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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


素直になれない二人

「くっ……! 何で俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ!」
 伊武木・リョウは奈義・紘一郎に肩を貸しながら、フラフラと夜道を歩く。
 十二月だが幸いにも雪は降っていないものの、それでも気温は低く、口から出る息は真っ白だ。
「さっきまでは酒のおかげで良い気分だったのに……」
 リョウは酒のせいで眠り続けている紘一郎を、間近で睨み付ける。自分よりも三つも年上の男なのだが、だらしないせいでいまいち尊敬できない。
「いや、コイツのせいだけじゃないな。コイツを俺に押し付けて逃げた、アイツらのせいでもある」
 ――リョウは三十分ほど前のことを思い出す。
 毎年、この時期には会社の忘年会が開かれ、リョウと紘一郎が所属する部署でも行われた。
 独り身の社員達のほとんどが独身向けの社宅マンションに住んでいる為、飲んでも歩いて帰れるようにと近くの居酒屋で忘年会がはじまったのだ。
 忘年会は盛り上がり、やがて夜も遅くなったのでそろそろお開きということになった。
 そこでリョウはトイレに行ったのだが、それがマズかった。戻って来た時には酔い潰れた紘一郎しかいなくて、他の社員達は二次会に行ってしまったのだ。
 会費は先に集められて封筒に入れてあったのだが、それがテーブルに置いてあり、ついでにメモまであった。メモには『奈義のこと、よろしく頼む』と書いてあり、どうやら酔い潰れた紘一郎をリョウに押し付け、仕事仲間達は二次会へ行ってしまったようだ。
「……まっ、二次会に行きたかったわけじゃなかったし、どうせ帰るつもりだったけどな。でもだからと言って、コイツを連れて帰るつもりもなかったんだけどな!」
 誰もいない夜道で、リョウは低く叫ぶ。
 紘一郎はリョウより背が高く、体格もいい。その為、体を支えながら歩くととても重い。なのに時々、よろけさせる。
「おっとっと! おいっ、奈義! ちゃんと立てよ。そろそろ自分の足で歩け!」
 ヒヤリとさせられることが続いているせいで、リョウの背中には冷たい汗が流れっぱなしで寒さを感じていた。
「んっ……んんー……」
 紘一郎は眼を閉じたまま生返事しかしないところを見ると、まだ夢の世界から出られないらしい。寝息は酒臭く、リョウは顔をしかめる。
「ったく……。何でこんなになるまで飲んだんだ? 酒が強いわけでも、特別好きなわけでもないクセに」
 時々離れた所に座る紘一郎を見ていたが、淡々と酒を飲んでいる姿があった。しかし一定のペースを保ちながら次々と飲むのだから、全身にアルコールが回るのは早かっただろう。忘年会の後半では、テーブルを枕にして寝ていた。
 リョウは大きなため息を吐き、間近にある紘一郎の顔を改めて見つめる。
「……メガネを外して、ちゃんとした格好をすれば、年相応のカッコよさがあるのに……勿体無い」
 若く見られるリョウとはタイプが違い、紘一郎には年相応の雰囲気があった。
 しかしそれを何度言われても、一向になおさないところが紘一郎らしいと言える。
「まっ、引きこもりの職業である研究員が着飾っても、あまり意味はないな」
 自分で言ってむなしくなったリョウは、思わず遠い目になった。
 研究に集中すると、研究室に泊まることが多くなる。そのせいで自宅に帰ることが滅多にないので、着飾る機会もないというものだ。
 今日みたいに会社の外で集まる時には流石に普通のスーツ姿になるものの、仕事仲間しかいない飲み会では新たな出会いはない。
「かと言って、同じ職場で将来の相手を見つけるとなると……」
 ふとそこまで言って、何故かリョウの顔がかぁっ……と赤く熱くなる。
「いっいや、職場恋愛なんて恋愛マンガでもあるまいし。第一、仕事仲間に知られたら、会社に居づらくなるしな!」
「誰に言い訳しているんだ? リョウ」
「ふわっ!?」
 急に耳元で名前を囁かれ、リョウはビクッと体を揺らす。
「いっいつから起きてたんだよ」
「ん〜……。おまえが『かと言って、同じ職場で将来の相手を見つけるとなると……』と言い始めた時からかな?」
「一番最悪の部分からかよ……」
 よりにもよって聞かれたくないところから、聞かれていたらしい。
「俺、自分が思っているよりも酔っているのか?」
 リョウは思わず自己嫌悪を感じてしまう。紘一郎は起きないだろうと安心して、思考を口に出してしまっていたのだから、油断していたとも言える。
 街灯の光に照らされたリョウの顔が青白くなっているのを見て、紘一郎は突然立ち止まるとリョウを抱き締めた。
「うわっ! いきなり何だよ、寝惚けているのか?」
「だっておまえ、顔色悪いぞ? 寒いんだろう?」
 そう言って紘一郎はリョウの腰に腕を回し、もう片方の手で冷たいリョウの頬をそっと撫でる。
「んっ……! こっこういうことは、女相手にやれよ」
 恥ずかしくなって顔を背けたリョウを見て、紘一郎はフッと笑う。そして改めて、リョウの体を抱き締めなおす。
「おっおい、奈義! 道の真ん中でやめろ!」
「こうすればあったかいだろう? おまえの体が熱くなるまで、抱き締めてやる。離さないからな」
「ふざけるなっ!」
 ジタバタと紘一郎の腕の中で暴れてみるも、身長と体格、そして力の差なのか、紘一郎はビクともしない。先程まで酔っ払って眠っていたとは思えないほど、抱き締める力は強かった。
「くっ……! 俺はお前を背負いながら歩いていたせいで、体力がほとんど残っていないというのに……」
「ああ、感じていたさ。リョウのぬくもりと匂いを、な。だから熟睡してしまったのかもしれない」
「あっアホかーっ!」
 酒とは別の原因で、顔や体が熱くなる。言われて、思わず自覚してしまう。リョウも今、紘一郎のぬくもりと匂いに包まれているのを、感じていることに――。
 意識してしまうと、紘一郎から離れたくないという気持ちが生まれてしまう。
 今の季節が冬で、しかも深夜という時間帯に、つい感謝してしまいそうになる。こうやって男が二人、道の真ん中で抱き合っていても、誰の目にも映ることはないのだから。
「……ん? 急に黙ってどうした? 気分でも悪いのか?」
「……いや、別に。それよりそろそろ行こうぜ、奈義。外にいる方が、よっぽど寒い」
 俯いたままボソボソと話すリョウだが、紘一郎はどこか不満そうに眉を寄せる。
「おまえ、いつまでそんな呼び方をするんだ?」
「へっ? 何がだ?」
 言われた言葉の意味が分からず、リョウは顔を上げた。
 真っ直ぐに素直に間近で自分を見つめてくるリョウの顔を見て、ますます紘一郎は顔をしかめる。
「言っても分からないなら、言わせる状況にしてやる」
「はあ? だからどういう意味……って、おい!」
 いきなり顎を掴まれたかと思うと、紘一郎は眼を閉じて顔を近づけてきた。
 流石に自分の身に危険が近付いてきていることを察したリョウは、慌てて紘一郎の肩を掴んで離そうとするも、止められない。
「ちょっと待て! こんな所で何しようとしているんだよ! 流石にマズイだろう!」
 小声で怒鳴るも、紘一郎は聞く耳を持たず。
 目の前にドアップに迫ってきた紘一郎を見て、リョウは眼を見開く。
「ほっホントにやめろってば! 奈義っ……こっ……紘一郎!」
「おっ、やっと俺の名前を呼んだな」
 名前を呼ばれて、紘一郎は唇に吐息がかかる距離でピタッと止まった。そして後ろに一歩身を引き、ようやくリョウを解放する。
「他人行儀な呼ばれ方をされるのは、嬉しくないんだよ。特に二人っきりの時は、尚更だ」
「どっどういう意味だよ! 何の話だ!」
 リョウは真っ赤な顔で、紘一郎の吐息を感じた唇を手の甲でゴシゴシとこすっていた。
 そんなリョウを見て、紘一郎は真顔になって肩を竦める。
「いや、こっちの話だ。それより今晩、おまえの部屋に泊まっていいか?」
「何でだよ! おまえの部屋は、俺の部屋のすぐ隣だろうが!」
「リョウは酔っ払っている俺を部屋に一人、放置する気か?」
「……もう酔いは冷めているんじゃないのか?」
 今までの行動は確かに酔っ払いの行動に見えるが、それにしては使う力は強い。本当に酔っ払っていては、あんなにしっかりと動けないはずだ。
「ん〜、どうだろうな? とりあえず今は、リョウと二人っきりで飲み直したい気分だ。マンションの前にあるコンビニで、酒を買っていこう」
「勝手に決めるなよ! あっ、おい! とっとと行くな!」
 ――結局、リョウは紘一郎を追いかけ、コンビニに入った。
 そして缶ビールとつまみを買った後、流れでリョウの部屋で飲み直すことになる。



 翌朝、リョウは二日酔いのせいで、ベッドから起きれなくなった。
「今日が休みでよかったな。ゆっくり寝ていろ」
 紘一郎はリョウの頭をくしゃっと撫でると、コートを持って部屋を出ようとする。
「なあ、昨夜の『こっちの話』って、結局どういう意味だったんだよ?」
「知らん。俺は酔っ払っていたから、覚えていない」
 あっさりと答えると、紘一郎は部屋を出て行く。
 残されたリョウはポカーンとしたまま、枕に頭を沈める。
「……あんな悪ふざけをするほど酔っ払っていたクセに、二日酔いしない体質ってどういう体してんだよ? ……ったく」
 不意に唇に紘一郎の吐息が触れた感触を思い出し、リョウは顔を赤くしながら布団に潜り込んだ。


「まっ、もうしばらく悩むといいさ。その分、俺のことで頭がいっぱいになるだろう」
 リョウの部屋を出た紘一郎は、玄関の扉の前で二ヤっと笑う。
「研究者なんだから、よーく考えて、俺が昨夜言った意味を知るといい」
 前髪をかきあげながら意味深に笑い、紘一郎は自分の部屋に入って行った。



<終わり>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8411/伊武木・リョウ/男性/38歳/研究員】
【8409/奈義・紘一郎/男性/41歳/研究員】