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Mission.12 ■ 草間武彦の伝言
「――お兄さんは今、アメリカにいるそうです」
「アメ、リカ……!?」
予想だにしていなかった零と名乗る少女の言葉に、フェイトもその横にいたエルアナまでもが目を瞠った。どういう事なのかと問い詰めようと口を開こうとしたところで、零がそのまま言葉を続けた。
「詳細については私は聞いていません。ですが、どうやら今追いかけている事件の全貌がアメリカにあるというのは恐らく間違いない、だそうです。勇太さんに頼まれた伝言は、とにかく今はジオフロントを警戒するように、とのことです」
零という少女の性格からきたものなのか、実に単調な、淡々とした口調で零は告げる。
「ジオフロントを警戒? それって……――」
そんな零の言葉に先に言葉を発したのはフェイトではなくエルアナの方であった。
ジオフロントは現在、IO2が最も力を入れている一大プロジェクトの一端を担っていると言っても過言ではない。そんな開発計画は順調に進んでいるにも関わらず、何故【ジオフロントを警戒する】という言葉が出て来るのだろうか。
もしもこの状況で、【ジオフロントで何かが起こる可能性がある】と示唆するのであればともかく、この言い方ではまるで――。
「――まるでジオフロントそのものが危険って言い方だよね」
エルアナの言葉に続いたのはフェイトであった。エルアナもまた頷いて肯定を示すと、零へと視線が集中する。
「残念ながら、私は詳しい事情までは聞かされていません。それは私に危険が迫る可能性があるとかで、お話してくれませんでしたから」
「そっか……。でも困ったな。出来たら草間さんと一度合流して聞きたい話もあったんだけど……」
先日送られてきたあのファイルについてもそうだが、武彦ならば何か知っているのではないか。そんなことを考えていたフェイトであっただけに、ここで武彦と会えないというのは困るというのが本音だ。
そんなフェイトの心情を察していたのか、零が一台の携帯電話を机の上へと置いた。
「これはお兄さんから、もしも勇太さんが来たら渡すように頼まれていた携帯電話です」
「これを?」
「はい。恐らく通信が傍受される可能性を危惧しているのだと思います。とにかくこれはお持ちください」
黒い一台の携帯電話――いわゆるガラケーと呼ばれるタイプのものだ。フェイトは早速それを手に取り、携帯電話のメモリーを調べ始めた。
そこには、一つだけ名前の登録されていない番号だけが入力されていた。
「……この番号ってまさか……」
「はい。お兄さんが持っている携帯電話の番号です」
「そっか……。ちょっとかけてみるよ」
零が頷いて答える姿を見て、フェイトは早速記入されていた携帯電話へと電話をかけ、耳に押し当てた。
《……もしもし》
「あ、草間さん……?」
《その声は、勇太か?》
受話器越しに聞いた声に、思わずフェイトの表情が喜色を浮かべる。ずいぶんと眠たげな声をしているが、どうやらかのディテクターは元気そうだ。
《ってことは、零と会ったって事か》
「はい。この携帯電話を渡されたんですけど、これで連絡取る分には問題ないんですか?」
《あぁ。一応お前がそっちにいるってことは、俺がどういう立場にいるかは知ってるんだろ? 今は俺の携帯も電源を切ってるからな。こっちで連絡してくれ》
「分かりました。それにしても、一体何があったんですか?」
《何がってお前……。あのデータ、見たんだろ?》
――『能力者覚醒計画』。
確かに先日見たあのファイルを思い出し、勇太が肯定を口にした。
《あのデータがIO2の内部に関係していたんでな。ちょっとばかり面倒な事態になっちまったが、そうでもんしねぇと手に入らなかったんでな》
「どうしてあんなデータが必要だったんですか……?」
《……勇太、お前もアメリカのIO2にいた頃から『フェアリーダンス』については耳にしてるんだよな?》
「えぇ、もちろん。何件かそういった事件にも携わってきましたから……」
《ならだいたい予測はついたとは思うが、その『フェアリーダンス』こそが『能力者覚醒計画』の主役って事だ》
「――ッ! で、でも草間さん! 『能力者覚醒計画』は凍結されたんじゃ――!」
《――表向きは凍結され、今では計画に賛同している者はいない。もちろん、IO2としても関与はしていないんだがな。ただ今回のこの事件は、IO2の一部とどこかの裏組織が結託している可能性があってな。
そういえばお前、ヘンリー・ジェムフォードって映画俳優は知ってるか?》
――ヘンリー・ジェムフォードと言えば、ここ最近の海外の映画の主役をしている有名な男性俳優だ。フランスとアメリカのハーフで、甘いマスクの二枚目俳優として那を馳せている。
まさか武彦からそんなミーハーな名前が出て来るとは思わず、フェイトは目を丸くしながら「知ってますけど、それがどうしたんです?」と続きを促すと、電話越しに武彦が嘆息した。
《そのヘンリー・ジェムフォードには黒い噂がついて回っていてな。しかも最近、何やらそいつの周囲で不可解な失踪事件まで起きてるって話だ。色々と嗅ぎ回ってる内にそんな情報を得たんだが、十中八九アイツは『フェアリーダンス』の服用者だろう》
「……は、はぁ!? な、何であんな大物俳優まで……!」
《あのなぁ、勇太。芸能界ってのは日本も海外も、裏では色々な所と繋がってるってことだ。特に日本はともかく、アメリカのハリウッドともなりゃ、それこそ、な》
さすがに武彦のこの言葉にはフェイトも驚かされる事になったが、その隣にいるエルアナからしてみれば、これは特に驚くべき情報ではない。
ハリウッド俳優とは一概に言うが、芸能人事務所などは基本的にはクリーンではない事が多い。特にアメリカのレコード会社などではギャングやマフィアとの関わりを持っているというのは決して珍しい部類ではなく、情報を管理しているIO2にいればそういった情報も多く回ってくる。
フェイトがそれを知らないのは、簡単に言えば畑違いというものだろう。情報を管理するエルアナと、現場で動くフェイトでは入手している情報の量などは雲泥の差と言える。
《とにかく、こっちは『フェアリーダンス』について調べて動いている――というより、『能力者覚醒計画』について動いてるって事だ。IO2は今、ジオフロントの件で動いてるんだろう? だったらお前はとりあえずそっちを警戒しておけ》
「は、はぁ……」
《とにかく、そっちは頼んだ。また細かい情報が入り次第、こっちから連絡する。じゃあな》
言うだけ言って切られた携帯電話を片手に、フェイトは唖然とした様子で携帯電話を胸ポケットにしまい込んだ。
何を話していたのかと尋ねられ、エルアナに対してフェイトが武彦と話した内容を伝えていくと、エルアナが顎に手を当ててしばし逡巡すると、顔をあげてフェイトをまっすぐ見つめた。
「フェイト、東京本部に戻りましょう」
「東京本部に?」
突然のエルアナの言葉に、フェイトが尋ね返す。
「特級エージェントのフェイトの管理権があれば、情報の照会はほぼ100%通るはずよ。ディテクターがどこから情報を入手したのかは判らないけれど、今の話が本当だとしたら私達も情報を得た方が良いわ」
「……そっか、確かにそうだよな。でも情報の照会を俺がするっていうのも珍しいと思うんだけど。それに、エルアナだって一級だろ?」
「一級エージェントと特級エージェントじゃ、かけられているプロテクトがあまりにも違うのよ。だからフェイトのアクセス権を使うしかないわ。ジオフロントも関係しているってなったら、それこそ情報が必要なのは間違いないわ。もしかしたらそこで情報が得られるかもしれないし、ね」
確かに、武彦の話とこれまでの状況を鑑みると、『能力者覚醒計画』と『能力者を管理する都市』、それに『能力者を生み出す薬』ともなればそれらが関係していないとはお世辞にも思えないだろう。
「……うん、そうだな。じゃあ東京本部へと戻ろうか。零さん、だよね? ありがとう」
「いえ、気になさらないでください」
気が付けば目の前の零のことを一切気にする事なく会話をしていた事実にようやく気付いたフェイトであったが、零は相変わらずどこか偽物めいた笑顔を浮かべてそれに答えた。
「じゃあ、俺達は戻るよ」
「分かりました。また近い内にお会いすることになると思いますが、お気をつけてお帰りください」
「……? あぁ、うん。分かった。それじゃ、エルアナ。一度戻ろうか」
武彦との連絡方法を手に入れたフェイトとエルアナは、一度IO2東京本部へと向かって再び車を走らせるのであった。
to be continued...
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