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<東京怪談ノベル(シングル)>


●夏の思い出
 久しぶりの休日にセレシュ・ウィーラー(8538)は遅い朝食を食べながら、エアコンの効いた部屋でのんびりテレビのニュースを見ていた。
「山開きか……もうそんな時期なんや」
 登山者達が、麓の神社で安全祈願のお祓いを受けている姿が映っていた。
 ここ数年、気軽な登山は女性にも人気のスポーツである。
「そういえば久しく山とか行っておらんね」
 珠には友達でも誘って登ってみるか──そんな事を考えていたセレシュは、ふと遥か昔、異世界の学友と行った登山を思い出していた。
「まあ、あれは遊びというより夏期学習やったけど──楽しかったなあ」



 朝もやがまだ立ち込める早朝の登山道──。
 夏休み返上の授業の一環として、とある山岳地帯に赴いたセレシュと学友達。
 1人は学年一のセクシーと噂高いA子。
 もう1人は恥かしがり屋で大人しいB子。
 そしてセレシュ。──女3人での登山である。

 3人が目指すは、山奥にある遺跡であった。
 セレシュらは、その遺跡を調査にやってきたのだった。
 遺跡で何を調べるかは研究内容によって異なるが、セレシュと学友らと一緒に行動する必要はないのだが、目的地は同じなのだ。
 暑い山道を一人で黙々と遺跡まで登るのでは、余りにも味気ない。
 同じ目的地なのだ。少しは夏休みらしく3人で楽しく登ることにしたのであった。


 ──だが歩き出して数時間。
「もう駄目。歩けない〜。休憩しよ〜」
「さっき休憩したばかりやない。はきはき登らんとお昼までに山頂に辿り着けへんで」
 1泊するとはいえ調査時間を考えればそれ程キツイ行程ではないが、休憩を取る度、ついついガールズトークに花が咲きついつい休憩時間が長くなってしまうのだ。
 へばり気味の学友らとは異なり、人外の再生力で元気な一人元気なセレシュは、文句を言う学友達を賺しながら登らせていく。

 そうして、えっちらおっちら頑張って登ったご褒美は、足元に広がる雲海を見下ろしながら昼食である。
 仲良くおかずの交換をし、楽しくおしゃべりをしてゆっくり疲れを取りたい所だったが、午前の遅れを取り戻すべく早めに食事を終えた一行は、更に奥の山。遺跡を目指す。
 おかげで多少のずれはあったが予定通り昼過ぎに遺跡に無事辿り着いた一行は、本格的な調査を前にテントを張って一休みをする事にした。
 慣れない登山靴で浮腫んだ足が痛いと投げ出す学友達を尻目にまだまだ元気なセレシュは、
「ウチは、まだまだ疲れてないから周りを確認してくるね」とテントを後にする。
 残った二人は、これ以上セレシュの足手まといにならないように疲れを取るべくマッサージをしたり、濡れタオルで体を拭いた後、仮眠を取る事にした。

 暫くして──
「ただいま〜。周りに特に危険そうな動物とかおらんかったよ」
「お帰り。中々帰って来ないから心配していたんだよ……ってなんかセレシュ、出かけた時より元気になっていない?」
「え?(ギク)」
 学友の言葉にぎくりとするセレシュ。
「うん。なんだか温泉に入ったみたいにお肌がツルツルしているわ」
(ギク)
「そういえば、あんた。なんでリュック持って出かけたのよ」
「雨が降った様子もないけどリュックから下がっているタオル濡れているみたい?」
(ギク、ギク)
 風呂上りのようにすっきりほっこりしているセレシュに詰め寄る2人。
「えへへへ……」
「「セレシュ〜〜!」」
「二人とも落ち着いて……」
 にじり寄る学友らにたじろぎながら、下の谷に温泉があるのだと説明するセレシュ。
「地図と古文書を見て、気が着いたんよ」
 1人でずるいと騒ぐ学友達。
「黙ってたのは悪いと思うけど、火山性ガスの中を突っ切らないと凄く遠回りになるんよ」
 ウチは毒耐性があるから突っ切っていけたが、遺跡調査もある。二人は疲れているようなので黙っていたのだと説明するが──
「温泉に入れば疲れも取れるじゃない」
 何とかしなさいと言われる始末である。

「何とかって……」
 うーん? と頭を捻るセレシュ。
「あ!」
「何か思いついたの?」
「ガスを吸い込まないように石になればいいんや」
 顔を見合わせる学友らにゴルゴーンの魔力で石化した二人をセレシュが温泉まで運び、呪いを解除するのだと説明し、
 二人に下着姿になるように言うセレシュ。
「端っことかぶつけて欠けたら、術が解けた時、危険やねん」
 ぶつけたはずみに体の方までヒビが入ったら大事に至ると説明するセレシュ。
「そういうことなら仕方ないか……」
「そうね。どうせ温泉の中で裸を見られるんだし」
 下着姿になった二人。

「どうせ石像になるならセクシーなポーズがいいわよね」
 ノリノリで両手で髪を掻き揚げ、上を向いた豊かな胸を突き出したセクシーなポーズをするA子。
「それとも女豹のポーズとかもいいかしら」
 ──一方、
「恥かしいからあんまり見ないでくださいね……」
 真っ赤になりながら両手で体を隠そうとするB子。
「でも運ぶなら一度に運べるように抱き合っているの方がいいのかしら?」
「ウチは、なんでもええよ。2人を持って飛ぶわけやないし」

「二人とも準備はええ?」
 そう言うと魔力を開放する為、眼鏡を外し、二人を見るセレシュ。
 一瞬の魔力の煌きが治まると、学友二人は石化していた。
 顔の前で手を振ったり、ぺたぺたと体を触り、石化の状況を確認するセレシュ。
 ふと、目に入ったA子の胸。
 ペタペタ──。
 ペタペタペタと己の胸を触った後、「ふっ」と溜息を付くセレシュ。
「彼氏持ちと比べちゃあかんよな」
 振り返った先、もう一人。何か言いたげに柔らかな唇が開いたB子。
「こ、これは、更にデカっ!」
 ブラジャーの肩紐が外れかけたのか慌てて押さえたこぼれそうな胸からセレシュの目が離れられなかった。
 2人と見比べ、ずーん──と気持ちが暗くなるセレシュ。
(友達やけど、ここに二人を置いていっちゃあかんのかな?)


「……。

 ………。

 ……………。

 女の子の価値は、でっぱりやない。
 ウチは、ウチ。人は、人やーーーーーー!!」

 山に向かって大声で叫ぶセレシュ。
「……うん。スッキリした」
 そいういうと、いそいそと壊れぬようタオルを二人に巻き、浮遊魔術をかけるセレシュ。
 二人を温泉まで運ぶと何事もなかったように石化を解除し、天然温泉を堪能したセレシュ達だった。





 ****

 アルバムのページを懐かしそうにめくるセレシュ。
 写真の中で笑っている学生時代のセレシュと学友達。
「──そういやあ、あの後も大変だったんだよね。
 のぼせちゃった2人を解放したり、神殿の仕掛けを見ようって動かしたら変なのが出てきて、一晩中追いかけ回されたりしたんよな。


 ……なんか思い出したら腹立ってきたわ」

 そう言いつつもあの時の、あの時にしかできない学生時代の楽しい思い出である。

「今度の休みに研究抜きに一緒に山行かへんって電話してみようかな?」
 そんな事を思うセレシュであった。







<了>



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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】