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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.19 ■ 非凡な少女―F






 メイヴェル女性探偵事務所に所属する探偵、神楽由香里。
 凛々しさと言うべきか、あるいは鋭さとでも言うべきか。そんな彼女の気の強さを表すような切れ長の瞳で、由香里は美香を値踏みするかのように視線を動かした。

(……ただの野次馬根性であの学園に足を踏み入れた、という訳ではなさそうね)

 突然自分を訪ねてきた探偵――つまりは自分の事ではあるが、そんな存在に接触されても特に忌避する様子は見えない。
 学園の名前を出してはみたものの、特に驚いた様子すら見せずに「はぁ……」とまるで気のない返事を返され、由香里は美香という人物を量りかねていた。

 対する美香は、学校側が自分に接触してきた意味に思考を巡らせていた。

 上八木省吾の通う閉鎖的な学校。
 確かに何か謝罪をしたいと申し出されたのは記憶しているが、学校内に潜り込んだ時にそれは一度断っている。
 美香自身が謝罪を受け入れず、その代わりに上八木省吾についての情報を得ようと試みた結果が神楽由香里の登場ではあるが、それは学校側もまた美香の存在を量りかねた結果であると言えた。

「それで、どうして学校が私に?」

「え?」

 不意に投げかけられた質問に、由香里は目を丸くした。

 由香里が依頼されたのは、「学校の防犯カメラに映った人物――つまりは美香の事ではあるが――を調べ、その情報をこちらに欲しい。願わくば謝罪がしたいので連れて来て欲しい」という旨のものだ。
 詳しい事情は知らないが、どうやら学校の生徒が不埒な真似を働こうとして被害に遭いかけたそうだが、謝罪しようにも逃げるように帰ってしまったらしい。
 それが由香里の得ていた美香の情報だ。

 そんな前情報があるからこそ、当然学校の名前を出せば多少の嫌悪感などは抱くだろうと踏んでいた。
 だが美香の反応はまるでそんな様子すら見せてはいない。
 ただきょとんとした表情で、むしろ自分を訝しむ様子だけがあるようなそんな印象だ。

「……あまり立ち入った話をするのもアレなんだけど……。生徒がアナタに不埒な真似をしようとしたとか」

「……? その話なら、もう謝罪もされてますし別に怒ってはいませんけど……?」

 由香里は美香の答えに困惑した。

 自分が想像していた不埒な真似とは、つまりは強姦未遂などといった部分だ。
 わざわざ学校側が自分のような探偵を雇い、被害者を探してまで謝罪したがるのだ。それぐらいの惨事を招いたのだろうと推測していた。

 だが、美香の返した返答はそんな影すら見せないものだ。

(……どういう事?)

 由香里は逡巡する。

 元刑事の女性探偵、神楽由香里は女性被害者を犯罪の手から未然に防ぐべく、警察を辞職した女性だ。
 奇しくも警察とは、事件が起こらなければ大々的には動けない組織だ。
 余談ではあるが、由香里が警察を辞職したのはストーカー被害によって傷付いた女性達を守りたいという意識からであった。

 卑劣な事件も、事件性がないと上層部が判断してしまえば様子を見ろの一点張りだ。
 そういった状況を見過ごせずに探偵となった。
 心情的には、美香の味方でありたいと思っているからこそ今回の依頼を受けたとも言える。

 だが、まるで依頼者と被害者――この場合は美香であるが、その両者の間には何か齟齬があるような気がしてならない。

「とりあえず、少し事情だけでも聞かせてもらえないかしら?」

 情報が捻じ曲がっているのであれば、それはつまり自分を学校側が利用しようとしている可能性もある。
 そう当たりをつけた由香里が尋ねるが、美香は僅かに難色を示して喉を鳴らした。

「んー……、ごめんなさい。私今から出勤しないといけないんです」

「そう……。だったら、仕事が終わってからさっきの名刺に書かれたケータイに電話してもらえるかしら?」

「あ、分かりました。それじゃあ、失礼します」

 短く返事をして、美香が由香里を背に歩き出す。



 しばらく歩き続けたところで、美香は後方へと振り返る。
 どうやら由香里は自分を尾行している訳ではないらしく、美香はそれを確認すると安堵の溜息を漏らした。

(……学校側に私が知られた、ってことだよね……)

 学校では名乗りもしなかったはずだが、あの女性探偵が自分の正体を掴んで接触してきたのは明らかだ。
 平静を装ってはみたものの、それで良かったのか美香には判断がつかなかった。

(……相談、してみようかな……)

 一瞬脳裏に過ぎったのは眼鏡をかけた男の探偵――武彦の姿であった。
 だが自分がこれ以上事件に関わるなと言われた以上、今の自分が学校側に接触されたと教えれば武彦の手を煩わせる結果になりかねない。
 それに、由香里の誘いを受けて学校関係者と会ってみるかとも一瞬考えてはみたが、それはあまり得策ではない気がしたのだ。

 一度飛鳥に相談しよう。
 そう決めた美香は、いつもよりも少し速い足取りで店へと向かって歩いて行くのであった。





◆ ◆ ◆





 店へと辿り着き、飛鳥に相談したい事があるとだけ告げて美香はその日も仕事に就いた。
 そこまで長い時間ではなく、接客の内容も指名客との雑談が多いという異質な接客スタイルではあったが、難なく就業時間を終えた。

 外はすっかりと暗くなったが、繁華街にあるこのビルの近くはまだまだ活気に溢れていた。
 美香の就業時間は比較的早い時間で終わる事が多く、夜は他のキャスト達と入れ替わるような形である。

 着替え終わり、事務所の扉を叩いて中へと入った美香が、飛鳥に促されてソファーに腰掛けた。

「お疲れ様。それで、相談ってどうしたの?」

 向かい合うソファーに腰掛けて、飛鳥が美香へと尋ねた。

 ぽつりぽつりと美香は語る。
 メイヴェル女性探偵事務所の神楽由香里が訪ねてきた事や、そんな彼女にすでに名前を知られていた事。
 そして、その探偵は先日まで関わっていたあの学園の依頼で動いていた事などを。

「――……私、誰に話して良いのか解らなくて……」

 一部始終を聞いて美香が飛鳥をちらりと見やる。
 飛鳥は自分の顎に手を当て、目を閉じて考え込みながら沈黙していた。

「……あの、飛鳥さん。やっぱり、そんなの言われても――」

「――ねぇ、美紀ちゃん」

 美香の言葉を遮って飛鳥が口を開いた。

「その女性探偵、もしかしたら味方になってくれるんじゃないかしら」

「え?」

 予想だにしていなかった飛鳥に言葉に、美香が目を瞠った。

 大局的に見れば、今回の依頼者である警察、上八木省吾を利用していると思しき唐島組。そして間接的に被害者である学校は、立ち位置からしてどちらにも属していない。
 営利団体である以上、被害を被りたくはないという点ではどちらにもつきたくないのが心情だろうと飛鳥は推測する。

 今回わざわざ美香を調べさせたのも、恐らくは口封じの一手を投じる為だ。
 彼らは恐らく、上八木省吾を預かっている立場だからこそ当たり障りなく問題が解決して欲しいだけに過ぎないだろう。

 逆に、もしも唐島組が学校に関与しているのであれば、美香に接触してくるべきは唐島組の構成員である可能性が高い。
 それは警察にも言えることで、警察に関与しているのであれば刑事が動いただろう。
 そのどちらでもない学校は今、両者に挟まれた状態だ。

 そんな状況で、営利団体を経営するという点では飛鳥も学校側の心情は手に取るように理解出来た。
 つまり学校は、今回の騒動を大きくしたくはない。水面下で処理出来るに越した事はないのだろう。

「――でも、それで学校側が仲間になったって、あまりメリットはないんじゃ……?」

 分かり易く説明してくれた飛鳥へ、美香が改めて尋ねる。

「美紀ちゃんはどうしてそう思ったの?」

「え、っと……。学校側を味方に入れても、ヤクザと警察のやり取りには何も影響はしないんじゃないかなって思って……」

「えぇ、確かに普通ならそう考えるでしょうね。でも美紀ちゃん。
 美紀ちゃんがあの探偵事務所で受けた〈依頼〉は何だったかしら?」

「……あ……」

 飛鳥の言葉に美香は目を瞠った。
 そもそも美香が受けた依頼――正確には武彦が依頼を受け、美香が助手を務める形になったのは、あくまでも上八木省吾の行方捜索だったはずだ。

「学校が協力してくれれば、上八木省吾には接触出来るかもしれない。いくらヤクザが絡んでいるとは言っても、所詮は高校生。行動出来る範囲なんて限られているし、恐らくはそんなに遠くには行っていないでしょうね。
 だとすれば、きっとその少年は友人の家を転々としていたり、あるいは誰かと連絡を取り合っているかもしれないわね」

「じゃあ、学校が味方になってくれればもっと情報収集がしやすくなる、かもしれない……?」

「そうね。取引に成功すれば、だけど」

「取引?」

 美香の問いに飛鳥がにやりと口角をあげた。

「学校側は、『問題になって欲しくない問題児』を抱えているそうね。つまり、問題になったとしても『学校側に責任を問われなければどうなろうと構わない』というのが本音でしょうね」

「そんな……。学校は生徒を守ろうと……」

「そんな建前だけなら、わざわざ探偵を雇って美紀ちゃんに接触してまで〈火消し〉をしようとはしないわ。
 恐らく学校は、今回美紀ちゃんが潜り込んできた理由を知りたがっている。それに確か、上八木省吾って名前を出したのよね?」

 飛鳥の問いに美香がこくんと頷いて答えた。

「だとすれば、今頃学校はこう考えているでしょうね。
 ――問題が表沙汰になっては困る。どうにか水面下で解決さえしてくれれば、ってね。
 だからこそ、取引するの。
 もしも情報提供さえしてくれれば、学校側には責任を問わないように確約を取ります、ってね」

「学校側に責任を問わないようになんて、出来るんですか?」

「出来るでしょう? だって依頼者は……――」

 ――警察のトップであり、上八木省吾の父親なのだから、と飛鳥は告げて笑みを深める。
 その姿に、美香は言い知れぬ底の深さを感じ取り、わずかに身震いすら感じた。








to be continued...



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いつもご依頼有難うございます、白神です。

今回は道標役の飛鳥と、謎の女性探偵神楽由香里との邂逅でした。
今後の展開に大きく関わるターニングポイントです。

ちなみに武彦に相談した場合、武彦が一方的に動く展開になる予定でした。
実はブービートラップ気味だったのです。

次回選択肢は二つです。


@神楽由香里と連絡を取り、学校側の真意を探る。
A武彦に連絡を取り、先に依頼者である上八木省吾の父に確約してもらう。

学校と依頼者のどちらを取るか、ですね。
これによってまたストーリーが動きます。

それでは、今後共宜しくお願い申し上げます。


白神 怜司