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<東京怪談ノベル(シングル)>


『過去と未来と』

 事の始まりはある街で女性が次々に行方不明になるという事件であった。
 消えた女性達の年齢、職業、外見に共通点は無い。
 ただ全員が突然消息を絶つこと、家出や自殺の兆候もないことから警察などは事件と事故の両面から調査を行っていると聞く。
 既に警察が捜査を始めているこの事件をIO2捜査官であるフェイトが調査する事なったのは行方不明になった女性達がどうやら強い霊的素質を持っていたらしいこと。
 そして、この街に人の生気を喰らうという危険な魔物が流れて来たらしいという情報をIO2が突き止め放置は危険と判断したからだ。 
「さて、どうしたもんかな?」
 とりあえず店の前にある公園のベンチに座り、様子を見ることにした。
 新聞を広げ、横にはペットボトル。木陰でのんびりと仕事をサボっている会社員風にできていると思う。時折水で喉を潤しながらフェイトはあるブティックの観察を続ける。
 街の中央街に最近できたブティックがどうやら行方不明者達と関係ありそうだとの情報が届いたのは今朝の事。
 その足でフェイトはここにやってきた。
 店は繁盛しているようだ。センスのいい服が並べられていてショーウィンドーを指差したり、時に足を止めて店に入って行く女性も見受けられる。
「…出てくる客もいるんだよな…。一体、どういう基準で……? あれ?」
 ふとフェイトは新聞から目を話す。ブティックの前を行き来し、時に中を伺い、時に覗き込む一人の少年がいるのだ。
 その行動は店の衣服に興味関心がある風ではない。自分と同じ匂い。
 つまりは何かを調べに来た…。
「まずいな…」
 フェイトは立ち上がった。
 そのまま歩き出すと
「君! ちょっと来るんだ!」
「えっ?」
 少年の手を掴み、強く引っ張った。
「貴方は、誰です? 僕に一体…?」
 幸い少年の抵抗は小さい。物陰まで引っ張るとフェイトは少年の手を放すと
「僕は捜査官だ。
 …君は誰だい? 素人じゃないだろう? 何の為にあの店を調べようとしていた?」
 単刀直入に問いかけた。
 そうだ。とフェイトは思う。
 この少年には自分と同じ匂いを感じる。
 普通の人間には解らない「異界」を知り、感じ取り、見つめる目を持つ者…。
 その場しのぎのごまかしは無意味だ。
「…えっと、僕はバイト先の女性がここ数日出勤してこない。家にも戻って無いようだと言う事で編集…いえ、上司に頼まれてその足跡を調査していたんです。
 そしたら、この店で女性が何人も行方知れずになったことが解って、それで…」
 やれやれとフェイトはため息をつく。
 こんな子供に行方不明者の捜索を任せるという上司も上司だが、IO2の調査が子供のそれと同レベルとは…。
「そこまで解っているなら、ここは危険だと言う事が解る筈だ。立ち去りたまえ。
 君の知人については、見つけ生存しているなら必ず助け出す。だから…」
「嫌です!」
 諭すように言うフェイトに少年は首を横に振って引き下がろうとしなかった。
「貴方が捜査官であるというのなら、お判りの筈です。一日の捜査の遅れが人一人の命を左右しかねないということを…」
「それはそうだけれど……!?」
 目的は一応、一致しているから同行させてあげるという手もある。
 しかし、危険だから…色々と考えながらフェイトは説得を続けようとしていたのだが
「! なんだこれは…」
 言葉が告げられなくなっていることに気付いた。
 自分達の背後にあるブティック。
 その中から強く禍々しい気配が放たれている。壁越しにさえ感じる程に。
「! まずい! さっき入ったアベックか? それとも見てないうちに誰かが入った?」
 少年に背を向け、走り出すフェイト。その後を少年が追いかけてくる。
「何をしている? 早く戻るんだ? この気配、ただごとじゃないぞ」
「解ります。ただごとじゃないから、行くんです!」
 正直、今は口論している時間さえ惜しい。
 フェイトは走り続け、ブティックのドアを蹴破るように開けた。
 少年と共に。

「あら? いらっしゃい? 何かご用ですか?」
 フェイトが店に足を踏み入れると女店主がにっこりと笑いかけた。
 ごくりと少年が唾を飲み込む。
 店主の笑みは妖艶なまでに美しく…そして氷の様に冷たかった。
「こちらは女性服専門店ですよ。男性のみの入店は基本的にお断りしていますわ。
 まして、それがIO2の狗となれば…」
 店主の目がぎらりと輝くと同時、店全体を包む空気が変わった。
 張り詰めた様な敵意に満ちた空気がフェイトと少年に突き刺さる。
 それは空気だけではなく、周囲にいた客にまで及び一般人で有る筈の彼らは
「! 危ない!」
 フェイトと少年に襲い掛かって来たのだ。
「大丈夫か?」
 フェイトは振り返り少年を見る。
「大丈夫です!」
 少年は答え、自分に向かって刃物を持って襲い掛かってきた男性の足元を刈ると地面に転がした。
 ひゅう〜。
 思わず口笛のようなものがフェイトの口元から零れる。
 自分より遥かに大きな男性を少年が倒すのはなかなか圧巻だ。
 見かけによらず場数を踏んでいるのかもしれない。
 とはいえ、まだ自分達を何人もの人間が取り囲んでいる。
 しかも圧倒的に女性が多い。
 何より、店主がやっかいだ。既に人を映す事さえ止めたそれは黒い翼に朱い瞳。
 俗にいう吸血鬼の相貌を見せている。
 彼女は二人を見つめ、にやりと笑った。
「それでも入店を望むなら、代価を払って頂きましょう。その力を私に永遠に捧げると言う…ね!
 本当は女の方が味がいいのだけれど、お前達の霊格なら男でもさぞかしい良い力を得られるでしょうからね」
 チッと舌を打つフェイト。思った通り行方不明になった女性達はこの店主の餌食になっているようだ。
 能力者を捕え、その力を奪う魔物…。
「一端、逃げるか!」
 少年の手を引いてフェイトは退路を確保しようとした。
 だが
「ダメです!」
 少年はフェイトの手を振り払った。
「何で?」
「今、あれを逃がしたらまた被害が出ます! それに…」
 キュッと唇を噛んで少年は言う。
「僕が囮になって気を引きます。だから…奴をお願いします」
 真っ直ぐな瞳でフェイトを見つめて。
 状況は困難極まりない。でも不思議に悪い気はしないのは何故だろう。
「解った。任せろ」
 強く、頷いた。そして後ろに飛びのき「準備」をする。
 一方少年は、地面を這う様にしてジャンプすると一気に店主の懐へ飛び込んでいく。
「ふん! この程度! 力を増した私の敵では無いわ!」
 店主は鼻で笑うと右手を前に出し、無造作に振った。長く伸びた刃のような爪が少年を切り裂く。
「うわあっ!」
 弾き飛ばされる少年。勝ち誇った表情で止めにと進み出た店主は、
 バシュン!!
「えっ?」
 そこで凍りついたように動きを止めた。
 そして、まるで砂のように崩れ落ちて消失する。
 おそらく何が起きたかも理解できぬままこの世から消え失せたそれを冷たく見下ろしたフェイトは対霊弾の拳銃をしまうと
「大丈夫かい? 助かったよ」
 少年に向けて手を差し伸べたのだった。
 勇敢な彼を、笑顔で向かえて……。

 魔物消滅の後、操られていた人は全員がその呪縛から解放された。
 操られていた間の記憶は失われており、何があったのか覚えている者はいないだろう。
 幸いだったのは行方不明になった女性達が生存していた事だ。
 地下に閉じ込められ、力を吸い取られていた彼女達は衰弱が激しく、発見がもう少し遅れていたら危険だったかもしれないが全員、命に別状はないと言う。
「後は、警察と俺達に任せてくれるか?」
 フェイトの言葉に少年は
「はい。お願いします」
 素直に頷いていた。
 その様子を見て
「なあ一つ、聞いていいかな?」
 ふと思い出したようにフェイトは声をかけた。
「なんでしょう?」
 小首を傾げる少年を見つめ、問う。
「どうして、囮なんて無茶をしたんだい? 行方知れずの女性が、大事な人だった、とか?」
「いいえ…。理由をつけるなら…貴方がいたから、でしょうか?」
「俺?」
 思いもかけない返事に意表を突かれたフェイトに少年は笑顔を見せる。
「貴方は、僕が危ないと知って助けてくれた。今思えば、作戦の邪魔だったんでしょう? でも見捨てず助けようとしてくれた。
 だから足手まといになりたくないと思ったし、貴方のようになりたいと、思ったんです。IO2に入ると決めた訳じゃないけど…、誰かを助けられる人になりたいって。だから、引きたくなくて…わがまま言ってすみません」
 フェイトは頭を掻いた。自分は今、どんな顔をしているだろうか?
 自分の様になりたい、などと言われては…。
「そうか…。そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな? 俺の名前は…フェイト。君は?」
「僕は、西尾勇太です。勇気の勇って字を書きます」 
「勇太?」
 聞き返したフェイトは知らず、微笑んでいた。
 今はもう遠い…。自分の本名と同じ名を持つ少年。。
 彼に、自分と同じ道を歩いて欲しいとも自分の様になってほしいとは思わないけれど…。
 ぽんぽんと撫でる様に少年 勇太の頭に手をやるフェイトは気持ちを新たにする。
 この少年や、人々の笑顔を、信頼を守りたいと。

 そして、微笑み、告げた。
「いい名だな」
 心からの思いを込めて…。