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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


玩具と魔法とレジンと。

 ここは一つの研究施設であった。
 何を研究しているかといえば、玩具の類である。大量に生産されたそれにヒトに近い精神と感情を植え付けてどこまで動けるか、などと言った過程を実験として行っていた。
 古典的なロボットからフィギュアのような物まで、形は様々だ。
「えっと……ここの持ち主さんは、どうされちゃったんですか?」
「食べられちゃったそうよ、恐竜の形をした玩具に」
「うわ、なんかそういう映画がありましたよねぇ……じゃあ、もうここには誰も?」
「そうね、見ての通りの玩具の魔物の巣窟よ、ティレ」
 今ではすっかり寂れてしまった巨大な施設に、シリューナとティレイラが『掃除』の依頼を受けて訪れていた。
 会話の通りで精神と感情を植え付けられた玩具達は、最終的には自我が芽生えてしまい、研究者たちを襲い始めた。命からがら逃げてきた最後の一人が今回の依頼主で、彼はシリューナに「後は頼みました」と告げた後に意識を失い、今は病院送りとなっている。
「造形が美しくないわねぇ」
 そう言うのはシリューナだ。
 曲線が少ない対象を見やり既に戦意が下がっているようで、隣に立つ弟子のティレイラが不安そうな表情を作って唇を開く。
「お、お姉さま……気持ちはわかりますけど、やる気出してください」
「大丈夫よティレ、受けた依頼は確実にこなすわ。見取り図は頭に入っているわね?」
「はい」
 シリューナはそう言いながら、目の前にすらりと腕を伸ばして魔力の炎を手のひらに生んで見せた。
「起点はここにしましょう。施設内は広くて大きいわ、二手に分かれて順に魔物を倒していきましょ」
「はい、了解です!」
 炎はシリューナが手を下ろした後もその場で灯り続けていた。彼女の魔力が強い表れでもある。
 ティレイラはその美しくも煌々と灯り続ける炎を横目でチラリと見た後、思わずの力が篭って右手をぎゅ、と握り込む。
 ――いつか、自分もこんな風に。
 それが、彼女の目標である。
「さぁ、始めるわよ。ティレ、決して慢心はしないこと。いいわね?」
「……はいっ!」
 シリューナの合図で二人はその場を左右に離れた。
 それに反応した玩具の魔物たちが、ギラリと目を光らせる。
 ティレイラは得意の炎の魔法で弓矢を作り出し、最初の目標を射抜いた。ボヒュ、と音を立てて魔物の一体が消滅する。
「よし、次っ!」
 確かな手応えに、ティレイラはそんな独り言を漏らして次の歩みを進ませた。
 数秒後に、それなりの大きさがある積み木が高速で飛んでくる。
 それらを上手く交わしながら、彼女はまた弓を引いた。数メートル奥にいた大きな積み木の魔物の頭に矢が当たり、音を立てて崩れ落ちる。どうやら、感情と精神を入れ込まれた箇所を狙えば動きは止められるようだ。これならば、自分だけでも何とかなりそうだと思いつつ、また奥へと進む。
 長い廊下を抜けた先にはひとつの部屋があった。
 その場にはゴムボールが数個飛び交っていて、ティレイラの姿を確認した途端、彼女に向かって飛んで行く。
「わ、わわ……っ」
 彼女は慌てて矢を放つ。今度は二本いっぺんであったが、速度は落ちずに火の矢は飛んで行く。その先を確認せずに、また弓に手をかけた。向かってきているボールが二つだけでなかったからだ。
 映画のような光景の中に、自分がいる。
 ティレイラは漠然とそう思いながら魔物を地に沈めていく。
 それを幾度か繰り返しているうちに、彼女は師匠であるシリューナの言葉を忘れてしまう。
 ――決して慢心しないこと。
 己の今の力を過信しないこと。そうしてしまえば、そこから必ず綻びが生じるからだ。
「……はぁ、はぁ……」
 数分後、ティレイラは肩を上下させながら行動していた。
 魔力を使いすぎたのだ。
 それでも引き返すことは出来ずに、彼女は突き当りの広い空間へと出る。その場はやけに静かな、不気味な感じのする空間であった。
 つまりは、最奥へと入り込んでしまったのだ。
「えっと……これって、ちょっとマズい、ような……?」
 ズル、と嫌な音が背後から聞こえた。
 何かを引き摺るような音。そうそれは、先ほどの無機物な魔物たちとは違い、大きな存在であり、まるで『同族』のような気配。
 ティレイラは恐る恐る振り返ってみた。
 直後、視線の先にいたものは巨大化したと思われる恐竜の姿だ。
「……ッ!!」
 彼女は一歩を慌てて飛び退き、背から羽根を出し、尻尾を出してから火の矢を放つ。滞空を利用しての攻撃であった。
 だがそれは対象には当たらずに、前足でバシンッと弾かれてしまう。無残にもあっさりと折れた矢は、虚しく地に落ちて魔物の足の下で砕け散る。
 相手は次には、耳を劈くような高い咆哮を上げた。
 ビリビリと響くそれに、ティレイラは素直に体が震える。
 数メートル離れた場で着地した後に魔物を見れば、口から何かを放とうとしている所であった。
 展開的に考えれば炎か、とも思われたが、次の瞬間に吐き出されたものは透明の粘度の高い液体であった。
「う……、なにこれ……アクセサリーとかに使う樹脂……?」
 間一髪、と言ったところであったがそれを飛び退くことで避けたティレイラが、そう言った。
 一浴びでも食らえば、全身が囚われてしまう。
 そんな光景がそこにはあった。
 気泡を多く含んだ液体が、何度もティレイラに向かって飛んでくる。水のような弾ける音はなく、逆にそれが恐怖心を煽った。
「あ、わわ……っ、お、お姉さま……っ!」
 思わずの言葉が漏れる。
 姉のように慕うシリューナはこの場にはいない。もしかしたら先ほどの咆哮で気づいてくれたかもしれないが、ここまで辿り着くには暫くの時間が要されるだろう。
 そんな考えが行き着いた頃には、ティレイラの足場は魔物の吐き出した樹脂だらけになってしまっていた。
「え、あれっ?」
 さすがに空間に逃げるしかない、と思い背中の羽根を動かした途端、後ろに強く引き戻される感覚が彼女を襲う。それに振り返れば、己の尻尾が樹脂に捕らわれてしまっていると確認出来る。
「え、ちょ、ちょっと……これ、固まるの早い……ッ」
 ピキピキ、と音がした。
 地に着いた尻尾が動かなくなる。先に付けられた樹脂が既に固まりかけているのだ。
 それに焦り、バサバサと無駄に羽ばたいていると、新しい樹脂の塊がティレイラの体に向けられて飛ばされる。
「い、いやぁっ」
 重い衝撃があった。痛みがあるわけでなかったが、それは音も生み出さずに彼女の体を包み込み、硬化を始める。
「……うぅ……っ」
 上手く言葉が作り出せずに、うめき声のみが空気に乗る。
 見る間に動かなくなっていく体。自分はまたこのパターンを繰り返してしまうのか、と後悔してももう遅い。
 じわじわと広がる樹脂。伸ばした腕がそのままの形で固まり、そして指先まで覆われていく。
「お、姉、さ……ま……」
 辛うじての最後の言葉が、それだけになった。
 そしてティレイラは、その場でもがく姿のまま、等身大の樹脂人形と化してしまう。
 不安定な姿勢のままであったので、次の瞬間には彼女の人形は地面へと転がった。
 樹脂を吐き出していた魔物は、獣の瞳をギョロリと動かし足元に転がる新しい『玩具』を確認して、満足そうに鼻息を漏らした。そして大きく首を回し、ここに近づいてこようとしているもう一人の気配を察知して、静かに影へと消えた。ティレイラが踏み込んできた時も、最初はこうして相手の隙を伺っていたのかもしれない。
「――あらまぁ、ティレったら。予想通りの展開になっちゃって」
 反対方向の扉のない出入り口から、シリューナが現れた。
 やはり、先ほどの咆哮を聞いて駆けつけてきてくれたのだ。
 ティレイラと同じ程の数の魔物を道中に相手にしてきたが、彼女には微塵ほども疲れた様子は見受けられない。これが力の差なのだろう。
 コツコツ、と靴音を響かせて歩み寄りながら辺りを見やる。樹脂の固まりがいくつも点在して、硬化している。
 ティレもコレにやられたのね、と心で呟きながら地面に転がったままの弟子の元へと辿り着いた。
「樹脂コーティング……この質感も悪く無いわね」
 膝を降りつつ、彼女はそう言った。
 指の滑りはあまり良いとは言えなかったが、それでも新たな可能性を見出しシリューナは感嘆のため息を漏らす。
 この造形をどうやって愛でようか、と思った所でこのままでは息苦しいかとも考えて、彼女は自分の魔力を手のひらに集中させた。すると、ティレイラを包んだ樹脂に反応が見える。気泡が動いたのだ。どうやら、中和は可能のようだ。
「あら、じゃあこれは……私がもう少し手を加えて好みに仕上げていくのも良さそうね」
 そんな独り言が漏れる。
 流行りに乗って、金箔や小さな花などを散らしたりするともっと華やかになるかもしれない。そんな思考が巡る。造形に惜しみない愛を注ぐシリューナは、そこからさらに思案を続けようとした。
 だが。
「――――」
 た彼女の背後でゆらりと動くものがあった。
 当然、シリューナはそれに気が付き視線だけを動かして眉根を寄せる。
 大きな存在だ、と思った。
 それでも、彼女の敵ではない。
「まぁでも、ティレじゃ手に負えなかったでしょうけどね」
 恐竜の姿をした魔物は、シリューナに向かって得意の樹脂を吐き出してきた。
 彼女は余裕を崩さずに右手を差し出し、魔力で防壁を作る。
 バシ、と弾かれる音が響いた。
「……あら?」
 樹脂攻撃は完璧に防げたのだが、その後が良くなかった。
 弾かれた樹脂は四方に飛び散り、シリューナの指先を掠めてしまったのだ。
 そこから当然のように、樹脂による侵食が始まり、硬化し始める。
「もう、これだから液体系は厄介なのよね」
 シリューナはそう言いながら、左手を上げてさらなる魔力を生み出し、魔物へと向ける。
 恐竜は丁度口を大きく開けた所であり、彼女はそれを狙って強力な炎の玉を撃ち込んだのだ。
「アアァオォォン」
 魔物は叫び声を上げた。
 炎の玉はそのまま内部へと入り込み、体内で派手に爆発する。
 魔物は弾け飛んで、元の玩具となり、地に沈んだ。
「……ああっ、もう! しつこいわね、この樹脂は!」
 見事魔物を退けたシリューナではあったが、樹脂がやはり指先に残っており、徐々に広がるそれに苛つきを見せた。
 彼女としては傍で転がったままのティレイラの樹脂人形を、満足行くまで愛でたいという気持ちのほうが強かったのだ。儘ならない現状に少しだけ立腹して、自身の体に中和を施し始める。
「早くティレを鑑賞したいのに……ッ」
 思っていたより硬化が早い。食い止めながらの中和となると、何かと時間がかかるようだ。
(……お姉さま、私の中和は頭にないんですね……うう、早く解放されたい)
 そんな事を心で呟くのは、放置されたままのティレイラだった。
 自分の慢心が招いた結果に、情けない気持ちで一杯になる。
 視界は生きているのだ。だからこうして、今の光景を見ていることが出来る。
「…………」
 傍で感じる師の姿――魔力と、滅多に見られない必死の表情。
(もう少しだけなら……このままでもいいかもしれない)
 ティレイラは素直にそう思ってしまった自分に、心でそっと笑った。
 その後、解放されるまでに数時間を要される事となり更なる後悔を生むのだが、今はまだ知らない話でもあった。