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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.16 ■ 非凡な少女―C






「――特に問題にするつもりもありませんし、気にしないで下さい」

 学校の教師だと名乗る男は、美香のその言葉に僅かに眉を動かした。

「問題にするつもりはない、と?」

「えぇ。まだ子供ですし、そちらでしっかりと注意さえして頂ければ、こちらから言う事も特には。なのでここで失礼させてもらいます」

 美香の答えに男は「ふむ」と呟いて腕を組んだ。

 ――もしも美香がただ彼らに連れ込まれただけなら、この状況でこんな答えは返って来ないだろう。
 美香にとってみれば、相手は営利団体だ。当然、こうした場合には多少の金銭的な要求などを行う輩だって少なくはない。
 むしろ、そうして形にして要求された方が後腐れがなくて済むというのが男の本心である。

 この学校に通う問題児達が起こした問題に対して、学校側は何らかの要求に応える用意だってある。それは生徒の親に直接説明が向かい、親が払う事になる。
 学校側の懐は痛まないのだ。だからこそ、男も美香が連れ込まれたという現状に対して特に動揺するでもなく、応じる姿勢を見せた。

 しかし美香が見せた反応は、あまりには普通ではないと言えた。

 対して、美香としては情報は十分に得たと思えていた。

 上八木省吾が麻薬の売買に関与している可能性が高く、この失踪はもしかしたら、そうした集団が背景に絡んでいるのではないか。
 だとするなら、武彦にそれを伝えるだけでも十分な進展であり、美香としても手応えを感じられる状況だ。

(別に先生が知っている、とは思えないもの。それに、まずは草間さんに得た情報を教えなくちゃね。なんか私、探偵に向いてるのかも……?)

 妙な自信が湧いて出てきた美香は、そんなことを考えながら堂々と答えたのだ。

 互いの思惑が微妙なズレを生じさせたおかげか、教師の男にとってみれば弱みを握られたまま逃げられかねない状況だ。
 訝しむ男が答えに窮する中、美香は「それでは」とだけ告げて歩き出そうとして、男に声をかけられた。

「少々お待ち下さい」

「はい?」

「学校内で起こった問題ですので、やはり非礼を詫びさせて頂きたいのです。このままお帰り頂く訳にはいきません」

 ――願わくば、形にしておいて欲しい。
 そんなことを考えながら男は美香に向かってそう告げた。
 それに対して「気にしないで下さい」と断ろうとする美香であったが、教師の男はそれを呑み込もうとはせずに、頑として首を縦に振ろうとはしない。

 押し問答に辟易とし始めた頃、美香がとある妙案を思いついた。

「それでしたら、一つだけ訊いてもよろしいですか?」

「えぇ、もちろん」

「上八木省吾クンについて、何かご存知ですか?」

 美香の質問を耳にして、男の表情がピクリと引き攣った。

「……どうして、彼を?」

「あ、いえ、ちょっとした知り合いですので。知り合いの通う学校なので、問題にするつもりはないと答えていたんです。ただ最近、連絡が取れないもので。元気にしているかな、と思って」

 我ながら苦しい言い訳だと美香は苦笑混じりに自嘲する。
 何かしら情報を得られるのではないかと踏んだのだが、男の表情が僅かに変化を齎せた事に気付かされ、美香は自分の選択が間違えだったのではないかと肝を冷やす思いで男に答えた。

「……分かりません。最近、学校にも来ていないもので」

「そう、ですか。分かりました。とにかく、帰らせて頂きますね。それでは、失礼します」

 男の答えを聞いた美香が、訝しまれている状況から逃げるようにその場を後にして歩き出した。











 学校の外へと出た美香は、携帯電話で武彦へと連絡を取ろうと試みるものの、武彦は電話には出ようとしなかった。仕方なしに美香が草間探偵事務所に向かっていた最中、ようやく武彦から折り返して連絡が返ってきた。

《首尾はどうだった?》

「ふっふっふー、草間さんがビックリするぐらいの色々な情報を手に入れてきましたよっ」

《……そいつは楽しみだ、とは言いたいところだが、細かい話は事務所で聞く。今から言うルートを辿って事務所に向かってくれ》

「……? ルート?」

 どこかに寄り道して欲しいのだろうか。
 そんなことを考えて尋ねた美香であったが、武彦は構わずルートを指定した。

 ――この事件はきな臭い。武彦が尋問した男から得られた情報によると、それはまず間違いないだろう。
 恐らく、美香が学校の中で上八木省吾の情報を探っていた事は、何処かから上八木省吾の失踪に関わっている者達の耳にも伝わっているだろう。

 警察に協力を得られない以上、自分達が警察ではないと当たりをつけられては、どんな手段で脅して来るかも解らない。
 武彦はそう判断し、美香に対して尾行がついている可能性を示唆していたのだ。

 そんな武彦の考えを特に理解するでもなく、美香は言われた通りに大通りを人混みに紛れながら進む道を歩く事にした。
 大きなデパートの中へと入って女性服売り場にエレベーターを使って移動して、エスカレーターですぐに下りたりと、そんな面倒を指示する武彦の意図を汲んだのはその時であった。

 美香を怖がらせまいと画策したつもりであった武彦だが、そうした指示は明らかに常軌を逸している。頭の回転が早い美香にとってみれば、それらが意味するところを考えずに言う事を聞く訳ではなく、当たりをつけるのは当然と言えた。

 信号が点滅するタイミングで足を速めて道路を横断したりと、武彦が想像している以上の動きを見せて、美香は逃げるように武彦の事務所へと足を進めたのであった。



「――つまりですね、草間さん。恐らく上八木省吾クンは、麻薬の売買に手を出して厄介事に巻き込まれている可能性があるのですっ!」

 事務所で合流した武彦に向かって、美香は改めて自分が得てきた情報を口にした。

 現在学校に流れている、上八木省吾に関する噂。
 付き合いがあるのではないかと思われている、裏社会とのやり取り。
 それらの情報は確かに美香が調べてきたものであり、初心者の捜査で空振りに終わらなかったというのはむしろ褒めてやれるぐらいだろう。

 しかし美香が相手にしているのは、あくまでも本職の人間だ。

 美香が学校の中へと入っている最中、外側からアプローチを仕掛けた武彦は、すでに上八木省吾について有力な情報を得ていた。
 しかしそれを告げようものなら、このドヤ顔をしそうな勢いの新米助手は一体どんな顔をするのか、それを考えると頭が痛くなる。

 武彦は口に咥えた煙草が巻き上げた紫煙を見上げ、一度嘆息して意を決した。

「……上出来だ。正直、そこまでやれるとは思っていなかったぞ」

「ほ、ホントですか?」

「あぁ。普通調査ってのは8割は空振りに終わる。新米で何かしらの情報を得られるってのは、正直言って予想外だった」

 武彦にそうまで言われ、存在しないはずの大型犬さながらの尻尾が左右に振れているかのように顔をぱぁっと明るくさせた美香に、武彦は続けた。

「俺の方でも別方向からアプローチを仕掛けてな。おおかた、お前が得てきた情報の裏は取れてる」

「おぉ、凄いですねっ」

 うまい言い方をして美香の機嫌を損ねないように、武彦は続けた。

「上八木省吾は恐らく、『唐島組』と呼ばれるヤクザと繋がって動いていたんだろう」

「唐島組?」

「あぁ。この辺りの小さなヤクザ組織なんだがな、金儲けの為にクスリに手を出してるって噂のタチの悪い連中だ。
 恐らく上八木省吾の行方についても、そいつらなら何か知っているだろう」

 ――武彦が得た、省吾の情報。それは美香が得た情報から推測した通り、麻薬の売買に関与しているという面倒な事態に対する裏取りだったのだ。

 あの時、美香がいなくなってから声をかけたのは、省吾の行方を追っている唐島組の子飼いだった。
 省吾はどうやら、唐島組の金を持ったまま行方を晦ましたらしく、唐島組もまた省吾の行方を追っているのだという。
 つまり、たった二人の探偵には手を出すには厄介過ぎる問題だと言えた。

「だったら警察に言えば……」

「面倒なのは、俺達の依頼人がその警察側の人間だという事だ。もしも警察に言って大事になるなら、それは避けたいんだろう。だから俺に依頼が舞い込んできた。
 つまり、上八木省吾の情報については俺達だけで調べなくちゃならないって事だ」

「何か、アテはあるんですか?」

「残念ながら、今はない。これからそれらしい情報屋に当たる所だが、昨今のヤクザ事情なんてそれこそ有象無象がある。情報屋もアテにならないってのが現状だ」

 武彦の言葉に、美香は考え込む。

 裏事情に詳しく、かつ自分達が頼っても良い相手。
 そんな都合の良い人間がいるだろうか、と。

「……あ」

「どうした?」

 目を大きくしながら告げた美香に、武彦が尋ねた。

 美香は知っている。
 裏事情に精通し、自分がそれを聞いても協力してくれるだろう相手を。

「草間さん、飛鳥さんなら何か知っているんじゃ……」

 ――美香が働く店の経営者、飛鳥。

 彼女ならば、何かを知っているのかもしれない。
 そう美香は当たりをつけるのであった。





To be continued...




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いつもご依頼有難うございます、白神です。

前回に引き続いての調査でしたが、ここは情報の摺り合わせがメインでした。
次回はまた選択肢が生まれるとは思います。

ちなみに、もしも職員室で話を聞いていた場合は、
次回明らかになります。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司