『甘いパーティー〜ダンスのお相手〜』
鍋から立ち上る湯気が、とても甘い。
部屋中の空気さえも甘くなるほど、繰り返し実験が行なわれていた。
今年こそは、この方法で……。
「嫁さんゲットだ!」
ファムル・ディートは気合を入れて、チョコ作り(特性惚れ薬入り☆)に励んでいた。
今年のバレンタインに、元弟子ダラン・ローデスの家でパーティーが開かれることを知ったのは、1週間ほど前だ。
古今東西の美男美女が集まるらしい。
パーティーには興味はないのだが、集まる女性には興味大ありだ!
正確に言うのなら、ファムルは女好きなわけではない。ただ、結婚に関して異常なまでの執着があるだけでっ。
「チョコだけではなく、料理にも混ぜれば完璧だな。ふふふふ……」
怪しい笑みを漏らしながら、ファムルは仕上げに勤しむのであった。
**********
煌びやかなシャンデリアに、豪華な食事。
穏やかな音楽に身を委ねて踊る人々は、皆、優雅で美しかった。
女性達の、素敵なパーティードレスを羨ましく思う。
あの薄いピンクのリボンがついたドレス、私も着てみたい。
うーん。もしかして私、場違いかも?
異世界のパーティーに興味があって来てみたのだが、どうにも落ち着かない。
そう思いながら、広瀬・悠里は、隅のテーブルで料理を楽しむ。
出された料理は、お洒落なものばかりであった。
クマの形のパンなんかは、とっても可愛らしく、つい持ち帰りたくなってしまう。
参加者は人間ばかりではなく、どう見ても妖精の類と思われる種族も、普通に受け入れられている。
日本の東京で暮らす悠里には、不可思議な空間であった。
食事はバイキング形式であり、好きなものを食べることができるので、まあ楽しめた。
適当に料理を摘まみつつ、終わるまで待とうと考えていた悠里だがそうも言ってられない事情がある。
というのも……。
「お嬢さん〜」
「結構です」
悠里は足早にその場を去る。
先ほどから、奇妙な男に付き纏われているのだ。
「おっ、彼女可愛いね、俺とバルコニーに出ない?」
「お姉ちゃん、こっちで一緒に飲もうぜ〜」
逃げている最中にも、様々な男性が声をかけてくる。
「お嬢さん、一曲いかがですか?」
「いえ、ダンスはちょっと……」
愛想笑いでかわして、人の多い中央の席へと近付く。
「みんな、バレンタインパーティで浮かれているのね」
1人1人失礼のないように断ろうとしているのだが、席を替えてもついてくる1人のしっつこい男にはホント困らされている。
「お嬢さん、どうです。この世界に残って私と結婚など考えてみませんかー!!」
無精髭を生やしたその男……覚えたくもなかったのだが、名前はファムル・ディートというらしい。
きつく睨みつける悠里。しかし、全く効果がない。どういう神経をしているのか。
「ささ、このチョコレートをどうぞ!」
「あら、おいしそうなチョコレートねぇ」
通りかかった太った老女が、ファムルが持つチョコレートを取って食べた。
「さあさあさあ、お嬢さんもどうぞ!!」
皿をぐいぐい押され、悠里は仕方なく皿を受け取った。
「あら、良く見ればいい男じゃない。うふふふ、うふふふ」
「いや、私は老人介護がしたいのではなく、夫婦生活をだな……うわっ」
老女がストーカー男をぐいぐい引っ張る。ストーカー男は全く体力がないらしく、いとも簡単に引き摺られていった。
悠里は一先ず肩を撫で下ろして、チョコレートの乗った皿を近くのテーブルに置いた。
とても美味しそうだったので、ひとつだけ食べてみることにする。
「……うん、美味しい!」
もうひとつ食べようと、チョコを掴んだその時だった。
「すいません、あなたの手に持っているチョコ、どこに……」
男性の声に、悠里はくるりと振り返った。
二人の目が合ったその時。
体が突然、熱くなった。
理由もわからなく、鼓動が高まる。
黒い髪をしたその少年には、見覚えがある。
彼の名前は、阿佐人・悠輔。悠里とは違う世界に住む少年。
なんだろう、この気持ち。
鼓動が高鳴り、思わず悠里は右腕で自分の胸を押さえた。
何? どうしよう……。
呼吸が乱れていく様がわかる。
「……あ、えーと、その、ですね……よろしかったら、俺と一曲、踊ってもらえないでしょうか……」
ダンスの誘いは全て断ってきた。
上手く踊れる自信、ないし。
どんな相手でも断るつもりでいたけれど……。
頬がたまらなく熱い。
高まる気持ちに抗えず、悠里は悠輔の申し出に「はい」と答えた。
悠輔が悠里の手をとって、音楽の流れる舞台の方へと向った。
二人の指と指が絡み合い、穏やかな音楽に乗って、ゆっくりと動き出す。
二人の顔が、呼吸の音が聞こえるくらい近付く。
でも何故か、それが普通のような気がした。
1曲のつもりが、何曲も。
二人は踊り続けていた。
やがて、周囲が暗くなる。
音楽が、より静かで穏やかなものとなり、周りが静まり返る。
「これから少しの間、恋人達の時間です」
アナウンスは二人の耳には入らなかった。
絡めていた手を離し、悠輔が悠里を抱き取った。
「俺……君のことが好きみたいだ」
言葉がとても心地よい。
心が熱い。
大きく息をついて、悠里もまた悠輔をぎゅっと抱きしめる。
「私も、あなたのこと、好きですぅ」
こんなに愛情が溢れる理由はわからないけれど。
互いが互いを愛している。
きっと、今日出会うその前から。
君は自分の愛すべき人物なんだ――。
**********
夢から覚めるように、恋人達の夜は終わりを告げる。
抱きしめていた彼の姿はもうない。
だけれど、確かに存在している。
ここではない場所に。
風の声が聞こえた気がした。
誘われるように、悠里は空を見上げた。
東京の曇空だ。
彼もこの空を見ているのかもしれない。
この淡い月を、見ているのかもしれない。
微笑んで、悠里は言ったのだった。
「甘美な夢を、ありがとう」
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0098 / 広瀬・悠里 / 女性 / 17歳 / 神聖都学園高校生】
【5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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甘いパーティーにご参加ありがとうございます。
悠輔さんと過ごした夜はいかがでしたか?
悠里さんが変な男達の毒牙にかからすにすんで、よかったです。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
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