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Mission.11 ■ 草間 零
神社での初詣で疲弊したフェイト達一行は、駐車場でそれぞれの班に別れて散っていく。
何でも、ジオフロントの追加調査に日本のエージェントは急遽呼び出される形となったようだ。
久しぶりの再会と懐かしいやり取りに思わず苦笑しながらフェイトはエルアナに向かって振り返った。
「ま、まぁなんとなくバタバタしちゃったけど、日本の初詣はこんな感じだから」
「……なるほど。つまりは戦いということね」
「……? まぁある意味そう、かな?」
まったくもって外れた見解をしているエルアナには一切気付くこともなく、フェイトはあの行列に並ぶ行いを指しているものだと勘違いしながら肯定を示したのであった。
――草間興信所に向かって車を走らせながら、フェイトはIO2の調査ファイルから草間武彦指名手配の詳細について調べを進めていた。
さすがに特級エージェントからの資料要請となれば、IO2の上層部に位置する鬼鮫以上の階級がなければ拒否は出来ない。その鬼鮫も、工藤勇太という少年を熟知した間柄だ。
武彦について調べることは予測がついていたのか、ファイルの閲覧申請については特に断るつもりもないらしく、鬼鮫から直々に送られて来た。
おかげで、フェイトにとってみればすんなりと情報が手に入ったのであった。
「……IO2の機密ファイルを盗んだまま姿を晦ました、ね……」
――有り得ない。
フェイトは確信していた。
思い返す邂逅した当時のこと。
鬼鮫に突然襲われ、それ以来ディテクターと名乗った怪しいサングラスの男――武彦は自分の叔父とほぼ同じような存在として接してくれた。
口調や態度は怠惰を彷彿とさせるが、武彦という人間を知るフェイトは理由もなく犯罪に走るような人物ではないと確信している。
ならば、草間興信所に行けば何かしらのヒントがあるのかもしれない。
そんな予感がフェイトの胸の中に渦巻いていた。
――『能力者覚醒計画』。
もしもあんなものが昨今のドラッグ、フェアリーダンスとの関連があるとすれば、バクなどの特殊能力に関しても説明がつくだろう。
そして何より、ファイルに記載されていた宗の名前。
偶然の一致、とはお世辞にも言えるはずもない。
今頃どこで何をしているのかまでは解らないが、フェイトにとって宗という存在はいつだって自分に付き纏う問題だ。
「ナビだとこの辺りだと思うけど」
「あぁ、合ってるよ。懐かしいな。あのボロい雑居ビルにあるんだ」
「……あんな所に?」
訝しげにボロボロの雑居ビルを見上げてエルアナが呟いた。
フェイトに言われるまま、雑居ビルのすぐ横にある駐車場に車を停め、二人は車から下りる。
「……ナンセンスね。お世辞にも客商売をしようって場所柄じゃないと思うわ」
「それに関しては俺も同意だね……」
薄汚れた、築数十年の雑居ビル。
どうやらこの数年で他のフロアの小さな事務所はほとんど入れ替わってしまったらしく、なんとか綺麗にしようとした形跡もわずかに見受けられる。
とは言え、元が元だ、とでも言うべきだろうか。壁には相変わらず塗装に亀裂が走り、エレベーターは故障寸前。
薄汚れた景観に懐かしさを感じるフェイトとは対照的に、エルアナはジャパニーズホラーを思い出して身体を震えさせた。
「ここが事務所なんだけど……」
「……中に誰かいるわね」
二人は草間探偵事務所のスモークガラスのついた入り口の前で、左右に別れて胸元のホルスターから銃を取り出した。
ベレッタタイプのフェイトの銃と、リボルバータイプのエルアナの小さな銀色の銃を構え、フェイトが自分を指差し、そして中へとその指を向ける。自分が突入する、という合図だ。
IO2のエージェントが中を調べていることはない。だとするなら、武彦が戻って来ているのか、あるいは武彦を狙った何者かがいるのか。
いずれにせよ、ここで逃す訳にはいかない。
ドアノブにゆっくりと手を当てて捻ってみると、鍵はかけられていなかったのか、特に抵抗もなく扉が開いていく。
フェイトが顔を覗かせてみると、中は荒らされているどころか整然と片付けられ、室内からは甘ったるい声の外国人が歌うシャンソンが流れてきた。
まさか武彦が帰って来たのかと銃口を持ったまま中を覗き込んだフェイトの目に映ったのは、一人の少女だった。
黒く長い髪を揺らし、家政婦さながらの少女。
掃除をしているのか、事務所の中で鼻歌混じりにはたきを使って埃を落としていたが、突如フェイトに向かって振り返った。
その姿に、フェイトはわずかに瞠目した。
これでもアメリカで、気配を消すことには長けたはずであった。
ただの女性に気付かれるはずもない。
しかし今、その少女は一切の迷いもなく侵入者――つまりは自分に向かって顔を向けたのだ。ただの偶然ではなく、やって来た自分に気付いて。
――しかしそれだけではない。
何よりもフェイトを驚かせたのはその表情だ。
薄っすらと笑っているようにも見えるが、その笑顔はどうしてもフェイトには偽物めいて見えてしまう。まるで無理やり固定されているような、心の底から楽しんでいない笑顔。それどころか心は至って平穏で、作り笑いを貼り付けている雰囲気。
感情の機微には聡いフェイトだからこそ、その笑顔は何よりも歪で違和感を覚えさせた。
一体これはどういうことなのか。
目の前にいる少女は一体何者なのか、思わず警戒してしまう。
「工藤勇太さんですね。お兄さんから話は聞いています」
「え……?」
距離を図りかねたフェイトに向けて、少女は告げる。お兄さんという単語が誰を指しているのかなど、この場にいるなら一目瞭然だろう。
「お兄さんって、草間さん?」
「はい。どうぞ、後ろの方も中へ。今お茶を出しますから」
「……ッ!」
何食わぬ表情でエルアナにも中へと入るように促した少女の言葉に、エルアナもまた驚かされた。
扉の外の気配に気付かれるヘマは踏んでいない。
これで気付かれるのであれば、恐らく相手はプロの殺し屋やそういった修羅場をくぐり抜けてきた何者か程度だろう。
それを少女は見破り、中へと招き入れようと言うのだ。
振り返ったフェイトと互いに視線を交錯させ、最低限の警戒をしながら中へ入ることに同意した二人は頷き合った。
応接間として用意された懐かしいテーブル。
かつては乱雑に書類などが広がっていたり、紫煙でもうもうと曇っていた興信所の中は今は新鮮な空気が漂っていて、置かれた消臭剤からはほのかに爽やかな香りが漂ってくる。
心なしか、ラジオのひび割れていた声もクリアに聞こえ、今では英会話をそれなりにマスターしたフェイトであったが、歌われているのはフランス語でさっぱり理解出来ない。
その横でエルアナはフランス語をマスターしている為、その歌に聞き覚えがあったのだが、今は少女に対する警戒心を強めており、それどころではない。
ようやく戻ってきた少女が、ミルクティーを二つ用意して持って来ると、お盆に乗せて丁寧な仕草でそれを二人の前に並べた。
ミルクもそれぞれにポーションを置かれて、少女は改めて二人と向かい合う位置に腰を下ろした。
「工藤勇太さんのお話は、お兄さんから伺っています。それに、伝言も預かってます」
「ちょ、ちょっと待って。キミは草間さんの妹さん?」
「いいえ、というのが正しいのかもしれませんが、はいと肯定するのも間違いではありません」
「……どういうこと?」
「まずは自己紹介をさせていただきます。私は草間 零」
「あ、あぁ。俺は工藤勇太。IO2の特級エージェント、フェイトって名乗ってる。こっちはニューヨークのIO2職員で、エルアナ」
「IO2ですね。でしたら問題はありませんね」
何かを納得した様子で少女は頷いた。
「申し遅れました。私は草間零。草間武彦によって廃棄処分されずに済んだ、第一世代の霊鬼兵です。今は草間武彦の妹という設定でこちらに厄介になってます」
相変わらずの笑みを貼り付けて、零と名乗る少女は自らをそう語った。
――今現在、零鬼兵はエヴァらを含めて第三世代まで存在していると言われている。
第一世代は比較的に感情の発露が難しく、さながら人形じみた部分が多かった。これはあくまでも技術力の問題ではなく、戦闘兵器としての名目が強かったが為に感情を廃するようにプログラムされているからだと云われている。
次に第二世代。
こちらは第一世代よりも比較的人間味溢れるタイプと言えるだろうが、それが問題となって破棄された。というのも、自立思考型というのは厄介なもので、肉体的に人間よりも強く、思考能力も人間に近い為、自分より実力が下に位置する者の指示を聞かなくなってしまったり、何かと問題が多かったのである。
そして第三世代――エヴァ。
彼女はもともと普通の人間を人為的に改造し、霊鬼兵となった。精神的にも安定してはいるものの、非人道的なその手口から、影宮憂によって凍結された計画である。
今現在、エヴァの身体は人間に戻りつつある。それでも持ち前の運動能力と冷静な思考で一級エージェントである百合と組めるのは、彼女の潜在能力の高さが成せる業だろう。
――閑話休題。
目の前の少女、草間零が名乗った言葉に瞠目した二人。そんな二人に、初めて感情を出して困った素振りを見せた零は、改めて口を開いた。
「工藤勇太さん。お兄さんから伝言を預かっています」
「伝言?」
「はい。それは――――」
零の言葉に、フェイトは大きく目を見開いた。
To be continued...
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