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<東京怪談ノベル(シングル)>


屍、獣、魔人形


 屍と人形は、似て非なるものである。
 屍は、どれほど綺麗にして丁重に扱ったところで、いずれ醜く腐り果ててゆく。
 人形は、手入れさえ怠らなければ、半永久的に美しく存在させ続ける事が出来る。
 両者の共通点は1つ。人とほぼ同じ形をしていながら人ではない、物である、という事だ。
 イアル・ミラールは今、物であった。屍か人形かは、判然としない。
 生気も魔力もほぼ吸い尽くされた肉体が、しかし痩せ衰え朽ち果てる事もなく、美しく存在し続けている。
「これは……ビスクドール? かしらね」
 ひび割れた水晶像であったイアルが、今は球体関節で繋がった四肢を投げ出すようにして尻餅をついている。
 その美貌に、表情はない。赤い瞳はガラス製で、艶やかな金髪はウイッグだ。
「……鏡幻龍の、悪あがきね」
 女錬金術師たちが、にやにやと嘲笑いながら分析をする。
「私たちに力を吸い尽くされた鏡幻龍が、最後の力を振り絞ったのでしょう」
「イアル・ミラールの肉体を……なるほど、一時的に人形に変えて衰弱死から守ろうと」
「心は、死んでしまったようなものだけどね。ふふっ……快楽の中で」
「まだ気持ちよさの中にいるんじゃないの? ご覧よ、浅ましいもの勃てちゃってさあ」
 ビスクドールと化したイアルの身体は、両脚を床に投げ出したまま、3本目の脚のようなものを屹立させている。
 今のイアルは屍ではない、一見すると人形である。
 だが人形と呼ぶにはあまりにも生々しい何かが、その3本目の脚には漲っている。その部分だけが、まるで生身であるかのようだ。
「水晶のガラクタと思っていたけど、粉砕しないでおいて良かったわね。この生き人形……まだまだ研究材料になるわ」
 秘薬エリクシルや賢者の石の原材料となり得るものは、イアルの肉体からすでに採取済みである。
 彼女の水晶化した髪の破片からも、面白いものが作れるかも知れない。
 だがイアル・ミラールの身体そのものにもまだ、実験の手間と費用に見合うだけの価値がありそうであった。


 死屍累々、と言うべき有り様だ。
 イアルが拉致された港湾施設内。茂枝萌は今、殺戮の光景を呆然と見渡している。
 叩き斬られ、殴り潰され、摩り下ろされ……ありとあらゆる手段で破壊された、ホムンクルスの屍の群れ。青白い巨漢たちが、もはやその原形もとどめず、コンクリート上にぶちまけられている。
 手がかりを求め、萌は再びこの場所を訪れた。
 イアルを拉致した者たちは、それを読んでいたのだろう。ホムンクルスの大軍が、萌をここで待ち受けていた。
 そして皆殺しにされた。萌によって、ではない。
 ここへ到着すると同時に、萌はこの虐殺の光景を目の当たりにする事となったのだ。
「遅かったわねビルトカッツェ……ディナーは、独り占めさせてもらったわよ」
 ホムンクルスたちの残骸が散らばり広がる光景、その中央に佇む優美な人影が、声を発した。
「満腹感は今ひとつ、だけどね」
「……私を、助けたつもり?」
 高周波振動ブレードを右手で抜き、サブマシンガンを左手で構えながら、萌はとりあえず会話に応じた。
「お望みなら満腹させてあげる。そのお腹が、ズタズタに裂けてちぎれるくらいにね」
「慌てない慌てない。今の私の目的はね、ユーとの殺し合いじゃなくて……イアルお姉様を、助ける事よ」
 その言葉には嘘はあるまい、と萌は何となく確信した。
「魔女結社が大人しくなったと思ったら、また何か出て来たみたいねえ」
「……虚無の境界よりは、ましな相手だから」
「褒め言葉と思っておきましょうか。ふふっ……一匹猫のヴィルトカッツェが私と行動を共にするのは無理でしょうけど。一応、盟主様からのお言葉を伝えておくわね」
 あの盟主は今、何やら忙しいはずであった。
「イアル・ミラールを助けるために、虚無の境界はあらゆる協力を惜しまない。協力を求めないなら、勝手にやらせてもらう……以上、プロデューサー業務で東奔西走中の盟主様でした」
「貴女たちには、何もさせない」
 萌は背を向け、歩き出した。
「……イアルは、私1人で助けて見せる」


 遊びが過ぎた。あるいは、研究に熱心になり過ぎたか。
 人形か屍かよくわからぬものと成り果てたイアル・ミラールの身体に、魔女の呪いがここまで強烈に息衝いていようなどとは、この場にいる女錬金術師の誰もが予想だにし得ない事態であった。
「ぐるるぅ……がぁああああああああうぅッ!」
 ビスクドールが、生身の獣と化していた。
 錬金術師の1人が、息を呑みながらグシャリと原型を失い、飛び散った。
 魔女結社は滅びても、彼女らがイアルの肉体に施した呪いはまだ生きている。それを1つ1つ紐解いている最中の出来事であった。
 紐解かれた呪いの1つが、発動したのだ。
「こ、これは……馬鹿な! 生気はほとんど吸い取って」
 錬金術師の1人が、そこで言葉を止めた。それ以上、喋る事が出来なくなった。
 イアルの牙が、喉に突き刺さっている。
 女錬金術師の細首をバリバリと食いちぎりながら、イアルは胸の膨らみを猛々しく揺らしている。むっちりと力に満ちた左右の太股の間で、あり得ないものを隆々と屹立させている。
「生気のほとんど失せた身体に……代わりに、呪いの力が満ちている……」
 まだ何人も生き残っている女錬金術師たちが、分析した事を口に出す。
「魔女どもの……形見? 置き土産? 悪あがき? みたいなものかしらねえ」
 1人が艶然と微笑みながら、イアルに向かって繊手を差し伸べる。微かに身を反らせて胸を突き上げ、ドレスの裾を割り、胸の谷間と太股を強調しながらだ。
「いらっしゃい牝犬ちゃん。いや、牡犬ちゃん? とにかくね、女の身体はそんなふうに荒っぽく食いちぎるものじゃないわ。もっと……じっくりと、ね。味わうものよ?」
 あり得ないものを、はちきれんばかりに膨らませ、固め、震わせながら、イアルが女錬金術師に襲いかかる。
 荒々しく押し倒されながら、錬金術師は素早く片手を動かした。
 ガチャリ、と冷たい音が響いた。
 イアルの、牡か牝か判然としない部分に、謎めいた装置が装着されている。
 硬直したイアルの身体が次の瞬間、激しく反り返って痙攣し、胸を揺らした。
 表記不可能な悲鳴を発しながら、イアルは倒れ、悶絶している。まるで飼い主に腹をくすぐられている犬のように。
「そこいらの男に穿かせて無理矢理、ホムンクルスの材料を採取するための装置なんだけど……」
 女錬金術師が、嘲笑った。
「その欲しがりな身体には、効果覿面みたいねえ?」