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<東京怪談ノベル(シングル)>


シナリオ・ブレイク


 魔王の仕事は、2つ。
 1つは、ラストダンジョンの奥深くで、勇者たちがやって来るのをひたすら待つ事。プレイ時間が何百・何千時間に及ぼうとも、待ち続けなければならない。ラストダンジョンから、1歩も外に出てはならないのだ。
 もう1つの仕事は、やって来た勇者たちと戦う事である。
 たとえ勝ったとしても、それで魔王による世界征服が完了して悪の側のハッピーエンド、となるわけではない。時間が、最終決戦直前まで巻き戻されるだけである。
 魔王に倒されたはずの勇者たちが、何事もなく生き返り、と言うより倒された事実そのものを消去され、際限なく戦いを挑んでくる。魔王を倒すまで、何度も何度も。
 倒されるまで、勇者たちと戦う。それが、魔王の役割だ。
 その役割を放棄してしまった魔王に、一体いかなる選択肢が残されているのか。
 元の世界に戻る。その一択のみであるのは、言うまでもない。
 問題は、手段である。
 元の世界へと戻る道は、太一が自力で探すしかない。高峰沙耶は、そう言っていた。
 実のところ探すまでもない、と松本太一は思った。
 思わせぶりなものが、すぐ近くにあるからだ。
 玉座の背後。壁一面に彫り込まれた、醜悪・巨大な怪物の像。
 口を閉じたまま牙を剥いていた、その怪物が、いつの間にか口を開いていた。まるで、玉座もろとも魔王を呑み込もうとするかのように。
「あの勇者たちが、魔王討伐を諦めた……その瞬間に、口を開いたのよ」
 沙耶が、説明をしてくれた。
「それが何であるのか、今の貴女なら」
「わかります」
 太一は言った。
「ラスボスを倒した後で入れる、隠しダンジョンの入口……ですよね?」
「魔王を倒した勇者一行。その誰か1人でも、元の世界へと戻る事を望んだら開く入口……そのはずだったのよ」
 だが、あの勇者4名は全員が、元の世界への帰還を望まなかった。
「帰還を望んだのは、よりにもよって魔王である貴女……かつて勇者の1人だった貴女が、元の世界へ戻る事を望んでしまった。だから開いてしまったのよ」
「元の世界へと繋がっている、隠しダンジョンが……ですね」
 言いつつ太一は、己の格好を見下ろし見回した。
 重い胸の膨らみを支える金属製のブラジャーは、角の生えた頭蓋骨の形をしている。
 ネックレスを重ね合わせたような網状の純金製ミニスカートは、むっちりと張り出した左右の尻をほとんど隠しておらず、本当に肝心な部分だけを辛うじてカバーしつつ食い込んだ下着が、透けて見える有り様だ。
 柔らかく形良く膨らんだ両の太股は、付け根の部分からほぼ完全に露出している。
「こ、この格好で……元の世界へ戻るしか、ないんですか? 着替えとか」
『貴女ねえ、何事もなく元の世界へ戻れるつもりでいるわけ?』
 頭の中で、女悪魔が呆れている。
『この隠しダンジョン、私の目から見ても……相当やばいわよ。魔界と同じくらいに、邪悪な気が漂い出しているわ』
「魔王を倒した勇者用に造られたダンジョン。怖じ気づくのも、無理はないわね」
 口調静かに、沙耶は女悪魔を挑発している。太一は、そのようにしか思えなかった。
『まだ私たちを……掌の上で転がしている、つもりかしら?』
 女悪魔が、ものの見事に挑発されている。
『私たちを手駒にして、チェスの名人を気取っていられるのも今のうちよ。心しておきなさいっ』
「貴女たちは、自分の意思で盤上からも飛び出してしまいかねない最強のクイーンよ。手駒にする事など誰にも出来はしないわ」
 沙耶が微笑んだ。
「それにね、制御不能の状態に陥っているのは、この世界も同じ。貴女たちが、システムを破壊してしまったのだから」
「私たち……まだ何もしてませんよ? これから帰ろうとしているだけで」
「魔王と勇者との最終決戦が、行われなくなってしまったのよ。これ以上のシステム破壊はないわ」    
 魔王の城が……いや大地そのものが、微かに揺れた。
「この世界の、あちこちで不具合が起こり始めている……あの勇者4人も、悪戦苦闘しているところでしょうね」
 言いつつ沙耶が、怪物の大口に視線を向けた。
「その隠しダンジョンも同じ事。本来なら、適当にレベル上げをしながら進んで行けば普通に元の世界へと戻れる作り……だけど今は、中でどんなバグが発生しているのか、私にもわからないわ。はっきり言って、きちんと元の世界に繋がっているのかどうかも怪しい状態よ」
「高峰さんにもわからない、つまり貴女の力が全く及ばない領域と。そういうわけですね」
 怪物の大口から、電光が溢れ出してバチッ! と火花を散らせた。
 凄まじい魔力が迷宮内で渦巻いているのは、間違いない。
「……じゃ、行きましょうか」
『貴女ずいぶんと……今までになく、やる気満々なのねえ』
 女悪魔が言った。太一は応えた。
「これ以上、貴女と高峰さんを一緒にいさせておきたくありませんから」
『……子供のケンカみたいな事は、しないわよ』
「安心して……私はもう、ここには……いられない……」
 高峰沙耶の優美な姿が、揺らいだ。まるでノイズの走った映像のように。
「この世界が……不具合を、起こしている……私も、存在しては……いられない……」
 沙耶が、ノイズに歪められながら消えてゆく。
「貴女たちが、その迷宮に足を踏み入れる……それはつまり、ラストダンジョンの最終フロアを1歩も出てはいけない魔王が……その1歩を、踏み出すという事……何が起こるのか、私にも……もう誰にも、想像出来ない……」
 最初からいなかったかの如く、高峰沙耶は消え失せた。
 一瞬の沈黙の後、女悪魔が言った。
『貴女の想像なんて、最初の1歩で超えてあげるわ……さ、行くわよ』
「最初の1歩……ですね」
 怪物の口から溢れ出す電光の中へと、太一は足を踏み入れた。
 ただひたすらに、勇者を待つ。
 それ以外の行動を一切、許されていなかった魔王という存在が、ラストダンジョンの外へと踏み出した、最初の一瞬であった。