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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


テロリストの休暇の潰し方

■opening

 何か、物凄く意外な事があったような顔をした少々人目を引く風体の少女が、月刊アトラス編集部室の前でドアの枠に右手を掛けて――そちらに体重を掛けるようにしてゆらりと立っていた。
 歳の頃は中学程度、黒髪はショートで、金と白のオッドアイに、トライバル系の文様が左頬と右腿辺りに見える。タンクトップにホットパンツの上にサイズが大きめな派手な色のレインパーカー。ドア枠に手を掛け佇むやや崩れた感じの仕草。…一見して、少し何かが不自然な――引っ掛かりを覚えた気がした。直後、袖に包まれている筈の少女のその左腕が丸々無いらしいと気付く。そしてオッドアイと言う訳ではなく左目が白いのは失明している為だと言う事にもやや遅れて気付いた。…左の瞳が全く動いていない。
 あまりにも堂々としているので却って気付くのに遅れる。
 と、部屋の中の者――偶然入口近くの休憩用スペースに居たアジア系の美丈夫にして実は仙人だったりする鬼・湖藍灰とその弟子にしてアトラスで書いてるライターでもあったりする空五倍子唯継――が気付いたのに気付いたか、少女の方でもドア枠から手を離してそちらを向いていた。
「…まさか俺みたいなのがこんなに簡単に入って来れるもんだとァ思わなかったんだがね?」
 今現在、少女が居るのは既に白王社ビル内、月刊アトラス編集部室前。
 わざと中の者に聞かせるようにしてぼやきつつ、少女――速水凛はそこに居た。
 凛の姿を認めるなり、湖藍灰は、げ、と声を上げつつ、手近にあったB4の封筒で顔を隠すような――でも目から上だけは隠さずに凛の様子を確認しているようなわざとらしい仕草を見せている。…知り合いらしい。
「…なんで俺ここに居るの凛ちゃんにまでバレてんの?」
「あー…つか居たんだな、湖の旦那。いや、別に旦那探しに来た訳じゃないから気にしない気にしない」
「そなの? …んじゃ凛ちゃん何でここ来たの??」
「やー、最近の『ウチ』の状況は旦那ならよく知ってるよね。ひょっとするとそっちの兄さんも気付いてんじゃないかな」
 と、凛は湖藍灰に空五倍子を続けて見る。
 いきなり振られた空五倍子は目を瞬かせた。
「俺?」
「そう。察するに兄さん旦那の弟子か何かだろ? で、旦那…湖藍灰さ、最近あんたんトコよく居るんじゃねぇ? つー事はだ、今の俺たち結構暇なんだよ、要するに」
「…て、つまりどういう?」
「最近虚無の境界動いてないと思わない?」
「…はい?」
「特に血の気の多い実働部隊は相当腐ってる感じでさァ…エヴァ姐さんなんかそろそろ限界かなぁって感じなんだよね?」
「…ひょっとして…アナタ虚無の境界の方?」
「ん、おう、一応な」
 あっさり凛は受け答え。
 と、湖藍灰がおーい、と呑気な制止の声を上げている。
「…いやあのそーゆー話ここでするの止めない? アトラスの愉快な仲間たちが取材に殺到しちゃうよ?」
「望むところだ。…つーかな、来た理由それなんだよ。エヴァ姐さんに頼まれちゃってさあ。最近仕事無くて暴れ足りないからいっちょ思いっきり戦り合いたいとか何とかで、ここだったら付き合ってくれる奴居ないかなぁって来ただけなんだけど」
「…それでよりにもよってここに来るってどーなのかなー…」
 月刊アトラス編集部と虚無の境界とは基本的にあまり宜しい関係ではない。と言うか有態に言って敵対と言った方が近い。…湖藍灰個人についてはあくまでプライベート、空五倍子と言う養子のような弟子のような相手がここでライターをしている事も多いので何となく居付いているような…あくまで特殊な例外になる。
 …そんなところに来て、ここだったら付き合ってくれる奴居ないかな、と言うのはどうなんだ。
 アトラス側の誰からともなく暗黙の内にそう思っていると、察したように凛はにやりと笑って見せている。
「…あー、つまりな? 軽い手合わせっつーか模擬戦、なんて野暮な事は言わねぇさ。直球で殺し合いで良いってよ。…どうせ自分が負ける訳はないからってね。エヴァ姐さん曰く「本気でわたしを殺したい奴」が来てくれても全然構わないってさ。ただ、思いっきり戦りたいんだってよ」
 それだけ。
 俺はただのメッセンジャー。
 文句があるなら行った先で直接本人に言ってくれ。…つか、誰か来るよな? 場所も別にそっちで指定してくれていいし。その方がそっちでもまず安心だろ? …ああ、もしそれで罠掛けてIO2に通報、とかそういう手を使われても多分こっちは全然へーきだから。…今エヴァ姐さんそーとー溜まってる感じだからな、そんな事されたら単に死体が増えるだけになると思うぜ。
「…まぁ、そんな訳なんだけどな。我こそはって奴が居たらいつでも俺に言ってくれ。ちゃあんと責任持って伝えるからよ?」



■アトラスでは無いけれど。

 …何だかんだで話が漏れ聞こえては来る。
 特に、虚無の境界に少なからず関わっている、とある製薬会社の研究施設に居る者であるなら――むしろ速水凛がアトラスに話を持って行くより前に、自然と話が伝わって来ていておかしくない。
 そう。この、つぶらな瞳がチャームポイントな眉無しスキンヘッドの大男――道元ガンジの耳にこの話が飛び込んで来たのも、そんな伝手での事になる。
 要するに、仲間内での噂話なのだが。

「? えっ…なに、そんなはなしが、あるの」
「んー? おう。何かエヴァが暇で暇で腐ってるって話なんだと」
「そうらしいっすよ。んで、どっかにいい暇潰しの相手居ないかって、ちょうど居合わせてた『速水博士の遺産』に人探すの頼んだとか何とか」
「…ひとさがし、わざわざ?」

 速水博士の遺産。…速水博士と言うのは過去に虚無の境界に居た、現在は死亡した…とされているとある研究者の事になる。速水凛はその下に居た者――特に『娘』、とされていた者でもある。その彼女を指す時に、知る者は『速水博士の遺産』と呼ぶ事がある。…凛には元々数多くの呼称があるのだが、この研究施設では業務上と言うか何と言うか、そちらの呼称がまず先に出て来た。
 が、その事自体はガンジにとってはどうでもいい。ただ、最新型霊鬼兵であるエヴァの用件である事と、実際に頼まれて動いているのが『速水博士の遺産』であるとなれば――自分で噛めるところがあるかもと頭も回る。
 例えば。

 …居合わせただけの相手にそんな事を頼むとなれば、エヴァにとって暇潰しの相手は、誰でも良い。
 …同時に、頼んだ相手こと『速水博士の遺産』もそれなりの戦闘能力は持っている。持っているが、それでは足りない、もしくは吹っ掛けられたが当人が暇潰しに付き合うのを拒否した代わりに人探しを頼まれてる――とか、とにかく、何か条件的なものを相談する余地がある事も示している事にはならないだろうか。

 と、なると。
「…ごはん、おなかいっぱい、たべたい」
 その一念が先に来る。
 このガンジ、研究施設に居ると言っても立場は研究員では無い。彼の立場は警備員。そこのリーダーを任されている存在になる。
 道元ガンジ、見たところは二十代半ばで、筋肉質の逞しい体つき。
 …諸事情で常にお腹が空いている。その辺りの事情が鑑みられて、施設からは高カロリーのブロック食を配給されてもいるのだが――それでは足りない満たされない日々が続いている。お給料は次々と食費に消えて行く。
 そしてそれでもやっぱり足りない。

 …ならば、このエヴァの話。
 条件として、ごはんはらいっぱいくわせろ、って出して八つ当たりに付き合ってやる、と言うのはどうだろう。…エヴァは虚無の境界にとって特別な存在だし、そんなエヴァならごはんたくさん食べられる伝手も持ってるかもしれない。

 ガンジはそんな事を思い付いた。



 ぐー、と腹が鳴る。ちょっと考え事をすればいつもの事。今に始まった事でもない。それでもお腹が空くと色々切なくなるのは変わらない。

 でも。

 今日の場合は――ガンジも腹を減らす甲斐がある。彼の場合は所属先が所属先なので、特にエヴァのメッセンジャーとして使わされている凛を通さずとも虚無の境界への伝手はあるのだ。…エヴァの現在の居場所。もし自分たちの伝手で捕捉出来なければ、その時にこそ改めて凛に伝手を付ければいいだけ。そんな風に一応保険も考えてはいたのだが――エヴァの居場所は案外すぐに見つかった。
 …工事途中で放置されたショッピングモール。その予定だったのだろう広大な施設の建物。何らかの理由で工事が進められる事無く、だからと言って解体されもせずに残っている――権利面でか金銭面でか他に理由があるのかはたまたそれらを含めて「触れなくなっている」のかはわからないが――とにかく中途半端に存在する物件。
 結果として正直、物理的に危険な場所にもなってしまっている。が、立ち入り禁止のテープが張り巡らせてあったり、看板が立ててある程度の注意喚起しかされておらず、その気になれば誰でも中に入れそうな危なっかしい取り扱いしかされてもいない。…侵入は、容易い。

 その施設の一角に、エヴァは居た。

 艶やかな長い金髪のポニーテールを靡かせて、座り込んでいる黒色のボンデージ染みた軽装で身を包んだ姿。階上三階程度か、崩れかけているのか元々施工前だったのか、唐突に階下に穴が開くように――崖のようにしか存在していない床面の角の隅。そこから足を中空に投げ出して座り、エヴァは暇そうに外を眺めている。
 彼女の下――二階や一階には、ズタボロになっている人型――が元だったらしいと思しき姿が幾つか落ちている。良く見ればエヴァが座っている階の床、半分落ち掛けているような人型らしき姿もまたある。…既に八つ当たりの餌食になったのだろう誰か、と見受けられる。…元々「そのつもり」で彼女の元を訪れていた人物か、偶然ここに居合わせた――まぁ、こんなところに偶然居合わせるようなのはまずまともな奴では無かろうが――不幸な被害者かは不明だが。
 …エヴァは基本的に弱者には手を出したがらないので、恐らくは前者だろう気はするが。

 まぁ、その辺の事は――ガンジにとっては、どっちでもいい事。
 重要なのは、エヴァが居た事。

 ガンジは、すぅ、と大きく息を吸い、エヴァー!!! と大声で呼び掛ける。呼び掛けられて、エヴァもすぐ階下を――ガンジをじろりと昏い瞳で見降ろしてくる。…ガンジがそこに居る事自体には呼ばれるまでも無く疾うに気付いている。が、そのガンジが何を考えてここに来て、どうするつもりかまでは当然わかっていない。エヴァは何の用か、といきなり現れたスキンヘッドの大男に視線だけで問う。それを認めたか認めないかと言う程度のタイミングで――ガンジは更に大声で続けた。

「おで、いまからそっちいくー!」

 エヴァの、やつあたり、つきあう。
 だから。

「――――――かわりに、はらいっぱい、めしをくわせろー!!!」

 遠くまで声が届くようにと口の左右に両手を沿えて、そこまでをガンジは言い切って。
 かと思うと。
 めりめりめりとガンジのその身体が膨らむように変形し始めた。上半身が――黒い剛毛で覆われ、顔が――鼻や口の辺りがイヌ科の獣のように尖って張り出す。そして元々大柄だったその身体全体が、更に一回り大きくなっている。

 狼男。

 その二文字が頭に浮かぶその姿。そんな姿に変身した途端、ガンジは思う様咆哮、したかと思うと膝と足首を折り身体を撓めて屈み、筋肉のバネを利用して一気に地を蹴り跳び上がった。蹴り出した床は足の形に陥没。狙うのはエヴァ。ガンジは階段やエスカレーター予定の通路と言った、階上に行く為の普通の手段を使うでもなく直接階上に移動を試みる。跳び上がった先、二階辺りに当たる取っ掛かりに足を掛け、更に時を置かずそこから力強く蹴り出し、三階へ――そこからは一挙動でエヴァの首筋を容赦無く狙う。
 が、エヴァの方も当然黙ってやられはしない。初手から急所を狙って来るガンジの鼻っ柱を叩くように鋭く腕を振るい、濃縮された怨霊を――その怨霊を具現化させて作った幅広の長剣を勢い良く繰り出している。角度や位置からしてガンジの口を――容赦無く口角を裂きその奥、頭部中心へと斬り込む形。が、斬り込まれる前にガンジの顎の方が長剣を噛み砕く勢いで閉じられた。勢い良く振るわれた筈のその長剣を、間を置かずがっちりと噛み止める。瞬間、火花。刃と牙の間で火花が散る。
 続くのは、ク、と喉を鳴らすようなエヴァの短い笑い声。聞こえたところで、ガンジはまだまだ長剣に凄まじい力が籠められている事に気付く。と言っても、エヴァのそれでガンジが噛み止めた顎の力は緩む訳じゃない。…このまま圧す気か。上等。力比べ。ガンジは殆ど頭の中の閃きのレベルでそう思うが――その力比べは長くは続かなかった。
 ほんの一拍置いて、顎で噛み止めたままの長剣ごとガンジの身体が放り投げるように吹っ飛ばされる。…力負けたのは純粋に足場の問題とすぐに気が付く。一度跳躍で付けた攻撃の勢いが止まってしまった以上、次に真正面から押し合う形――になるなら、着地したばかりの足場が悪い方が不利に決まっている。
 …ち。仕方ねぇ。吹っ飛ばされた先の壁にガンジは背中から激突。轟音。今度は剥き出しのコンクリの壁がガンジの形に陥没し、一気に放射線状の罅まで入る。激突の衝撃で、もうもうと立つ埃。その中から、すぐにガンジはむっくりと立ち上がる。その最中、ばき、めきゃと金属がひしゃげ、折れ砕けるような異音がした。
 ガンジが噛み止めていたエヴァの長剣。怨霊を具現化させ創り出した得物――それが、噛み砕かれている。今になって。やや遅れて。…ガンジは獣が獲物を前にして構えるように低い前傾姿勢になり、身体のバネを撓めたままで――エヴァの様子を窺う。ガンジが噛み砕いていた長剣は、そのままぼろりと崩れるようにして空中に解けて行く。
 そしてそのガンジが様子を窺っていた先。腰掛けていたところからゆらりと立ち上がり、再び怨霊を濃縮し具現化した武器を手に携えているエヴァの姿。その手にあるのは、今度は鞭。今にも振るおうと、手許に纏めて――構えて持っている姿。
 冷たく薄い笑みがエヴァの口許に浮かんでいる。

「ユー。…イイわ。少しは楽しめそうじゃない」
「クク。てめぇもな。…悪くねぇ」

 ぺろり、とガンジは挑発的に舌舐めずり。
 …エヴァ・ペルマネントっつぅ虚無の境界の金看板。最低でもこのくらいァしてくんねぇと、こっちも遣り甲斐が無ぇってもんだ。



■黒狼以外もエヴァとお付き合いしてくれるって。

 ぴ、とエヴァは携帯電話の通話を切る。切る、と言う事はそれまで繋がっていたと言う訳で、エヴァはつい今し方がまで携帯電話での通話をしていた事になる。

 ――――――黒毛の狼男と化した道元ガンジとの戦闘真っ最中に。

 苛立ったような咆哮と共にばかんばかんと次々拳で撃ち抜かれて崩される壁。その撃ち抜く動きは全てエヴァを狙っている――だがエヴァには当たっていない。上へ下へとガンジからの連続攻撃を軽やかに避け続け、逃げ続けている――それ全て、戦闘では無く携帯での通話の方にエヴァの意識が行っているから、であるように見えた。
 舐めてんじゃねぇぞコラぁ!? とガンジは怒鳴り、今の状況自体をエヴァの隙とばかりに容赦無い連打を継続。そもそも、この状況で呑気に通話している事自体が問題と言えば問題。…元々、八つ当たりに付き合うから腹一杯飯を食わせろとガンジがエヴァに吹っ掛け、これ幸いとばかりにエヴァの方でもそれを受けて――二人で思う存分戦り合っていたところ。そんな中、エヴァの携帯電話――持っていたらしい――が唐突にぴろぴろ鳴り出したかと思うと、エヴァは戦闘中にも関わらず、平気で通話に出たのである。
 因みにこれはアトラスにメッセンジャーとして赴いている速水凛からの電話だったのだが――その時点でガンジは少々頭に来た。いや、少々と言うのは控えめな表現過ぎるかもしれない。むしろ沸騰するように頭に血が昇ったとでも言うべきかもしれない。
 今の状況。エヴァはそれ程に余裕があると言うのか――あるのだろう。携帯電話を片手に通話相手と話す中、エヴァは碌にガンジに反撃して来ない――怨霊使役に片手も何も関係無いだろうに、しない。電話も戦いもどちらも片手間。…その時点で舐めている。ガンジは湧き上がる憤りに任せてエヴァを強襲。バトルフィールドであるショッピングモールごと破壊する勢いで攻撃を加え続けている。

 と。

 エヴァが通話を切って程無く、不意に分厚い圧力めいた衝撃がガンジの正面に、どん、と来た。怨霊の塊――怨霊の壁。エヴァからの攻撃再開。…漸くか、とガンジは狼面に凶暴な笑みを浮かべ、その怨霊の壁に逆に食らいつき――食い千切ろうとする。圧力と衝撃を感じるならば物理攻撃も可能だろうと考えての判断。怨霊の壁を食い荒らし、その向こう側に居るエヴァを狙う。エヴァの方は怨霊の壁の向こう側、こちらを狙い今にも躍り掛かるようにして切っ先の鋭い大鎌を振り上げている――怨霊の壁ごとガンジを斬り裂く気としか思えないその行動。…怨霊の壁の役割はあくまで俺に対する僅かな間の時間稼ぎっつぅ事か。…やっぱこれじゃ間に合わねぇ――俺の方で先に怨霊の壁をぶっ壊して貫き通すまではいかねぇか。
 一拍置いて、エヴァは大鎌の刃をガンジに容赦無く振り下ろす。凄まじい風圧。直撃しなくとも余波だけで充分にダメージが来るくらい。当然、直撃を躱しはしたが――それでも少々あちこち切れたり削れたりした。その様を認めたかエヴァは舌打ち。…は。ンなもんまともに当たってやるわきゃねーだろーが! ああ?

 次だ次。まだまだ全然足んねぇよ。てめぇを噛み砕いてやるまではなぁッ!!!



■調整完了、戦闘開始。

 石神アリスが提案し、ラン・ファーが独断で選んで決めた戦闘場所こと解体予定のビル。

 エヴァ・ペルマネントの憂さ晴らし。…その依頼を引き受けてアトラスに居た面子がそこに来た時には――どうやら既にしてエヴァと何者か――黒毛の狼男こと道元ガンジ――は戦っているようだった。ビルの階下に入っただけで、階上からと思しき凄まじい破壊音や吼える声が時々聞こえる。殆ど吹き抜けに近い形になっているところから、それらしい姿が見える時まである。…そして考えてみれば――ここに到着する途中の道で、何やら妙に緊急車両のサイレンが喧しかったところもある。
 先程、速水凛が電話で話していた内容と合わせて考えるに、どうやら彼ら二人が元居た場所――工事途中で放棄されたと思しきショッピングモールからここまで、何だかんだで戦いながら移動して来たと言う事になるらしい。

「…あぁ、それでその辺緊急車両とか出てたんやな…」
 うちのゴーレムがその辺の一般人に見付かったんかと思てちょっと焦ったわ。
 はぁ、と安堵の溜息を吐くセレシュ・ウィーラー。…いや、安堵している場合でもないのだが。そもそもそれで既にこの場所が警察だの消防だのと言った治安絡みの公共機関に目を付けられていたら色々問題が。
「…ひとまずその心配はなさそうですが…」
 携帯を弄りつつぽつりとアリス。…一応、今のところは近隣の緊急車両の出動はそれぞれ個別の案件――建物が突然壊れただの車の横転事故で火が出ただので騒いでいるだけ、のようであると裏表両面の伝手から調べは付いた。…原因がエヴァとガンジであっても、ひとまずその原因までが表沙汰になっているようでは無い。ついでに、この解体予定のビルについては――それら公共機関の方ではまだ触れられてもいない。…ただの幸運か、こう見えてエヴァとガンジも考えて行動していたのかは不明だが。
「ならええんやけど」
「にしても。何処から手を出したら良いのでしょう、これ」
「んー、確かにあれに割って入るのは至難やろなぁ…ここからゴーレム仕掛けたるか」
「それもアリだろうが先程メッセンジャーがしていたように普通に電話で呼んで貰えばいいのではないか? こちらが指定した場所に来てくれたと言う事はああ見えても聞く耳はあるんだろうに」
 それとも――。
 と、ランはそこで切ったかと思うと暫し上方の異音を窺う。エヴァとガンジが戦っていると思しき地点。時折見える姿の位置からも鑑み――おもむろにその下方に向かうと、結構重要な支柱と思しき辺りをとりゃっとばかりに勢い付けてブッ叩く。…いつも所持している材質不明でやたらと重くて頑丈な扇子で。
 叩いた途端、その支柱からめきりと不吉な音が。したかと思ったら――見る見る内にその支柱が折れた。続いてどしゃーんと凄まじい轟音が鳴り響き、数秒と持たずにビルの一角がその場に崩れ落ちる――。

 ついでに、エヴァとガンジも落ちて来た。



「…ランさんランさん、ちぃと無茶過ぎへんこれ?」
「うう…咄嗟に守って頂き有難う御座いましたセレシュさん…と言うか、あの瓦礫に巻き込まれて何で平然と無事なんですか、ランさん」
「ん? 加減はしたぞ。ビル全部が壊れそうにないちょうど良さそうな、けれどある程度は崩れそうな支柱を選んで折ってみただけだ。それにあの仏教徒な伊達男もエヴァ・ペルマネントらしき娘も黒狼もどうやら無事では無いか。アリスもメッセンジャーも無事のようだし、大した事はあるまい」
「いや、充分大した事だと思うんですが…」

 と。

 アリスがぐったりと言ったところで。
 何なのよ。と心底不機嫌そうなエヴァが瓦礫の中からむっくり起き上がって来た。唐突なビルの崩落。苛立ったように声を上げつつ、辺りを見回す――と、今の崩落の元凶であるラン、咄嗟に防御魔法で瓦礫から身を守っていたセレシュとそんなセレシュに庇われたアリス、邪妖精で作った防御壁らしきもので身を守っていた凛の姿を見付け――そして何やらこの状況にも拘らず場違いなくらいにキラキラと輝く瞳で自分を見つめているバルトロメオと目が合った。
「――――――ッ、モルト カリーナ!!!」
「…!?」
 エヴァ、何事かと反射的に身を引く。…ちなみに『モルト カリーナ』とはイタリア語で『とても可愛い』と言う意味になる。バルトロメオの口から思わず零れてしまったのだろう母国語――感極まったその科白。残念ながらエヴァには通じていないのだが、バルトロメオは気にしていない――と言うより気付いていないのかもしれない。ああ、こんな可愛らしい方と戦えるのならこのバルト風に舞う花びらの如く散り去っても本望! と陶然と続け、バルトロメオはエヴァへと手を差し伸べつつとっておきの微笑みを見せ付ける。

 数瞬、間。

「…何?」
 コイツ。
 殆ど反射的にエヴァは凛に目で問う。…連れて来た以上、そいつが何者であるのか承知している筈の彼女に。問われた凛はと言うとどう言ったものか暫し言葉に迷っていたが――結局、当人についての説明は諦めた。
「あー、さっき電話で言った…」
 その中の一人。
「…。…そう。じゃあこいつも倒して良い相手って事ね。…わたしが楽しめるだけの力量を持ってればいいけど――?」
「おやおや、せっかちだね。まだ舞台も整っていないと言うのにもう始めようと言うのかい? …いいだろう、ボクの力を見せてあげるよ!」
 嬉々としてそう言ったかと思うと、バルトロメオは、フッ、とばかりにウェーブがかった柔らかな髪を気障な仕草で手で払う。途端、バルトロメオのその身がめりめりと膨らむように大きく、形まで変化し始めた。鼻や口先の辺りがイヌ科の獣のように尖って張り出し、元の身体より一回り大きくなっている――絞られた筋肉で覆われたその身は白金に近い毛並みで包まれている。まるで人狼。…とは言え、黒狼――ガンジよりはずっとスマートな姿。このバルトロメオ、人狼と化しても、何処か毛並みの良さが見出せる。
 その姿を見、あら、とエヴァは艶やかな――それでいて何処か凶暴な笑みを浮かべる。人狼。それは由来は違って来るのかもしれないが、先程まで戦っていたガンジも似たようなもの。即ち、それなりに楽しめる手応えのある相手。エヴァとしてはそう見た訳で――。
 相手にとって不足無し。
 エヴァはバルトロメオが白金の人狼に変化し終えるや否や、嬉々としてその白狼に突っ込んで行く。怨霊をその細腕に纏わせて手甲にし、直接弾丸のように撃ち抜こうと迷いなく地を蹴っている。

 が。

 そこでむっくり起き上がったのが黒狼こと道元ガンジ。そこに至るまで瓦礫に埋まり倒れたままでいたのだが、別に落下時点で目を回していたりした訳では無く――エヴァの隙を待っていた。そして今。バルトロメオを狙った時点でエヴァはガンジに背中を見せている――ガンジとバルトロメオではガンジの方が居る位置が近い――俺が先だあッ!! とガンジはエヴァの後方から牙を剥く。
 そのままガンジの牙はエヴァの背中に到達――したかと思うと、同時にぞっとする程の怨霊の想念がガンジの身に絡み付いて来た。当然のように用意されていたカウンター。…エヴァは背中を見せてもそれだけやってのける。物理攻撃ではなく精神攻撃――と言うより、魔障を狙った攻撃か。
 但し、その時点でエヴァは微妙に顔を顰める――どうやら想定していたより使役した怨霊の効果が弱いと思ったらしい。そしてそのせいでか、ガンジの牙もガンジの狙い通りエヴァの身にそのまま食い込んでいる。飛沫く赤。悔しげなエヴァの舌打ち。そのままガンジとエヴァで俄かに取っ組み合いになる――叩き付けられる爪に更に赤が飛沫く。と、俄かに置いて行かれた形になったバルトロメオの方が、何をしているんだい!? と血相変えてそこに割って入って来た。そしてエヴァを庇いガンジから引き離す形――いや多分これは「女の子が襲われてる」と見てしまっての殆ど反射の領域の行動なのだろうが――にし、大丈夫かい!? と慌てたようにエヴァを気遣う。
 そんなバルトロメオの間近で、ユー、やっぱり莫迦なの? とエヴァの呆れた声が響く。次の瞬間、バルトロメオに至近からエヴァの拳が撃ち込まれていた。…先程の手甲装備のままの弾丸めいた拳。無防備なところに直撃したなら人狼と言えど無事では済みそうにない拳だったが――バルトロメオはすかさずその拳をがっちりと止めていた。
「散り去っても本望とは言ったけど。…でも痛いのは嫌なので抗わせて貰うよ?」
「あら、良かったわ。ただの莫迦じゃなさそうね――」
「勿論さ可愛いひと。そうだ、ボクが勝ったらデートしてくれるかい?」
「…」
 やっぱりただの莫迦な気がして来た。
 エヴァのそんな内心も知らず、バルトロメオは――さぁボクの胸に飛び込んでおいで! とか何とか、戦闘なんだか口説いているんだかよくわからない態度でエヴァと対峙している。そんなバルトロメオを躊躇い無く盾にしたり踏み台にしたりしつつ、一人まとも(…)にエヴァを襲っているガンジの姿。当然、エヴァもそう簡単にやられる様子は無く、傍で見ていると本気なのかふざけているのかいまいち判断し難い三つ巴がひたすら繰り広げられている。

 そんな様子を見、ああもう何や収拾付かんなぁ、と嘆くセレシュ。…なお、先程エヴァがカウンターで使役した怨霊の効果が想定より弱かったのは恐らくこのセレシュの持つ『魔除け』の性質が関係していると思われるが――セレシュ当人以外は多分誰も気付いていない。
 実戦データを取らして貰えるて打ち合わせの話は何処行ったんやろ。と三つ巴を見ながらセレシュは溜息。が、まぁええわ、と結構あっさり立ち直り、ぱんぱんと膝や白衣に付いた埃を払う。それから、みんなこっち来ぃやー、と何処へとも無く呼び掛けた。
 と、何やらのそのそわらわらとガーゴイルや狛犬、獅子、シーサーのような――各地の賽の神的な外観のモノが瓦礫を乗り越えセレシュに近付いて来る。それを見て、おお、とランが感嘆。良かったみんな無事やなー、とセレシュもほっとする。…いや、実戦データ取る前にビルの崩落に巻き込まれて壊れていたとしたらただ勿体無いだけなので。…いやいや、それでも強度のデータくらいは取れるかもしれないか。どちらにしろ無事だったのだからいいけれど。
「…中々愛嬌のある連中じゃないか。これがモグラ叩き用のモグラか。勿体無い」
「モグラ叩き用ちゃうて。警備用ゴーレムの試作品や」
 それぞれの個体でステータスの振り分けも色々パターン変えてみてあるんやけど…。
「取り敢えず…ランさんこの子らと戦う気あらへん?」
「私か? 私はモグラ叩きならやる気満々だったのだが」
「…。…ならモグラ叩きでええわ。取り敢えずみんなをその辺にバラけさせるから、見付けて叩ければランさんの点数になる、て事でどうやろ」
 ビルの支柱を叩き折る打撃の持ち主相手なら、それで充分耐久データは取れるやろし。…一応、あの三つ巴にも仕掛けるつもりやけど、あっちはどの程度打ち合わせの件を頭に置いといてくれとるんかようわからんし――ちゃんとデータ取るには保険掛けとかんとな。

「ふむ…それなら承知した。中々面白そうな提案だ」
 ならば見せてやるぞこのラン・ファーの華麗なる扇子捌きを! 覚悟しろモグラども!

 …いや、だからモグラじゃなくて警備用ゴーレム試作品。



 狛犬が瓦礫の隙間から顔を出し、ガンジを狙って力強い動きで躍り掛かっている。かと思えば上方からガーゴイルがエヴァを狙い鋭い軌道で急襲しており、やけに頑強なシーサーが足元にぬっと現れた事でバルトロメオが躓き掛ける。そのシーサーを狙って、ランが扇子の一撃を入れるが――入れようとしたが、派手に外して床を突き砕いてしまった。ちなみにそのシーサーのステータス振り分けは耐久値が最大で敏捷値は最小。…何故攻撃が外れたのかわからない。
 そんな動きが鈍い筈のシーサー相手に、くっ、素早い奴め! と歯噛みするラン。と、その後頭部に獅子が飛び付いて来、今度こそとばかりにランはそちらを叩こうとする――が、叩いた時には己の後頭部を足場に獅子はガンジの方へ突進しており――それを目で追っていたランは、当然の流れでその獅子を叩くべく扇子を振るう。
 が、また外れて――外れた結果、あろう事がガンジの背中に扇子が命中。ガンジは全く予期していなかった攻撃に、ぐはっと血反吐を吐いて膝を突かされている。そんなガンジを見、おお、済まんな黒狼、とあっさり謝るラン――ああん? とガンジはそんなランに思い切り威嚇して見せるが、その時にはランの視線は最早ガンジから移動している。…そして今の攻撃をした筈のランからは殺気も攻撃の意思も何も感じられない。ガンジとしては怒るに怒り切れず、何だか反応に困る。
 ランは次には近場に見付けた狛犬を狙ってまた扇子をフルスイング――それは今度はちょうどエヴァに当たってしまいそうな軌道の動きだったのだが、エヴァの方はすかさず避ける事が出来ていた。そして、今の攻撃――と言うか扇子のフルスイング――がランの手によるものと認めると、エヴァは剣呑に目を眇めてランを見る。
「…あら。ユーもわたしと遊びたいの?」
「ん? モグラ叩きなら付き合うぞ。どちらの点数が上か勝負しないか?」
「は?」
「だからモグラ叩きだ。遊ぶなら今モグラ叩きをやっている真っ最中なのでな、付き合わんか?」
 ほらそっちに行ったぞ! とランはまた扇子を振り回す――振り回した先からはガーゴイルが逃走している――今のランに狙われていたのだと見てわかる。そして、狙われていないのに――戦いを挑まれている訳でもないのに、そんな相手からの攻撃(?)でエヴァもガンジもバルトロメオも何やら普通に危ない。ランと警備用ゴーレム試作品が少し噛んだだけで、本気(?)の三つ巴組の方まで色々と混迷の度を深めて行く。

 いったい何やってるんでしょうね…とその様子を見て深々と溜息を吐くアリス。…ある意味で予想通りの眼前の状況。ランが絡んだら訳がわからなくなるのがいつもの事。それはやっぱり今日も同じだった。
 が、今日の場合は――アリスにとっては少々好都合かもしれない。魔眼を使うにはこのくらい状況から離れられている場合の方が上手く行き易い。あわよくばエヴァの石像を拝めるかもしれない――そんな思惑もあり、アリスはこっそりとエヴァを狙って魔眼を使い始めた。
 瓦礫とも壁とも付かない位置に隠れ、視界ギリギリの距離から催眠効果を狙ってエヴァを見つめる――ふ、と不意にエヴァの身体が傾いでよろめいた。成功。そこに気付いたバルトロメオとガーゴイルがそれぞれの方法でエヴァを強襲――いや、むしろバルトロメオの方はよろめいたエヴァを介抱でもしようとしていたのかもしれないが――エヴァはそんな二人の肉迫にも慌てる事無く、すぐさま怨霊を手足の延長、撓る鞭のように用いて打ち付ける。…それで二人を吹っ飛ばしている。
 エヴァはそのまま、何かしらの不調を感じたように頭を押さえる――それから辺りをゆっくりと見渡している。視線。催眠。魔眼――アリスのそれに気付き、今度はエヴァの方がアリスの視線を感じた方向へと問答無用で周囲の怨霊を嗾ける。気付いた時点でアリスは密かに移動。まだ自分の姿がはっきりエヴァに視認はされていない――自分の居る位置は気付かれていないと見て、今度は石化の魔眼をエヴァに向ける――向けようとする。

 が。

 その時にはエヴァを囲むようにしてどす黒い怨霊が荒れ狂い、エヴァ自体をまともに視る事すら出来ない状態で。…何処。と冷ややかな声音で今の催眠を掛けた者を――即ちアリスをエヴァは探している。が、大人しく探させて貰える訳でもない。エヴァの使役する怨霊渦巻く中でも警備用ゴーレム試作品は果敢にエヴァへと飛び掛かっている――その飛びかかっているゴーレムを叩こうとランもまた飛び掛かっている。ガンジもまた同様エヴァを噛み砕こうと狙っていて――つれない素振りも魅力的だね、とか何とかバルトロメオもまた、エヴァへと新たなアプローチ(?)を懲りずに続けている。…そして当然のようにそのアプローチは物理的に拒否され続けている。
 やっぱり再び大混戦。手の出しどころに困りつつ、それでもアリスはエヴァに魔眼を使える隙が出来ないか窺い続ける。対象を見つめられなければどうしようもない――思い、暫くの間意識を尖らせてはいたが、やがて、はぁ、と溜息を吐いて、アリスは軽く諦めた。
「ここまでですかね…」
 むしろ、軽くだけ催眠が効いた時点で、一気にガードを固められてしまった節がある。こうなってしまったら仕方が無い。そう思っていたところで――大丈夫かー? とセレシュがひょこりと顔を覗かせた。
「…セレシュさん」
「今エヴァさんが警戒バリバリになっとる魔眼てアリスさんのやろ」
「ええまぁ。わたくしにはこのくらいの事しか出来ませんので」
「ホンマはそうでもないんやないの?」
 もっと前に出て戦っても行けそうちゃうん?
「さぁ。どうでしょうね。…私はとことん搦め手を使うタイプですので」
 返しつつ、アリスは再び大混戦なエヴァ周辺を見遣る――自分一人が退いたとしても、やっぱり状況、変化無し。むしろ少し間を置けば、また魔眼で狙える隙が出来るんじゃないかと思えるくらい。

 何だか本当に、どうやっても収拾が付きそうにない。



■たくさん動けば腹も減る。

 そして、収拾が付かない戦闘なんだかゲームなんだか恋のさや当てなんだかよくわからない、時々破壊された警備用ゴーレム試作品まで飛び交う大混戦のそんな中。

 ――――――ぐーきゅるるるるう〜、と派手に誰かの腹が鳴る音がした。

 その時点で、大混戦だった状況が俄かに止まる。
 音の源。誰のものかと思えば、ガンジの腹。そんな腹の虫が鳴き終わったところで――ちっ、とガンジは派手に舌打ち。
「クソ、こんな時に――」
 …正直、気が遠くなる程腹が減って来た。エネルギーが足りていない――何だかんだでやられ過ぎたか。幾ら回復するとは言え、回復させるには大量のエネルギーが要る。そういう身体に造られている。…だから腹が減る。今日エヴァの八つ当たりに付き合おうと思ったそもそもの目的もメシの為。…そう、メシの為なのだ。
「くあー、ハラ減ったぁあああ!」
「おお! 奇遇だな黒狼! 私もだ!」
「…あン?」
「餡では無いランだ! 私も些か腹が減った! いやあいい汗もかいたしな、暴れるのはここまでとして、ここは皆でぱーっと食事にでも行かんか? きっと美味いぞ楽しいぞ!」
「ああ、それはいい考えだね! エヴァのような可愛いコとなら拳で語り合うのも悪くないけれど、一緒に食卓を囲む方がより素敵な時間を過ごせるに決まってる! エヴァだけじゃない、ランに、アリスに、セレシュに、凛…こんなに魅力的なお嬢さんたちに囲まれての食事なんて、夢のようだよ!」
「…なんか、わたくしたちも勝手に員数に数えられてしまっていますが」
 バルトロメオさんに。
「…まぁええんやないの? つまり奢ってくれるちゅう事やろし」
「奢りだと!? マジか? 好きなだけ食っていいのか!?」
「ああ。黒狼も存分に食うが良い! 全て仏教徒な伊達男の奢りだ! 奢ってくれると言うのだから集ってやると言うのが筋と言うものだろう!」
「そうかそうかそうかよ! くうぅ! 来た甲斐があったぜ! メシメシメシ!」
「…って、何かユーたち話が噛み合ってないわよ…?」
 バルトロメオは女性陣については言われなくとも全員含めているが、一番飯を食いたがってると思しき男についてはむしろ眼中にないような。
「フッ、細かい事は気にするなエヴァ・ペルマネント! この私が黒狼も来いと言っているのだ! 反対などさせん! お前も是非に来い! 憂さ晴らしには美味いものを食うのも悪くないぞ!」
「…そんなものかしらね?」
「そんなものだ。なぁ仏教徒な伊達男?」
「ああその通りだ。美味しいものは人を幸せにする! ぜひあなたにもこの喜びを味わってほしい!」
「…ところで。どうでもいいっちゃいいんだが、そこの伊達男はいつまで仏教徒扱いなんだ?」
「違ったのか? 本人が否定してないぞ?」
 むしろ褒め言葉と受け取っているくらいだ!
「いや、多分それって意味を理解してないからなだけじゃないですか…?」
「…あー、帰国前に訂正しといてあげた方がええんちゃう?」
「? 何か訂正が必要な事なのかい? ランはボクへの褒め言葉だと言ってくれたのだけれど?」
「…って完璧にランさんのせいやないか。ちゅうか何がどうなってそないなったん」
「それはな。功徳を積むのは仏教徒だろうと思ってな――…」

 と。

 何処に向かって行くのかわからない会話をひたすら重ね、気が付けば済し崩し。
 エヴァの憂さ晴らしの為に集められた筈の一同は、この後、何故かイタリア貴族の末裔の奢りで腹一杯食事をする事になる。結果としてIO2と虚無の境界の構成員が仲良く同席している事にもなったのだが――それでも特に問題は起こらず、奇跡的に和やかで奇妙な食事の時間は過ぎていく。

 たまには、こんな日があってもいいのかもしれない。
 …まぁ、本来の目的は何処に行ったのか、と言う気もしないでもないのだが。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■8756/道元・ガンジ(どうげん・-)
 男/25歳/警備員

 ■7348/石神・アリス(いしがみ・-)
 女/15歳/学生(裏社会の商人)

 ■8752/バルトロメオ・バルセロナ
 男/24歳/IO2エージェント

 ■8538/セレシュ・ウィーラー
 女/21歳/鍼灸マッサージ師

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、登場NPC(□→公式/■→手前)

 □エヴァ・ペルマネント/今回の依頼人(暇人)

 ■速水・凛/今回の依頼代理人。オープニングより登場(未登録NPC)

 ■鬼・湖藍灰(湖藍灰)/オープニングより登場(登録NPC)
 ■空五倍子・唯継/オープニングより登場(登録NPC)

 ■速水博士/(名前のみ登場)

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          ライター通信
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 道元ガンジ様、バルトロメオ・バルセロナ様には初めまして。
 セレシュ・ウィーラー様には再びの発注を頂けまして。
 そしてラン・ファー様と石神アリス様にはいつもお世話になっております。大変御無沙汰しております。もっとこまめに依頼出さなければと思いつつ実行出来ておらず…それでも今回もお付き合い頂けまして本当に感謝です。

 皆様、今回は発注有難う御座いました。
 そしてやっぱりと言うかいつも通りと言うか(汗)、大変お待たせしております。
 特に初めに発注頂いたラン様の方は日数上乗せの上に(ライター側の納期が)一日程過ぎてしまっていたり、道元様に至っては初めましてなのにぎりぎりもしくは少し過ぎるかと言ったところで…本当にいつもいつもお待たせしておりまして…!
 こんな輩ですが、初めましての方もどうぞお見知りおき下さいまし。

 内容ですが、何故か最後に食事で終わりました。そこに至るまでの本題ことエヴァとの戦闘(?)では色々あって大混戦です。皆様のプレイングはだいたい反映出来ているとは思うのですが…同時にプレイング外だらけの発展に発展を重ねた長文になってしまってもおりまして(汗)。いつもの事と言えばいつもの事なんですが。
 プレイング外のところは当方的に皆様のキャラクター性からしてやりそうか、と思えた事をやらせて頂いております。イメージから逸れてなければいいのですが、如何だったでしょうか。

 あと、他の皆様もそうですが、特に初めましてになる道元ガンジ様とバルトロメオ・バルセロナ様、それとシチュエーションノベルでのみお世話になった事のあるセレシュ・ウィーラー様。
 PC様の性格・口調・行動・人称等で違和感やこれは有り得ない等の引っ掛かりがあるようでしたら、出来る限り善処しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。…他にも何かありましたら。些細な点でも御遠慮無く。

 それから、今回は前半部分に個別・少数描写が幾分ありますので、一応その件も書き記しておきます。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、また機会がありましたらその時は。

 深海残月 拝