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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


魔宝合戦


 メデューサの顔面が彫り込まれた、メダル状のペンダントである。
 この店で扱う商品としては、いささか悪趣味であると言わざるを得ない。
 足音を殺しながらファルス・ティレイラは、そのペンダントを手に取った。悪趣味でも、今は役に立つ。
 シリューナ・リュクテイアが経営している店の、倉庫である。
 様々な魔法の品を取り扱っている店だ。売り場に並んでいるのは大半が薬品類であるが、それ以外の品もある。魔神を召喚する指輪や、呪いの首飾りといった、いささか剣呑な装飾品類である。
 このペンダントも、その1つだ。
 おぞましく彫り込まれたメデューサの両眼部分には宝石が埋め込まれており、これがまた禍々しいほど生き生きと輝いている。
 この眼光を浴びた者は石になる、とシリューナは説明していた。
 本物のメデューサといささか異なるのは、その犠牲者が持つ魔法的資質によって、石の種類が変化するという点だ。
 魔力に乏しい普通の人間は、このペンダントの眼光を浴びても石像にしかならない。御影石であったり大理石であったりと、材質には個人差がある。
 宝石の像に変わる者もいる、という。それは、ある程度以上の魔力を持った者だ。
 そんな危険なペンダントを片手で握りしめたまま、ティレイラは棚の陰に身を隠した。
 ひょい、と顔を出してみる。
 ピエロがいた。
 道化師の格好をした、1人の少女。年齢はティレイラと同じく10代半ば、であろうか。
「あぁんもう、ロクな物ないじゃんよう」
 そんな事をぼやきながら大袋を広げ、その中に倉庫内の商品を片っ端から放り込んでいる道化師の少女。
 可愛らしいが一癖ありそうな顔は、右半分が仮面で覆われている。
 不気味に微笑む白い仮面が真っ二つに割れ、その片方が少女の右半面に貼り付いているのだ。
「お宝たんまり溜め込んでるって聞いてたのにぃ、なぁんか微妙な値段しか付けられない中途半端な呪いアイテムばっかり。あたし騙された? 騙されたって事?」
 死の指輪。呪いの逆十字ロザリオ。小悪魔を1匹丸ごと漬け込んだ薬酒。アンデッド化ポーション。
 どれもこれも、普通の人間であれば触れた瞬間、発狂したり動物に変化したり、身体の外側と中身が裏返ったりするような、強力な呪いをかけられた代物ばかりである。
 それを平気で手に取り大袋に放り込んでいる、ピエロ姿の少女。
 間違いなく、人間ではない。恐らくは魔族であろう。
「そして泥棒さん……よね? 間違いなく」
 棚の陰で呟くティレイラに気付かぬまま、魔族の少女は窃盗行為にふけっている。
 店主シリューナ・リュクテイアは現在、所用で外出中である。
 店番を任されていたティレイラが、妙な気配と物音に気付いて倉庫に来てみたところ、こうして窃盗犯を見つけてしまったというわけである。
「微妙な値段しか付けられない物ばっかり……なのは当たり前ですよ、泥棒さん」
 ティレイラは声をかけた。
 魔族の少女がビクッ! と身を震わせ、こちらを見る。
「本当に値打ちのある商品はね、お姉様が全部、売り場に並べちゃいますから。倉庫にしまってあるのは基本、ちょっと売り物にするには難しい残念アイテムだけ。もちろん、だからと言って泥棒さんに全部あげちゃうわけにはいかないんで」
「そっかあ……じゃ、こんな呪われガラクタばっかりの倉庫じゃなくて、売り場の方にお邪魔した方が良かったかなあ」
「万引きしようなんて思わないで下さい」
 赤い瞳で魔族の少女を見据えたまま、ティレイラは言った。
「売り場の商品にはね、お支払いが済むまで解除されない呪いがかかってますから。未会計のまんま、お店の外へ持ち出したりしたら……身体の中身と外側がひっくり返る、くらいじゃ済みませんよ」
 言いつつ、ペンダントを掲げる。宝石の両目を輝かせるメデューサ。
「というわけで……その袋の中の物、ちゃんと棚に戻してください」
「ちっ……平和的に、こそ泥をやるつもりだったのによォ……」
 魔族の少女が、襲いかかって来た。たおやかな両手に、いつの間にか巨大な鎌が握られている。
「強盗をやンなきゃいけなくなっちゃったじゃんよぉおおおおお!」
 死神を思わせる大鎌。その斬撃に対し、ティレイラはただペンダントをかざした。
 メデューサの両眼が一瞬、激しく輝いた。
 宝石の眼光が、魔族の少女を捉えた。
 死神の如く大鎌を振りかざしたまま、魔族の少女は固まった。固まりながら、輝いている。
 道化姿の美少女。そんな形の等身大エメラルド像が、そこに出現していた。
「あ、綺麗……」
 ティレイラは、思わず呟いた。
 きらびやかなだけでなく造形も見事な、宝石の少女像。これは、かなりの値が付くのではないか。
 そんな事を考えてしまった頭を、ティレイラは激しく横に振った。黒髪が、ふわふわと舞った。
「だから売っちゃ駄目だってば。このまま、しっかり反省させて。いつか元に戻してあげなくちゃ……それにしても、お姉様の仕入れる商品って何かこんなのばっかり。で大抵、あたしが餌食になるわけで」
「いいねえ。じゃ、試してみよっかあ」
 背後から、声をかけられた。
 頭に、髪飾りが差し込まれてきた。黒い勾玉の、髪飾りである。
「え……何? これ」
「ああ取っちゃ駄目ぇ。似合ってるよん」
「で、でも黒髪に黒の髪飾りって……って言うか貴女、誰」
 道化師の格好をした少女が、もう1人、そこにいた。
 一癖ありそうな美貌の左半分に、仮面が貼り付いている。目の下に涙が描き込まれた、ピエロの半仮面。
 2人目の、魔族の少女。くるりと軽やかに踊りながら、宝石像の頭に髪飾りを当てている。
 同じく、勾玉の髪飾りである。ただし、こちらは白い。
 2つの勾玉を合わせると、太極図になる。道教系のマジック・アイテムであろうか、とティレイラが思った、その時。
 白黒2色の髪飾りが、禍々しく発光した。
 白い勾玉から黒い勾玉へと、光が流れ込んで来る。
「これ……って、魔力移し……!」
 ティレイラが気付いた時には、すでに遅い。
 全身が、硬直しながらキラキラと輝き始める。宝石像と化した、魔族の少女のように。
 いや。すでに、宝石像ではなくなっていた。
「うっふふふふ油断したねえ。盗みってのは基本、1人でやるもんじゃないわけよ」
 つい今までエメラルド像だった少女が、ティレイラの周囲を軽やかに回りながら笑う。
「ほらほら、今度はあんたが可愛いお宝になっちゃいなよぉ」
「あたしたちが高く売ってあげるよぉ、あっはははははは」
 1つの仮面を分け合った、2人の少女ピエロが、ふわふわと楽しげに踊っている。
 その踊りの輪の中で、ティレイラは動けなくなっていた。
「そ、そんな……こんなぁ……」
 動かぬ手を無理矢理に動かし、勾玉の髪飾りを頭から引き抜こうとする。
 その動きが、滑稽に見えたのだろうか。魔族の少女たちが、ころころと嘲笑い続けている。
「ほらほら、あんまり暴れちゃ駄目だってばあ。変なポーズで固まっちゃうよお?」
「もっとセクシーにエロティックにいってごらんよぉ。何なら服、ちょっとはだけてみる?」
(ふっ、ふざけた事……ッ!)
 ティレイラは、怒鳴る事も出来なくなっていた。
 可憐な唇が、綺麗に並んだ歯が、舌が、キラキラと宝石に変わりつつある。
 黒髪が、髪飾りをくわえ込んだまま、うねる宝石細工と化してゆく。
「……お……ねえ……さまぁああぁぁ……ぁ……」
 ティレイラは泣き声を発した。こぼれ落ちた涙が、そのまま宝石の粒に変わった。
 エメラルド、ではない。サファイアでもダイヤモンドでもない。透き通って輝く新種の宝石が、もがき泣き叫ぶ少女の形に加工されている。乱れ舞うまま固まった髪が、煌めきを振りまいているかのようだ。
 ティレイラは、そんな宝石像に変わっていた。
「うっふふふふ、惜しかったねえお嬢ちゃん」
「ん〜、いいじゃない。幽霊か透明人間にセクハラされてるみたいな悶えポーズ、エロいっ」
 道化師姿の少女2人が、像化したティレイラの全身を触り回し、宝石の感触を楽しんでいる。
「よっしゃあ、お宝ゲット! えい、えい! おー!」
「クソったれな竜族の若作り魔女ん所から、お宝もらってっちゃうもんねー!」
 勝ち鬨を上げながら、魔族の少女たちは、2人がかりでティレイラの身体を抱き上げる。
「あのクソ若作り竜女、マジむかつく! がめついババアのくせに上品ぶりやがってさぁ」
「老いぼれトカゲ女がよォ、綺麗なメスの皮ぁ被っちゃってマジうける! 何やっぱ、お得意様相手に枕営業とかしちゃうワケぇ!?」
「バケモノで若作りでその上ビッチ、こんな役満見た事ないっつぅううの!」
 げらげら笑いながら、宝石像を担いで倉庫を出ようとする2人の少女。
 その足が、止まった。
「あらあら……妙に騒がしいと思ったら」
 1人の女性が、そこに立っていたからだ。
「手配書が回っているわよ? 盗品ばかり売りつけようとする悪質な業者……貴女たちだったのねえ」
 さらりと艶やかな黒髪。それと鮮烈な対比をなす、白い肌。
 喪服のようでもある、黒系統の衣服。すらりと優美なボディライン。
 たおやかな美貌はにこりと歪み、真紅の瞳が魔族の少女たちを見据えている。
「私、ね……枕営業なんて生温い事、しないわよ? 自分の商売を守るためなら」
 長い黒髪が、風もないのに揺らめいた。
 優美な背中から、魔力の霊気が翼の形に広がり、燃えている。
「もっと、人様に言えないような事……いくらでも、してきたわ。思い知ってみる?」
「し……シリューナ・リュクテイア……様……」
 魔族の少女2人が、宝石像をおずおずと床に置き戻し、愛想笑いを浮かべる。
「いやあ、今日もお美しい。そんな嫌ですよ、お綺麗なお姉様。枕営業なんて冗談に決まってるじゃないですかぁ」
「あ、あのですね。あたしたち、お姉様のお店に泥棒が入っていないかどうかの確認をですね」
 彼女たちに運び去られるところであった宝石像を、シリューナはちらりと見た。
 そして、溜め息をついた。
「道具に頼るから、こういう事になるのよティレ……」
 見ればわかる。この宝石化は、あのペンダントによるものだ。宝石の目をしたメデューサ。
 シリューナが、すでに潰れてしまった古道具屋から買い叩いたものの中に、紛れ込んでいたのだ。
 宝石を大量生産してしまう、極めて悪質なマジック・アイテムである。こんなものがこの世にあっては、宝物の類を扱う商人は下手をすると生きてゆけなくなる。
 1日も早く処分しなければ、と思いながらシリューナは、それが出来ずにいる。
 彫り込まれたメデューサが、おぞましく醜悪ながらも精緻極まる造形で、これはこれで工芸品として捨てがたいものを持っているからだ。
「じゃ、あたしらはこれで……」
「失礼しますねえ、お美しいお姉様♪」
 そそくさと立ち去ろうとする少女2人に向かって、シリューナは右の繊手をかざした。
「1つ、教えてあげる……」
 魔力の霊気で組成された翼が、ゆらりと羽ばたいて少女たちを包み込む。
「私をお姉様と呼んでいいのは……ティレだけよ」
 慌てふためき、悲鳴を上げながら、魔族の少女2人は石像と化した。
 道化師姿の少女たちが、道化そのものの躍動感を保ったまま石化している。像としては、なかなかの出来だ。
 だが当然、この宝石像には遠く及ばない。
「ティレ貴女、宝石像になっちゃった事は何度もあるわよね」
 可愛らしく悶え苦しみながら、宝石と化した少女。
 その透き通る美しさを、煌きを、手触りを堪能しながら、シリューナは囁いた。
「正直、もう飽きたと思っていたけれど……とんでもないわね。宝石の貴女は、いつ見ても可愛くて綺麗」
 煌きながら固まっているティレイラに、左右の細腕を絡ませ、豊麗な胸の膨らみを押し付けてゆく。
「軽々しく道具に頼った罰よ。しばらく、このままでいなさい……こんなに綺麗な宝石になれるだけの魔力が、貴女にはあるのよティレ」
 道具に頼らずとも、実力を充分に発揮する事さえ出来れば。ファルス・ティレイラにとって、こんな下級の魔族など物の数ではないはずなのだ。