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<東京怪談ノベル(シングル)>


おかしな魔法道具

「うぐぐ……! なっ何でこんな魔法道具があるのよーっ!」
 ファルス・ティレイラ(3733)は自分の靴をはいている両足の裏をとらえているネバネバを、赤い瞳に涙を浮かべながら睨み付ける。
「しかも師匠はまだ帰ってこないし、解除の仕方が分からない〜! どうしよう?」
 悔しそうに床をダンダンと叩くティレイラは、こうなる前のことを思い返す。


 ティレイラに魔法を教えている師匠は、魔法道具屋を営んでいる。
 その師匠が少しの間、留守をするのでティレイラに留守番をするように頼んできた。特に来客の予定があるわけでもないので、ただ店番をしていれば良いとのこと。
 勝手知ったる店だったので、ティレイラは気軽に引き受け、師匠を送り出した。
 しかし師匠の気配が遠ざかったのを感じ取ると、ティレイラは長い黒髪を結び、エプロンをつけてお掃除スタイルになる。
「さて、と。お掃除をはじめましょう」
 道具屋なだけに、この店には様々な物が溢れていた。売り場はともかく、裏の置き場が酷いことになっていることに、ティレイラは常々顔をしかめていた。
 だがそれを店主である師匠に言っても、「アレで良い」としか返答してくれない。
 ならば師匠がいないうちにこっそり片付けてしまおうと、ティレイラはタイミングをうかがっていたのだ。
「ここをスッキリさせれば、売り場に売り物を出すのも楽になるのにね。師匠ったら自分の好みで物を仕入れる時もあるから、こうやって物がたまっていくのよね」
 口元にホコリよけの布をつけながら、ティレイラは深いため息を吐く。
「では! 師匠が帰って来た時には、驚くようなキレイさにしましょう!」
 そうしてしばらくの間、ティレイラは片付けと掃除を繰り返す。
 真面目にテキパキと動いていたおかげで、置き場は見違えるように綺麗になっていく。
「ふう……。後はこのワケの分からない物を、一ヶ所にまとめて置くだけね」
 説明書が無い上に使用方法が分からない売り物は、壁際に置いた箱の中に一緒に入れておくことにした。
 ティレイラは次々と箱の中に道具を入れていくが、まとめて持っていた物の一つが床に落ちて転がる。
「あっ、いっけない。売り物が落ちちゃった」
 落ちて転がった物は、ピンク色の手のひらサイズの玉だった。持つと軽く、しかし薄紙で包まれている。床に落ちたソレは薄紙がはがれて中身が出ながらも、数メートル先で止まった。
 ティレイラは持っていた物を箱に入れると、慌てて玉を拾おうとする。だが床板の一部が痛んでおり、ティレイラは足を取られてしまう。
「きゃっ!」
 前のめりになったティレイラは、つい玉をグニッと踏んでしまった。すると玉は柔らかくなり、ティレイラの両足の裏にくっついて取れなくなってしまう。
「うそっ!? まさか、魔力に反応する道具だったの?」
 手に持った時には、それなりの堅さがあった。少なくとも今踏んだ時のような、ガムのような柔らかさが想像できないぐらいは。
「あっ、もしかしてこの道具を包んでいた紙は……」
 慌てて顔を上げて床に落ちている薄紙を見ると、うっすらと魔法陣が描かれてあるのが見える。どうやらあの薄紙にて、この魔法道具は封印されていたらしい。
「〜〜っ! よりにもよって、内側に魔法陣が描かれていたなんてっ……!」
 気付いた時には既に遅く、玉は粘着の物となって、ティレイラと床の間をつなぎとめるモノとなってしまった。しかもくっつけているのは靴の裏だけではなく、どういう作用なのか分からないがティレイラの足自体がとらわれているのだ。
 最初ティレイラは手でその粘着を剥がそうとしたが、無理だった。足を伸ばしても同じ結果であり、自分自身の力ではどうにもならないことを知る。


 ――こうして、現在に戻る。
「こうなったらしょうがないわね。火を使うしかないわ」
 仕方なく火の魔法を使って粘着を燃やそうとしたが、何故か魔力が湧かない。
「……アレ? どうして何もでないの?」
 不思議に思いながら手を開いたり閉じたりしていたティレイラの両目に、とんでもない光景が映る。
「えっ……キャアアアッ! なっ何で膨らんできたの?」
 足の裏にくっついていたはずの粘着が、まるで風船に空気を入れている時のように膨らみ始めた。
「もしかしなくても魔力によって、発動する道具だったの? どうして説明書がないのよっ! これじゃあ空間移動もできないじゃない!」
 泣き喚きながらもティレイラは竜の翼と角、そして尻尾を生やして、力づくで粘膜を破ろうとしたり、飛び立とうとしたものの、力が上手く入らない。どうやら魔力だけではなく、体力までもが奪われてきたようだ。
「くぅっ! こうなったら最後の手段よ! 完全な竜の姿になるしかないわ!」
 覚悟を決めたティレイラは、完全に竜の姿へと成る。迫ってくる粘膜から何とか逃れようと暴れるが、それも叶わず。
 粘膜はティレイラの全身を包み込み、息ができなくなったティレイラが力を抜くと、急に収縮した。そして粘膜は竜のティレイラにピッチリくっついて、固まってしまう。
 ――そして置き場には、新たな竜の置き物が一つ増えた。


【終わり】