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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Mission.18 ■ 15年前の残骸






 IO2東京本部。
 警察組織から犯人が能力者である場合、その管轄が警察からIO2へと移行される――『サイキック・ケース』として処理されされた今回の事件は、アリアによって犯人が押さえられる形となって無事に幕を下ろした。
 被害者の女性はフェイトと通りすがりの看護師による止血が功を奏し、無事に一命を取り留めた。
 ――犯人は両足と右腕の『断裂』によって噴き出た血の量が多く、救急隊を待たずに死亡。今回の一件によって命を落としたのは、『斬空』と名付けられた鎌鼬さながらの能力を持っていた犯人一名のみである。

「――浮かない顔をしていますね」

 IO2の建物内にある待合所となっている薄暗い一角。自動販売機のモニター画像の光が仄かに光るその場所で座っていたフェイトに向かって、高校の制服を身に纏った少女――茂枝 萌が声をかけた。
 かつての幼さが抜け、大人と子供の微妙な境目を迎えて可愛らしさよりも綺麗さが目立つようになった彼女ではあるが、4年前と何ら変わらない涼やかな口調は相変わらずのようだ。
 それでも声の調子はフェイトを気遣うようなどこか遠慮がちな物言いである辺り、彼女なりに感情の機微といった物を理解している。それは大人に近づいている証左であった。

 視線を向けたフェイトからすっと視線を外し、自動販売機に歩み寄る。萌に反応した自動販売機は一際明るく光を放ち、モニターの商品をはっきりと見えるように主張する。
 静脈センサーに手を翳すと商品ボタンが光を放ち、商品の選択を促す。IO2の建物内にある自動販売機はこうしてお金を入れずとも、データ上で管理された金額から差し引かれる為、小銭と睨めっこする必要はないのだ。

 萌がミルクの入った飲みやすいカフェオレを2度ボタンを押すと、紙コップが取り出し口にセットされて注がれていく。最初の一杯をフェイトに手渡すと、「奢りです」とだけ告げて自分のカフェオレが出て来るのを待った。

「もらっちゃって良いのかい?」

「私は2杯も飲めませんし、飲んじゃってください」

「そっか。ありがとう」

 人に奢るのにそんな言い分で伝えてしまう辺り、不器用な性格をしているなとフェイトは苦笑しながらも礼を告げた。フェイトが座っていた横に長い椅子の隣に腰掛けると、萌は何も言わずにカフェオレを一口飲み、紙コップを握ったままじっと前を見つめていた。

「――今回の事件の顛末は聞きました。死亡者一名、犯人だったそうですね」

「あぁ、うん。被害者の女性は無事だったらしいし、良かったよ」

「良かった、ですか。だとしたら、その苦虫を噛み潰すような顔はずいぶんと似合わないと思います」

「……そうだね」

 萌はそれ以上は口にしようとはせずに、ただフェイトの隣に座り続けた。

「……『サイキック・ケース』。能力者にはそういう扱いがあるって知ってる?」

「えぇ。能力者の犯罪に対して、生死問わずであるというIO2側と警察――司法との間に結ばれた特殊法案です」

 萌はフェイトの問いに淀みなく答えた。

 これまで日本であれば、どんな事件を起こしたとしても犯人を殺してしまえば騒動になっていたが、『サイキック・ケース』に関してはそれが容認されている。特に、犯罪に手を染めた能力者に関して言えば、性格の矯正などが難しいのだ。

 それは何故か。その答えは単純なもので、『一度狂気に触れた人間が、見えない武器を持ったまま更生するとは考えられないから』である。能力者ではない人間にとってみれば、能力者とは即ち『見えない銃をいつでも所持しているような存在』なのだ。
 こうして苛烈な処罰項目が認められたのは、日本だけではなく世界的に常識となっている。

 そういった経緯もあって、今回のアリアが行った行為は法的には咎められる事はない。

「……能力者が当たり前になった世界、か。俺が子供の頃は、むしろ異端過ぎてそんな法案なんてなかったよ。それに、人が人を殺したのに涼しい顔をしているなんて、さ」

 フェイトが思い出していたのは、あの時のアリアの顔だ。
 人を殺す事に何も違和感を覚えず、後悔や悲しみすら感じたりしない。まるで当たり前であるかのように人を殺してしまう。
 当然フェイトとて、『サイキック・ケース』に関してはしょうがないとも思っている。
 危険性はやはり一般人のそれとは違うのだから。

 だが、フェイトは自分が関わってきたこれまでの事件で、犯人を殺す程の真似はしてこなかった。
 それは少なからず能力という特異な力によって苦しんだ過去が自分にもあり、もしも様々な人々と出会ってなければ、犯罪者側に落ちていたのかもしれないという考えだってない訳ではないからだ。

 それに――『サイキック・ケース』によって区切られた能力者は、まるで人間じゃない扱いを受けているように見えてならなかったのだ。
 そんなもの、許容出来るはずがなかった。

「時代、環境、立場。そういったものが変わってしまえば、常識なんてものは都度姿を変えていきます。それに適応するのが当然じゃないんですか?」

「そんな事ぐらい分かってるんだ。だけど……。いくら何でも人を殺すなんて、そんな事をしなくても良いじゃないか」

「……詭弁ですね。いえ、偽善とでも言うべきですね」

「な……ッ!」

「いえ、私もその考えは嫌いじゃないですよ。むしろ好ましいとも思ってます。だけど、能力者とそうではない普通の人々とでは、当然捉え方も違うと思ってます」

 あまりの言い分に思わず苛立ちを抱えて振り返ったフェイトを前に、それでも萌は淡々と告げた。手に持ったカフェオレを見つめながら、萌は続ける。

「見えない銃を持った相手に、自分は武器も持たずに接していなければいけない。対等、平等。そういった精神が根付いた日本ですから、そうではない者に対する警戒心――いえ、一種の嫉妬とも呼べる感情は強いんです。自分達は素手なのに相手は武器を持っているなんて、と。
 特に、5年程前の『虚無の境界』が起こしたあの事件は、それこそ日本人の一般人を嬲り殺すかのような事件でしたから。能力を持たない人間にとっての能力者に対する冷たさは、今も決して珍しくはないんです」

「萌……?」

「工藤勇太――いえ、IO2特級エージェント、フェイトさん。
 アナタがこの国を離れたこの4年間という時間は、アナタに何を齎せてくれましたか? そしてそんなアナタがこの日本を離れていた4年間で起こった事を、アナタは知っていますか?」

「……日本で起こった事……」

「私達IO2は影の世界から陽の当たる世界へとついに動き出しました。超能力、神通力、異能。あらゆる呼び名で、あらゆる事柄が起こって日本では今回のジオグラフト計画に移り、世界的に姿を見せた能力者が――世間からどう見られているのか。IO2の中からばかりじゃ見えない部分を、……忘れてしまったのではありませんか?」

 手に持っていたカフェオレを喉に流し込み、萌はそれ以上は言葉を紡ごうとせずにその場を後にした。

 一人残される形となったフェイトは壁に背中を預けてカフェオレを口に運ぶと、その甘さに思わず「あま……」と小さな声で呟いて、天井を見上げた。

 ――IO2の中からじゃ見えない世界、か……。
 萌の言葉に、気持ちだけならば否定するつもりでいたフェイトであったが、言葉が口を突いて出て来なかったのだ。

 4年前――いや、もっと前からだ。
 何度も能力のせいで引っ越したり、事件を起こしかけたり。そういった過去があるにも関わらず、この4年間は捜査の事ばかりを考えてしまっていたような気がして。
 萌の言葉を否定出来るだけの自信が――フェイトにはなかった。

 危険だから。
 犯罪を犯したから。

 子供の頃に感じていたIO2への不信感。
 自分はそうなるまいと心に誓っていたはずなのに、気が付けばその気持ちを忘れてしまっていたのかもしれない。
 フェイトの心にはそんな想いが去来していた。

 ――なら、アリアに対しても俺はそう思ってしまっていたんだろうか……。
 そんな気持ちが芽生えて、フェイトはわずかに顔を顰めた。

 IO2フランスエージェント、アリア。
 彼女がもしも、自分が子供だった頃に能力を制御出来なかった時みたいに、自分にはどうしようもない『何か』が作用しているのだとすればどうだ。

 ジュースの味も知らない子供が、あの時歌うように人を殺して良いと言っていた。
 それはつまり――彼女の環境が歪である事の証左ではないだろうか。

 天啓とも呼べる何かが、フェイトの脳裏に閃いた。

「……そう、だよ……。もしもあの子が、『子供の頃の俺みたく、研究者に拉致されて調教される形であったなら』。もしあの日から今日まで、叔父さんや草間さんに助けてもらえなかったなら……――」

 ――自分もまた、彼女と同じような生き方をしていたのではないか。
 思わず浮かんできたただの予測。しかしフェイトにはそれが間違いだなどとは到底思えなかった。










 ――――繋がった。繋がってしまったのだ。











 『超能力者覚醒計画』――通称、D-FILE。











「……クソ……ッ!」

 フェイトが立ち上がり、駆け出す。
 手に持っていた携帯電話の液晶には、エルアナの名が書き記されていた。












to be continued...