【One second to tick away：Side M・S】
●夏夢
――夏が、来る。
眩しい陽光に揺れる一面の向日葵に、染み入るような蝉の声。
涼を求めた岸辺であがる、水飛沫と歓声。
あるいは祭囃子に、縁日屋台。
夜には鮮やかな炎の芸が、大輪の花を空に咲かせ。
時には、揺らめく蝋燭の火に儚い思いを重ねる。
辿る幾多の記憶は、尽きず。
これより迎える記憶も、また尽きない。
……そして。
今年も熱い、夏が来た――。
●瞬間の記憶
そこに刻まれているのは、様々な表情。
そして同時に、沢山の思い出。
熱い砂浜で、砂に埋められてみたり、埋めてみたり。
普段、のんびりと見る事が出来ない海中の光景を満喫し、餌を片手に魚と戯れてみたり。
夜には、空へ大輪の花を咲かせる花火を、口を開けっぱなして見上げたり。
神社のお祭りでは、綿あめ、焼きもろこし、リンゴ飴なんかを片手に屋台を回り。
「この後、叢雲君が射的やったんですよね。最初はマグレ当たりだって笑ってた射的屋のおじさん、景品がなくなりそうになって、すっごい慌ててっ」
ガラステーブルの上に広げた写真の一枚を手に取りながら、その時の事を思い出して不知火真琴はくすくすと笑った。
「全部取る気は、なかったのですが……あの時は『誰かさんの戦利品』で、手一杯でしたし」
テーブルを挟んで一緒に写真を見ていた叢雲が、しれっと当時の状況を克明に語る。
率先して真琴は屋台を渡り歩き、特に食べ物系の店の前では足を止めては買い物を繰り返し。結果、一人で食べ切れるのか疑問になるような屋台名物の数々を、何故か叢雲が預かって歩く事となった。
そんな状態で、更に身長1mのヌイグルミや、その他もろもろの景品を持ち帰る気なぞ、叢雲にはさらさらなかったのだが。
「でも、挑まれれば挑戦してみたくなりませんか？」
「あははっ。判ります、それっ」
彼の『主張』に同意してひとしきり笑った真琴は、写真を見ながらぽふんとソファへもたれる。
「それにしても、今年の夏は沢山遊んだね〜」
ぽつりと落とした呟きに、手にしたカメラのファインダーを覗き込んでいた叢雲が顔を上げた。
「そうですね」
答えながら彼はカメラをテーブルに置くと、散らばった写真を集めて向きを揃え、ガラスの上でトントンと叩いて綺麗に整える。
その間、部屋の主は両手を天井へ突き上げ、ソファの上で一つ伸びをした。
二人がいるリビングは、中央に白と水色のストライプ柄のカーペットを敷き、そこに大きめのガラステーブルを置いている。
外は暑いが部屋の中は適度な空調が効いていて、真琴の同居猫たる黒猫シオンは木目のフローリング床に伏せ、退屈そうに長い尻尾を時おり揺らしていた。
「ん〜。叢雲君、ちょっとお腹すきません？」
ソファの背もたれへ思いっきりもたれていた真琴が、不意に尋ねる。
叢雲が持ってきた写真を見ながら、その時の記憶をぽつぽつと語り合い、懐かしんだり笑ったりしていると、午後も結構な時間が過ぎていた。
「では、何か作りましょうか」
「ん〜……そこまでは減ってないです、ね」
揃えた写真の束をカメラの隣に置いて叢雲が聞けば、空腹具合を確かめているのか、腹を手でさすりながら真琴は首を振り。
そして、彼より先に立ち上がる。
「下のコンビニで、何かつまめるものを買ってきますよ」
「荷物持ちは、いります？」
「うち一人で、たぶん大丈夫。代わりにお留守番、お願いしていいですか？」
人差し指を口元へ当てて尋ねる真琴に、彼は笑んで頷いた。
「判りました。シオン君と待っていますよ」
叢雲の快諾を聞いた部屋の主は、寝そべる黒猫の傍らにひょいと腰を落とす。
「シオン君、叢雲君の相手をお願いしますね」
返事の代わりに耳をぴっぴと動かすシオンの喉を撫でてから、「行ってきます」と真琴は玄関へ向かった。
○
兵舎やマンションの中にも店はあるのだが、品揃えがイマイチ気に入らず。
外へ出ると、気分転換も兼ねてちょっと足を伸ばす。
通りを歩いていると、何故かすれ違う人達には浴衣姿が多い。
友達同士で仲良く浴衣を披露しあっている少女達や、親に手を引かれた幼い女の子。
浴衣の裾さばきも気にせず、からんころんと引きずるように下駄を鳴らして歩く青年達。
夏らしい光景を微笑ましく眺めながらコンビニに入ると、涼しい空気が真琴を包んだ。
袋菓子や駄菓子の棚を覗き、アレコレと気になった物を掴んでいくと、両手はすぐにいっぱいになり。
途中でそれらをカゴへ放り込んだ彼女は、今度は保冷庫のアイスクリーム棚とにらめっこを始めた。
「……ま、いいですよね。叢雲君が食べないなら、後で食べればいい事ですし」
小さく呟いて結論を出し、取っ手を掴んでガラス扉をぐいと引く。
ひんやりした空気に触れながら、気になったアイスを真琴はひょいひょいとカゴへ入れた。
いっぱいになったカゴに満足しながら、ついでにペットフードの棚も経由して、レジへ到着する。
そこでようやく、店員の後ろの壁に貼られた『LH納涼花火大会』のポスターに気が付いた。
「ここでも、花火やるんですね」
「はい。能力者の人達の要望とか何かだそうですよ。偉い人達の都合で、規模は大きくないみたいですけど……ちょうど、今日ですね」
ピッピッとバーコードを読み取る電子音の合間をぬって、店員が手短に説明する。
「ふ〜ん。それで……」
浴衣で出歩く人が多い理由が判って、頷きながら彼女は財布を開いた。
「ありがとうございました〜」
一礼するコンビニ店員に真琴は軽く会釈を返し、両手にビニール袋をぶら下げて店を出る。
涼しいコンビニにいたせいで、外の空気はムッと暑く感じられ、アイスが溶けないように彼女は早足で帰宅の道を急いだ。
○
表札に『7201』と書かれたドアの前で、呼び鈴を鳴らす。
そのまま少し待ってみるが、中から開く様子はなく。
「……あれ？」
何の反応もないドアに、真琴は小首を傾げた。
手が離せない用事の最中なのか、もしかすると熱心に本を読んでいるのかもしれない。
それならそれで、何度も呼び鈴を鳴らして邪魔をするのも悪く。苦心しながら膨れた二つのビニール袋を片腕に通し、開いた方の手でポケットのカードキーを探した。
カードリーダーへキーを通すと、そっと体重をかけてドアを押し開ける。
部屋の中では、誰かが動き回っているような様子はない。予想の後者が当たったかな〜などと考えながら靴を脱ぎ、爪先立ちの忍び足で扉を抜けてリビングを窺った。
帰ってきた主の姿を見つけ、尻尾を立てて彼女の足元をぐるぐる回るシオンへ、静かにするようシーッと身振りで示し。
ひとまずビニール袋を扉の脇へ、そっと置く。
留守を任せた叢雲は、彼女の帰宅に気付かぬ様子で、カーペットの上に寝そべっていた。
息を殺して更に近寄ると、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。
「むーらーくーもーくーん？」
小さな声で呼びかけてみるが、閉ざされた目蓋が開く様子はなく。
「転寝なんて、珍しいですよ？」
呟きながら軽く指先で頬をつついてみるが、それでもやっぱり起きる気配はない。
「……疲れているのかなぁ」
テーブルに肘をついて、無防備な幼馴染の寝顔をしばし眺め。
気持ちよさげに寝ている様子を眺めるうちに、つられて真琴も小さな欠伸を一つ。
その時、ガサリとビニール袋が擦れる音に、買ってきた物の存在を思い出す。
「あ……アイス、忘れてました。シオン君、ありがとうございます」
袋に好奇心を示していた愛猫に礼を言いながら、立ち上がった真琴はビニール袋を手にキッチンへ向かった。
まだ無事だったアイスを冷凍庫へ入れて、残るお菓子はひとまずテーブルに置き、それから寝室へ移動する。
やがてたたんだタオルケットを両手で抱えて、彼女はリビングに戻ってきた。
寝返りを打ったのか仰向けになり、相変わらず眠りこけている叢雲を起こさぬよう、そっと真琴は傍らへ腰を下ろす。
そして注意深く、抱えたタオルケットを広げた。
「……外みたいに暑くないですし、いいですよね」
誰に断りを入れるでもなく、小声で企んでから彼女はのん気に眠る叢雲の隣へ寝そべり、見た目より意外と厚い胸板に頭をもたせかけてみる。
規則正しい寝息と鼓動、自分より少し高い体温は、程なく真琴にも緩やかな眠気をもたらし。
心地よいまどろみに青い瞳を閉じて、彼女はぼんやり思い出していた。
彼が自分の傍からいなくなった、去年の秋。
そして、一緒にいる今。
――来年の今頃、二人はどうしているだろう。
別々かもしれないし、変わらず一緒にいるかもしれない。
たとえ来年は一緒にだったとしても、この先……一緒にいる夏が、何度巡ってくるか判らない。
――わからない、けれど。
自分と彼は『幼馴染』だけど、『恋人』じゃない。
だけど、そもそも『恋』とか『愛』とか『友情』とか、とらえようのない感情に名前をつけて線引きするなんて事を、一体誰が考えたのか。
自分にとって、彼は『大事な存在』なのだ。
だから我が侭だって言うし、時には辛辣な意見をぶつけ合い、たまには喧嘩もして……ついでに意地悪も、ちょっぴりする。
それが出来る彼が『大事だから、大事』なのだ。
――今はただ、一緒にまどろむ事の出来る距離にいる幸いを、大切にしたい、な。
眠りの波間をゆらゆらと漂う思考は、やがて泡のように砕け、拡散する。
午後の気だるい空気に、穏やかな寝息の二重奏だけが微かに奏でられていた。
○
日が暮れても明かりの点かない部屋に、ちりちりんと小さな鈴の音が鳴る。
青い瞳と、緑の瞳。
一つづつ色の違うオッドアイで、黒猫は主人とよく構ってくる遊び相手を観察していた。
音もなく床の上を歩きながら、二人の間へ割り込むかどうしようか少し考えたが、暑そうなのでやめる事にする。
代わりにシオンは身を低く構えて勢いをつけ、テーブルの上へひょいと飛び上がった。
ヒゲを震わせて匂いをかぎ、大事そうに遊び相手が熱心に触っていた黒っぽい物体に好奇心を示す。
軽く前足でつついてみれば、カタンと思いがけぬ音がして、それは向きを変えた。
反射的に身を屈め、逃げ出す用意をしながら、少し様子を窺い。
どうやらそれ以上は動かないと判ってから、再び近付いてみる。
匂いを嗅いでから思い切って前足をかければ、パシャッとあまり耳慣れぬ音がした。
慌ててテーブルから飛び降り、距離を取ると、機械は直後に何かやらジーッと唸り。
その音も、すぐに止まる。
耳をピンと機械の方に向け、色違いの瞳を大きく見開いた黒猫は、しばらくじっと様子を窺うが、音がした後は特に何の変化もなく。
変化のない相手に興味を失ったシオンは、何度か前足で顔をぬぐい。
それから自分の寝床がある寝室の扉へ前足をかけて伸び上がり、開いた隙間へ身を滑らせた。
静かな暗い部屋で、不意に色とりどりの光が散らばり。
遅れて、どんっ、ごろごろと、雷の様な振動が響く。
空に開くは、去り行く夏を惜しむ炎の花。
一瞬を彩った光の粒は、淡く夜空に散り、尾を引きながら消え去っていった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【ga2494／叢雲／男性／外見年齢22歳／スナイパー】
【ga7201／不知火真琴／女性／外見年齢24歳／グラップラー】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせ致しました。
「なつきたっ・サマードリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
夏の思い出を話しながら、まったりと過ごす夏の午後――という雰囲気になりました。
ノベルの冒頭と、最後のシーンの一部が共通部分となっており、それ以外は個別の視点で書かせていただいています。そして真琴さんの部屋の間取りについては、こっそりと兵舎を参考にしてみたり。
お二人の意地悪の応酬なんかも、もう少し山盛りにしてみたかったのですが、書き始めるとそれだけでエライ事になりますので、適度なところに落ち着けてみました。
また折角の機会ですので、コンビニへの買い物風景など、いつものリプレイではあまり書く機会のない、「普段の生活」という側面も書かせていただいています。
心情系の描写が多くなっていますので、もしもイメージとかけ離れているなどありましたら、遠慮なくリテイクをお願いします。
最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
（担当ライター：風華弓弦）
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