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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Mission.16 ■ 監視






「――何で下着姿なのかって、そんなの試着室だからに決まっているでしょう? ここは着替えて服の様子を見る為の場所よ?」

「そ、そういう事言ってるんじゃ――!」

 確かに当たり前の質問なのだが、当然フェイトが口にした疑問はそこではない。
 慌てた様子で説明しようとしたフェイトの口元に、真っ白く細い指がぴたりと言葉の濁流を塞き止めるかのように添えられた。

「――どこから傍受されているのか、監視されているのか分からないわ。だからこうして、指向性の集音マイクの当てられない場所が必要だった。そう言えば分かる?」

 エヴァの言葉にフェイトの目の色が変わる。
 かつてのあどけなさとは何処か違う、仕事をする大人の眼とでも言うべきだろうか。

 ――成長したのね。
 僅かな言葉だけで事情を察してみせたフェイトを見て、エヴァは心の中で呟いた。
 かつてのフェイトならば、こうした状況には事情があったとしても呑み込めるような性格はしていなかったはずだ。

 とは言え、自分も女である。
 黒い下着姿で迎え入れた試着室で、大胆な行動に出た分、もう少しどぎまぎとした姿を見せてもらいたいものではあるのだ。
 それすらも仕事に切り替えてしまったフェイトには意にも介さないというのは、女としてのプライドが少しばかり傷つけられたような気さえする。

 仕事としてはやりやすいのだから、決して文句を言うべき場面ではない。
 そうではないのだが――――

「痛……ッ!」

「レディーの下着姿を前に、仕事だからってあっさりと納得されるのも嬉しくはないわ」

 ――エヴァの指がフェイトの頬へと移動し、抓りあげる。
 むっと頬を膨らませてみるのだが、当の本人は相変わらずの朴念仁ぶりであるらしく、どうしてそんな反応をするのかと言いたげな顔をしている始末である。

 ともあれ、エヴァはフェイトに背中を見せると、服を着ながら口を開いた。

「フランスのエージェント、アリアと行動しているみたいだけど、気をつけなさい。監視されているわ」

「……ッ! 監視……?」

 透き通る白い素肌から視線を逸し、フェイトが答える。
 布と肌のこすれ合う音を聞きながら顔に手を当てたフェイトを鏡越しに見つめ、エヴァは悪戯が成功したと言わんばかりに表情を緩めると、改めて続けた。

「えぇ。ウイからの情報で、どうやらそれがあの少女――アリアという子を監視するかのようにカメラがハッキングされているそうよ」

「一体誰が?」

「考えられるのは恐らく、アリアと同じフランスのエージェント――ルーシェという男ね」

「な……、どうしてそんな真似を? 仲間なんだろ?」

「……ねぇ。フェアリーダンスの件について、昔IO2でも似た内容の実験があったなんて言ったら、どう思う?」

 探るように尋ねてきたエヴァの言葉に、フェイトは思い出す。

 D-File。
 武彦から送られてきたあのファイルによれば、確かにIO2でもそれに似た実験をしていたと言うべきだろう。
 何となくではあるが、恐らくエヴァが言いたいのはその実験の事ではないかと察したフェイトは、ゆっくりと口を開いた。

「ありえない、とは思ってないよ」

「……知っているのね。ディテクターから何か聞いていたの?」

 もはや誤魔化しなど要らない、とでも言わんばかりのエヴァの言葉にフェイトが僅かに眼を瞠り、沈黙する。
 その沈黙は肯定だ。そう悟ったエヴァは「そう」と小さな声で呟きながら、ようやくスカートに手をかけ、それをゆっくりと腹部にまで引き上げた。

「どうして、エヴァがそんな事を調べてるんだ? IO2に入った、のか?」

「正確に言えば、私はIO2の直接的な職員ではないわ。そうね、昔風に言うなら、とある人物の私兵として働いている、といったところかしらね」

「とある人物って……」

「頭が良くて、頼りになる人物よ。まぁ、見た目の幼さと壊滅的なシャツセンスだけはどうにかして欲しいとは思うけど」

 そう言われてフェイトの脳裏に一人の少女――と言って良いものなのか怪しい人物が思い浮かぶ。

「影宮憂、か」

「……霊鬼兵という立場であった私の身体を調べる代わりに、私の望みを叶えてくれるって彼女は言ったわ。だから私は、彼女の下で働かせてもらう事にした」

「……どうして……」

 フェイトが何かを言おうとしたその時、白いシャツのボタンを留めていたエヴァが再び振り返り、フェイトの眼をじっと見つめた。
 初めて会った頃は、たいして身長の差もなかったはずだ。なのにあれから4年。少しだけ、エヴァは見上げる形になってフェイトを見つめた。

「……どうして表の世界に行かなかったのか、なんて野暮な事は言わないでね。私はすでに、そういう選択をして良い立場にはいなかったわ。だったら、せめてそういう人の力になれる場所にいたい、と。そう願っただけ。
 あの時のフェイトの言葉を忘れた訳じゃ、ないわよ」

 東京壊滅に至った、エヴァとの邂逅。
 その時にフェイトが、まだ工藤勇太個人として生きていた頃の言葉を、エヴァもまだ一字一句間違えずに憶えている。

「……そっか」

「えぇ、そうよ」

 短い言葉と共に、ようやく服を着たエヴァが幾つかの売り物の服を手に持ってカーテンに手をかけた。

「とにかく気をつけなさい。あの子が自分の意思でフェイトのもとへと向かったのか、それが指示されたものなのかは分からないけど。そんなものとは関係なく、きな臭い何かが動いているのは間違いないわ」

「……あぁ、分かった。あ、エヴァ」

「何?」

「……今俺が出るって、なんか凄い誤解を招きそうなんだけど……」

 ………………。

「……そうね。頑張って」

「他人事!?」

 慌てて尋ね返したフェイトに向かってエヴァが振り返ってニヤリと嗤う。
 同時に、シャッと軽快な音を立ててエヴァがカーテンを開き、周囲からの視線を集めてみるのだが、すでに後ろにフェイトの姿はなかった。

(……テレポートする程の事でもないでしょうに)

 最後にからかってやろうかと考えていたエヴァであったが、それをあっさり回避されてしまったらしい。
 そんな事を考えると、店員に服を返してエヴァは雑踏の中へと紛れていくのであった。











『……どうしたの?』

『いや、別に……』

「もう、勝手に店から出なくても、一声ぐらいかけてくれれば良かったのに」

 アリアと凛の二人と合流し、フェイトは疲れきった表情を浮かべて答える。

(……忠告してくれたのはありがたい。ありがたいけども……さぁ……!)

 突然ニヤリと笑ったエヴァに寒気を感じ、条件反射で能力を使ってトイレの個室へと飛んだフェイトであったが、実に心臓に悪いと言えるだろう。
 いつか何かしらの形で復讐してやると心に誓いながら、フェイトは苦い笑いを浮かべていた。

 一方、凛とアリアはすっかりと打ち解けてしまったらしい。
 簡単な英語程度なら理解出来る凛と、英語圏ではないアリアの会話はどうにかキャッチボールが成立しているらしく、徐々にその会話も増えているようだ。

(……それにしても、監視か……)

 つい先程エヴァに言われた言葉を思い出し、フェイトはちらりと監視カメラに眼を向けた。

 あの虚無の境界との激突以来、街中には数多くの監視カメラが存在している。
 それは確かに防犯の役割を果たしているのかもしれないが、それと同等に監視するには相応しいと言えるだろう。
 ハッキングしているのだとすれば、この瞬間もこちらを見ているのかもしれない。
 そう考えると、おのずとフェイトの視線も険しいものへと変わっていく。

 ――ちょうどその時だった。

「……あれは一体、何の騒ぎでしょう?」

 凛の言葉に現実に引き戻されたフェイトが、凛の視線の先に出来た人集りを見つめた。
 何やら騒然としているようだが、何かのイベントなのだろうか。

 ここはショッピングモールの二階部分に当たるのだが、それは一階の広場だった。
 吹き抜けとなっているその場所から視線を覗かせたフェイトに気付き、アリアもまたガラス越しにその場へと視線を向ける。

 ――その瞬間だった。

「きゃああぁぁぁッ!」

 耳を劈くような悲鳴と同時に、まるで蜘蛛の子を散らすように人集りが散開し、走りだした。
 身を乗り出すように覗き込んだフェイトと凛が、事態を把握しようと注意を凝らす中、そのすぐ隣に立っていたアリアの瞳はすっと冷たく光を失った。

「あれは……、血痕……!?」

 そんなアリアの変化に気づかずに、凛が呟いた。

 人集りの向こうにあったのは、倒れた若い女性の姿とその周囲に広がった赤い華。
 間違いなく、誰かが怪我をしているようなそんな様子であった。

「――凛! 俺は今から向こうに行って様子を見てくる! アリアちゃんを連れて、IO2に状況を報告してくれ!」

 それだけ言い残したフェイトに凛が返事を返すと、フェイトは目の前にあったガラスの仕切りを軽々と飛び越え、一階の通路へと飛び降り、着地してみせる。

 あの虚無の境界の一件以来、IO2は警察機関とほぼ同等の国家権力として認められている。
 と言うのも、能力者による事件が増えてきたという経緯も関係しているのだが、今はそんな事はどうでも良い。

 飛び出したフェイトをフォローすべく、早速凛が周囲を見回し、フェイトの死角となり得る場所を見渡せる場所に目星をつけた所で、振り返る。

「行きましょう、アリアちゃ……! アリアちゃん……!?」

 振り返った凛は、そこでようやく気付いた。
 突然姿を消した、アリアの存在に。





to be continued...