コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


触らぬお姉さまに祟り…なし?

 …今日のお姉さまは、何だか怖かった。

 本日、ファルス・ティレイラはお姉さま――シリューナ・リュクテイアのお店のお手伝い中になる。別世界からこの世界に異空間転移して来てこの方、特に珍しい事でもない過ごし方。紫色の翼を持つ竜族、と言う本性を持つ同族でもあり魔法の師匠、そして姉と慕っているシリューナが営む魔法薬屋のお手伝いをするのは、ティレイラにしてみれば日常的に良くある事である。

 …そう、充分過ぎるくらいに良くある事、なのではあるが。
 今日の場合に限っては、肝心のお姉さまの様子が――何となく、いつもと違う気がして、ちょっと怖い。

 いつも通りに、お姉さまの表情はあまり動かない。お姉さまは一見して感情の起伏があまり無いように見えるのはいつもの事だから、そこまではいい。
 でもだからこそ、ティレイラのような身近に居る者の場合は――そんなシリューナからでも何となく感情は読み取れるのがいつもの事。機嫌が良いなとか悪いなとか、あ、叱られる、だとか、呆れてるなとか…何となくでも、だいたいわかる。ある意味、師匠の顔色を卒無く読み解くのは弟子として必須の技能でもあるし――実際、ずっと身近で過ごしていれば、その辺りの事は自然とわかるようにもなって来る。

 …その筈、なのだが。

 今日の場合は何故か、その辺がいまいち読み取れなくて…どうにも落ち着かない。
 強いて言うなら、何だか、そこはかとなく苛ついている――?――ような気がする。
 どうしたのだろう、と思う。
 勿論、ぱっと見はいつも通りに落ち着いていて、特にいつもと違った行動を取ったり反応をしている訳でも無い。口を開いても、紡ぐ言葉に目立った変わりがある訳で無い。…だから、何処がどう違う、と他人に上手く説明出来る気がしない。

 …でも、違う。
 上手く言えないのだけれど、今のお姉さまの状態は――何だか良くないんじゃないかな、とは思う。

 …考えてみれば、ここのところのお姉さまはいつもそんな感じ…の気がした。
 そう気付いた時点で、お姉さまに話し掛ける事自体を何となく躊躇う。少なくとも、仕事上必要な話、以外の話をするのは躊躇った。…例えば、無自覚の内に何かとんでもない事を言ってしまって、機嫌を損ねてしまったりしたら今以上に良くない事になるかもしれないし。…触らぬお姉さまに祟りなしと言うか。

 でも、放っておくのも…これまた良くないような気がする。
 …折角、私がすぐ側に居るんだし。お姉さまに何かしら憂いがあるなら、晴らす助けになりたいし。

 でも…えぇと…どうしよう…。



 …軽く溜息が出る。

 最近、シリューナは色々と運に見放されている節がある。
 魔法や魔力を新たに籠めても見事耐えてくれるような、質の良い宝飾品が欲しい。掘り出し物の――上質なオブジェやレリーフ、美術品の類が、何かしら欲しい。…そんないつも通りの欲求が、最近全然満たせない。いつもは、そういった自分の趣味に合う道具類にはそれなりに出会える。当然、常々その為の努力もしている。…シリューナにしてみればある意味その為にこそ生きているような面もある。
 が、そう言った『様々なモノ』との出会いは、突き詰めれば結局、運の問題になる。運が無ければどれ程努力しようと出会えない。時の運が、素敵な宝飾品や美術品との新たな縁を繋いでくれるものだから。

 …そして『今』は、どういう訳かその『運』に見放されているとしか思えない。

 先日入手した、これは、と思えた美しい宝飾品は、魔力を籠めたらあっさり砕け散ってしまった。
 素敵な効能の魔法が籠った美術品が手に入ったかと思ったら、どうやら期限付きな魔法の効能だったようで…シリューナの手許に届いた時には魔法自体が無効になってしまっていて、復元の仕様も無かった。
 知人に聞いて回っても、近頃は出物が無いのよね、と愚痴がてら嘆かれる有様で、状況は大差無い。…勿論、そんな嘆いている相手から新たなモノを仕入れられる余地は無い。…そもそもモノが無い。

 …何やらそんな事ばかりが続いている。
 欲求を満たす為の努力は、する事為す事裏目に出ている気がする。

 そんなこんなで、現在のシリューナとしては――正直、欲求不満、のような状態である。
 店を開いていても、些細な効能の魔法薬を買い求めるお客くらいしか――それもごく稀にしか来ない。…そしてそんな中に、シリューナと(少々特殊な)趣味を語り合えるような相手はまず居ない。…少なくとも今のところは、そんな相手が来る気配が無い。
 新たな品物の仕入れ予定も無い。誰かが何か『素敵なモノ』を飛び入りで売り込んで来るような、あったら嬉しいハプニングも今のところやっぱり無い。…仕方無いから倉庫に眠っているコレクションで気を紛らわすか、とも考えるだけ考える。…でも、倉庫にあるモノは全て使用済み。もう充分に愉しんだ後、でもある。…その時点で少々二の足を踏む。
 何となく店内を見遣る。

 …ティレが居た。

 そうだ、今日はお店のお手伝いに来て貰っていたのよね、と今更ながら改めて思い出す。それも、理由は――実のところ、気晴らしの一端としてせめて可愛いティレの顔を見たかったから、に過ぎない。そして呼んだからには、色々と確りお手伝いをお願いしてありもする。お掃除とか、お茶汲みとか…まぁ、お手伝いを頼んだと言っても、そのくらいの他愛無い事ばかりだけれど。
 そしてそうであるからこそ、シリューナは自分自身のする事が全く無くなって――余計にあまり宜しくない思考をぐるぐる巡らせる羽目になっている気もしないでもない。…この試みは少々、本末転倒だったかもしれない。
 つらつらと思いながら何となくティレイラを見る。今のティレはどうも、恐る恐る私の顔色を窺っている様子がある。…あら。ひょっとして私の今の気持ちに気付いているのかしら。となると、気遣わせちゃっていたのかもしれないわね。

 …『気付ける』時点で、弟子としては合格。
 でも、それ以上が何も出来ないのは――まだ、未熟。

 取り敢えずそう断じる事にして、シリューナはクスリと笑う。
 そう。この欲求不満――のようなものの、素敵な解消手段を思い付いた。



 …それは勿論、ティレイラ、である。

 考えてみれば初めからそうすれば良かった――のではあるが、シリューナにしてみれば良心が咎めていた(?)と言うか、どうせやるなら新しく仕入れた魔法道具の類を使って、上手い具合に罠を仕掛ける悪戯だとか――何か失敗した場合のお仕置きだとか、単純に新品を試す為にだとか――とにかく「この場合はこう」と言う理由や方法の拘りらしきものがあり、「それ」に合致した場合にのみ――要するに、趣向の方にも興が乗った時にのみ、オブジェ化させたティレイラを弄り倒して愛でるのだと何となく自分の中で決めていた、らしい。
「そう」でなければやらないと言う、無意識下での線引きがあった事に今初めて気が付いた。勿論、偶然の悪戯でオブジェと化したティレイラを愛でたりする事もあるが――シリューナの方で自発的に何かを仕掛ける場合は、まず大抵の場合で「そう」だった。
 …今は「そこ」からは外れている状況だったから、ティレイラの姿を見ていても、直接すぐに呪術を掛けて遊ぼうとは思い付かなかった。…多分、きっと、そうなのだろう。

 でも。

 別に合致していなくとも「してはいけない」と言う訳でもない。誰憚る必要も無い。これまで何となく「していた」気がする線引き自体が何の意味も無いだろう事は、自覚すれば即わかる。
 ティレイラは可愛い。
 …試すべき新しい魔法道具が無いのなら、直接、ティレイラに封印の呪術を掛けてしまってもいいじゃないか。特に理由が無くたって、別にいい。今の私がそう行動したとして、可愛いティレイラはどんな反応をしてくれるだろうか? いつもとちょっと違うから、きっと、違う反応をしてくれる筈。…その反応だけでも充分過ぎる鑑賞対象になるじゃないか。ティレイラは何をしても可愛いのだから、また新たな反応が見られるのなら――それはとてもとても興味深い。…期待に胸が膨らむ。考えるだけで昂揚してくる。新たな美術品と出会う為の運から見放され、悶々としていた心持ちがさぁっと晴れるような気さえする。
 思い付いてしまったら、もう、我慢出来ない。

「ねぇ、ティレ。…ちょっといいかしら?」



 …お姉さまから、ちょっとびっくりするくらいにすごーく優しく呼び掛けられて。
 それからの事は…正直、語りたくない。

 取り敢えず、お姉さまの「これ」は猫撫で声と言う奴だったのだろうかと結構どうでもいい事が他人事みたいに頭に浮かぶ。いや、色々とそれどころでは無い――今現在、ティレイラはにっこりと艶やかに笑うシリューナの前で、ぴしばきぺきと音を立て、少しずつ石化しているところだったのだから。
 …特に悪戯で罠に掛けて来るでも無く、何かの失敗のお仕置きと言う訳でも無く、新品な魔法道具のお試しとかでも無く…ただ目の前で「私に暫く付き合って頂戴」と真っ直ぐに頼まれた直後の事。何だろうと思いつつも、シリューナのその言に、はい、とティレイラは素直に受け答える。と、シリューナはおもむろにティレイラに歩み寄ったかと思うと手を伸ばし、指先をティレイラの額にとんと置くようにして触れて来た。
 かと思うと、口の中で呪文。どういう事なのか良くわからず、ティレイラはきょとんとするが――シリューナの唱えているその呪文の中に、微妙に聞き覚えのあるフレーズがあった気がして反射的にぎょっとした。

 石化の封印魔法。

 多分そうだ、とすぐに気付いて、お姉さま!? と思わず声を上げる。が、シリューナは呪文を止めない――慌てるティレイラの様子に気付いているのだろうに、無視。ティレイラは軽くパニックを起こして、これからどうするべきかと俄かに迷うが――結局そのまんま。…逃げるべきか、大人しくしているべきか、他に何か出来るのか。今のお姉さまの様子。いつもと違って、何か怖い。…何と言うか、いつもよりお姉さまの圧迫感が強いと言うか、反抗出来ないような…問答無用の気配が濃い。何かのお仕置き、とかの理由も無いみたいなので、凶悪、と言ってしまっていいような気さえする。
 そもそも今、そうやってにっこりと満面の笑みを見せている事自体が怖い。…お姉さまは普段はこんな貌しない。勿論客観的に見るなら素敵な笑顔なんだろうけれど――正直、ティレイラにしてみると今まさに掛けられている最中になる石化の呪術の件もあり、恐怖の方が先に来る。
 …だからどう反応するのが正解なのか。幾つも取るべき手段をぐるぐると頭の中で思い描いては駄目出しを続け、結局、ティレイラは、ううう、と唸りながらも我慢して堪えるような態度になり、そのままシリューナにされっぱなしでいる事になる。

 そんなティレイラの姿を、シリューナは褒めている。いい子ね、と耳元で囁き、額に当てていた指先をそのまま頬に滑らせつつ、頬を包むように手を添えた。…封印魔法は掛け終わったらしい。
「〜〜〜っ! お姉さま、あの…ッ!」
 恐る恐るそう呼んでみるが、その時にはもうティレイラの身体は石化し始めていて。シリューナの方も何処か満足げに石化し始めた箇所――足やスカートをそうっと撫で始め、ティレイラの――生身ではなくなった、石像化した感触を愉しみ始めている。
 他に何の理由も無く、ただシリューナのストレートな欲求を受け容れた形でのこの状況。石化も非常にゆっくりで、その過程が石化中のティレイラ自身にもじっくりと感じられるような形。…恐らくは先程シリューナが唱えていた石化封印呪文にはその辺のアレンジがあった。石化の効果が出るのをわざわざゆっくりにして、じわじわ石化するその反応を愉しむ時間を作っている。
 ティレイラの方ではどうしたらいいのかわからなくて心底困って、そろそろ半泣き。お姉さまお姉さまと消え入りそうな声で呼び続けてもいる。…それしか出来ない。
 そんな姿を宥めるようにして、シリューナはティレイラの頭を撫でつつ、ごめんなさいね、と謝っても来る。何処か悪戯っぽいその声音。聞いただけでも、謝る言葉とは裏腹に、全然止める気は無いとわかる。
 今度は腕。石像化したティレイラの部分をシリューナは触れて感触を確かめて思う存分鑑賞。昂揚の赴くままに頬を擦り付けてまでじっくり堪能。…ほぅ、とシリューナの熱を持った吐息が零れているのまでティレイラには確りと見えた。石化した部分に感覚は無い筈なのに、ティレイラの方はそうされて思わずびくりと震える――勿論、震えたのは生身でいる部分だけだが。
 …まだ石化し切っていない生身部分のティレイラに、己を鑑賞中である事をはっきりと見せ付ける。石化した部分の冷たさと質感を、シリューナは夢中になってじっくりと愉しんでいる。
 愛でられながら石化する――その状況に慌てるやら恥ずかしいやらどうしたらいいかわからないやらで、頭の中がごちゃごちゃになるティレイラ。お姉さまは止めてくれそうにない、ならもう諦めるしかない――でもこのまま、されるがままでいるのも何だか怖い、と堂々巡り。なけなしの抗議――の意味も込めて、お姉さまと何度も呼び続けてはいるのだが――当のお姉さまは全然私の意図を汲んでくれない。むしろ、そう呼ぶと嬉しそうに私を窘めて来さえする。その事自体に軽い絶望さえ覚える。

 …そんな事をしている間に、漸うティレイラの全身が石化した。
 シリューナは最後に石化したティレイラの顔の部分をじっくりと堪能する。慈しむように顎の曲線をなぞり、御満悦。…これで漸く、可愛いティレイラの石像完成。もう、お姉さまと呼ぶ事すら出来ない。声も上げられない。そして思った通りに、石化の過程でいつもとはちょっと違う反応も見れた。その珍しい反応を、この瞬間の時に封じられもした。
 本当に何をしても可愛いティレイラ。今のこの姿も、とっても素敵。

 …でも、まだ解放してなんてあげない。
 お愉しみはまだまだこれから。
 ああ…だけど、ここは少しだけ我慢して、先にお店を閉めておいた方がいいかしら。

 そう、誰にも邪魔されないように、心行くまで可愛いティレの石像を愉しむ為に。
 これまでの欲求不満を取り戻せるくらいに、時間を忘れて。隅から隅まで。愛で続けていたい。

 …ただ、ずうっと。二人きりで。

【了】