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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Mission.21 ■ 兆候








「――ネルシャ・オーフィア。IO2イギリス、ロンドン本部より派遣された一級エージェント、です……!」

 若干涙目になりながら部屋の中へと入ってきたネルシャが自己紹介を始めた。
 この場にいる平均年齢21歳という面々の中で、最も年上にも関わらずに最も幼く見えるという、なんとも奇妙な女性であった。

 ネルシャ・オーフィア。
 ロンドンより失恋傷心の半ばヤケクソめいた心境で日本行きを決意し、入国時にはフェイトと共にハイジャック犯を『取り押さえた』凄腕エージェントだという報告が上がっている。
 少なくとも百合や凜、それにエルアナはネルシャが非常事態に飛行機を安定させ、乗客を無事に守り切った点から見ても、彼女は見た目に似合わずなかなかの胆力があるだろうと踏んでいるが――その実、ネルシャは今、泣きたい気分であった。

 ちらりと視線を向ければ、フェイトともう一人――ヨーハンが並んで座り、他の女性陣は自分を見定めるように双眸を向けているのだ。エルアナの怜悧な瞳も、凜の探るような眼も、百合の興味なさそうに背けられた視線も、どれもがネルシャにとっては胃が痛む想いである。
 救いを求めるようにフェイトに視線を向けると、フェイトは気軽な感じで手を挙げた。

「ネルシャも一級エージェントなんだよな? 能力者、なのか?」

「あ、ハイ。私の能力は――これです」

 論ずるよりも証拠を見せた方が良いだろうと考え、ポケットから一つの小瓶を取り出した。中にはピンク色に着色された砂粒が詰め込まれ、ネルシャは蓋を開けて中空に勢いよくそれを撒いてみせると、即座に手を翳した。

 ――――途端に、砂はネルシャの手の上に集まり、踊るように縦横無尽に動き出した。

「これが私の能力です……。地味ですみません……」

 目の前にいる面々に比べて幾分か地味な演出であるのは間違いないが、一体何が起きているのか解らないフェイトが首を傾げた。

「風を操る能力、とか?」

「あ、ち、違いますっ! えっと、私の能力は砂を操るんです」

「砂を、操る……」

 それは確かに地味であるのは間違いない。
 だが、その能力の利便性や有用性を見出したのか、エルアナが口を開いた。

「その能力って、上限はどれぐらいの量を動かせるの?」

「えっと、確か400キロぐらいまでなら……」

「……そう。ある意味このメンツの中で、最も攻撃に優れている能力なのね」

 エルアナの抱いた感想は正しくそれであった。

 ネルシャ自身、この能力の地味さと有用性はいまいち理解していない節がある。そもそも都市部には大量の砂など滅多になく、せいぜいが道路に集まっているゴミ程度が関の山だ。そんな物を操れたとしてもたかが知れているというものだ。

 ――だが、砂にして400キロと言えば、ちょっとした小さな山程度の質量だ。
 銃弾すら通さない分厚い盾を作る事も出来るだろう。

「――あ、でも不純物が混ざってると無理です。コンクリートとか」

「…………えっと、うん。気を、しっかりね?」

「っ!?」

 エルアナが前言撤回する。これはずいぶんと限られた能力であるようだ。

 すでに能力に関しては情報を交換し、自己紹介と同時に能力の把握をしようと言い出したエルアナの案によってそれぞれが話し終えた。余談ではあるが、この場所で使われている言語は日本語である。

 そうしてこれからの指針を纏めようとした所で、突然会議室の扉が開いた。

「やーやー、お待たせしちゃったかな!」

 部屋に入ってきた少女を見て、ネルシャとヨーハンが目を点にした。
 そこに入ってきたのは、『至高の存在』と書かれた謎のシャツを着て、白衣をその上から羽織る一人の少女――憂である。

「なぁ、ハイスクール。ありゃ誰の子だ?」

「いや、あの人は――」

「――GUNSのヨーハン君、だったね?」

 ひっそりと会話をしていたはずが、憂が全員の注目を一身に浴びたままヨーハンを見つめて鋭い視線を向けた。その視線は見た目とは裏腹に光を宿した剣呑なものであり、馬鹿にするなと一喝するものにすら見える。
 思わず背筋を伸ばして憂を見つめたヨーハンに、憂は指を突き付けた。

「私をお子ちゃまだと思っているなら、今すぐに訂正した方が良いよ」

「……あ、あぁ、すまな――」

「――なんて言ったって、私はこれでも華の24歳! 至高の合法ロリなんだからねっ!」

 ………………。

「なぁ、ハイスクール。合法ロリって――」

「――あぁ、うん。もう、聞き流せば良いと思う」

 フェイトの答えは最もであった。
 憂もただの掴みの冗談を言ったつもりであったようで、あっさりとその空気を払拭するかのように咳払いをしてみせる。

「さてさて、みんなの技術面や色々な装置もバックアップする事になった憂ちゃんですけど、まずはみんなの指揮官さんの挨拶といこうかな」

 パチン、と指を鳴らすと、部屋の照明が落とされ、憂が背を向けていたモニターに映像が浮かび上がる。

《あー、繋がったみたいだな》

「――ッ、草間さん……!」

《ん、勇太か。久しぶりだな。思ったより背は伸びてないみたいだが、多少は顔つきも変わったな》

「久しぶりの反応がそれってどうなのさ!」

 浮かび上がった映像。どうやらモニター越しにお互いの顔を見れるようで、武彦がくつくつと笑ってみせた。

《こうしてモニター越しの挨拶で悪いが、お前らの指揮を執る事になった草間だ。まぁ、だいたい知った顔なんだが、海外の連中には馴染みはないか。元ディテクター、って言えば分かるか?》

 武彦の言葉にヨーハンとネルシャの顔が驚きに目を剥いた。
 エルアナはタケヒコ・クサマという名とフェイトの反応を見て当たりをつけていたのか、むしろ驚きよりも納得の方が大きかったと言うべきだろう。それでも、IO2に所属している者として、ディテクターのネームバリューを目の当たりにしたと言うべきか、些か緊張したような面持ちだ。

「やっほー、武ちゃん」

《……お前は相変わらず緊迫感のない反応だな、憂》

 モニターカメラに向かって手を振ってみせる憂の反応に、モニター越しに武彦が苦笑する。

《ともあれ、今俺はそっちに――日本に向かっている最中でな。合流するにはまだ時間がかかりそうだ。今回俺達がIO2の指揮下を離れて独自に動く理由について。それと、俺が着くまでにやっておいて欲しい事は憂にメールで説明してある。詳しくはそこのチビっ子から聞いてくれ》

「チビっ子って何さ! このシャツの紋所が目に入らないのかな!」

《紋所じゃなくて世迷い言なら目に入ってるが……。まぁ、任せるぞ。短い挨拶になっちまうが、今は表向きには長話して良い立場じゃないからな。あとは憂、頼む》

 それだけ言い残すと、一方的に通話が切られて部屋の照明が映画館さながらに明るくなっていく。モニターの前に立っていた憂が振り返りながらもシャツを引っ張って文字を確認しているが、それについては誰もツッコミを入れようとはしなかった。

「ま、そういう訳で、武ちゃん総指揮の下に私達がついてるって感じなんだけど、文句ある人はいるかな?」

「特にないけれど、もしも文句があるって言ったらどうするつもりなのかしら?」

「ん? 文句があるなら退室して本国に帰ってもらうよ?」

 エルアナの質問に、憂が一切の脅しや悪びれといった悪意もなくあっさりと答えてみせる。その姿は、先程までのどこか巫山戯た調子とはまるで遠い、冷たく底冷えする気配が漂ってすらいるようだ。

 ともあれ、この場にいる誰もが特に反論しようという気持ちを持っている訳ではない。

 フェイトや凜、百合に関しては当然とも言うべきだろう。
 あの『虚無の境界』事件でも共に戦った仲間であり昔からの旧知であり、今でもその信頼関係が崩れている訳ではない。
 エルアナはそもそも、今回の事件がどうだとか指揮官がどうとか、そんなものはどうでも良いと言わんばかりの態度だ。フェイトのサポーターとして十全のサポートをするのに、そんな物は一切気にするつもりはない。まして、武彦とフェイトの関係を知るエルアナが、そもそも武彦を天秤にかけるつもりはない。そういう意味では、ヨーハンも同じような立ち位置だと言えるだろう。
 ネルシャにとっては青天の霹靂とも言える存在だが、ここまで来て何もしないまま帰る訳にはいかないというのが本音だ。多少頼りない所もあるが、彼女は正義感の塊のような実直な――あるいは愚直な性格である。

 誰もがこの決定に異を唱えるでもなく、憂の答えには一切の文句をつける理由もなかった。
 そんな姿を見て、憂は予想通りだと言わんばかりに頷き、口を開いた。

「じゃ、チームとして最初の任務なんだけど――」

 憂が堂々と、迷いもなく言葉を続けた。

「――IO2フランスから来たルーシェの確保。それと、アリアの保護を開始するよ」

 賽は――投げられた。







 ◆ ◆ ◆






「――助けて」

 廃墟。真っ暗な部屋の中で小さく、か細い声が響いた。
 外はすっかり寝静まり、ただでさえ仄暗い空気を纏っている廃墟の中は、もはや空の月明かりすら届かないまでに漆黒が広がっている。
 誰に向けられたものであるのか、その声を発した白一色を彷彿とさせる少女――アリアの姿以外には、そこには誰もいない。部屋の隅に座り込んだ少女の周りをゆらゆらと漂う黒い何かがあるようにも見えるが、周囲の闇に紛れてしまっているせいでしっかりと視認出来るような痕跡もない。

 ――――そんなアリアをじっと見つめている、紅点。
 黒く無機質なレンズ越しに映し出された、真っ暗な中に月明かりを一身に受けているかのようにぼうっと浮かび上がるアリアを見て、ルーシェは苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。

 フェイトとの接触から、アリアの精神的変化は著しい。
 良くも悪くも変調はデータサンプルとして有難いが、扱い難くてたまったものではない。
 自我が芽生えたのか、それとも『子』の本質として『親』を求めているのか。いずれにせよ――所詮は『出来損ない』か。
 顰めた顔から一切の感情を排し、嘆息しつつもルーシェはそう判断する。

 手元にあった銀色の小さなケースにちらりと視線を向けて、ルーシェはそれを手に取り、中身を確認した。中に入っているのは紫色に着色された薬品が入った注射器だ。

「……もはや、用済みですね。最期を飾らせてあげましょう、アリア」

 ――――無慈悲な結末が、少女のもとへと訪れようとしていた。 











to be continued...