コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Mission.19 ■ 空白の4年







 ――――『虚無の境界』事件。
 後に世間ではそう呼ばれるようになった、巫浄霧絵が率いる『虚無の境界』が大々的に日本の主要部を襲い、壊滅状態に追いやったあの事件の後、日本は黎明期を迎える事となった。
 当然その一番大きな変化は、能力者の存在とそれを取り締まるIO2と呼ばれる機関が表舞台に上がってきたこと、だろう。これまでは都市伝説さながらに存在を囁かれていた超能力者が、今では世間では当然のように存在しているのである。

 一方、それは悲劇を巻き起こした畏怖の対象として見られる事になったのである。
 人々は物珍しさから超能力者を忌避する対象として見ていた超能力者を、今度は迫害の対象に追いやったのである。それは確実に一般人と能力者の間に大きな溝を生み出した。

 一般人による超能力者への集団暴行。その逆とも呼べる、超能力者による一般人に対する犯罪や大量殺人などといった事件。連日に渡ってメディアに取りざたされるそうした事件や報道。有識者による討論番組など、とかく最初の一年と言えばそれは混乱の一言に尽きるような、そんな惨状であったようだ。

 そうした混乱が、日本でも巻き起こったのである。
 そして多くの事件が生まれ、ついには『超能力者を住ませない街』と謳ってみる田舎町などが生まれたりと、それはもう酷い有り様だったのだ。

 そこで、能力者を一般人から隔離する意味合いも含めて、IO2はジオフロント計画を動かしたのである。それはまるで、巨大な鳥籠であり、同時に互いを仕切る溝を体現させるかのように。誰も反対すらせず、トントン拍子に話はまとまっていった。

「――それが、この4年間で日本で起こっていた確執です。そういう部分を考えると、今回のジオフロント計画は何が何でも成功させなくてはならない事案とも言えますね」

 都内の新首都高を走る白塗りの車の中で、助手席に座っていたフェイトはその説明を聞きながら街を見つめていた。運転してくれている凛に、この4年間で何が起こったのかを訊いていたのだ。

「……そうだったんだな……」

「アメリカはどうでした? IO2は世界に向けてその発表をした訳ですし、似たような事態に陥ったのでは?」

「いや、それはなかったんだ。元々アメリカじゃ超能力者っていうのはいるって思われている節があったし、そういった機関があるって知られても大した騒動にはなってなかったらしい。せいぜい、超能力ファンが野次馬したり、IO2にドラマ取材の申し出が来たりとか、そういうのはあったらしいけど」

「……文化の違いですね」

 お互いにそれを感じながらも、同時に異なった想いを胸にしていた。
 とどの詰まり、アメリカでは『虚無の境界』が起こした事件などなく、日本程に過敏な反応がなかった、という現実だ。

 どちらが正しい訳ではないが、勇太も何処かアメリカでの対応が常識的に見えてしまっていたせいか、日本であったならどうなっていたのか、そうは考えようとはしなかったようだ。
 萌が言っていた、日本で起こった4年間の苛烈さ。それがそこにあるなど、フェイトは思ってもみなかったのである。

「私達にとってはあっという間の4年でしたし、きっとそれは誰にとってもそうなのでしょうね。あの戦いは、遺族から見ればまだ終わっていないのでしょう」

「……俺達に出来る事って、何があるのかな」

「何を弱気になっているのです、勇太」

 あっさりとそう言い放ってみせる凛へ、フェイトはきょとんとした顔で振り返った。

「私達は、あの時も今も、守る為に戦っているのですよ。それは私達にしか出来ない事ですよ。あの時だって――私が連れ去られてしまった時だって、私を助ける為に来てくれたじゃないですか」

「……守る為、か」

「えぇ、そうですよ。それに今回はあの子――アリアちゃんを守るって、決めたんじゃないんですか?」

 凛の言葉に、フェイトはふっと小さく笑って息を吐いた。

「……うん、そうだよな。俺はあの子を、あのままにしておきたくない。フェアリーダンスの一件もそうだけど、能力だ何だって、そういうのに振り回されるような人を放っておけるはずなんてない」

「……えぇ。だから、行くんです」

 先程までこの場を支配していた暗い雰囲気を払拭して、二人はフロントガラスの向こう側を見つめる。
 エルアナから聞かされた、IO2フランス局のルーシェとアリアが滞在しているというホテルに向かって、二人は車を走らせているのであった。



「……ここ、だよな?」

「そのはず、ですけど……」

 目の前に建っている建物を見て、フェイトと凛の二人は言葉を失っていた。車中のGPS機能も確かにこの場所を示しており、特に住所を間違っているという訳ではないのだが、そこはどう見ても人が住めるような――いや、廃墟と言っても過言ではないような、そんなビルであった。

「ちょっと連絡して調べてみますね」

 凛がフェイトにそれだけ告げると、早速自分のサポーターを通じてその建物で合っているのかを確認しようと携帯電話を取り出した。しばしの会話を終えて戻ってきた凛は、とても信じられないとでも言わんばかりに溜息を吐いてフェイトへと声をかけた。

「何でも、この中を改装して使っているそうです。いずれフランスのIO2支部局をここに置きたいとかで、今回はその立地条件や場所を調べるテストも兼ねているのだとか……」

「それにしたって、人が住めるような環境じゃないと思うんだけどな。一体どうしてこんな……――」

「――おや、アメリカのIO2特級エージェントのフェイト殿に、日本の一級エージェントのリン殿ではありませんか。こんな場所へようこそ」

 気配もなく、それでいて敵意もない様子でルーシェが暗がりから姿を現し、二人へと声をかけた。凛は思わずビクッと肩を震わせていたが、フェイトの瞳には剣呑な光が宿る。

 ――こいつが、アリアを利用している元凶かもしれない。
 自然とそう思ってしまうと、とても友好的な視線を送る事など出来ないフェイトである。その視線の先に立っているルーシェもどうやらフェイトのそういった気迫を感じたのか、決して歩み寄るような真似はせずに足を止めた。

「どうやら、あまり友好的な空気ではありませんね、フェイト殿。先日アリアがお邪魔したそうですが、その際のお礼を述べなかった私に対して怒っていらっしゃる、とか?」

「さぁ、そいつはどうだろうね。あの子の事であんたと言い合うつもりはないけど、覗き見するなんてずいぶんと高尚な趣味をしているらしいじゃないか」

「覗き見? はて、何の事ですかな?」

 鎌をかけるかのような心情で告げたフェイトに対し、ルーシェは相変わらず顔に貼り付けた嘘臭いとも言えるような笑みを浮かべたままそれを躱してみせる。尻尾を出さないと言うよりも、むしろ挑発しているかのようなその態度に、フェイトは思わず声を荒らげたくなる気持ちを抑えつつ、その後方から歩いてきた白髪の少女へと視線を向けた。

「……フェイト。リン」

「アリア、この前は遊びに来てくれただろ。だから今日は俺がアリアに会いに来たんだ」

 剣呑とした空気をふっと払って、フェイトがアリアへと声をかける。するとアリアは一瞬であったが無表情の顔に喜色を貼り付け、そしてちらりとルーシェを見上げて返事を言い淀む。
 隣に並び立ったアリアの視線に気付き、ルーシェがアリアの肩に手を置くと、アリアの表情が一瞬――ほんの僅かに変化した。目が僅かに細まったのだ。

 人が嫌な事態に直面した際に発せられる、瞼に力むような小さな変化。その表情をつい最近までのフェイトならば見落としてしまっていたかもしれないが、その動きを今のフェイトと、昔の勇太ならば見過ごすはずがなかった。
 環境の中で無理強いされる日々。その中で、昔の自分がたまにそんな顔をしていた事を、今のフェイトはしっかりと記憶している。

「ルーシェさん。アリアを借りますよ」

「それは出来ない相談ですね、フェイト殿。彼女は少々――身体が弱いのでね。少し静養が必要なのです」

「静養? こんな薄汚い場所で静養も何も、通用する訳がない」

「確かに、この中に何も持ち込んでいなければそうでしょうが、実はこの中は少し特殊な機材を持ち込んでいましてね。そういう事情もあったのでここを指定させてもらったという訳ですよ、リン殿」

 ――さっきの二人の会話を、聞かれていた……?
 自分に唐突に話を振ってきたルーシェの態度に、凛はそう確信する。

「おっと、気を悪くしないでもらいたい。こんな場所なのでね。若い少年少女がたむろしに来ようとするので、少々監視用のカメラやマイクを置かせてもらっているのです」

「……そんな話を部外者の私達にしても良かったのですか?」

「部外者などとは心外ですね。私もアナタ方も、IO2の同志――ではありませんか?」

 まさしく挑発しているといった態度。ルーシェの先程からのそれは、そうとしか形容出来ないような類の言葉であった。不意にフェイトが奥歯を握り締め、ルーシェへと歩み寄った。
 互いに一歩でも踏み出せばぶつかってしまうような距離でフェイトが足を止め、細く背の高いルーシェの顔を見上げるように睨みつける。

「……いつまでも余裕ぶっていられると思うなよ、ルーシェさん。あんたがやってる事は、すでに見当がついているんだぜ?」

 その言葉にルーシェの眉がぴくりと動いたが、それでもルーシェは特に動じる様子も見せようとせずにフェイトに細い目を向けた。

「特級エージェント殿らしからぬ、浅慮な物言いですな。アメリカ支部とフランス支部で事を起こせば、大問題になりますよ?」

「俺がこの件で動くのは、IO2の特級エージェント・フェイトとしてじゃない。一人の日本人として――俺個人として、だ。そんな安い脅し文句には乗らないぞ」

「……それはつまり、IO2を敵に回す事すら厭わない、と? 何を疑っていらっしゃるのかは皆目見当もつきませんが――それは少々過ぎた発言では? たった一人の若い男性であるアナタに何が出来ると……――ッ!」

 そこまで口にして、ルーシェは言葉を一度区切った。いや、正確に言えば、それ以上御託を並べていられるような状況ではないと悟ったとでも言うべきだろう。
 目の前のフェイトの眼には、鋭い眼光と共に――とてつもない悪意に対する憎悪のようなものが渦巻いているようにすら見えたのだ。それはまるで、今にも自分の喉を食い破らんとする飢えた獣が立っているような、そんな殺気がルーシェの身体を駆け巡ったのだ。

 頬を伝う汗に、ルーシェは内心で驚いていた。
 これまでどんな相手を前にしても、自前の胆力とその態度で相手を翻弄してきてみせた自分が、その持ち味とも言える言葉を失わされてしまう程の圧倒的な恐怖。そんなものが理性を通り越して本能が悟ってしまったのだ。

 ごくりと息を呑んだルーシェに、フェイトが静かに――周りの誰にも聴こえないかのような声で呟いた。

「――IO2を敵に回す? そんなもので、俺が止まるとでも思ってるのか?」

 それは自分に酔って驕っているかのような発言ではない。ただただ、真実を問いかけるような一言であった。ついその姿に薄く笑みに細めていたルーシェの眼が未開かれ、同時にフェイトはすっとアリアへと視線を映した。

「アリア、また遊ぼうな」

 こくり、と頷いたアリアを見て、フェイトは踵を返して歩き出す。



 この瞬間、確かにルーシェとフェイトは同じ想いを胸に抱いた。



 ――――「こいつは、自分にとっての敵だ」と。



 静かに。それでいて確実に、一つの戦いが今、幕を開けようとしていた。






to be continued...