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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ちょっと待ってと言われても。

 その腕を見込んで…の筈だったのだけれど。
 こうなってしまっても、悪くない。

 魔力の籠った樹脂を浴び、まるで等身大フィギュアと化したシリューナ・リュクテイアとファルス・ティレイラ。二人の「艶姿」を前に、ひとりの魔女が嬉しそうに相好を崩している。
 元々、シリューナとティレイラが「こう」なった原因――でもある依頼を持って来て、ここ魔法研究施設に呼び付けたのは彼女。但し、決して「こうする」のが目的、だった訳では無い。…ただ、元々彼女はシリューナと趣味を同じくする同好の士。「そんなつもり」が全く無かった訳でも無い。…そもそも、そうでなかったなら今回の原因になる依頼自体をする必要が無かったとも言える訳で。
 …つまり、何だかんだで、頭の片隅に「あわよくば」、との考えはあった。
 が、シリューナとティレイラの力量からして、殆ど「それ」は諦めていたと言った方が正しい。

 けれど今、その「あわよくば」の、「かなり低いだろう確率」の奇跡がここにある。
 …それだけでも魔女の心は湧き立ってしまう。

 元々の依頼は、魔法研究施設で大量の「玩具の魔物」が暴れているのでその退治を手伝って欲しいとシリューナに声を掛けただけの事。そしてシリューナは愛弟子のティレイラも連れて、依頼通りに所内に氾濫した魔物退治を手伝ってくれた、のだが――その最中に何らかのアクシデントが起き、当の魔物の持つ能力――対象を硬化させる魔力の籠った樹脂、を浴びてしまったらしい、と結果だけがここにある。

 今の時点で、頼んだ本題の困り事についてはどうやら問題無い。所内に氾濫していた魔物については一通り倒し終えていると一応確認もした。
 となれば…後は。

 この素敵な「二体の等身大フィギュア」を愛でるだけ。

「アクシデント」の詳細については、どうせ後で聞く機会もあるだろう。
 …今は、それより。

 まだ、シリューナが「動けない」間に。



 固まって、等身大フィギュアと化したティレイラとシリューナ。魔女はそんな二人にうっとりと熱い視線を向けている。口元に浮かぶ笑みが止められない。隠せない――隠す気も無いと言った方が正しいか。それより目の前にあるものの方が先。そう、固まって動けない二人の様子をとっくりと舐めるように眺める――少しして、倒れてしまっているティレイラの何処か間抜けで、けれど充分過ぎるくらいに可愛らしい姿のすぐ傍に近付いた。そしてゆっくりと――まるでシリューナの目を引こうとでも言うような態度で、腰を下ろす。
 それから、ティレイラの頬に手を伸ばした。そのまま、つ、と指先を首筋にまで滑らせ、柔らかな曲線と――対照的な硬質の感触を愉しむようにして撫でる。…勿論、シリューナに見せ付けるようにして。更には不自然で奇妙な形に固まってしまっている翼や尻尾まで優しく撫でて――そちらの感触も確かめつつ、感嘆の吐息。高揚が抑えられない。フフ、と声を上げつつ、シリューナを再びちらり。それからこれ見よがしにティレイラに抱き付きまでして――とことん愛でて堪能する。

 そんな様を見せ付けられたシリューナの心の方は――千々に乱れていた。
 ただでさえ樹脂の魔力に全身が満たされているところ。自身の魔力による抵抗で「辛うじて」だけ保てている程度のぼやけた意識。それでも、目の前で繰り広げられている事くらいは認識出来る――元々それ以前から、思う様ティレイラを愛でたいのに、全身を覆う硬化した樹脂のせいで表情も変えられず指先すら動かせない自分に苛立ち悶えていたところだったから、魔女のこの行為はある意味で「とどめ」にも等しかった。
 本当なら自分がしたい事。…それを、自分では無い者が。…まるで。…わざわざ私を見て。…こちらがどんな気持ちでいるかも悟っていて。…私がしたいように。…私がここに居る事など忘れたみたいに。…高揚して。…興奮して――ッ。

 あまりの憤りに――いや、それ以外にも様々な感情が昂ぶって――シリューナの意識がふっと一瞬途切れる。慌ててシリューナは集中をし直す――今。樹脂の魔力に抵抗する為の集中が切れ掛けた。そう認識する。落ち着いて。再び集中――そう、自分に言い聞かせるが。
 そんなシリューナの目の前には、魔女に思う様愛でられている――可愛いティレを素材とした『等身大フィギュア』、と言う現実。硬化して思うように動けないそのままで、そちらを認識してしまってはまた心が千々に乱れて集中が出来ない。もうこれはどうしようもない――悔しいながらも、この感情には勝てない。なけなしの抵抗すらも薄れて行くのを自覚する。すぅっと意識も薄れていく――もう、抵抗する為に使える気力が無い。ふわふわと虚ろに揺らめく意識の中、何処か夢心地で、目の前の出来事と自分の欲求が混じり合い――。

 シリューナは意識を失った。

 クス、と魔女の笑う声。…シリューナの様子。ほんの微かな変化から、樹脂の魔力に完全に陥落したと気付く――気付きつつも、今自分がしている事を止めるつもりはない。…いや、むしろ。
 シリューナの意識が、無い内に。

 …もっと、ずっと、じっくりと。



 そして暫く経った後。

 無事樹脂の魔力の中和を終え、元に戻ったシリューナは………………元に戻るなり、あーもうっ! とらしからぬ大声を上げて乱暴に頭を振っていた。その時点で魔女はぎょっとする――『等身大フィギュアの鑑賞』に夢中で気付いていなかった。…それもティレイラのみならず、今はシリューナの方を鑑賞していたので、余計。わ、とばかりに慌てて手を離す――のとシリューナが魔女のその手を叩き払うのが殆ど同時だった。
 よくも、よくもやってくれたわね…と地の底を這うようなシリューナの低い声。ゆらり、とでも形容したくなるようなうつむき加減で幽鬼の如く佇んでいてのその発言。怨念ばっちりのその声に、魔女の方は思わず冷や汗。…いや、魔女の方でも後でこうなる事は…予想はしていた筈なのだけれど。彼女――シリューナにとっての妹のようなものである愛弟子(を素材にした等身大フィギュア)を勝手に可愛がる様を見せ付けた事での嫉妬、及びシリューナ自身が樹脂で硬化、と言う魔女に不覚を見せた事の屈辱やら何やら入り混じって、どう分類したらいいかわからないような激情がシリューナの中で渦巻いてしまっている、らしい。
 実際、原因の『コト』からして他愛も無い可愛いものではあるのだけれど、それでもシリューナはシリューナで本来実力者である為――そして普段は碌に感情を表に出す事すらしない為――、ここまで激情を露わにされると、それなりに普通に怖い。
 まぁそれでも、魔女にしてみれば承知の上の火遊びは火遊び。今のこの状況もまた、楽しめる、とは思っている。…シリューナが『こんな風』になるのは、珍しいから面白い――と思える余裕もある事はある。

 …ティレは私のよ。私が愛でるの。ずるいわ。駄目よ。私のなの。お預けなんて許さない。…だから私が「うっかり固まってしまった」貴女の代わりに、貴女にもよく見えるように愛でてあげたんじゃない。…くっ…よくもいけしゃあしゃあと。全然そんな事考えても無かった癖に。…だって貴女は固まってしまったんだから愛でられないじゃない。…そうよそうだったのよもう。きー。

 …。

 と、そんな感じの益体も無い不毛なやりとりが魔女とシリューナの間で暫く続く。今更言っても意味が無いとわかっていても魔女に詰め寄らずにいられないシリューナに、その剣幕に少々たじろぎながらも、折角の「このシリューナ」をからかう事も忘れていない魔女。
 そこに。

「――――――…っ…うわぁああぁん、ごめんなさいお姉さまぁ!!! …って、へ? あれ?」

 どんな加減でか、ティレイラもまた、元に戻っていた。



 予期せぬその姿を――元に戻ったティレイラを見た時点で、シリューナは見るからにがっくり。

 いや、可愛いティレイラが元に戻った――戻れたのは普通に喜ばしい事ではあるのだが、先程までのティレイラの『艶姿』は趣味人としてのシリューナとしては逃がしたくなかったものでもあるので――激情に駆られていた分、結局愛でられなかった事が反動になって余計に落ち込んでしまったのかもしれない。
 その様子を見、状況を理解したティレイラは、酷いですお姉さま、と頬を膨らませている。とは言え、シリューナ(とその同好の士な知人)の「趣味」絡みで色々な目に遭うのはいつもの事と慣れてもいるので、それ程強く責めるような気も無い。それどころか――でも何だかごめんなさい、と直後に続けてシリューナに謝って…シリューナを宥めようとしていたりもいる。…ティレイラとしては自分の事より、意気消沈しているシリューナを気遣う方が先に来た。
 …まぁ確かに、ティレイラが「失敗」したからこその今の状態だった訳で――そもそも魔女の方も「あわよくば」程度でほぼ期待していなかった事な訳なので、こう話が転がった直接の理由を考えると…ティレイラが悪かったと言えば言えなくも無い。
 とは言え、そもそもこの依頼自体――魔力の籠る樹脂を調達、場合によっては浴びるかもしれない状況に警告無しで放り込んだのは魔女である訳だし、シリューナも結局不覚を取ってしまった上に、その「不覚」のせいで自分の欲望が満たせなかったと言う勝手な理由で感情が乱高下していた訳で――今の状況を一から考えると、悪いと言えば皆悪い。

 そうなるとまぁ、最終的に一番大声で理不尽を言う者が、勝つ。

「…。…フフフ。良い子ねティレ。さすが私の可愛いティレだわ…ああそうだ、もう一度、また違った姿のティレを私に愛でさせてはくれないかしら。…ねぇ、さっきの樹脂は何処?」

 ここは研究所なんでしょう。と、言う事はあの玩具の魔物の中にある分だけじゃなく、別に樹脂の確保もしてあるわよね? と当たり前のようにシリューナは魔女に問う――が、返ってきた返事は、その前段階だったのよ、との事。
 即ち、確保は出来ていない――今倒した魔物で全部なので、今の樹脂はもう無い。

「…へぇそう。ああ、そういえば貴方、さっき「今回は私のターン」とかって言ってたわよね。じゃあ次は私のターンよね?」
「…。…いやちょっと待ちなさいね?」
 シリューナ。
「折角だから。ここは私の流儀で勝手にやらせて貰うわね?」
「ッて、わわわ、お姉さまあの、ちょっと待ってッ…」
「待たない。ティレだって『あの』姿のまま待っててくれなかったじゃないの」

 …だから、大人しくしなさいね?

 と、わざとらしいくらいににっこりと笑ったシリューナの手には、何かの魔法――まず確実に『その手』の封印魔法――が凝っているような光が見えている。
 その光の餌食になるのは、果たして魔女か、ティレイラか――はたまた両方か。

【了】