城の奥へと進んだ。
「ああっ、何てこと! 姫様が水晶の像になっているわ!」
 カスミはホールにたどり着くと、真ん中に一人の少女の水晶の像が飾ってあるのを眼にする。
 カスミの叫びを聞いて、更に奥から巨大なドラゴンが出て来た。
「おのれっ、ドラゴン! 姫様を元に戻しなさい!」
 剣を構えながらカスミは向かって行ったが、ドラゴンは白い息を大きく吐き出して彼女にかける。
「うっぷ! なっ何なの、この息……」
 カスミは堪らず立ち止まり、両手で息をかき分けた。しかし自分の体が徐々に水晶になっていくのを見て、恐怖に顔を歪める。
「きっきゃああっ! まさかあのドラゴンの息は、触れたモノを水晶にしてしまう効果があったの? だから姫様も水晶に……って、人ごとじゃないわ! たっ助けて、イアル! イアル、イアルぅーーっ!」
 泣き叫ぶカスミだが、水晶になっていくのは止められず。誰かに助けを求めるように両手を伸ばし、グチャグチャになった表情で水晶の像になってしまった。



「カスミ、ただいま〜。アンティークショップ・レンから、私宛てに本が届いていなかったかしら?」
 玄関にカスミの靴があることから先に帰宅したことを知ったイアルは、声をかけながらリビングルームに入るもカスミの姿はない。
「おかしいわね。靴はあるんだから、いるはずなんだけど……ん? 何かとても見覚えがある本が……」
 リビングルームのテーブルの上に、開かれた一冊の本が置いてある。
 顔をしかめたイアルが見ると、ページには黒いインクで水晶の像になったカスミが描かれてあった。
「『こうして女戦士・カスミはドラゴンのクリスタル・ブレスに触れて、水晶の像になってしまいました』……って、ええっ!?」
 イアルは本に書かれた内容を読んで、卒倒しかける。
 この本は魔力を持つ者が触れると、体ごと本の中に入り、物語の登場人物となってストーリーを体験できる――という魔法本だった。
 本来なら魔力を持たないカスミが触れても何も起きないはずだったが、前に一度、カスミはこういった魔法本に関わってしまっている。そのせいで偶然にもこの本と波長が合い、中に入ってしまったらしい。
「郵便物の宛名が、私とカスミの連名になっていたのね。だから開けちゃったか」
 封筒を見て、イアルは深いため息を吐く。
「本当は私がこの本に入って、悪いドラゴンを倒してお姫様を救出するはずだったのに……」
 アンティークショップ・レンの店主から、依頼されたのは数日前のことだ。
 この魔法本は外から入って来た者が勇者となり、悪役のドラゴンを倒してお姫様を助けださなければ、本にかけられた魔法は解かれないという品物だった。ハッピーエンドを迎えなければ強制的に現実世界に戻り、本は消える。再び外の世界の者を引っ張り込む為に、行方不明になるのだ。
「本の中は異次元になっているから、現実世界に戻ってきた時には体に影響はないけれど……。でもカスミが私に助けを求めているし、このままじゃいけないわよね」
 どうやら本との波長が合いすぎたカスミは、現実世界に戻れなくなったようだった。
 深く息を吐きつつ、イアルは魔力を発しながら本に触れる。


「う……ん。私は……ああ、そうだわ。私はドラゴンにさらわれて、城に連れてこられたとある国の姫。ドラゴンにかけられた呪いのせいで、太陽が昇っている間は水晶の像になるけれど、月が昇れば人間に戻れる……。人間に戻っている間は、ドラゴンが作った女の子達の水晶の像を磨いているんだったわ……」
 青いドレスを着たイアルはぼんやりしながら、水に濡らした布で女の子の像を拭いていく。
 しかし突然ドラゴンがホールにやって来て、一緒についてくるよう顎で示す。
 掃除道具を持ったままイアルはドラゴンについていくと、草木が生い茂った裏庭で一体の水晶の像が放置されているのを発見した。
 ドラゴンは五十年以上もほったらかしにしてきたこの像を、洗っておくようにイアルに言うと再び城の中に戻る。
「何でこの像だけ、ここにあったのかしら? 草や枝が絡まっているし、雨風にさらされて汚いし、コケも生えているわ」
 悪戦苦闘しながらもイアルは像を綺麗にしていくが、途中で像の顔を見て、驚いて後ろに下がった。
「もしかして……カスミ、なの? 城の中にはいないと思っていたら、こんな所にいたのね! ああ、何てひどい姿に……」
 そこでふと、イアルの眼にカスミの剣が映る。カスミの手から剣が少し離れており、二つは完全にはつながっていない。
「……上手くやれば、カスミを傷付けずに剣を取り出せるかも」
 イアルは近くに落ちていた太い木の棒を手に持つと、そのままカスミと剣の間に振り下ろす。バキンッと音が鳴り、剣だけが地に落ちる。その衝撃で剣を覆っていた水晶が壊れ、中から元の姿になった剣が取り出せた。
「やったわ! 武器さえあれば、ドラゴンを倒せる!」
 そしてイアルは剣を背後に隠しながら、気配を消して城の中に戻る。
 ドラゴンはホールに置かれた女の子達の像に夢中になっており、イアルに気付かない。
「やああっ!」
 イアルは一気に駆け出し、ドラゴンの首を背後から剣で斬り落とした。
 ボトッと床にドラゴンの頭が落ちると同時に、水晶の像が眩しく輝き出す。
「ドラゴンの呪いが解けていくわ! これでカスミも……」



「……ル、イアル。こんな所で寝ちゃダメよ」
「うう……ん。ハッ! カスミ、人間に戻れたのね!」
「いやぁね、イアルったら。本を読んでいる途中で寝ちゃったから、寝ぼけているのね」
 リビングルームでクスクスと笑っているカスミを見て、イアルはほっとする。
「でも私もその本を読んでいるうちに、寝ちゃったのよね。面白い本だったわ」
「そっそうね」
 イアルは最後のページを見てみると、『ドラゴンは倒されて、少女達は無事に解放されました。そして世界は平和になったのです』と書かれていた。
「ふう……。……店主には後で郵便物の送り方について、きっちり言っておかなきゃね」
 顔をしかめながら、イアルは本を閉じる。