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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


 闇の徘徊者

 悪い予感ほどよく当たる。
 月神詠子は本当の事しか言わない。だけどなぜこんな時に――等と愚痴をこぼす暇もなかった。
 「先生! 校内に不審者が侵入しました!」
 何せそれを言ったのはあの厭世的な生徒会長。繭神陽一郎だったからだ。
 よく分からない事に月神詠子が心霊現象を発覚したのと同時に繭神陽一郎も息せき切って現れた。
 そしてこんな不測の事態を当然放置出来るはずもなくついに響カスミは立ち上がった。
 「これも学園の平和の為よ」
 少し立ちくらみがしたのは気のせいだと思いたい。

 上客の四菱桜が行方不明になったとの知らせを聞いたのはアリア・ジェラーティだった。
 元々桜との交流が深いアリアはその知らせを聞いて単身学園へと乗り込んだ。神聖都学園に来たのはこれで2回目だ。
 「確か最初は深夜の肝試し大会だったっけな…?」
 そんな事をぼやきつつアリアはもう暗くなりつつある校内を彷徨っていた。
 新聖都学園は広い。そんな中であのお調子者の桜が行方知らずになるとの事はあまり珍しい事ではない様な気がした。
 しかし桜の専属のボディガード達も見失うとは――何かしらの事件に巻き込まれた可能性もある。
 「桜ちゃんの事だ。あまりうかうかしていられないな」
 そう小言を呟いた時だった。
 「ちょっと待った! 君は何者だ?」
 目の前に長身の男が現れた。メガネを掛けたその美男子は繭神陽一郎だった。

 「――ん? ここはどこ? 私は誰?」
 「あ、やっと目覚めたのかい?」
 月神詠子はくすりと笑い、響カスミは現状把握に勤しむ。どうやら先程の立ちくらみは気のせいではなかった様だ。
 「良い夢見れたかい? 先生」
 「夢? そ、そうよね? 夢よね? 絶対そうよね。それ以外には考えられないわ」
 だが、今いる場所は職員室で例の少女――月神詠子も眼前に立っている。
 ただ、あの理知的な少年――繭神陽一郎の姿はない。
 「それでは先生。向かおうか」
 「――へ? どこへ?」
 「心霊現象のあった場所へ」

 「あなたこそ何者ですか?」
 「私は繭神陽一郎だ。君は普通の子供ではないな。これ以上不審者を野放しにする訳にはいかない」
 「そうですか。仕方ないですね。私は私でやるべき事がありますから」
 「これでも私は陰陽道の使い手。学園の平和の為にも負ける訳にはいかない!」
 いきなり戦闘モードに入った2人だったが、さすがに陰陽師。繭神陽一郎の封印術に先手を打たれアリアはあっさりと捕縛されてしまった。
 「意外と呆気なかったな。それにしても人外とは言え子供とは…本当に不審者だったのか? あまり敵意を感じなかった」
 その時だった。
 「その通りです。あなたは何か勘違いをしています」
 「な、何だと?」
 繭神陽一郎の封印術の結界からアリアの人外の血の力が漏れ出し、小さなアリアの精霊となって陽一郎に憑りついたのだ。
 「不意を突かれたとは言え負けるなんて…」軽く悪態を吐きつつも、小さなアリアは余裕綽々で――
 「しばらく、身体をお借りしますね。この際だから文句は言わせません。出来ればこの封印を解いて欲しいのですが」
 「…そんな事は! な、何が起こって? …ぐ、くそ!」
 そしてさらにその時だった。
 「キャアアアア!」少し遠くの位置から誰かの悲鳴。
 「どうやら事件はあっちで起きているようですね。全くもって困ったものです」
 陽一郎の意識は遠のき、小さなアリアの憑りついたその身体はゆっくりと歩き始めたのだった。

 闇の徘徊者は1人…また1人とこの神聖都学園内にいる子供を狙う。
 四菱桜もその被害者の1人。アリアと親しいその少女はある日、宙に浮かぶ黒い穴をこの学園内に発見した。
 暗闇に擬態しているせいなのか、それは3つも4つもある様に見えた。
 昼間は陰に潜んでいてその実態は子供の目にしか映らない。好奇心旺盛な桜はその暗闇に吸い込まれて行方をくらませた。
 しかし、夜ともなればその穴は膨張し複数あったモノが1つになる。

 「な、何!? 何よアレ? 人でも妖怪でもないじゃない!!」
 辿り着いたのは音楽室だった。その穴は今まさにその真の姿を現そうとしている。月神詠子はクスリと妖艶な微笑。
 「あれは夢の産物。子供達の道化が夢となって現れた意思そのもの。かなり長い年月が経過して子供達を吸い込む」
 そして続ける。
 「そこにあるのは子供達の楽園。夢の結晶体の正体を暴かない限り、子供達は楽園から解放されない」
 「…そ、そんな! どうすればいいの?」
 「ボクは実際の当事者じゃないから一概には言えない。だけど、夢を操作する事は出来る。何が出てくるかは…分からない」
 月神詠子は目を瞑り一言、二言何かを呟いた。瞬間、目の前にあったその巨大な黒い穴から何かが光り、バリバリと結界をつんざく音だけが室内を反響する。
 そこから出現したのは――ピエロの仮面をかぶった様な道化師。闇の徘徊者だった。

 「なるほど。あれが桜ちゃんを襲った事件の首謀者」
 「…あなたは陽一郎君!?」
 「今は私が乗っ取っているので身体はその人でも中身は違います」
 「え…? どう言う事?」
 「仕方ない。今からこの人に封印を解いてもらう様に説得してくれませんか?」
 そう言った小さなアリアは陽一郎の身体から離れた。意識を取り戻した繭神陽一郎は――事態の収拾に急いだ。
 「――なるほど。本体はこっちか。誤解してすまなかった。君は何者だ?」
 「アリア・ジェラーティ。行方知らずになった四菱桜ちゃんを探しにやって来た。早く封印を解いて下さい」
 「分かった」
 すると、何事かを呟きつつ封印解除の呪文を唱えた陽一郎によって、またもアリアは本来の姿を取り戻した。
 「ふう。それで? 桜ちゃんはどこに?」
 それに答えたのは月神詠子だった。夢を操作出来る彼女の手によって今回の事件の全容は明らかになった。
 「要はあの目の前にいるピエロを倒せと」
 「そう言う事のようですね」
 またもや全力戦闘モードに入る陽一郎とアリア。
 「それじゃあ、ボクはこれで」
 完全に他人事。しらばっくれる月神詠子。
 「…っ! 2人とも頑張って! てゆーか1人にしないで!! 頼むから…! あ、後ここは音楽室だから備品とか壊さないでね!」
 完全に他人事――には出来ない女性音楽教師約1名。

 「ククク。我が楽園へようこそ。君達はどうやら遊びに来た訳じゃないみたいだね」
 「そっちこそ招待した訳じゃなさそうだな」
 実は繭神陽一郎はこの事件の核心に以前から迫っていた。しかしその陰の正体を掴みきれないままでいた。
 何せ子供にしか見えず、しかも闇に隠されているのでその不自然極まりないオーラを感じ取る事が出来なかった。
 夢を操作出来る月神詠子だけがこの事実に気付いた。
 そして陽一郎はアリアを闇の徘徊者だと誤解した。

 「私の封印術にかかれば例え夢の産物であろうと絶対に封じ込めてみせる!」
 「私はそのサポートに回ります…!」
 意を決して飛び出した2人。
 「ククク。楽園には何があるか分かるかい? それは子供達の夢!」
 次の瞬間、ピエロはタロットカードを取り出した。全部で計5枚あるそれの2枚を引きピエロは仮面の下で笑った。
 「ジェットコースターとメリーゴーランド。これまた面白い組み合わせだ」
 絵柄を見せつける様にしてその2枚のカードを宙に放り投げると、ピエロは姿を消した。代わりに例の黒い穴から何かが飛び出してきた。
 「ありえない…!」
 「あれは…!」
 それは明らかに物理的なジェットコースターそのものだった。室内を縫う様にして3人に襲いかかってくる。
 瞬間的にかわしたが、同時にメリーゴーランドの要領で床がグルグルと回転する為、さすがのアリア達も立っているだけで精一杯だ。
 「く、くそ!」
 「どうすれば!?」
 「キャアアア!」
 ほとんどパニック状態に陥った音楽室の内部では轟音が鳴り響く。そして見えないピエロの嘲笑が木霊する。
 「さあ、子供達よ遊べ! 遊ぶがいい!! 私はこの楽園の主。夢の産物!」
 「――夢の産物? そうか! 奴は実体ではないが故に子供の心に巣食う道化師。アリア! 君の力であのジェットコースターを止められるか!?」
 「やってみます!」
 アリアは掌に巨大な氷の塊を創り出し、そのジェットコースターに向けて放った。ジェットコースターは一撃でスピードを落としたが、完全に停止する事はない。
 「ククク。お嬢ちゃんの力もここまでか?」
 「まだまだ!」アリアは叫ぶ。そしてその粉砕された氷の断片が結晶の様にキラキラと周囲に舞ったかと思うと、宙に浮いたままそれらは停止し、さらにアリアの人外の血の力によって氷雪の鋭い氷柱に変化した。
 その氷柱はまるでジェットコースターそのものを串刺しにして粉々に破砕したかと思うと、ジェットコースター全体を包んで氷雪の塊にしてしまった。その際、生じた一瞬の吹雪が床の回転をも停止させるほど床一面を氷漬けにした。
 「な、何だと!?」
 「良し! 邪魔者はいなくなった。後は本体であるお前を子供達の夢の舞台から引きずり落とし、悪鬼として封印。この陰陽道の生贄に捧げる!」
 瞬間、何かを呟いた陽一郎は空中に五芒星を描き出し、呪具を一振り、天井に向けかざす。夢の道化師ピエロは五芒星の中心にその肢体を露わにした。
 「木、水、土、火、金――そして今こそこの悪鬼に天誅を振りかざす時! アリア! 止めだ!」
 陰陽道系の呪術に縛られたピエロは最後にアリアが生成した氷の大剣によりその腹部目掛けて突き刺された。
 ピエロの絶叫とともにやっとこさこの音楽室に静寂が訪れた。

 「うーん。何だか悪い夢を見ていた様な気がするのは何でだろうな?」
 四菱桜は目覚めた時にそう言った。他にも数人の子供達が気絶していたが全員無事だった。
 「桜ちゃん。目覚めの気つけに…アイスいる?」
 そして何も気絶していたのは子供達だけじゃなかった。響カスミも同様にして気を失っていたのは言うまでもない。

 後日、ボロボロになった音楽室の備品の請求書が送られた。その請求書の宛名を見た誰かさんはまたも気絶した。
 悪い予感ほどよく当たる。せめて良い夢見れます様に。(了)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8537/アリア・ジェラーティ(ありあ・じぇらーてぃ)/女性/13歳/アイス屋さん】

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■         ライター通信          ■
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初めまして。アリア・ジェラーティさん。ライターを担当したくをんです。
今回初めての御依頼ありがとうございます。
今回は自分としては割と戦闘や話のオチ等工夫を凝らしてとても愉快に書けました。
アリア・ジェラーティさんにとって満足のいくものに仕上がっていれば嬉しいです。
色々と妄想を働かせた結果この様な物語が出来上がりました。
では今後ともくをんを宜しくお願いします。