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<東京怪談・PCゲームノベル>


→怪談と、夏と花火と喫茶店

■prologue

 夏の宵。
 花火にかこつけ、集うも一興。
 ささやかな時を楽しむ為に。

 …さぁ、皆で何をしようか。



■喫茶店『青い鳥』経営者夫妻の提案。

「そういえば、もうそんな時期なのね」
 喫茶店、『青い鳥』の定休日。買い付けやら何やら普段はできない雑務を片付けて、夫婦揃って一息吐こうとしたところ。店にまで戻り、椅子に腰を掛けつつふと上がったそんな妻の声に、ヴィルヘルム・ハスロは、ん? と妻の――弥生・ハスロの顔を見、続けてその視線の先を見る。窓を隔てた向こうに見えるのは――何かの場所取りと思しき人々。皆一様に心浮き立っているようでもあり、同時に使命感に駆られているようでもあり――人によっては既にして何やら疲れている様子の者までいる。…良く考えてみれば、買い付けの為、外出している最中にも同じような人たちを見かけはした。
「…ああ」
 弥生に言われたことで、その光景と何が「そんな時期か」が頭の中で結び付き、ヴィルヘルムも気が付いた。
「今日は近くで花火大会があるんだったか」
 要するに、皆、その為の場所取りに精を出している。
 なかなか大きな花火大会だとかで、絶景見たさに場所取りをする人々が居ることは――そのこと自体がある意味で風物詩にもなっていることは知っていた。とは言え喫茶店『青い鳥』は本日は定休日。近所の花火大会の日を碌にチェックすらしておらず休むなど商売っ気がない、とか言われそうな気もしないでもないが…まぁある程度は事実である。妻と子供と。家族が健やかに過ごしていければそれでいい。そして今日は…その大事な家族の一員こと子供たちの方は弥生の実家に泊まりがけで遊びに行っている。…近所の花火大会を失念していたことに少々後悔もするが、まぁそれはそれ。子供たちの方は子供たちの方で、楽しんで来てくれればそれでいい。

 ただ。
 今は。

 ここに居る弥生の方が…少々寂しそうなのが。
 ヴィルヘルムとしては、余程気になっている。
 …まぁ、そうなる理由と言えば…今の状況からして当たり前とも言える、単純明快極まりない話なのだが。

 そう。

 ――――――いつもはすぐ傍にある、子供たちの賑やかな声がないから。

 事実、今この場に居ないのだから何をどうしてもしかたない話なのだが、そのことで一抹の寂しさがあるのは弥生だけではなくヴィルヘルムも同じ。…だからこそ、すぐにそのことに気付ける。…妻が少しでも元気になってくれる方法はないものか。妻に寂しい思いはできる限りさせたくない――まぁ、寂しさと言ってもこの場合は他愛もないことではあるのだけれど。でも、大切なことでもある。
 ヴィルヘルムはつらつらと思案する。
 ふと、この建物を契約する際のことを思い出した。以前の所有者が話していたこと――ちょうど本日開催される花火大会の花火が、屋上からよく見える、との話。

 これだ、と思った。

「…弥生」
「ん、何?」
 あなた。
「この建物の屋上から花火が見えるらしいんだ」
 別に、場所取りに行かずとも。
 だから、今日は。
「折角なら皆さんをお誘いしようか」
 そう、ヴィルヘルムが提案した時点で。
 弥生の貌が、嬉しそうにぱあっと明るくなった。
「素敵。楽しそう」
「そう言ってもらえると思ったよ」
 弥生の顔が晴れれば、ヴィルヘルムの顔も自然と晴れる。弥生は一度大きく頷くと、よし、とばかりに腕捲り。

 そうと決まれば、早速用意をしないと。



■04

 皆で弥生の用意した食事と、夜空に咲く花火大会の花火を特等席で楽しんで、暫し。

 やがて、夜空に連続して大輪の花が開き始めた。スプレー状の花火もそこに重なり、やや不規則にくるくると散る幾つかの火花も彩りを添える。クライマックスを飾る花火。惜しげもなく次々と打ち上げられるそれは確かに圧巻で。
 全ての花火が終わった後には、少し寂しさすら感じてしまう程。

 元々、子供たちが不在である寂しさを紛らわせることから思い付いた今日の「これ」だったのに、とヴィルヘルムは少し可笑しい気分にもなる。が、今の寂しさは、この集まりを思い付いた時とは少し違う。満たされた気分も同時にあるから、紛らわす必要があることだとは思わない。むしろ、暫く余韻に浸っていたくなるような。そんな心持ちにもなる。
 …それは、ヴィルヘルムだけではなく。

「んー、子供たちにも見せてあげたかったわー。何だか私たちだけでズルしちゃったみたいな気分かも。子供たちに秘密にして花火見物しちゃった…みたいな罪悪感がちらっと」
「言われてみれば。確かにそんな気もするか。…子供たちには来年まで勘弁してもらおう」
「そうね。もうしょうがないもの――だからこそ! 来年はまた腕によりをかけて!」
「あっ、その時はまたチカも来ていい?」
「勿論よ! あ、勿論チカちゃんだけじゃなく勇太君も葵君もよ?」
「わ、有難う御座います。何を押しても来年もこの日は空けときます!」
「……って。できるの?」

 勇太さん。
 …それは元々、葵の方でも勇太に――フェイトに対して「IO2の暇人さん」とはよく軽口を叩いている。いるが、実際そうでもないんだろうことは葵にも薄々感じ取れている。例えば、今日もそう。…多分、何か、俺の為にと『野暮用を片付けて』くれた。その上で合流してここに居る――つまりはIO2のエージェントと言うのは予定の立たない仕事なんじゃないのかな、と言う気がする。…そうなると、一年後の休暇の予定を作ることなんてできるのか。
 そんな風にもちらりと思うが、当の勇太の方は――何やら、フッ、と不敵な貌を見せている。

「…できるかどうかじゃない、するんだよ。弥生さんのエビフライが心行くまで食べられる機会なんて滅多にないんだし」
「あら、それなら店に来てくれればいつでも作るけど?」
「だったらチカもししゃものなんばん?だっけ?? とにかくまた食べたいんだよ!」
「ん、それも同じよ。作ってあげる」
「やったぁ♪ 弥生ちゃん大好き!」
「ふふ。おねーさんもチカちゃんのすっごく美味しそーな食べっぷり見てるの好きよ?」
「わーい、褒められたんだよ。勇太ちゃんも一緒に食べに来よ?」
 あたしはししゃもで、勇太ちゃんはエビフライ。
「う。…それは」
「?? だめなの?」
「と、言うか…弥生さんやチカさんがそう言って下さるのはとても有難い話なんですけど。ただ、のんびりしてられないことが多い『仕事』だから…「ここは休みを取る」って決め打ちしてその日に入って来そうな仕事を極力外せるようにひたすら日々頑張る方が、狙った当日ちゃんと休める可能性が上がると言うか…」
「……てことは、来年の花火大会の日、休みにできるかどうかは結局わからないってことだよね」
 極力外せるように、とか、可能性が上がる、とか言ってる以上。
「…まあ、そうなっちゃうんだけど」
「しかたないですよ。勇太君は『フェイトさん』なんですから。でも、来年も同じ日にお会いできれば――来年もまた、こうして皆と花火を見ることができたなら。私も嬉しいですね」
「…努力します」

 と。
 そこまで他愛のない雑談が続いたところで、弥生が、パンッ、と手を合わせて鳴らす。はい皆さんちゅーもーく、と続け、折り畳みのテーブルの下に置いてあった袋を取り出した。
「なになに弥生ちゃん?」
「? ……何ですか、弥生さん?」

「んふふ。実はズルついでに、線香花火とかこっそり用意しちゃってるんだけど」

 やる?

【→NEXT 05(八瀬葵)】



■epilogue

 集う中、さざめく笑いとこの日の火花。
 築かれるのは夏の思い出。
 …ささやかな時を、いつかまた。



××××××××
 登場人物紹介
××××××××

 ■8556/弥生・ハスロ(やよい・-)■01パート掲載
 女/26(+5)歳/魔女

 ■8636/フェイト・−■02パート掲載
 男/22歳/IO2エージェント

 ■8757/八瀬・葵(やせ・あおい)■05パート掲載
 男/20歳/喫茶店従業員

 ■8555/ヴィルヘルム・ハスロ■04パート掲載
 男/31(+5)歳/喫茶店『青い鳥』マスター(元傭兵)

 ■3689/千影・ー(ちかげ・-)■03パート掲載
 女/14歳/Zodiac Beast

※頭のprologueと最後のepilogue章は全員共通、各自導入章は個別(ハスロ夫妻のみ共通)、本文章は数字の順で五パートに分けさせて頂きましたので、数字パートについては皆様の分を順番に通して読んで頂ければと思います。また、千影様の登場が少し遅れる事になったので、01、02パートでは千影様は描写されていません。