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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.20 ■ 非凡な少女―G






「――……えぇ、分かったわ。先方にはこちらから連絡を入れておくわね」

 翌朝、メイヴェル女性探偵事務所。
 女性が被害に遭いやすい事件を取り扱う、女性のみで構成された探偵事務所である故か、事務所内は小奇麗に整理され、清潔感がある。
 比較的、探偵といえばどこか仄暗さを持っている印象を与えやすいが、そういったものを払拭するべく印象造りをしている、といったところだろうか。

 そんな探偵事務所の所長である神楽由香里は、電話を切ったまま思案顔で顎に手を当て、何かを考え込むような素振りを見せていた。

(……一体、何を考えているのかしらね)

 由香里は電話をしてきた相手であり、今回の自分が受け持ったクライアントが接触を図った人物――深沢美香について、疑問を抱いていた。

 学校側が起こした、言うならば〈不祥事〉。
 それに対し、一切の嫌悪感も忌避感も感じていないように見受けられた印象。

 先日の邂逅。依頼された内容が内容である。
 例えば、美香がこうした類の被害女性ならではの一方的な拒絶行動に出ているのであれば、今しがた連絡してきた内容にはまず至らない。

 ――「学校側と、少しお話をさせてもらいたいのです」

 それは糾弾するといった部類ではない。
 まるで、交渉の場を設けようとしているかのような、そんな印象が感じ取れた。

「所長、どうかなさったんですか? 難しい顔をして」

 不意に由香里の意識が思考の海から引き上げられた。
 ホットコーヒーを机に置いてくれた、この事務所の一人の事務員の女性が声をかけてきた事に気付き、由香里は生返事を返しながらコーヒーを口にする。

「……ねぇ、ゆきちゃん。アナタはどう思う?」

 由香里はぽつぽつと美香の状況を語り、そんな彼女が先程連絡してきた提案について説明した。

 このゆきと呼ばれた女性は、実務経験のない所謂見習いとしてメイヴェル女性探偵事務所で働いている。

 刑事という括りであった由香里ではどうしても捜査路線を優先にしがちで、感情や女性の心情のフォローというのは苦手な分野であった。
 それ故に、聞こえが悪いがずぶの素人とも呼べる事務員などが接客をしてくれる方が、一人の女性としての価値観や答えを導いてくれる傾向がある。

 ゆきというこの女性は、そんな中でも心情を見て察する能力に長けていた。
 探偵モノや刑事モノの小説や映画が好きで、すぐに誇大妄想してしまうのが玉に瑕ではあるのだが、それもまた由香里の持っていないものだ。

 ただ依頼をこなせば良い、という考えを由香里は持ち合わせていない。
 だからこそ、別の発想が欲しかった。

「――……同業者か、もしくは警察が裏で彼女と動いている、とかですかね……!」

 ゆきと呼ばれた若い事務員が、大好きな壮大なストーリーを目の当たりにしたかのように目を輝かせながら告げた言葉に、由香里は目を瞠った。
 本来なら「またいつもの妄想?」とでも言って茶化してやりたいところではあるが、今回ばかりはそう出来ない何かを感じ取ったのだ。

「どうしてそう思うの?」

「んー。普通は、その被害者の女の子――美香――からしてみれば、学校側に対して憤ってみたり、泣き寝入りするなら神楽さんに何か言ったりもしますよね?
 でももし、『何かを追って、自ら学校側に入り込む為に生徒と接触した』んだとしたら、わざわざ学校側に『責任を問う道理がない』ですよね?」

「……つまり、もともと彼女自身が学校側に接触を図ろうとしていたかもしれない、ってことかしら?」

「あはは、私の悪い癖ですよね。そんな小説みたいなことある訳ないのに」

 ――果たしてそうだろうか。
 由香里は改めて、ゆきの推測を根底に美香の挙動を思い返す。

「……ありがとう、ゆきちゃん。何となくだけど、見えてきた気がするわ」

 きょとんとしたゆきに対し、由香里はコーヒーを改めて口にする。
 誰かが、何者かが美香の背後には存在している。

 ただの強姦未遂と、企業の火消し。
 そんなくだらない事件だろうと高を括っていた由香里であったが、もっと大きな背後関係があるのかもしれないと考えると、刑事として培ってきた何かが熱を持った気がした。





◆ ◆ ◆





 午後になると、外は生憎の空模様であった。
 皮肉にもそんな状況こそが、自分達の状況を示しているかのような気すらする、『私立凪砂高等学校』の教職員。

 今職員室には、美香と由香里の二人がソファーに並んで座っていた。
 そんな二人と対面するのは、美香に声をかけた山岸という職員の男と、その隣には中村という狡知さを感じさせる、生理的に受け付けにくい印象を与える教頭だと名乗る男の姿があった。

 二人としては、由香里には同席して欲しくはなかったというのが本音だ。
 お詫び――という名の買収をしようにも、この探偵にそんな状況を見せてしまっては都合が悪い。
 だが、この交渉の場には自分も同席させて欲しいと由香里は美香に告げ、美香がそれを承諾してしまったのだ。

 今更無下にしてしまえば、美香との交渉の席は二度と設けられないだろう。
 そう踏んで、山岸と中村はこの場に臨んでいた。

 先に謝罪を口にしてしまえば、学校側が非を認めたことになる。
 ここは先手を取ってもらおうと考え、そう打ち合わせていた山岸と中村は互いに本題には入ろうとはせずに、美香の言葉を待つかのようだ。
 由香里はそこまで理解し、そのずる賢いやり口に内心で舌打ちした。

 ――だが、そういった常識が一切通用しないのが美香という少女である。
 それを三人が思い知らされたのは、それから間もなくのことであった。

「単刀直入に言います。上八木省吾。彼の親しい交友関係、それに彼がよく付き合っていた友人の名前と住所。それさえ頂ければ、今回の件は不問にします」

 山岸、それに中村の顔が凍り付き、由香里は目を見開いた。
 よもや事務員の憶測が本物であったと認めざるを得ない、そんな要求だったのだ。

「か、上八木クン、ですか……」

「私は今回、上八木省吾クンを追って学園近くで聞き込みをしていました。その際にそちらの生徒に『連れ込まれた』という訳です」

「し、しかし……。生徒の情報を引き換えにするなど、教職員として見過ごす訳には……」

 中村が動揺しながらも模範的な回答をもって美香に答える。
 だがそれでは詰めが甘い。
 由香里はちらと見た美香の横顔を見て、そう確信する。

「――上八木省吾。彼の件が明るみに出て、学校側に責任が問われては困る、ということでしょうか?」

「……ッ!」

 図星を突いた美香の言葉に、中村は顔を青くした。

「でしたら、これでいかがでしょう?
 学校側は、彼を『守ろうとした』。しかしそれは、情報を隠して守るのではなく、彼の身を案じ、彼を探している私に情報を提供し、『協力した上で守ろうとした』」

 ――どうやら、あの事務員は自分よりも慧眼を持っているらしい。
 由香里は美香の言葉を聞いて、そんなことを考えながらくつくつと込み上がる笑いを噛み殺す。

 ただの被害女性?
 強姦未遂された、憐れな少女?
 そんなものはこの横顔とこの姿を見て、一瞬にして払拭された。

(……誰かに操られている。背後に何者かがいる。例えばそれが真実だとしても、だからと言って交渉の場で形勢を一気に自分の方向へと持っていくだけの胆力なんて、そうそう身につくものじゃないわ。
 ただの少女と思っていたけれど、深沢美香。この子は、どう見ても普通じゃないわね)

 由香里は確信する。
 この少女は、ただただ平凡な少女のそれとは違う。

 ――――非凡な少女。

 その言葉こそが、相応しい。

 中村の山岸の二人は、眼前に突き付けられたこの美香の言葉にぐうの音も出ずに顔を青くしている。
 本来、この交渉の席は学園側にとってのホーム、美香にとってのアウェイだ。
 にも関わらず、すでに流れは決している。

 精神的な余裕も消え、すでに選択肢はない。
 あとは腹を括り、「YES」の返事を返すだけが精一杯といったところであろう。

 ――だが、どうやらそう簡単に事は運んでくれないようである。

「……確かに、それならば我々としても痛くはない。ですが、信用出来かねますね」

 口を開いたのは、あっさりと心を追った中村ではなく、その横の冷徹そうな印象を携えた男、山岸であった。
 四角い眼鏡を指で動かし、山岸は言葉を続けた。

「生徒の情報を外部に漏らしてしまっては、学校側の信用問題に関わります。それこそ、今回の『女性を乱暴しようとした』という不祥事は消せるでしょうが、今度は『生徒を売った』という汚名がつきかねない。
 そういった部分でもしもアナタがこちらを糾弾されたりでもしたら、たまったものではありません」

「私がそんな真似をするとでも?」

「アナタ自身が、という訳ではありません。が、これは一種の武器になりかねない。はいそうですか、と納得出来る問題ではないのですよ。
 ずいぶんと頭が回るようですが、それならば我々が『お詫び』をしたいという意図もすでにご存知でしょう?」

「口止めのこと、かしら?」

 由香里の言葉に中村が必死になって言い繕おうとしてみせるが、山岸がそれを一言で制し、頷いて続けた。

「我々としては、『不利益を被らない確信』が欲しい。そういったものがないのでは、この交渉に応じることは出来ませんね」

 ――中村とは違い、どうやらこの山岸という男はあくまでも冷静なようだ。
 美香も、由香里もまたそう感じ取っていた。

 美香は今回、この判断材料だけで交渉は成功すると踏んでいた。
 利害関係は一致しているし、自分が学校側に責任を要求しない代わりに情報をくれと提案すれば、きっと学校側も乗らざるを得ないだろう、と。
 現に、中村はそれにあっさりと応じようとしていたはずだ。

「……つまり、そういった確信を得られないのであれば、交渉は決裂する、ということですか?」

「……ふむ。難しい問題ですね」

 美香の問いに、山岸は眼鏡を光らせた。

「そうですね……。でしたら、その件の少年――上八木省吾の父にその約束をして頂けるなら、というのはいかがです?
 欲する情報そのものの保護者であり、警察のトップ。そんな人間のお墨付きとなれば、我々としては協力を惜しむ必要もなくなります」

 ――やられた。
 由香里は山岸という男の情報を上方修正する。

 上八木省吾が警視庁の官僚の息子であることは、由香里もすでに調べている。
 美香がその情報を探っていたというのも山岸から聞かされていたのだ。

 今回の件での交渉に、警視庁のトップが介入する。
 そうなれば、確かに情報を売ったという事実は武器にならない。
 何せ保護者の許可と、事件にしないという警察の許可が同時に得られるのだから。

 これでは、美香は折れざるを得ない。
 さすがに警察のトップに、どうやったって――。

「え、許可ならもらってますけど?」

「「「は……?」」」

「だって、こっちの依頼者はその上八木省吾のお父さん本人ですし」

 ――――やられた。

 今日何度目かの、由香里の心の呟きであった。





to be continued...




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いつもご依頼有難うございます、白神です。

今回は学校側との交渉をメインに、題名に沿う話を出しつつ、
真相への一手を取りました。
とりあえず今回は選択肢はなし、という形になり、
次回の捜査へと直結する予定です。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共よろしくお願い申し上げます。

白神 怜司