コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・2(Survive Ver.)―

 彼女は無人島に放り出されたまま、ついに一夜を過ごしてしまった。生まれて初めての『野宿』である。
(此処が温かい所で助かったなぁ……この姿だもん、雪山だったら凍死してたよ)
 そう、彼女……海原みなもは、自らがVRゲーム『魔界の楽園』中で駆る幻獣キャラ『ラミア』の姿で、見知らぬ孤島の海辺に投げ出されていたのだ。ゲームの電源は完全に切り、確かに自室のベッドで眠りに就いた……筈なのに。
(この姿になっているという事は、やはりゲームの中なのかな……)
 しかし、照り付ける太陽に晒された身体は次第に褐色になり、潮に濡れた衣服からは悪臭が漂う。髪の毛はパサパサになり、喉も乾いてくる。恐らく、このまま呆けていたら日干しになってしまうだろう。
(どうしてこうなったのかは、とりあえず後回しにして……今は現状を打破しよう!)
 実際に飢えや乾き、陽灼けによる体色の変化等、確実に体を蝕まれているのだ。ゲームなのかリアルなのか、そんな事は二の次で良い。みなもは漸く自分の置かれた現状を受け容れ、『生き延びる』事を第一に考えるようにしたようだ。

***

 まず彼女は、外敵から身を隠し、安全を確保するための巣作りを考えた。とは言え、そのまま住み込めそうな洞穴も無ければ深い草叢も無い。あるのは目の前の広大な海と、ヤシのような枝のない木がまばらに生えた海岸線、それを越えた奥には険しい岩肌がそびえ立つ高山が見え、周囲を原生林が囲っている。
(真水がないと、干からびて死んじゃう……川を探そう、その近くに巣を作ろう)
 海岸線付近は外敵から身を隠す遮蔽物がなく、陽光も遮れないため乾きが早くなる。此処よりは、密林の方が良いと本能的に判断したのだろう。それに、彼女本来の姿であるマーメイドと違い、今の姿は蛇女。山中の方が過ごしやすい筈だ。
 やがてみなもは、密林の中を流れる川を発見した。その水は飲用にも適しており、何より淡水なので体を洗う事もできた。
(背の高い木もあるし、猛獣もいない。暫くは此処に住む事にしよう)
 川の中には魚は勿論、ザリガニのような生き物もいた。食用に適するかどうかは勿論気になったが、とりあえず食べてみないとそれは分からない。さしあたり彼女は、魚数匹とザリガニもどきを捕獲して、飢えを凌ぐ事にした。
(食べ物は確保したし、喉の渇きも何とかなったけど……うーん、やっぱり木の上で寝るしかないかな)
 密林の中に身は隠したが、やはり現代人の意識が存在するためか、完全に野生には馴染む事ができない。どうしても身を隠す遮蔽物は欲しいという意識が働くようだ。が、現実としてそれは叶わない。仕方なく彼女は蛇の尾を高木の枝に巻き付け、休む事にしたようだ。少なくとも、地べたに寝転がるよりは安全であると判断した為だろう。最初のは人型の上半身が妨げとなり、バランスを崩して落下しそうになる事もあった。しかし極限の状況に置かれた生物の適応力は凄い。その不自然な就寝姿勢にも数日で慣れてしまい、さながら本物の蛇の如く、木に巻き付いたまま眠る事が出来るようになるのに数日も掛からなかったのだ。
 川で獲れた魚は海のそれよりは美味であり、ザリガニもどきも最初は尾の部分のみを焼いて食べていたが、次第に生で食べるようになり、最終的には頭からバリバリと捕食するようにまでなっていた。それどころか、みなもは山に棲む野ネズミや小さな蛇なども獲物として捉えるようになり、サバイバルに適応したスキルを自ら身に付けていった。

***

「あ……もう駄目か、限界だなぁ」
 それまで、唯一の衣類であった胸を覆う布も、劣化が進んで遂に結べるだけの長さを確保できなくなってしまったのだ。
「見られて減るもんじゃなし、構わないけど」
 どうせこの姿は本来の自分ではない、幻獣の姿を模した仮のものなのだ。だから裸身を恥ずかしがる必要もない……みなもは女子としての羞恥心より、とにかく『生き延びる』事を最優先に考えるようになっていた。が、しかし、衣服には裸身を隠すという役割以外にも、身体を保護するという機能もあるのだ。つまり今の彼女は、あらゆる意味で完全に無防備となってしまったのである。
(胸なんか晒しても構わないけど、密林に潜んでいるのに素っ裸は危ないよね。何とかしなきゃ)
 蛇の鱗に覆われた下半身はいい。だが、上半身は生身の人間。傷つけばそこからダメージは広がり、命に拘る事も考えられる。それを危惧したみなもは、とりあえずの策として広葉樹の葉を草の蔓で結び、上半身を覆ってみた。その寿命は極めて短かったが、素材はほぼ無限にある。最初はこれでも良いかと考えたが、物に接触した際の破損率が極めて高い事がネックとなり、次の案を早急に出すことに迫られた。そこで彼女は、食べた後の野兎や野ネズミの皮を木の繊維で繋ぎ合わせた毛皮を纏う事を考えた。これは良案であり、耐久性も問題なかった。
(ウサギ皮なんて、超高級品だよね。凄い事やってるなぁ、あたし)
 こうして次第にサバイバル生活にも慣れていったみなもであるが、遭難してから今までずっと考えていた懸念が一つあった。それは、他のキャラと全く鉢合わせをしないという事である。今の状況は、原因は分からないが兎に角、ゲーム内に取り込まれた状態である事は間違いない。ならば、他のキャラもこの空間に巻き込まれている事だって充分に考えられるのだ。なのに一度も他のプレイヤーと接触していない。
(この世界に取り込まれたのは、あたし一人だけ……? 冗談きついよ、それ)
 これは『相手を倒し、勝利するのが目的』のゲーム。つまり、自分以外のキャラはすべて敵という事になる。顔を合わせれば、当然戦わなくてはならない。そして負ければ、そこでゲームオーバー……つまりはデッドエンドである。だから、可能な限りは相手に出くわさない方が良い、とも考えられる。だが逆にそれは、事態を進展させる可能性も秘めている。
(他のキャラは居る、絶対に居る! 今のあたしみたいに、隠れて機会を窺っているだけかも知れない!)
 そう考えたみなもは、未だ初期装備のクローが有効であることを確認してから、他のキャラを探して森の中を散策し始めた。そうして密林を這い回る事、約半日……流石に疲労も限界に来たので、住処としていた場所まで戻る事にした。だが、帰り着いたその場所を見て、彼女は愕然とした。獲物を焼いた跡も、確保しておいた干し肉も、全て荒らされていたのだ。
(居る、確かに居る!!)
 明らかに外敵の仕業に間違いなかった。みなもは神経を研ぎ澄まし、周囲を警戒した。すると……
『ウ、ウウ……』
「!!」
 何かの唸り声がした。しかも至近距離から聞こえる。そして刹那、背後から迫る攻撃の気配を感じた彼女は咄嗟に身を翻した。
「大猿……? こんなキャラ、居たっけ!?」
 見覚えのない外敵、しかも大型である。みなもは、ゲームキャラなら言葉が通じる筈だと判断し、まず呼びかけを試みた。
だが、人語が通じないのか、相手はただ攻撃を繰り返すだけだった。
「ゲームキャラじゃ無い? 只の野獣!? 本当に他のキャラは居ないの!?」
 予想外の強敵を前にして、しかも『他のキャラが居れば、情報交換も出来たかも』という希望すら打ち砕かれ、みなもはただ眼前の強敵と対峙するのだった……

<了>