コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


可憐なオブジェを目印に
「あ、あった。この店だね!」
 目的の店を見つけて、黒い髪の少女は足を止める。店は通りに面してはいるものの、目印も何もないので少々人の目につきにくい印象だ。危うく通りすぎてしまうところであった。店先に何かもっと目立ちそうなものを飾れば、もう少し客の目に入るだろうに。何だかもったいなく感じ、少女は唇を尖らせた。
 しかし、窓から店内を覗き込むと、彼女の表情は一転楽しげなものへと変わる。店内には、様々なきらびやかな衣装やアクセサリーや置物が飾られていて、そのどれもが少女の目には魅力的に映った。思わず、「わぁ! 素敵!」と声に出してしまったほどだ。
(あのワンピース、凄い可愛い! あっちのスカートもいいなぁ)
 気になる衣装の数々に顔をほころばせたところで、少女はハッと我に返り頭を左右へと振る。
(いけないいけない! お仕事を優先しないと!)
 今日の彼女は、客としてここを訪れたわけではないのだ。なんでも屋として、とある仕事をこなさなければならないのである。

 なんでも屋さんを営んでいる彼女のもとに、碧摩・蓮から連絡があったのは先日の事だ。
『とある店の女店主が、新衣装の効果を試す実験台役を探しているんだ』
 そう言った蓮は、その店で売られている衣服やアクセサリーには魔法や呪術がこめられている、と説明を続ける。
 実験台にはティレイラが適任なのではないか、と蓮が紹介したところ、女店主はすっかりティレイラの事を気に入ってしまったらしい。
『報酬もなかなかのものだから断る理由なんてないだろう? 頼んだよ、あんた』
 チャイナドレスを身にまとった美貌の女は、少女の返答を待たずにぴしゃりと言い放った。
 そうして、断るどころか考える時間すら与えられず、ファルス・ティレイラは半ば強制的に今回の仕事を引き受けさせられてしまったのだ。どんな商品を試す事になるのか、その女店主はどういう人なのか、詳しい説明すら貰っていないというのに。
 けれども、ティレイラの表情が曇る事はない。持ち前の元気さで不安など吹き飛ばし、彼女は笑みを浮かべながら扉へと手をかける。
 カラン、と来客を知らせる為に鳴るベルの音を聴きながら、ティレイラは店内へと足を踏み入れた。

 ◆

「待っていたわ! 嬉しい、今日は可愛らしい衣装をたくさん試せるわね!」
 挨拶をする間すら与えられず、ティレイラは女店主に両手を握られぶんぶんと振られる。満足気な様子の彼女は、そそくさと準備を終え、早速とばかりにティレイラに一着の衣装を手渡してきた。
「ほら、何ぼやぼやしてるの! まずはこの衣装から着てちょうだい!」
「え、あの、私まだ心の準備が……! きゃあ!」
 まだ何の心構えも出来ていないというのに、あれよあれよという間にティレイラは着替えさせられてしまう。
 フリルのついた可愛らしい衣装。ティレイラ好みのデザインだ。けれども、違和感がすぐに彼女の体へと襲いかかった。急に視界が低くなり、体が硬くなったように感じティレイラは目をしろくろとさせる。いったい自分に何が起こったのか。状況を把握するよりも早く、体を、ひょいと何者かに抱き上げられてしまった。
 自分が今いる場所が女店主の腕の中だとようやく気付き、ティレイラは驚愕した。
(う、嘘……!? 私、縮んでる!?)
 慌てるティレイラの頭を、落ち着かせるというよりはただ慈しむように撫で、女主人は自慢気に言い放つ。
「ふふ、凄いでしょう。これはね、着るとお人形になれる衣装なのよ」
(お人形!? 嘘でしょ!?)
 衣装を身にまとった者を人形へと変える魔法。この衣装にこめられていた魔法は、それだったのだ。無機質な肌に、球体の関節。腕で抱けるくらいに小さな体。ティレイラは、フリルのドレスを着た愛らしいお人形へと姿を変えられてしまっていた。
 たとえば力がついたりだとか、風を身にまとう事が出来たりとか、そういった類の魔法を想像していたティレイラは混乱し慌てふためくしかない。なんとか別の服に着替えさせてもらい、人形から元に戻る事が出来たが……瞬く間に、今度はティレイラの体はふわふわとした獣の姿へと変わってしまう。
(今度は動物!?)
「うーん、この衣装も最高だわ!」
 女店主は嬉しそうに声をあげ、うっとりと目を細めた。そして、困惑するティレイラが落ち着くのも待たずに次の衣装に手をかける。
「ま、待ってください……! あの、」
「さぁ、次はこれよ。このアクセサリーを身につけてみて」
 取り付く島もない。無理矢理宝石のアクセサリーを胸につけられてしまったティレイラは、今度はその宝石の中へと閉じ込められてしまう。
「嘘! いやっ! ここから出して……!」
 パニックに陥りながらも彼女は出してほしいと懇願するが、硬い宝石はびくりともしない。場違いなほどに楽しげな女店主の声が、更に彼女を困惑させる。
 それからも、衣装を身につけるたびにティレイラの姿は色々なものへと変えられてしまう。慌てるしかないティレイラの声など気にせず、女店主は毎回うっとりとした表情でティレイラの事を眺め感嘆の息をこぼす。
 自分が自分ではなくなる恐怖に、ティレイラは心身ともに疲弊していった。
「あの、ごめんなさい……私もう、疲れて………」
 力なく呟くティレイラに、女店主は「お疲れ様」と微笑む。
「もう少しだけ頑張って。これで最後だから、ね」
 綺麗な装飾のあしらわれた衣装を受け取りながら、ティレイラは『最後』という言葉に胸をなでおろす。
(これでやっと終わるのね……)
 安堵の息を吐こうとしたティレイラだったが、衣装を身につけた瞬間その表情は驚愕へと塗り固められた。
「……え?」
 ティレイラが服を着終えた瞬間、足の先から徐々にその服は真っ白な陶器へと姿を変えていった。
 ……服だけでは、ない。
 その服に包まれているティレイラの体もまた、純白へと染まっていく。
「何これ……いやっ、待っ……!」
 ティレイラの悲鳴は、中途半端なところで途切れてしまう。全身が白い陶器のオブジェと化してしまったティレイラの事を、女店主は興奮を孕んだ瞳で見つめた。
「嗚呼、素晴らしいわ……! なんて愛らしいの!」
 ティレイラの事をうっとりとした様子で撫でながら、「本当に素敵よ、ティレイラ……」と店主は呟く。真っ赤な紅のひかれた唇を喜悦に歪めながら、女店主はもう自分の意思では口を開く事すら出来なくなってしまったティレイラへと囁きかけた。
「報酬は上乗せしておくわ。だから、もう少しだけ――ここにいてね」

 ◆

 以前よりも客入りのよくなった店で、女店主は今日も微笑みを浮かべている。
 近頃、この店は街で話題になっていた。恐らく、看板代わりに店の前の一番目につくところに置かれたオブジェのおかげだろう。
 あまりの可憐さに道行く人々の視線をさらうそれは、今日も静かに店前に佇んでいる。
 物言わぬ人型の陶器。まるで本物の人のように精巧で、思わず足を止めてしまう程に可愛らしいオブジェ。
 通りがかった客が興味深けにそれを眺めていると、女店主が機嫌良さそうに声をかけてきた。
「可愛らしいでしょう。私の一番のお気に入りなのよ、そのオブジェ。名前は……」
 宝物を見るような目でそれを見やり、女店主は愛しきその名を口にする。ひどく楽しそうに、そしてどこまでも残酷に。
「――『ティレイラ』」