豪華絢爛・豪華客船ツアー
『夏も終わりに近づき、今年の夏の運を試してみませんか?』
これは近くのスーパーで配布されていたチラシ。
2000円以上の買い物をすれば『くじ』が引けると書いてあり、その特賞が『豪華客船ツアー』だった。
何でも今回はモニター募集の為にくじの景品にされているのだとか‥‥。
「まるで豪華ホテルのような設備、あなたもお試し下さい――か」
チラシを見ながら呟く。
手元には2000円以上購入した証のレシート、ちょうど一回だけだがくじが引ける。
「当たらないだろうケド‥‥」
でも何処かで期待している自分に苦笑する。
そして‥‥。
「特賞! 大当たりだよ!」
がらんがらんとベルの音と転がってきた金色の玉を見て、ぽかんとするだけだった。
視点→レイン・シュトラウド
「‥‥当たった? 豪華客船ツアーが?」
頭に響くベルの音と係員のやや興奮気味の表情などレインには届かず、彼は驚いたように固まりながら小さく呟いた。
「ペアチケットだからね。誰か誘って一緒に遊びに行くといいわよ」
係員のおばちゃんが『豪華客船ツアー』と書かれた封筒をレインに渡しながらにこにこと笑顔で話しかけてくる。
「‥‥ペア、か」
封筒を見ながらレインが小さな声で呟く。そこで彼の頭に思い浮かんだのは最近オペレーターに転向した室生・舞だった。
「この前は悪い事をしてしまいましたからね。舞さんが喜んでくれるといいのですが‥‥」
呟きながらレインは携帯電話を取り出して『舞さん』にカーソルを合わせて通話ボタンを押す。呼び出し音が数回鳴った後に「もしもし?」と恐らく電話の向こうでは首でも傾げていそうな口調で舞が電話に出た。
「もしもし、レインですけど‥‥実は豪華客船ツアーのチケットが当たったんです、それで‥‥その、もし良かったら一緒に行きませんか? この間は怖がらせてしまいましたし、そのお詫びも兼ねてなんですけど」
「え‥‥あの、ボクが一緒に行ってもいいんですか?」
電話の向こうからは舞の少し驚いた声がレインの耳に響いてくる。
「はい、もちろん舞さんが良かったら――なんですけど」
レインの言葉に「行きます、一緒に行きたいです」と少し慌てたような口調で舞が言葉を返してきた。
「それじゃ一緒に行きましょう。えぇと、日時は‥‥」
チケットに書かれている日時を舞に告げて「迎えに行きましょうか」とレインが言葉を付け足すと‥‥。
「あ、大丈夫です。ちょうどその近くに用事があったので現地集合と言う事でいいですか?」
「分かりました、それじゃ当日が楽しみですね」
そう告げてレインは電話を切り、チケットを見て少しだけ微笑んだのだった。
そしてツアー当日‥‥。
「あんまり人はいないんですね、もう少し賑やかなのかと思ってました」
豪華客船が停泊している港までやってくると、自分と同じようにチケットを持った人間達が多々いるのだけれど、レインが予想していたほど大人数ではなかった。
恐らくはあまり大勢にならない程度の人数分のチケットを用意して、ゆっくりと客船ツアーを楽しんでもらえるように――という企画会社側の配慮なのだろう。
「あ、レインさん、こんにちは」
緑色のシフォンドレスに身を包んで、髪の毛を同じ緑色のリボンで結った舞が小走りで駆けて来る。
「良かった、普段着か正装か迷っちゃったんですけど‥‥レインさんも正装で来たんですね」
にっこりと笑って舞が呟く。レインの服装、それは黒の燕尾服にネクタイというかっちりとした正装だった。
「こういうの、久しぶりに着ましたけど、おかしくないですか?」
能力者であるレインは普段滅多に正装する事はないため、少し窮屈そうに舞に問いかける。
「いいえ、凄くかっこいいですよ――‥‥って、あの具合でも悪いんですか? 顔が赤いですけど‥‥」
舞がかくりと首を傾げながら問いかけると「あ、いえ、その‥‥」とレインは手を口元に置いて、少しだけ口ごもってしまった。
「‥‥あまりに綺麗だったものですから」
レインの言葉を聞いた後、舞は目をぱちくりとさせて、そして今度は舞が顔を赤くする番だった。
「あ、ありがとうございます」
舞が呟いた時にまるで角笛のような汽笛が鳴り、レインと舞は慌てて入場受付を済ませて客船の中へと足を踏み入れたのだった。
「それでは、行きましょうか」
男性らしくレインは舞をエスコートしながら客船の中を歩いていく。途中で「あら、可愛いカップルさんね」と上品そうな女性に声をかけられて、二人は再び顔を赤くする。
「あ、船の中を見て回る前に荷物置いて来てもいいですか?」
舞はハリセンキーホルダーのついた小さなボストンバッグをレインに見せながら問いかける。
「そうですね、荷物持ったままじゃ動き回るのに邪魔ですし‥‥置いてから色々見ましょう」
今回のツアー、それは一泊旅行のようなものだった。客船の中に決して大きくはないけれど高級ホテルを思わせる家具が置かれた個室が用意されている。
最初は二人とも戸惑ったけれど、客船の事も、一緒に行ける人の事も楽しみだったのであまり気にしないようにした。
そしてフロントのような所で個室の鍵を受け取り、用意された個室へと移動する。
「何か本当に高級ホテルみたいですね、ツアーが終わったらどんな人たちがこの船を使うのか少し興味があります」
舞が苦笑しながら呟くと「確かに、あまり普段から実用性のある物とは思えませんしね‥‥」と廊下に置かれた高そうな壷や絵画を見ながら言葉を返した。
そして荷物を置いて「カフェに行きましょうか」とレインから手を差し出されて、舞は嬉しそうにレインの手を取って「はいっ」と言葉を返した。
カフェ、甲板の半分に細工の施された白い椅子やテーブル、そして驚いたのは生のオーケストラ演奏を聴きながら珈琲や紅茶を飲んで優雅に出来る事。
「お飲み物は何にしましょう?」
髪の毛をきっちりとしたウェイターが二人に問いかける。
「ボクは紅茶を、舞さんはどうしますか?」
「あ、ボクも紅茶でお願いします」
かしこまりました、ウェイターは丁寧に頭を下げて後ろへ下がっていく。
「何かこういう風に音楽を聴きながらっていうのもいいですね」
レインがポツリと呟くと「はい、ボクこういうのって初めてだから凄く新鮮です」と舞も演奏している人達を見つめながら言葉を返した。
「向こう半分はツアー客の為に甲板が開放されているみたいです、後から行ってみませんか?」
ウェイターが届けてくれた紅茶を飲みながらレインが舞に問いかけると「ボクも行ってみたいですから」と舞も紅茶を飲みながら言葉を返した。
それから暫くの間、オーケストラを聴きながら紅茶を楽しみ、甲板へと二人は移動したのだった。
「海風が気持ちいいですね」
もう日が暮れてきて、昼間のような暑い日ざしは感じられない。感じられるのは心地良く頬を掠める風だけ。
「そうですね♪ しかも今日は満月です、何か凄く得をした気分です」
舞が悪戯っぽく笑って空を見上げて呟く。
「確かに。海の上から見る月は、また違って見えてきますね」
レインは白銀のハーモニカを取り出しながら演奏を始める。
「あっちのような演奏には程遠いかもしれないですけど‥‥」
苦笑してレインが呟くと「いいえ」と舞はすぐに言葉を返してきた。
「オーケストラの人達には悪いですけど、ボクにとってはレインさんの演奏の方が好きです」
その言葉にレインは頬を少し赤らめながら演奏を続ける。
「今日みたいな月の綺麗な夜に、こんな豪華な船で過ごせるなんて――レインさん、ありがとうございます」
舞がレインにお礼を言うと、レインは先ほどよりも頬を赤く染めながらポツリ、ポツリと言葉を紡いでいく。
「‥‥でも、月や星よりも舞さんの方がずっと綺麗ですよ」
レインの言葉に「あ、ありがとうございます」と舞が顔を真っ赤にしながらお礼を言う。「そこの可愛いカップルさん、今回の記念に写真はいかが?」
カメラを構えた男性に話しかけられて、二人は記念に写真を撮ってもらう事にした。
「そろそろ部屋に帰りましょうか、夏といえども夜は冷え込むかもしれませんし」
レインが手を差し出しながら舞に話しかけると「はいっ」と舞もレインと同じくらいに顔を真っ赤にしながら豪華客船ツアーは終了していったのだった。
そして次の日、レインは舞を編集室まで送っていった。
「送ってくれてありがとうございました、中でお茶でも飲みますか?」
折角の舞の申し出だったけれど「いえ、今日は帰ります。舞さんもゆっくり休んで下さいね」とレインは言葉を残し、編集室を後にしたのだった。
帰り道、レインは客船で撮ってもらった写真を見た後に空を仰ぐ。
「そろそろ、ボクの気持ちを舞さんに伝えてみようかな?」
小さく呟いたレインの言葉を聞くものは誰もいなかったのだった。
―出演者―
ga9279/レイン・シュトラウド/15歳/男性/スナイパー
―特別出演―
gz0140/室生・舞/15歳/女性/オペレーター訓練生
――――――
レイン・シュトラウド様>
こんにちは、今回執筆させていただきました水貴です。
いつもご発注ありがとうございますっ♪
今回は豪華客船シナリオでしたが、内容の方はいかがだったでしょうか?
ご満足して頂けるものに仕上がっていれば良いのですが‥‥。
それでは、今回は書かせて頂きありがとうございましたっ。
2009/8/19
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