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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.22 ■ 非凡な少女―I











 女性探偵――由香里から協力を申し出された美香は、先日の学校との交渉から一夜明け、自身の勤務先である『RabbiTail』へと足を運んでいた。幸い――と本人は言って良いのか怪しいところではある――にも、この日飛鳥は外に用事があるとの事で事務所を離れているらしい。
 つまり、飛鳥の目を気にせずに聴き込み出来るチャンスだと判断した。

 と言うのも、飛鳥とて相手が唐島組という暴力団に関する情報を美香に与えるとなれば良い顔はしないのだ。それが美香を気遣ってくれての事であると理解しているからこそ、かえって心配はかけたくない、というのが美香の本音であった。

 平日の昼過ぎ。
 本来水商売ではこの時間に店を開いているなどレアケースだが、こと『RabbiTail』の場合は関係しない。一見さんお断り、という程ではないが、夜よりも昼の方がちょっとした空き時間を作れる、という余裕がある客が多いのだ。
 さて、そういった背景にある『RabbiTail』だが、何故美香がわざわざこの時間に、それも休日に店に足を運んだのかと言えば、理由がある。

「あれ〜、美紀ちゃんじゃない〜。どうしたのー?」

 にへら、と力のない無邪気とも取れる笑みを浮かべて間延びした特徴的な甲高い声をあげ、一人の女性従業員が美香へと向かって声をかけた。
 茶色いセミロング程度の髪はふわふわとウェーブがかかって揺れており、決してぴっちりとしていないワンピースの上からでも膨らみのラインが浮き上がってさえ見える女性。彼女こそが、美香の先輩にあたり、このおっとりとした雰囲気が癒やしを与えているのだろうかと思えてしまう程に、ある層の客ばかりから指名を受けている女性だ。

「おはようございます、優奈さん」

「おっはよ〜。でもでも、今日美紀ちゃんってお休みじゃなかった〜?」

「優奈さんに訊きたい事があって……。今大丈夫ですか?」

「うん〜、着替えながらでいい〜?」

「あ、はいっ。出勤前にすみませんっ」

「あはっ、別に気にしなくて良いよ〜」

 自分のロッカーに鍵を差し込み、肩がけのカバンを「んしょっ」と声を漏らしながら入れた優奈は、慣れた様子で服をシュルシュルと布が擦れる音を立てて脱ぎ始めた。おっとりとしたその口調と喋り方からは考えられないようなスタイルが、大人らしい黒いブラとショーツだけに包まれて姿を晒した。
 腰に黒い蝶のタトゥーが彫られた優奈の身体は、美香という女性の視点から見ても綺麗の一言に尽きる。メリハリのある身体、流線型の柔らかな輪郭。引き締まった腹部をキープする為に、ジムにまで通っているそうだ。

「うー、そんなにしっかり見られるとちょっと恥ずかしいなぁ〜」

「あ、ご、ごめんなさいっ」

 胸元を腕で隠すように折り曲げ、しなりと身体を曲げた優奈が美香に向かって少しばかり頬を紅潮させながら口を尖らせる。その言葉に慌てて美香が視線を伏せるが、そんな美香の様子にふふっと笑ってみせる優奈はそもそも恥ずかしがっているのかさえ怪しいところである。むしろからかっただけ、というのが現実的な優奈の本音だ。
 優奈のその一言と口調は、まさしく小悪魔という形容詞が相応しいだろう。同じ女性でありながら、美香でさえ心臓の鼓動が早くなるという、なんとも不思議な気分にさえさせられる程のプロだ。

「それで〜、どうしたの〜?」

「あ、えっと、優奈さんのお客さんって、その、あっち系の人が多い、ですよね?」

「あっち系……? あー、うんうん。ヤクザさんね〜」

「あの、ウチにも以前ちょっかいをかけたっていう、唐島組について何か知りませんか?」

「ん〜……、それって、美紀ちゃんにご指名が入ったの?」

「あ、そうじゃないんです。その、ちょっと知りたい事があって」

 相変わらず布がこすれる音が聞こえる中、美香は視線を外したまま優奈に尋ねる。優奈の動きはゆったりと、それでいて特に気分を害するような空気もなく「ん〜」と何かを考え込むように喉を鳴らしていた。

「ふふっ、店長が言ってた通りね〜」

「え?」

「美紀ちゃんが唐島組について聞いてくるかもしれないから、って前に言われたのよ〜。お客さんとしてはウチでは出禁――出入り禁止――だから、指名されるって事もないけど、個人的な付き合いならやめておいた方が良いんじゃないかなぁ〜?」

「え、あ、あの、別にそういう訳じゃなくって」

「あはっ、冗談だよ〜。美紀ちゃんは素直で可愛いね〜」

 くしゃっと破顔した優奈に言われ、美香はなんとも恥ずかしい気分になりながら顔を赤くする。正直に言えば、美香にとって優奈は苦手な分類だ。もちろん、嫌っているタイプという訳ではない。

 飛鳥のように頭脳明晰、冷静沈着というタイプの女性は真面目な話が通じる。押せば返って来るとでも言うべきか、会話が成立し易いとでも言うべきか、そうした対応で成立する。しかし、優奈の場合はそれが一切通用しないのだ。

 彼女はふわふわと漂うような喋り方とその態度で、掴みどころがない。それ故に客との線引は絶妙過ぎる為、この店に来るまでは客に執拗に迫られたりと大変だったらしい。その節はこうした会話の中からも感じられる。

 要するに、優奈に対して正面からぶつかっても、するりと逃げてしまう印象があるのだ。その上で遊ばれるという自覚さえある。しかし、優奈は優奈で美香のようなタイプを好ましく思っているのだ。それ故に優奈は美香を過剰にからかっているのだが、美香はどうやらそれに気付いていないらしい。

 一通り可愛い後輩をからかって満足したのか、優奈が着替え終わり、ヘアセット用の椅子に腰掛けた。

「さっきも言った通り、あそこはウチじゃ出禁だから個人的な情報は持ってないんだ〜。だけど、あそこの組に詳しい人なら何人か知ってるよ〜。紹介は難しいけど、何が知りたいの〜?」

「あの、何でも良いんです。とにかく情報が手に入れば……」

「ん〜、私が知ってる情報は大した事ないよ〜?
 組の規模は中の下って感じなんだけど、少し危ない場所に手を伸ばしてるらしいね〜。この辺りのやんちゃな子とかを使って、最近じゃクスリにも手を出してるみたい〜。でも、そのせいで大きな所からも狙われてて、もう少し大人しくしなさいって言われてるみたいだけど、言うこと聞かない困った人達みたいだね〜」

「……た、大した事なくない気がするんですけど……」

「あはっ、そうかな〜? まぁ細かい事は気にしないの〜。
 でね? その唐島組の絡みなのか分からないんだけど〜、最近あそこが手に入れたのか、白い粉が若い子達に流通しちゃってるの〜」

「白い粉って……」

「そう、ちょっと飛んじゃうクスリ」

 オブラートに包んで可愛い言い方をされても言われた内容は麻薬だ。思わず美香もツッコミを入れようかと思った矢先、優奈が口元に人差し指を当てた。

「でね? クスリを流通させるっていうのは大きな組織では『やっちゃいけない事』なの。どうしてか分かるー?」

 優奈の質問に美香は思考を巡らせる。
 暴力団と麻薬。そういった裏の事情同士が密接な関わりを持っている印象は美香にもある。よくあるテレビドラマや映画などでは、こういった話が往々にして取り上げられるからだ。しかし、優奈の話ではその逆。麻薬を取り扱わない理由を考えなくてはならない。
 ここで「分かりません」と答えるのは簡単だ。だが優奈の視線は、その笑顔はまるで何かを推し量るような、そんな知謀を兼ね備えているような気さえさせる。だからこそ、美香は「分からない」とは言わない。

 ではどうして麻薬を流通させたくないのか、だ。

 そもそも暴力団の存在は自分達のような人間でさえ知っている。知っているし、存在は周知されている。それでも警察が動かない理由は何だろうか。もちろん、裏を取り仕切る者達を全て取り除こうとすれば、裏が荒れるという目論見もあるだろう。だからといって野放しにしない。するはずがない。

「……あ」

 そこまで考えて、美香の脳裏に一つの閃きが生まれた。
 何故警察が、暴力団などに手を出そうとはしないのか。逆説的に考えれば、「手を出す理由がない」のではないだろうか。要するに、足がつかないという事だ。

「……流通させると、信用出来ない者にも渡って足がつく……?」

 沈黙を破って美香が呟く。
 足がつかない暴力団にとって、最も危惧したいのは自分達の足がついてしまう事ではないだろうか。麻薬。それは暴力団の内々でのみ消費、販売される訳ではない。一般人にまで渡ってしまう可能性があるという事だ。それを辿られてしまったのなら、入手先は順次暴かれていく。

 ――と、そこまで考えた瞬間だった。美香の顔が何かに抱かれ、女性らしい柔らかな感触に埋もれ、頭の奥を痺れさせるような芳しい匂いが鼻孔を刺激した。
 座っていた美香は、立ち上がっていつの間にやら歩み寄ってきていた優奈によって抱きしめられたのだ。

「きゃ〜、美紀ちゃんってば頭良い〜。大正解だよ〜!」

「ちょ、ゆ、優奈さん、くるし……!」

「あっ、ごっめ〜ん」

 豊満な胸から解放され、美香は向かい合うように座った優奈と視線を交錯させる。

「でもね、美紀ちゃん〜。ここまで聞いたなら、分かるよね〜? 無闇矢鱈に足を踏み入れるのは危ないよ〜?」

「……気をつけます」

「あはっ、素直でよろしい〜」

 ――その後、他愛ない話に華を咲かせて美香は一度帰路についた。

 唐島組の情報は手に入った。それらが一体どう繋がって上八木省吾と関連しているのか。薄っすらと繋がり始めた糸は、しかし不明瞭な繋がりでしかない。

 ――……情報を交換しなくちゃ……。

 二人の探偵を思い浮かべ、美香は携帯電話を手に取った。
















to be continued...





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いつもご依頼有難うございます、白神です。

本日は『RabbiTail』の小悪魔従業員、優奈によって情報が暴かれるという形になりました。
飛鳥のような扱いにくいタイプとは違う、掴みどころのない扱いにくいキャラクターです。
いかがでしょうか?

今回の情報によって、二人の探偵との合流がメインになります。
まずは情報のやり取りですが、大事になりつつあるこの事件に由香里をどうするのか。
あるいは、武彦に情報を渡しに行くのか、ターニングポイントですね。

お楽しみ頂ければ幸いです。

白神 怜司