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<東京怪談ノベル(シングル)>


記憶の欠片

 身体能力を見るために行った模擬戦の後、二度目のシャワーを浴びた萌とイアルは体を休めるために早めに眠ることにした。
 萌の部屋の小さめのベッドに、二人並んで寄り添うようにして眠る。
「…………」
 間近で聞こえるイアルの寝息。穏やかに眠っているようであった。
 萌はそれを言葉なく見上げて、そろりと腕を動かしイアルの頬にそっと自分の指を這わせた。
「きれいな肌……」
 ほぅ、とため息とともにそんな言葉が漏れた。
 艶のある頬をゆっくり撫でていると、徐々に萌にも睡魔が訪れて、そのまますとんと眠りに落ちる。
 そして彼女の意識は、イアルの夢の中へと招かれるのだった。

 広大な大地がその場にはあった。
 草木を揺らす風に導かれるようにして視線を動かせば、景色もそこで変わる。
「――国王崩御!」
 そんな声が聞こえた。
 映画の中で見るような大きな城の中、忙しなく行き交う人々。自分をすり抜けていくいかつい顔の老人に驚きつつ萌が己の手を見やれば、自身の体が半透明であることに気がついた。
(ここは……)
 萌の言葉は音にはならなかった。
 この『世界』が彼女を否定している。つまりは――ここは現実ではないということ。
(そうか、ここはイアルの夢の中……前に話してくれた、記憶の欠片……)
 手のひらをぎゅ、と握りしめて彼女はまた顔を上げた。
 今は夢の中。少しだけイアルの世界を感じられる時間。
 そう思いつつ、また辺りを見回した。
「あの王子が後継ぎじゃ、この国ももう終わりだな」
「ボンクラそのものだものねぇ」
「せめて王の志を告げる者がもう一人いればな……」
「俺はこの国を出るぞ」
 密やかに囁かれる言葉を耳にした。どれも良いものだとは思えない。
 荘厳な建築美を醸し出す城内は、荒れているようであった。
「王が崩御された!」
 また、そんな声が響く。
 萌の目に写る人々の表情は王の死を悼むより、不安な色で染まっているようであった。
 大国であったのだろう。王らしき者の若かりし頃を称える肖像画は人の背丈を優に超える大きさであり、華美な額縁が目立つ。隣には王妃のそれが同じように飾られ、繁栄が見て取れた。
 だが。
「――宰相が裏切った」
「公が独立宣言を出したぞ」
「東のアマゾーヌが同じく独立を告げてきた」
 慌ただしい声が行き交う。
 内乱と言うべきか――それに似たような動きがこの国では起きているようであった。
(あ……!)
 萌が前方に映る光景に声を漏らす。長い廊下を抜けた先、おそらくは謁見の間だろうと思わしき空間の片隅にひっそりと佇む影。それは、一つの石像であった。放置されて時間が経っているようだが、甘い香りだけは変わりがない。
(イアル、なのね……)
 迷わず駆け寄った萌がその石像を見上げた。苔むしているが、それは間違いなく『イアル』そのものであった。
【裸足の王女】
 台座に刻まれた文字を指で確かめる。
 移動された形跡が無いところを見ると、イアルが最初に石化された記憶かと萌は思う。
(イアルの故郷を滅ぼしたのが、この国だったのね……)
「――せいっ!」
 萌が感慨深そうにそう呟いている所で、背後から威勢のよい声がした。
 彼女が振り返るより先に風をきる音がして、閃光が走る。
(!!)
 大剣が萌の身体をすり抜け、石像の台座へとヒットした。
 刃がめり込んだ先からヒビが入り、石像の台座は呆気無く割れる。
「……ふふ、やっと手に入れたぞ、『裸足の王女』……!」
 一人の女性の声がした。それが先ほどの声の主である。
 美人であるが引き締まった肉体美を誇る女戦士と言った風貌であった。素肌に僅かな布と鎧を身に纏い、楽しそうに口角を釣り上げている。彼女の目的は石像のイアルのようだった。
「やはり美しいな……何年、お前に焦がれてきたか。さぁ、私と共にに行こう」
 女はイアルの像に愛おしそうに触れながらそう言った。
 そしてその像を抱えて、周囲の騒ぎに紛れて城から出て行く。
 萌も言葉なく、彼女を追った。
「さぁ、私達の国の始まりだ」
 女は得意気にそう言った。傍には膝を折る別の女性が二人存在していて、おそらくは女を主としているのだろう。周囲に見える他の人影も全員が女性であった。女だけで構成された部族であったようだ。
(アマゾネス……)
 萌がぽつりとそう零すとまた、景色が動いた。時間が進んだようだ。
 瞬きの先には、女がイアルの像を丁寧に洗っている光景があった。砦のような佇まいの中、一角に設けられた風呂場で彼女は楽しそうに腕を上下に動かしている。
「待っていろ、すぐに元に戻してやる……」
 女はそう言いながらイアルの身体を隅々まで洗った。「王自らがなさることではない」との声が周囲から聞こえるが、彼女は聞く耳を持っていないようだ。
 女は元々イアルの石化を解く方法を知っていたようで、洗い終わった直後に唇を寄せた。
「……ッ」
 ゆっくりと解けていく石化の状態。
 全身が自由に動くようになってようやく、イアルは大きく身体を震わせた。
「……、ここ、は……? わたしは、追われて……」
「安心するといい。ここにはお前を捕らえるものはいない」
 イアルにとっては敵国に攻められ追われて――そんな恐怖の記憶しかない状態であった。
 そんな彼女に女は優しい声を掛けて、手を差し伸べる。
 いきなり現れた女に戸惑ったが、イアルはそれでも彼女の手を取った。
「お前は私の親衛隊に所属していたんだ。これからもずっとそれは変わらない。私の傍にいろ」
「は、はい……」
 女の言葉は呪文のようにイアルの身体に染み込んだ。先ほどまでは追われていた記憶しか無かったが、その音を受け止めた瞬間からゆっくりと上書きされていく。
 ――そう、わたしはこの女王に仕えている。この女のために戦っていたのだ、と脳内で声が聞こえたような気がした。
(……そんな事が……)
 萌はただ黙って、その流れを見つめていた。
 イアルはこの女に拾われたことで、一時は幸せな時を過ごせたのだろう。元々彼女は傭兵であったために肉体的な問題は何一つ無く『親衛隊』という立場になっても、女王の身辺警護を完璧に努め、夜は王の望むままに身体を重ねる。元からの側近たちからは疎まれもしたが、元来の美しさと強さが優っていたためにそこまで大した問題にはならなかったようだ。
「お前は最高だ、イアル」
「ありがとうございます、王」
 広く柔らかなベッドの中で交わされる言葉。
 女王もイアルも、束の間の快楽に酔いながら時間を過ごしていく。
 そうして――。
「隣国が攻めてきた! 夜襲だ!」
 見張りの女が声を張り上げてそう言う。
 女だけで作られた国は大きな発展は遂げることが出来ずに、建国後数年で再びの戦火に巻き込まれ、歴史の闇に消えていった。
 イアルは女王のために果敢に戦い続けたがやはり最後には捕らえられ、また石化の記憶を繋いでいく。
 滅ぼされた王城跡、その場で見せしめのために放置されたイアルの像はひっそりと静かに穢れていった。
(イアル……)
 萌はゆっくりと瞳を閉じて小さくイアルの名を呼んだ。
 彼女の過去を一部を垣間見たことになる萌は、己の気持ちをさらに強くして目覚めを迎えた。
「……、朝……」
 意識が浮上していく感覚を得て、数秒。
 跳ねるようにして瞳を開いた萌は、枕元の時計に目をやり時間を確認する。
 午前六時。
 辺りは既に明るく、朝の日差しが窓から入り込んでいる。
 萌はゆっくりと身体を動かした。イアルは変わらず隣で眠っている。
「私、イアルを守りたい……」
 彼女は小さくそう呟いた。
 夢の中で見た記憶はほんの一欠片。それでも萌にとってはかなりの収穫に繋がった。
 イアルをもっと。もっと深く。
 萌の心の中で沸き立つ感情。友達として――それ以上にイアルを感じたい。
 そんなことを思いながら彼女は静かに身を起こして、大きく伸びをするのだった。