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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.17 ■ 非凡な少女―D








 風俗店、『RabbiTail』。
 美香が源氏名【美紀】として在籍している、表からも裏からも人気の高い風俗店だ。

 その言葉が指す通り、美香は現在風俗嬢――つまりは泡姫という立場にいる。

 ここに辿り着くには飛鳥と呼ばれる一人の女性に拾われるまでの経緯があったのだが、その裏事情は武彦も知っていた。もちろんそれは、美香自身が語った訳ではなく、かつて武彦が飛鳥その人から依頼され、それを調べあげたからに他ならない。

 そんな武彦が美香に連れられて、門をくぐる。
 これではまるで、お店にお客として引き込まれたような気分ではないかと言いたげな武彦の為に、今回美香が使う通路は従業員用の少しばかり薄暗い通路を利用していた。

 店内に流れる音楽などが、トントンとまるで小さな心臓音のように規則正しく鼓動して伝わってくる通路だが、店の裏側として使われているだけあってか、こちら側は店舗側に比べて少々雑然とした様相を呈していた。

 そんな通路を見ながら、これが男の夢の本当の姿かと妙に物悲しい気分になる武彦とは対照的に、美香は何も気にする様子を見せることもなくずんずんと通路を突き進む。
 そうしてようやく、二人は最奥部にあった一室の前で足を止めた。

「飛鳥さん、いますか?」

「どうぞ」

 前もって電話で向かうことは告げていたが、飛鳥というこの店のトップは非常に多忙な人間だ。急な来客によってこの一室にいないことも決して珍しくはない。そんな飛鳥が部屋にいてくれている事に、美香はほっと安堵して武彦へと振り返り、一緒に中へと入るように促してゆっくりと扉を押し開けた。

「失礼しまーす」

「邪魔するぜ」

 先日の依頼からそれなりに交流を深めている武彦であったが、さすがに飛鳥のような奥底をさらけ出さないタイプのホームとも呼べるこの場所では、緊張してしまう。探偵事務所で会うそれと、今日の来訪はそれだけ立場が変わってしまうものだ。

 そんな二人を迎えた飛鳥は、武彦と目を合わせると口角をあげてみせた。

「あら、取って食べたりする訳じゃないんだし、そう身構えないでもらえるかしら」

「そんな冗談が冗談にすら聞こえないから、アンタみたいなのは厄介なんだよ」

 依頼されている側ではないからか、武彦も減らず口の一つを見舞わせる。
 そんな武彦の姿が面白かったと言わんばかりに、飛鳥はクスクスと笑って二人に椅子に座るように促した。
 飲み物を用意しようと立ち上がった飛鳥に代わって、美香が慌てて準備に向かうと、飛鳥が武彦と向かい合う形でソファーに腰を下ろした。

「彼女、どんな感じかしら?」

「正直、風俗嬢にさせておくのはもったいねぇ、とは言わねえが、人の懐に入るのがうまいらしいな。情報を手に入れるって点じゃ、それなりには使えるさ」

「あら、そんなことに今頃気付いたの?」

「あ?」

 クスクスと笑いながら、そんな事はさも当然だと飛鳥は笑った。

「打算、損得勘定。敵か味方か、裏切るか裏切らないか。そんな猜疑心で包まれたこの世界で彼女が生きていけるその理由を、考えたことはある?」

「……そういう意味か」

 武彦はその言葉から納得する。

 ――本来水商売というのは、いかにうまく相手を騙すか、だ。
 もちろんこう書いてしまえば字面は非常に悪く見えてしまうが、例えばキャバクラなどのいわゆるお水の商売というのは、客として来る者達も気持ちよく疑似恋愛を楽しむ為にそういった店へと訪れることが多い。本気はタブーなのだ。
 そういった業界で生きている美香だからこそ、人心掌握術に関しては長けていて当然だ。

 そう飛鳥が言おうとしたのだろうと武彦は解釈するが、飛鳥はそんな武彦の察するところを見抜いたのか、「そうじゃないわ」と否定の言葉を口にした。

「どういう意味だ?」

「……こういった世界ばかりだから、無条件で信じたりしてくれる相手を裏切っちゃいけないと誰もが理解しているの。猜疑心から生まれる演技は誤魔化しばかりだけれど、彼女はそういった特性がない。良い意味で染まっていないのよ。だからお客さんは――特に上客と呼ばれるような人たちは、誰もが【美紀】を可愛がるの」

「……なるほどね」

「ま、他の店だったらそんな子はころっと騙されて、周囲の女の子達からも好き勝手に扱われたりしてしまう世界だけれど、ね。実際そういった経緯で私のもとへと来たんだから、その意味は分かるでしょ?」

 飛鳥の言葉に武彦がタバコを咥えて火を点けながら、頷いて答えた。
 ちょうどそこへ、美香がようやく戻って来たのであった。

「さて、ビジネスの話といこうかしら――――」

 飛鳥の言葉に、美香が武彦の隣に腰を下ろして息を呑んだ。







◆ ◆ ◆








「――なるほど、撒かれましたか」

「えぇ、残念ながら。そういうルートを選んでいた可能性すらあります」

 美香が昼に訪れていた、『私立凪砂高等学校』。
 その職員室の一角では、二人の教師が顔を突き合わせて紫煙を巻き上げていた。

 片方は先ほど美香に声をかけた細身の教師だ。
 もう片方は、そんな彼の上司に当たる存在だろう。紫煙を巻き上げたタバコを少し乱暴に灰皿に押し付けると、鼻から紫煙を吐き出して男を見つめた。

「まいりましたね。まさか詫びを受けてすらくれず、こちらの尾行も撒かれる事になるとは……」

「……申し訳ありません」

「それにしても、上八木省吾、ですか。彼は本当に面倒な問題ばかりを持ってきてくれる存在ですね。今回の件についても、何か彼が関係しているとか」

「えぇ。学校内に連れられた女性は、彼の情報を探っていましたから」

「……刑事、という訳ではありませんかな?」

「その可能性も考えましたが、恐らくは違うでしょう。もしも刑事なら、あの場で私に警察手帳を見せるなりして事情聴取したはずです。それに彼の家は……」

 そこまで言うと、男は言葉を濁した。

 彼の家、彼の親こそが警視庁の重役であることは、彼らもまた十分に承知している。つまり警察が密かに省吾を追うという可能性はほぼ皆無に近いということだ。

 男の言外の本音に気付いた、もう一人の中年の男性が再びタバコを咥えて火を点け、紫煙を吐き出した。

「……しかしながら、何者かも確認するつもりでいたのですが、帰られてしまったのは困りましたね。尾行が撒かれては正体も掴めないですからね」

「買収か口止め、ですか」

「いえいえ、お詫びか、協力ですよ。あまり物騒な言葉は使ってはいけませんよ」

 ――実に言葉一つでずいぶんな言い回しをするものだ。
 男は自分の上司である教頭に向かってそんな感想を胸にしていた。

 あのまま美香が職員室にさえ来てくれれば、何者かをハッキリと証言させ、さらにこれ以上自分達の学校に迷惑をかけるなと口止めしつつ、形に残した謝罪をすることが出来たのだが、それは叶わなかったのだ。
 何かを後から要求される。それが、『私立凪砂高等学校』にとっては一番の痛手であると言えた。

「それで、実際渦中の上八木省吾クンはどうなっているのです?」

「今のところ、彼の学友の数名の家を転々としているようですね。学校に問題さえ持って来なければ良いのですが……」

「確かにそうですが、噂によるとヤクザ絡みの問題があるとか。生徒の間で噂になっている以上、ただ根も葉もない噂だとは思いますが、問題です。とにかく、今日姿を見せたその女性の正体を突き止め、こちらに優位に何かをする前に手を打ってください」

 簡単に言ってくれる。男はそう心の中で悪態をついた。
 実際、この男の言っている事は間違いではないが、あまりにも情報が少ないというのが事実だ。

(……そういえば、元警察の探偵がいましたね)

 とある女性探偵の姿を思い浮かべながら、男は承知したと伝えてタバコを押し付けると、その場を後にした。








◆ ◆ ◆








「――唐島組、ね。なかなか面倒な相手が絡んできたわね……」

 事情を聞いた飛鳥は重い溜息を吐きながら武彦の言葉に答えた。

 唐島組と言えば、確かに小さいヤクザではあるが、大きなヤクザを背中に携えた面倒な組織であり、この『RabbiTail』の裏側につこうと一時期ちょっかいをかけてきた相手である。

 そんな連中が絡んでいるとなれば、もはや一介の探偵では分を超えていると言うべきだろう。それこそ、何かしらの組織――つまりは警察などでなければ、あまり容易に手を出して良い相手ではないというのが事実だ。

「――つまり、この事件は警察が表沙汰にしたいんじゃなくて、唐島組の悪事を暴く為に息子を餌に依頼してきたって考えるのが妥当なんじゃないかしら」

「ど、どういうことですか?」

「単純な話だ。どうしようもない放蕩息子を利用して、唐島組を一網打尽にする。そういう手法を取ろうとしている可能性があるって、そう言いたいって事だろ?」

 武彦の言葉に飛鳥が頷いて答えてみせる。
 ここまで話が進んだところで、美香はこの事件が大きく動いているのだとようやく実感する。
 それと同時に、自分達に何が出来るのかと不安が胸中を襲う。

「……飛鳥、情報ありがとよ。んじゃ、こっから先は俺の領分なんでな。悪いが美香、お前は連れて行けねぇ」

「……え?」

「そうね。美紀ちゃんは気持ち良く終われないとは思うけど、ここから先はただお手伝いしているだけの人間が手を出して良い領域じゃないわ。手を引いた方が良いと思うけど?」

 武彦に続いた飛鳥の言葉。

 確かに自分には何が出来るのか定かではない。だが、このまま終わらせてしまうのは決して気持ちのいいものではない。

「……それじゃ、美香。この分のバイト代は今度ここに持ってくる」

「……あ……ハイ……」

 どうにも腑に落ちない、突然の幕引き。

 そんなものを目前に突き付けられた美香は――――。








To be continued....






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いつもご依頼有難うございます、白神です。

今回は最後、突然の忠告に戸惑うところで終わりました。
次話で決意ですね。

@ 武彦の言葉に従う。
A 武彦には悪いが、勝手に動いて調べてみる。

今回はこちらの二択になります。

お楽しみいただければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願い申し上げます。


白神 怜司