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奮闘編.21 ■ 非凡な少女―H
口止めをしようとしていた相手。
それは一人の生徒の情報を欲し、学校側に取引を持ちかけ、その正体は警視庁のトップ官僚によって依頼された探偵であった。
そんな現実を突き付けられ、山岸と中村の二人は何とも言い難い気分で上八木省吾の交友関係と、その生徒の住所や連絡先を教える事になった。
美香は置いてけぼりを受けたような気分で自分を見送る二人の教師と別れ、どういう訳か帰り道を同行する形となった由香里と共に並んで歩いていた。
「それで、一体どういう事なのかしら?」
収穫あり、と喜んでいる美香に向かって半ば呆れた様子で由香里が口を開いた。
「何がです?」
「何がって、たった一人の少年を捜すなんて、アナタも私と同業者って事で良いのかしら?」
同業者――つまりは探偵であるのか、という質問に、美香は首を横に振った。
「私はただの助手です。って言っても、ホントはこの件からはもう手を引くようにって言われているんですけど、ね」
美香の言葉に由香里は眉をぴくりと動かした。
探偵という仕事は、どうしたって人の仄暗い部分に首を突っ込む形になる。
浮気調査であったりなどは良い例だと言えるだろう。
しかし、ただ高校生を捜す程度ならば、助手の手を借りた方が明らかに効率が良い。
一人より二人、二人より三人。そうしてねずみ算式に情報を探った方が、見つけやすいのだから。
ならば何故美香が。
あの教師達に堂々と取引を突き付けられる程の胆力を持った美香が、その捜査から手を引けと言われたのか。
美香がどうしようもなく無能で、いても意味ない案件だと考えたという可能性もある。
しかし、先程の美香のやりとりを見る限り、その可能性は排除して良いだろう。
だとすれば――――
「……思ったより大事になってしまっている、ってことかしら?」
――由香里の行き着く答えはそれしかない。
由香里の言葉を聞いた美香までもが目を瞠っているあたり、どうやら図星であるらしいと由香里は悟り、笑みを浮かべた。
「あら、私だって探偵よ。それぐらい想像つくわ」
「あ、すみません……」
「別に怒ってなんていないわ。
たかが高校生が絡んでいる程度の事件で大事になっている、なんて。暴走族か、それの背後にいる存在が関係している、と考えるべきかしら」
――これもどうやら図星らしい。
うっ、と苦い表情で声を漏らした美香を見て、由香里は確信する。
同時に、由香里にとって美香という少女をどう判断して良いものか、余計に混乱させられる。
先程見せた胆力や駆け引きは、素人のそれではない。
人心掌握術に長けた何者かの指導があるならばそれも理解出来るが、彼女はつい先程、背後にいるであろう存在とは手を切った状態で動いていると語っている。
つまり、あの交渉能力は紛れも無く美香の実力だ。
だと言うのに、今は図星を突かれて苦い表情をしてしまう。
駆け引きが上手い、という先程までの印象とそれは、あまりにもかけ離れている。
(……探偵業そのものは素人、なのかしらね)
探偵として熟成された人間なら、由香里とてこの界隈では顔が広い方だ。
そんな面々に、美香のような若く容姿の良い助手を扱えるような探偵は見た事もない。
野暮ったい連中が、こんな容姿の少女らしい空気を残した少女を使うなど、出来るとは思えないのである。
(むしろウチに欲しいわね、この子)
そこまで考えて、由香里は一つ面白い事を考えついたかのように手を叩いた。
「ねぇ、今回の案件だけど。もし手詰まりになっているのなら、私にも一枚噛ませてみない?」
「はい……?」
唐突な申し出にきょとんとした表情で首を傾げた美香へ、由香里は畳み掛けるように詰め寄った。
「正直言って、暴走族やそれ以上の連中なんて言うと、横の繋がりや顔の広さはどうしても重要になってくるわ。そういう連中と対峙するなら、私にアテがあるの」
「でも、守秘義務とか……」
「それはそれよ。探偵同士の情報交換なんてものは当たり前だし、同業なら協力するのだって珍しくなんかないわ。
どう? 別にお金が欲しいとかじゃなくて、乗りかかった船だから、タダでやらせてもらうけど?」
その言葉に、先程まで隣を並んで歩いていた美香の足がピタリと止まった。
「……何が目的ですか?」
まっすぐ、まるで人の心を見透かすかのような美香の視線に、由香里は言葉を詰まらせた。
――やっぱり、この子は普通とは少し違う。
そんな確信に、由香里の頬が思わず緩む。
「単刀直入に言うわ。アナタに恩を売っておきたいの」
「え……?」
予想だにしなかった由香里の返答に、今度は美香が目を丸くさせられた。
さっきも言った通り、自分は探偵の助手に過ぎず、なおかつ今は独断で動いているのだ。
そんな自分に恩を売るなんて真似、する必要があるのだろうか。
由香里の真意を推し量れないままの美香に向かって、由香里は楽しげに笑みを浮かべた。
「ウチはね、女性探偵事務所。つまり、女性のメンバーで構成されている探偵事務所なの。でもこういう業界に、女の人はなかなか足を踏みだそうとはしないわ。絶対数が足りないの。
だからこそ、有能そうだって思ったらヘッドハンティングだって当たり前に行うわ。実力で評価される世界なんだもの、それは当然の事よ。
で、アナタは私のお眼鏡にかなった、という訳」
唖然とする美香に向かって、由香里はさらに続けた。
「今回の件で私が手伝うメリットは、要するにアナタに良い印象を与えておく事が出来る、という事かしらね。それが私にとっては大きな利益になる。
それが私の答えよ」
飛鳥のような、全てを悟り、理解している者とも。
武彦のような、どこか達観した様子の者とも違う。
由香里はこれまでにない、強い情熱を秘めたタイプの女性だと美香は感じていた。
あまりにも真っ直ぐで、眩しい存在。
そんな印象だった。
「私は、別にそこに入るかなんて……」
「えぇ、今すぐになんて言うつもりはないわ。でも、もし今アナタがいる場所と、自分がやりたい事が違うってなった時、アナタはきっとウチに来る。私に会いに来る」
自信満々な様子で断言してみせる由香里に、惹かれなかったと言えば嘘になる。
彼女は飛鳥や武彦ともまた違う、美香にとっては憧れを抱いても良い程の存在なのかもしれない。
この時の美香は、その大言壮語を前に思わず小さく笑ってしまったが、後にそう実感する事になる。
「だったら、お言葉に甘えてみても良いですか?」
「えぇ、もちろん」
闊達とした由香里に向かって、美香は考える。
この人なら、一体何を知り、何が出来るのか。
今までの印象ではまだ能力などは分からないが、『唐島組』について調べてもらうべきか、それとも上八木省吾の交友関係を洗ってもらうべきか。
ようやく決意して、美香は口を開いた――――。
◆ ◆ ◆
「はぁ、ツイてねぇな……」
一人の少年がボヤくように呟いた。
つい先日、学校の外で見かけた一人の若く可愛い女性――とは言え年上であるだろうとは思っていたが、そんな女性が学校に連れ込んだせいで、教師達から居残りでの反省作業を行っていたのである。
すでに夕刻。
藍色の空が遠くには顔を覗かせていた。
少年――安藤はその日、その反省作業と称して空き教室の整理や荷物運びを命じられたのだが、部活に入っている訳でもない自分がそんな時間にまで学校にいたという現実が、何故か酷く損をしたような気分にさせたのだ。
「あ……?」
学校の門を抜けて少年が歩いて行くと、そこに見覚えのある少年の顔があった。
上八木省吾だ。
「アイツ……」
件の居残りをさせられた原因となった女――つまりは美香も、上八木の事は探していた。
普段から特別仲が良かった訳でもないが、顔を合わせれば話しをするような間柄なのは間違いない。
それに、美香を極道の関係者だと思い込んでいる安藤は、上八木が追われているという事について教えてやろうとも思ったのである。
そんな訳で安藤は、路地に入って行った上八木の後を追いかけるように小走りに足を進めた。
「おい、省吾――」
安藤が声をかけたその瞬間だった。
黒いパーカーに帽子を被った上八木は、ポケットの中に慌てて白い袋をしまい込む。
同時に、そんな薄暗い路地で上八木と向い合っていた男が、酷く醜い笑顔を浮かべて安藤を見つめた。
――そして、次の瞬間。
「え……?」
目の前の視界がぐらりと歪む。
安藤は何が起こったのかも分からないままその場に倒れ込むと、目を開けたまま意識を失ったのであった。
「ひ……ッ」
「おいおい、何をビビってんだよ、ショーゴよぉ……」
「い、いや、その……。と、とにかく、救急車呼ぶから!」
「必要ねぇさ……。なぁに、誰かがすぐに見つけるだろうよ。そんな事よりショーゴォ、早くクスリ、出せよ、ホラ」
気味の悪い笑みを浮かべた男に、上八木は慌てた様子でポケットから白い粉の入った袋を手渡した。
「クッククク、あぁ、そうだ。次は三日後だぜ、ショーゴォ。忘れたりしたら、どうなるか分かってんだろうなぁ、あぁ?」
「わ、忘れたりしてないだろ……! 分かったから……!」
「おかしな事言ったりバラしたりしたら、あぁなるからな。ク、クックク……」
暗い路地に歩いて行く気味の悪い男を見送りながら、上八木は安藤のポケットから携帯電話を探し、救急車を呼ぶようにコールすると、その場を離れて行ったのであった。
to be continued...
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いつもご依頼ありがとうございます、白神です。
今回は色々と繋ぎを書く場面でもあったので、
選択肢も登場&別サイドのお話となりました。
選択肢は中盤の2つですね。
由香里をどちらに回すのかによって、ストーリーが変わってきます。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後共宜しくお願い申し上げます。
白神 怜司
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