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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


奮闘編.28 ■ Butterfly―@







 ――――風俗店『RabbiTail』。
 店内は嫌味のない豪華な造りを意識され、そこに在籍している女性のレベルやサービス内容も充実し、従業員も一流の接客術を要求される店舗である。そして同時に、各界の大御所などがそれぞれに紹介し合い、店舗内ではそれぞれの客がバッティングしないようにと予約時間がしっかりと定められた、言わば高級店だ。

 その店は〈飛鳥〉という源氏名でかつてからこの業界で働いていた一人の女性が、自らの低学歴にも屈せずに戦い、名を高めて作り上げた店であり、当然飛鳥が評価されるのは至極当然であると言えた。

 しかし、だ。
 飛鳥の実力は然ることながら、この店舗に働く女性――通称キャストと呼ばれる女性は一癖も二癖もあるような女性ばかりであり、その筆頭とでも呼べるような女性がいた。
 かつて他の店舗では「鳳蝶〈あげは〉」と名乗り、ただ細いだけではなく鍛えられたことで手にした腰のラインに超のタトゥーを入れた女性。彼女は現在、『RabbiTail』の中では最も指名率が高く、そして客の扱いは他の追随を許さぬ勢いで売れている女性だ。

 それが、飛鳥が信頼する旧来の友人でもあり、互いを理解しているパートナー、優奈だ。

 彼女は出勤時間にシフトを入れるという真似をしない。
 客がこの日に来たいと言えばそれに合わせて出勤し、上客ばかりを持つ彼女は客の要望を無下にしない。もしも他の客と予定が被ろうものなら、どちらかには素直に他の客の存在を仄めかし、自分が売れているとアピールしつつもうまく時間を融通させてみせるプロフェッショナルだ。
 本来であれば新規の客につくために客の予定がない日は出勤するが、優奈に関してはそれが当てはまらない。客のいない日というものがほぼないのだ。100パーセントの指名率をもって客との時間を過ごす、まさに女王とも呼べる存在だ。

「おっはよ〜」
「あっ、優奈さん! おはようございまーす!」
「おはようです、優奈さん!」

 女王の風格とは少々言い難い、ふわふわとした口調。それでも彼女のカリスマは男性だけではなく女性をも虜にする程の魅力を兼ね備え、こうしてロッカーに入った途端にロッカールームは歓迎ムードに切り替わる。
 けばけばしく飾り立てない美人。鍛えて作られた肉体は女性が見ても綺麗だと惚れ惚れする程の美しさであり、造られた彫刻よりもなお美しい。下着を晒した彼女に向かって周りの眼が向けられようとも、優奈は「見たって面白くないと思うよ〜?」とふわりと注意しながらもしっかりと引き込むのだ。

 ともあれ、そんな彼女は今日、この辺り一帯を取り仕切る暴力団の若頭によって呼ばれた身であり、おっとりとした空気を放ちながらも素早い準備を終えて、優奈は客を待つ。

「優奈さん、お客様です」

 一切の無駄のない時間配分。スタッフの呼び出しには即座に応じられるように、いつでも準備は出来ている。元々派手なメイクを施さない彼女ならば多少崩れていても問題ないが、それでも崩れた姿を見せない。

 そうして優奈は一室へと案内され、世間話に花を咲かせた。

「――ねぇ、りょうちゃん?」

「ん、どうした?」

「ベリアスコーポレーションって、知ってる?」

 甘い時間を過ごした後で、優奈はふわふわとした口調でその名を口にしたが、りょうちゃんと呼ばれた男は突然出て来た会社の名前にぴくりと眉を動かした。

「……知らない訳じゃねえが、あの半端モンの会社がどうかしたか?」

「半端モン?」

「カタギにも裏にもなれねぇ中途半端な連中だ。ハッキリ言って俺達みたいな輩にとっちゃ目障りな連中なんだがな。確か不動産とヤミ金融に手ぇ出してるはずだ」

「……ふーん。そういうトコなんだね〜」

「それで、何か困ってんのか?」

「あはっ、心配性だなぁ、りょうちゃん〜。困ってるって言うより、ちょっと気になっただけ〜」

 優奈はくすくすとそれだけ告げてはぐらかして見せるが、そんな優奈の態度に男は感心したように、同時に呆れたように嘆息して、ゆっくりとかぶりを振った。

「まったく、扱いにくい女だよ、お前は」

「んふふ〜、扱いにくいから楽しいんじゃなぁい?」

 男に対して優奈はゆらゆらと揺蕩うような口調で答えてみせた。

 優奈は何も要求していないのだ。ただ尋ねただけであり、それをどうにかしてくれとか情報が欲しいとかも一切言わない。その上、その節を一切アピールすらしないのだから、男にとってみれば非常に「扱いにくい」。
 例えばここで優奈が正直に頼めば、優奈と男の関係性について男に軍配が上がる形となる。アピールして応えてもらおうとする二流のやり取りもそれが言える。誘導しようとしまいと、それを「やって欲しい」という要求を呑むことで、男女の関係性は決まる。

 優奈は「扱いにくい」。
 その関係性をいつまでも彼女の喋り方や持っている雰囲気と同じく、ただふわふわと平等の関係が強制的に続いてしまう。優奈を手に入れようと、良くみせようと男が動けば優奈はそれを拒み、優奈は客に何も要求しない。
 この業界で本物のプロフェッショナルとは彼女のことを言うのだろう。「惚れさせる」でもなく、「扱いにくい」というジレンマを孕んだ関係性こそが、彼女の客の歯痒さであり、彼女に会いに来る大物達が求める役割なのだ。良い女とは即ち、「何か進展を求めたい」という男の野望をいつまでも届かない位置で保ち、擽り、時に離れてみせる存在。

 それは鳳蝶のようなもの。
 ふわふわと飛ぶ美しい姿に、子供が虫取り網を伸ばしてはふわりと離れ、諦められない位置で美しく舞い続けるそれだ。

「……ったく、分かっててやってるんだからタチが悪い。いや、本当に良い女だよ、お前は」

「あはっ、ありがと」

 彼は動かざるを得ないのだ。
 優奈がふわりと飛んでどれだけ舞おうと、頓着しなくなれば飛び去ってしまうのだから。



 本当に美しい鳳蝶を見つめ続けるためには、適度な蜜を与え、広がる空を塞がずにいなくてはならないのだ。






 ◆ ◆ ◆





 借金生活に対しての出口は未だ見えてこそいないが、それでも美香は優奈の助言を得たおかげか少しばかり肩の力を抜いた生活を送っていた。
 結局は自分次第なのだと語ってくれた優奈は、ぱっと見ただけでは分からない怜悧さを兼ね備えた、美香が今まで触れて来なかった一面を見せた。どうやら尊敬するべき先輩は飛鳥だけではなかったようだと美香は実感していた。

 とは言え美香の借金がその発見だけで消え去るのなら苦労はしないというものだ。

 美香はこの日、草間興信所へとやって来るなりいつも通りの仕事を進めていた。
 武彦は依頼で出かけてしまい、零は夕飯の準備があるからと買い物に出てしまっているため、事務所に残っているのは美香一人きりである。

 そんな時だった。
 カランカランと入り口に備えつけられたドアベルが乾いた音を響かせて、美香に来訪者を知らせた。事務机に座り込んでいた美香は武彦か零が帰ってきたものなのか、それとも客が来たのかを確認するべく事務所の入り口へと顔を出した。

「おかえりな……って、え――」

「――やっほ〜、美紀ちゃん。来ちゃったぁ」

「ゆ、ゆゆ、優奈さん!? ど、どうしたんですか?」

 突然の来客に戸惑う美香を前に、優奈はひらひらと手を振って相変わらずの人の良い笑みを見せていた。

「あはっ、来ちゃったって言うとちょっとドキッとしちゃう?」

「わ、私も女ですよ……」

「んふふ〜、美紀ちゃんみたいな可愛い男の子がいたら、誘拐しちゃうかもぉ」

 その言葉と同時に笑って細められていた瞳に予想以上の鋭い眼光が伴った優奈に、美香は思わず「ひっ」と小さく声をあげて身を強張らせた。蛇に睨まれた蛙のような状態である。
 しかし優奈はくすくすと笑って「これ、差し入れねぇ〜」と言って買って来たケーキを美香に手渡すと、依頼者との相談用のテーブルが置かれた応接ソファに、しなやかに腰を下ろした。

「ん〜? どうしたの〜?」

「え、あ。ごめんなさいっ、優奈さんコーヒーでいいですか?」

「うーん、出来たら紅茶かなぁ。ミルクティーでお願い〜」

「はいっ」

 優奈に言われて慌てた様子で美香は給湯室に向かい、思わず火照った顔を手でぱたぱたと扇いでいた。

 ――優奈さん、座る仕草だけでも綺麗なんだ……。
 改めてお店の外といういつもとは違った場所で見た優奈の姿に、美香は同性でありながらも思わず見惚れてしまったのだ。ぴたっと綺麗で長い足のラインに合ったパンツと、ふわりと柔らかな優奈に似合う白のセーターと淡いカーディガン。胸元にはダイヤのアクセサリーがついていて、地味過ぎず派手過ぎない柔らかな印象を十全に活かした服装。
 同じ女性として負けた気分で紅茶を入れる美香であったが、早速差し入れのケーキと紅茶を持って、美香は優奈のもとへと戻り、向い合って座った。

「ありがと〜。あ、美紀ちゃん。ここでも源氏名で読んだ方がいい〜?」

「あっ、えっと、私の名前って美香なんです。だから美香でお願いしてもいいですか?」

「美香ちゃんね〜。うん、分かったよ〜」

「そ、それより、どうしてここに優奈さんがいらしたんですか? 飛鳥さんに頼まれたとか?」

「あはっ、飛鳥っちには秘密だよぉ〜。ここには個人的に来たんだぁ」

「個人的に?」

 尋ね返す美香を他所に、優奈は紅茶を口に含んだ。
 美味しそうに頬に手を当てる優奈の姿に、「これが大人のふんわり女性」と謎の観察眼を発揮しながら美香は見惚れていたが、はっと我に返って美香も頭を振った。

「美香ちゃん、お仕事お願いしていい〜?」

「あ、依頼ですか? だったら私じゃない方が話しやすいんじゃ――」

「――んーん、だーめ。これは美香ちゃんにやってもらいたいんだ〜」

「わ、私に?」

 慌てて声をあげた美香に、優奈は微笑んだ。

「とある会社を潰せるだけの情報収集をお願いしようと思って、ね?」





 ――――鳳蝶は広がる空を舞う。





 その羽が、遠くで竜巻を起こすという迷信と共に。






 to be continued...



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いつもご依頼ありがとうございます、白神です。

プレイングを読ませていただいて、
やはりこの話は優奈を使うべきだろうと思い、始動します。笑

一応虚無編もまた異界なので、パラレルワールド的にも使えるのですが、
この辺りは繋げなくても問題ないかとも思われるので、
お気軽にプレイング頂ければと思います。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共よろしくお願い申し上げます。


白神 怜司