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<東京怪談ノベル(シングル)>


植物に愛された少女

●温室の中の花壇と車椅子の少女
 とある高校の敷地の隅に、学生達が手入れをすることもなく、長年放置されたままの温室があった。
 その温室に、若命・絵美(8712)は車椅子で訪れる。ここの高校とは違う制服を着ているものの、温室の手入れは彼女に任されていた。
「ふう……、ヤレヤレ。通っている学校から、ここまで来るのも一苦労ね。でもこんなに良い温室があるのに、何も育てていないなんて勿体無いことするわ」
 裏門の近くにあるこの温室をたまたま見つけた絵美は、高校の事務員にお願いして自ら手入れをするようになって数ヶ月が経過する。
 倉庫の中に置かれっぱなしだった植物の種や球根を植えて、ほぼ毎日のように訪れては世話をしていたおかげで、すっかり温室には色とりどりの花が咲くようになった。
 温室の光景を見た校長が感動して、また生徒達に植物を育てる授業を再開させたいと言ってくれたが、絵美の心中は複雑だ。
「この高校はお金持ちの子供が通う学校だから、別の所に温室や花壇を作るかもしれないけれど……。この温室を、譲り渡す可能性だってあるのよね」
 ここの温室は台の上で植物を育てるタイプで、水道の隣にある長机の上には事務員が肥料や道具を置いてくれたので、車椅子に座っている絵美でもちゃんと植物の世話ができた。
「まっまあ暗い気分になってもしょうがないわね! 花の手入れをしようっと! そうすれば弟二人と一緒に過ごすのと同じぐらいに、幸せな気分になれるんだから!」
 自分を励ますように言いながら、絵美はジョウロを手に持って水道に向かう。
 そんな絵美の姿を、温室から少し離れた場所で、三人の女子高校生が険しい表情で見つめていた。


●嫉妬の魔手は花に伸びる
「えっ……? なっ何があったの?」
 数日後。絵美は温室の中の光景を見て、愕然とする。
 花が引き抜かれたり、折られていた。しかも明らかに人の手によって、だ。
「ひどいっ! 何てことを……!」
 絵美は青白い顔で、ギュッと唇を噛む。
 そんな彼女を、前と同じ場所から三人組の女子生徒が見て笑う。
「どうかしたの? あら、まあ! とんでもないことになっているわね!」
 温室に入ってきた事務員の女性は、花の無残な姿を見て眼を丸くする。
「あっ、事務員さん……。あたしが来た時には、もうこうなってて……」
「一人で片付けるのは大変でしょう? 手伝うから、早く花壇を直しましょうね」
「はい……」
 絵美は泣きそうになるのを堪えながら、女性と共に花壇を直していく。
 夕方になると女性は絵美を事務室に招き、あたたかい紅茶をいれてくれた。
「温室の件で思い出したんだけどね。校長が学校の敷地内に花壇を作って、生徒達に植物を育てさせようと考えていることを、この前の全校集会で語っていたわ。『小学生じゃないのに……』って言っている生徒が多くてね。高校生にもなって、土いじりをしたくないって思っているらしいの。まあここはお金持ちのお坊ちゃん・お嬢ちゃんが多いから、気持ちは分かるんだけどね」
 女性は苦笑しながら、肩を竦める。
「若命さんが原因だと、言いふらしている生徒がいるみたいなのよ。だから今回の件は、そこから発生したんだと思うわ。花壇を荒らすなんて、それこそ高校生がすることじゃないと思うんだけど……。まあ気にしないでね」
「……はい」


 しかしそれからというもの、絵美が訪れるたびに温室の中には異変が起こり続けていた。
 肥料の袋が切り裂かれ、地面にばらまかれていたり。温室中を水浸しにされたりと、被害は続いたのだ。
「また派手にやられたわねぇ。若命さん、流石にこんな水浸しの中を学校の制服のままで、掃除するのはやめておきなさい。今、予備として置かれているこの学校の体操服を持ってきてあげるから、それに着替えてね」
「すみません……」
 女性は絵美を温室に残し、事務室に戻ろうとする。しかしその時、温室を見ている三人組の女子生徒を見て、立ち止まった。
 三人組は険しい顔付きで絵美を睨んでいたが、女性に気付くとそそくさとその場から去る。
「あのコ達……」


 体操服を持ってきた女性は、複雑な表情を浮かべていた。
 だが特に何も言わないので、絵美は着替えて温室の掃除を始める。
 そして女性と二人がかりで掃除を終えた後、事務室で二人、あたたかいココアを飲んでいる途中で、女性は気まずそうに口を開いた。
「あの、ね。ちょっと言いづらいんだけど……若命さん、少しの間、温室に来るのをやめにしない?」
「えっ!? どっどうしてですか?」
「実はさっき、温室を見ている三人組の女子生徒がいたんだけど……、そのコ達なのよね。校長の花壇作りに反対して、あなたのせいだと言いふらしているのは」
「三人組の女子生徒、ですか……」
 言われてみれば温室にいた時に、視界にそんな三人組が映ったことが何度かあったことを思い出す。
 しかしこの学校の生徒は部外者の絵美が温室を手入れしているのが珍しいのか、何人か見に来ていたから特に気にしていなかった。
「ここの生徒さんが何人か、あたしを見に来ていることは知っていましたが……」
「そう、気付いてはいたのね。でもその中に、男子生徒がいたことも気付いていた? 彼らはあなたの容姿に心惹かれているみたいでね、少し騒いでいるの。だからこそ余計に、女子生徒は面白くないんでしょうね」
 女性はしょうもないと言うように、深いため息を吐く。
「結構被害が酷いし、守衛の人が温室方面の見回りの回数を増やすことにしたらしいわ。犯人を見つけるか被害がなくなるまで、少しの間、お休みできないかな? 若命さんが休んでいる間は、私が手入れをしておくから」
 絵美は悔しそうに顔を歪めながら、それでも温室の為だと自分に言い聞かせる。
「……分かりました。でも明日一日だけは許してください! 最後の手入れをしておきたいんです!」
「そっそう、分かったわ。ゴメンね、無理を言っちゃって」
「いいえ……」
 そして絵美は帰り際、温室を覗く。片付けた後とはいえ、花壇はボロボロになっていた。
「……ごめんなさい。あなた達を守ってあげられなくて……」
 金色の大きな瞳に涙を浮かべながら、絵美は温室に背を向ける。
 すると風が吹いていないのに、温室の中の花が一斉に揺れた。


●負の感情は花によって浄化される
「えっ? 三人組の女子生徒が、行方不明なんですか?」
「そうなのよ。昨日から家に帰っていないし、連絡もないみたいでね。今、校長とご家族の方、そして警察の人が会議室で話をしているわ」
 女性は深く息を吐きながら、温室から校舎を見上げる。
「だから花壇を作る話も、中止になるわね。それで若命さん、調べたところによると温室を荒らしていたのはあの三人だけだったようだし、もし良かったらこの花壇の世話を続けてくれないかしら? 勝手を言うようで、申し訳ないんだけど……」
「いえっ、嬉しいです! 心配事はなくなったようですし、今まで以上に頑張ります!」
「ありがとう。花達も若命さんに世話をしてもらうと、元気になれるようだしね」
 あれほどの被害を受けたというのに、花達は今日も美しい姿を見せていた。まるで良い栄養を吸い取ったかのように……。


【終わり】