なつきたっ・サマードリームノベル
アンドレアス・ラーセン



【Great friend vacation/Defender】

●夏夢

 ――夏が、来る。

 眩しい陽光に揺れる一面の向日葵に、染み入るような蝉の声。
 涼を求めた岸辺であがる、水飛沫と歓声。

 あるいは祭囃子に、縁日屋台。
 夜には鮮やかな炎の芸が、大輪の花を空に咲かせ。
 時には、揺らめく蝋燭の火に儚い思いを重ねる。

 辿る幾多の記憶は、尽きず。
 これより迎える記憶も、また尽きない。
 ……そして。

 今年も熱い、夏が来た――。


●親友バカンス
 ぐんなりするような、暑さの中。
 スタジオを兼ねた部屋に帰ってきたら、リビングの真ん中にちんまりと金髪わんこが鎮座していた。

 ――思考フリーズ状態から、解凍までの所要時間は約数秒。

 ……慣れている。
 慣れているのだが、久し振りな不意打ちをかけられる事には、慣れていない。
 ようやく状況を把握すると、家主の帰宅に金髪わんこは見えざる尻尾をぶんぶん振り。
「アス、海に行こーっ!」

 ――満面の笑みでたたみ掛ける訴えに、復旧しかけた思考は再びハングアップした。

   ○

「わーい、海だー!」
「おー、絶景絶景ッ!」
 どこまでも青い光景の中へ、歓声をあげて同時に駆け出す、20代後半の男二人組。
 競うように寄せる波へ正面から突っ込んで、思いっきり飛沫を散らす。
「んー、気持ちいいーっ」
 波打ち際から一気に腰が沈むあたりまで進むと、感触を楽しむようにハバキは両手で水を叩き、あるいはすくい上げた。
「暑いのはアレだが、やっぱ夏はいいなぁ……」
 額に手をかざし、身を焼くように照らす眩い太陽をしみじみとアンドレアスが見上げる。
 彼の傍らでは、身を屈めるようにざぶんと頭の天辺まで海へ潜ったハバキが、水をくぐって顔を出し。
「ぷはぁ!」
 大きく息を吐くと、ふるふると犬のように頭を勢いよく左右に振った。
「ちょ……冷てぇだろ、ハバキッ」
「アスも潜ったら? 楽しいよ」
 跳ね上げた水滴がかかり、抗議するアンドレアスの言葉をがっつり無視して、無邪気な微笑みを返す。
 僅かに前傾姿勢を取って肘を曲げ、手の平を上にして水へ浸し。
 屈託のない笑顔へ、力いっぱい水をかけ返した。
「うぇ、しょっぱ〜っ!」
「そりゃあ、海の水だからな」
 濡れた手で顔を拭っても大差はなく、上目遣いで見返すハバキにアンドレアスがニッと笑ってみせる。
「えぇい、仕返しー!」
 のん気に笑っていると、報復攻撃が顔面に直撃し。
「こらっ。先に水を飛ばしたのは、そっちだろーがッ」
「そっちが、ぼーっとしてるからだろーっ」
「別に、ぼーっとしてねぇよッ」
「してたっ。あと水を飛ばしたのは、アスのが先だからっ」
 他愛もない事を言い合いながらバシャバシャと掛け合い、二人が撒いた水飛沫が陽光を反射した。

 ある意味、不毛な男同士の水の掛け合い合戦の後。
「あー、休戦休戦。一休みだ」
 水を滴らせる前髪をかき上げ、後ろで束ねた長い髪を振りながら、先にアンドレアスが音を上げた。
 ざぶざぶと水を分けて来た方向へ戻る背中を、じーっとハバキは緑の瞳で追いかけ。
「と〜ぅ」
「ぐあぁッ!?」
 後ろからぶら下がる重量に、当然バランスを崩すアンドレアス。
 どぼーんと盛大に水柱を上げてひっくり返った後、浮力に助けられながら、水面へ顔を出す。
「ビックリした?」
 首から背中へぶら下がった背負ったままのハバキは、楽しげにからからと笑った。
「お前は、おぼれさせる気か!」
「だってアス、疲れたとかって言って逃げる気だろ?」
「そうは言うが、俺も来年は30代突入だぜ」
「でも、来年までは20代だから問題ナシ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
 水かけ合戦の次は口での『戦闘』を続行しながら、背中にハバキをぶら下げたアンドレアスは、ダルそうに波打ち際へ戻ってくる。
 さすがに陸へ近付くと、おんぶお化けと化していたハバキは友人の背中から手を離した。
「アス……あれ、あそこ」
 ちょいちょいと肩をつつくハバキに、何事かと足を止めて振り返れば、きらきらと瞳を輝かせて人々が遊ぶ砂浜を指差し。
「おにゃのこの水着ー、かわいーい!」
「お? 確かに、なかなか……って、お前……」
 含みのある言葉に気付いたハバキは、足首を洗う波を蹴り上げる。
「浮気じゃないよ! 彼女は、別格だから……っ」
 嬉しそうに、そして誇らしげに、二つほど年下の友人は胸を張った。
 それから数歩進んで、足を止めたまま友人に気付いて振り返れば、アンドレアスが目を細めるように彼を見つめている。
 ――その表情は、さっきの太陽を見る仕種とどこか似ていて。
「ジュース、買ってくる! さっき塩水飲んじゃったから、口直しにアスのおごりで。決定!」
「こら、勝手に決めるな」
 半ば無駄とは思いつつ抗議してみるが、ビーチサンダルを引っ掛けたハバキは楽しげに砂を蹴って駆け出した。
 相変わらず、元気無尽蔵なわんこを思い出させる後ろ姿を笑って見送り、アンドレアスは大きく息を吐く。
「……暑ぃ」
 海から陸へ戻れば、太陽は再び北欧育ちの長身痩躯を容赦なく焼き。束ねた髪から水を落としながら、アンドレアスは木陰へ足を向けた。

 乗っけた麦藁帽子を取り、広げたレジャーシートに腰を下ろす。
 そのままごろりと寝そべると、アンドレアスは長い手足を伸ばして大きく伸びをした。
「んー、もう年かも…ッ」
 ボヤきと共に深く息を吐いて、日よけ代わりに麦わら帽子をぽんと顔の上に乗っけた。
 そのまま目を閉じれば、浜遊びに興じる声に混じり、寄せては返す波の音が耳へ届く。
 ざわざわと葉擦れの音がすれば、木々の間を渡ってきた涼風が、火照った身体をさらりと撫でて吹き抜けていった。
 はしゃいだ後の軽い疲労と、風のそよぎ。そして木漏れ日の熱を感じながら目を閉じ、絶え間ない波の繰り返しへ耳を傾ける。
 過ぎる時間を捉える感覚は鈍くなり、心地よい気だるさに任せるまま、ぼんやりとアンドレアスは夢と現の狭間へ意識を漂わせた。

 それから、幾らかの時間が経過して。
 漠としたまどろみの時間は、何の前触れもなく破られた。
「だぁ……ッ!?」
 脇腹へ押し当てられた冷たい感触に、麦わら帽子を飛ばして、反射的に身を引くアンドレアス。
 缶を傍らへ置いたハバキは思いっきり笑いながら、落ちた麦わら帽子を拾って砂を払う。
「ぷははっ、もしかしてアス、寝てた?」
 目に浮かんだ涙を拭うハバキを、アンドレアスは恨めしそうに見上げた。
「……っまえ、なぁ……寝てねーけど、半分寝てたぜ」
 前髪をかき上げながら口を尖らせ、それから缶へ目をとめる。
「……ビールじゃねぇ」
「おごられるんだから、文句言わない」
 笑いながら、ハバキは炭酸飲料の缶を突き出し。
 半ば眠そうにアンドレアスはじっと缶のロゴを凝視した後、おもむろにごろりと寝返りを打って、背を向けた。
「もしかして、拗ねた?」
 寝転んだまま尋ねる言葉を無視していれば、さらさらと足にくすぐったい感触が流れ落ちる。
 不審に思って半身を起こせば、足元でハバキはガシガシと両手で砂を掘り。
「埋めようとするなー!」
「え?」
 にこやかな表情で、問い返すハバキ。
 レジャーシートからはみ出た足は、既につま先からふくらはぎ辺りまで砂が盛られていた。
「だって、せっかくジュース買ってきたのにアスはいらないって言うし、寝そうだし!」
 ぶーっと頬を膨らませるハバキに、ぱったりと起こした上体を倒す。
 そのまま、二人の間にしばしの沈黙が流れ。
「ちょ、あーそーぼーおーよーっ? アースーっ!」
「うるせーぞ! 相手してやるから、泣くな!」
 砂を叩いて固めながらハバキは訴え、埋められる前にアンドレアスが折れた。

   ○

 男二人、砂の上で並んで座りながら、すっかりぬるくなったジュースを煽る。
「不味い」
「すぐ飲まないからだよ」
 文句を言うアンドレアスに笑ってから、ハバキは立てた膝を引き寄せ、顎をのっけた。
「今度は、ボード持って来たいね」
「ああ、ビート板か」
「ちがーう、サーフボードだってばっ」
 頬を膨らませて訂正するハバキに、今度はアンドレアスがけらけら笑う。
 喉の奥で唸ってもまだ彼は笑い続け、遂にハバキが脇腹を小突いて『実力行使』した。
「……アス?」
「ん?」
 ひとしきり笑って一息つくと、おもむろにハバキから口を開く。
「あのさ。今日、楽しかった?」
「まぁな」
 短く、そっけない即答。
 だがそれで満足だと言わんばかりに、無邪気な笑顔をハバキは返した。
「よかった」
 午後もかなりの時間を過ぎ、浜辺で遊ぶ声は随分と減ってきている。
「夏は……いいよな。夏の海は、もっといい」
 呟く言葉に、隣の友人へ目をやってハバキは小首を傾げた。
 缶を手に片膝を立て、アンドレアスは水平線を眺めている。
「俺の地元は、港町でさ。年のうち4分の3は馬鹿みたいに寒くって、昔の栄光にしがみついてる古い街」
 言葉を切って、缶を口へ運んだ。
 生ぬるい感触が、喉を滑り落ちる。
「いつ見ても、海は灰色で。早く街を出たくて、しょうがなかった。けど、やっぱ俺は、今も海が好きなんだよな」
 ――目の前の澄んだ青い海も、あの灰色の冷たい海も。
「俺の育った街は、昼も夜もないくらいやたらと賑やかで、夏は馬鹿みたいに暑い街だったよ。海も、陽気で、だだっ広くて……でも」
 隣で懐かしげに呟くハバキは、ふと遠くを見るように目を細めた。
「其処も此処も、繋がってんだよな」
 さらりと、潮風が髪を撫でる。
 休むことなく打ち寄せる波は静かで、昼間の喧騒が嘘のようだ。
 さんざん熱を撒き散らした太陽は西へ傾き、海も空も赤く染まっていく。
「なぁ、ハバキ。帰るトコがある、って実はすごく……」
 しばらく海と空の境界を眺めていたアンドレアスは、言葉を口にしてから友人へ目をやり。
 思いっきり、眉間に縦ジワを浮かべた。
 立てた両膝へハバキは頬をのせ、ほのかに口元へ笑みを浮かべて目を閉じていた。
 そのまま様子を見ていると、やがて丸めた身体がかしいで、こつんとアンドレアスへもたれかかる。
「……おい、こら」
 声をかけるが、もたれかかった相手から返事はない。
 その代わり、くかーとのん気な寝息が聞こえてきた。
「寝てんのかー!」
 一瞬、蹴飛ばしてやるか、それとも砂へ埋めてやるかと、良からぬ企みがアンドレアスの脳裏を去来する。
 だが呆れるほど楽しげな寝顔に、彼は肩を落として大きな溜め息を一つ吐き。
 それから、癖のある柔らかな金髪をくしゃりと大きな手で撫でた。
「そうだな。今度は、ボード持ってくるのもいいな」
 サーフィンなら、波に乗るのに夏も冬も関係ない。
 ただ、そこまで体力がもつか、はなはだ疑問だが。
 やや己の持久力に不安を覚えつつ、寄りかかる適度な重さと体温を感じながら、アンドレアスは海の向こう側へ沈む夕陽を眺める。

 完全に大要が落ちてしまえば、さすがに冷えてくるだろう。
 それまでは、そっと寝かせておくのもいい。
 自分以上にアレだけ騒げば、遊び疲れるのも当然といえば当然だ。
 ……何より、友人を背負って帰る事に、自慢ではないが自信はない。

 そんな他愛もない事を考えながらアンドレアスは麦わら帽子の砂を払い、ハバキの頭にのせる。
 人の気配が少なくなった砂浜の上には、座る二人の影が長く伸びていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ga5172/空閑 ハバキ/男性/外見年齢22歳/エクセレンター】
【ga6523/アンドレアス・ラーセン/男性/外見年齢28歳/サイエンティスト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変長らく、お待たせ致しました。完成がずいぶんと遅くなって、申し訳ありません。
「なつきたっ・サマードリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 何か電波がピピッと飛んできたので、初っ端から飛ばし気味になっていますが。ががっ!
 弄り大歓迎という事で、相当ノリで書いています。お二人の掛け合いが楽しかったので、個別シーンの部分は少なめとなりましたが……(汗)
 もしも「コレはちょっと違う」なトコロがありましたら、遠慮なく容赦なくリテイクをお願いします。
 さて、風華流(?)な残念な場面、如何でしたでしょうか? なんだかんだ言いながらも、アスさんはキレる方だと思う風華。もちろん、いい方のキレ具合です。
 CTSの方では、今年もライブ系シナリオへのご参加、ありがとうございました。ライブを書くのは好きなのですが、なかなかシナリオを出す機会が難しく。またご縁がありましたら、その時はよろしくお願い致します。
 最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)


written by 風華弓弦