【Method to Jump Highly】
●夏夢
――夏が、来る。
眩しい陽光に揺れる一面の向日葵に、染み入るような蝉の声。
涼を求めた岸辺であがる、水飛沫と歓声。
あるいは祭囃子に、縁日屋台。
夜には鮮やかな炎の芸が、大輪の花を空に咲かせ。
時には、揺らめく蝋燭の火に儚い思いを重ねる。
辿る幾多の記憶は、尽きず。
これより迎える記憶も、また尽きない。
……そして。
今年も熱い、夏が来た――。
●膝を抱くのは
広がった濃い青空の一角に、灰色の雲が湧き立った。
灰色の雲は、見る間に膨張を始め。
あっという間に青い空を覆い、埋め尽くしていく。
一天にわかに、かき曇る……まさに、そんな光景だ。
時を同じくして、窓に大きな雨粒が一つ二つとぶつかった。
雨粒の数は、見る間にその数を増し。
それと比例するように、灰色の雲も厚みを増して低く垂れ、色が濃くなっていく。
風は唸りをあげて大粒の雨を激しく窓へ叩きつけ、ガラス板を滝のように水が流れ落ち。
5分か10分前まで夏らしい空と強い光に満ちていた光景も、今は濁った鉛色に沈んでいた。
そんな空模様の移り変わりを、緑の双眸がじっと眺める。
水のカーテン越しの見慣れた街並みから、ガラスに反射する人影へと、何気なく視界のピントを合わせれば。
浅黒い肌、短く切った黒髪の女が、緑の瞳で彼女を見つめ返していた。
浮かぶ表情は無く……だが流れ落ちる雨雫のせいで、どこか涙を流しているようにも見えるのは、気のせいか。
薄く浮かんだ虚像を消すように、ぐいと手で窓を拭い。
朧 幸乃は、外の風景に背を向けた。
振り返った自室は、まるで日が暮れたのかと思うほど暗く陰っている。
ここにいるのは、幸乃一人。
降りしきる雨の音以外は、何も聞こえてこない。
灯りも点けぬまま、室内をぐるりと見渡した。
飾り気のない空間の一角に置いた写真立てが、ふと目に入る。
裸足で部屋を横切った幸乃は、木製フレームの写真立てを手に取ってみた。
それは焼き付けられた、遠い記憶の結晶。
撮ったのは、去年のバレンタインに開かれたパーティで。
青い瞳の男の子はあの日と変わらず、明るい笑みを彼女へ向けていた。
写真立てを胸に抱き、壁に背を擦るようにしながら幸乃はずるずるとしゃがみ、冷たいフローリングの床へうな垂れて座り込む。
何かと良くしてくれた『友人』は、いつも人懐っこくて、優しい笑顔を浮かべていた。
でも、何だか笑顔の裏側で……心の奥深くに、触れてほしくないモノを隠し抱いているような気がして。
いつの間にか、幸乃は彼から目が離せなくなり。
……惹かれていた。
過去の感情を単純な言葉で表せば、そういう事になるだろう。
『傭兵』になって、初めて仲間達と迎えたクリスマス。そのダンス・パーティーで慣れない空気に一人戸惑っていた自分へ、あの笑顔と共に声をかけてくれた。
――んと……俺と、踊って、頂けますか……?
どこか照れくさそうで、はにかんだ笑顔と言葉は、今もまだ覚えている。
クリスマスで踊ってくれた礼にとバレンタイン・パーティーへ誘った時も、彼はやはり笑顔で快諾してくれた。
手を引かれ、薔薇の迷宮の出口を二人でくぐったのだけれど。
逆に彼女の思いは、心の内にある迷宮に囚われてしまったようだ。
やがて彼は、彼女の気持ちを知らぬまま、止むを得ぬ事情によりラスト・ホープを離れ。
――そして今はもう、どこにいるかすら、判らない。
結局、淡い感情は伝えられる事なく、そのまま幸乃の内なる迷宮深くへ沈んだ。
だが消えてしまった訳ではなく、記憶を辿れば鈍い痛みを伴って、存在を主張する。
写真を抱いた幸乃は、ぎゅっと引き寄せた膝の上に額を押し付けた。
……きっと私は、彼を忘れる事なんて出来ないんだろう。
いや、出来ないのではなく、忘れたくないのかもしれない。
どれもこれも、一つ一つが大切な思い出だから。
気が付けば、暗い部屋はほのかに明るさを取り戻していた。
耳をすませば、いつの間にか激しく窓を打っていた雨の音が止んでいる。
ゆっくりと顔を上げ、窓の外へ彼女は視線を向けた。
低く流れている灰色の雲はまだ空を覆っているが、薄い雲の間から放射状に光の柱が地上へ伸びている。
天使の梯子、あるいは天使の階段――その自然現象を、そう呼ぶ事もあるという。
降り注ぐ幾条もの光の帯を見ながら、折り曲げていた足を伸ばした。
抱えていた写真立ての表面を、そっと指で拭う。
忘れる事が出来ないのは、確かだ。
でも、いつまでも彼だけを見続けて、笑顔を追い続けていたら、きっと迷惑になる。
この笑顔を曇らせる重荷には、なりたくない、と。
「私も、歩き始めないといけない、よね」
思いを言葉にして、天井を見上げた。
導いて、引いてくれる手がなくても……迷宮を抜け出し、彼とは違う『私の道』を。
もし、その道が彼の選んだ道と、幸運にもどこかで交わることがあれば。
「その時は、また会いましょうね」
もちろん、互いに笑顔を交わして。
だから、伝えられなかった、言えなかった言葉を……今。
「いってらっしゃい」
写真の中の少年へ、小さく送る言葉をかける。
写真立てに収められているのは、封印も、忘れ去りもしない、通り過ぎた記憶の風景。
『朧 幸乃』が積み重ね、『朧 幸乃』を形作る時間の、貴重で大事な1ピース。
足を伸ばして立ち上がり、写真立てをそっとチェストの上に置いた。
短い髪をかき上げると、彼女は踵を返して窓へと歩を進める。
雨に濡れた窓を開けば、雨上がりの匂いと湿った空気が流れ込んだ。
大きく深呼吸をして、その空気を吸い、雲間から覗き始めた青空を見上げる。
胸の底に沈んだ疼痛は、何故かそれと判らぬほどに薄くなっていた。
――私は、私の意志でまだここにいるから。
いつか、貴方の“タダイマ”を……貴方へ“オカエリ”と言える日を、待っているね。
ひとりの、“トモダチ”として――。
天使の階段は、淡く薄く溶けるように消えていった。
厚く垂れ込めていた鉛色の雲も、上空を吹く風に流されて散る。
再び広がった、目も醒めるような蒼穹を、幸乃は緑の瞳で見渡した。
飾りっけのない面立ちに、小さな清しい笑みを浮かべて。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【ga3078/朧 幸乃/女性/外見年齢20歳/グラップラー】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせ致しました。
「なつきたっ・サマードリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
幸乃さんとは、完全に「初めてまして」になりますね。大切な心の転機となる場面を書かせていただき、ありがとうございます。
ノベル作成にあたり、過去のリプレイやピンナップなど、いろいろと参考にさせていただきましたが、如何でしたでしょうか。
イメージに沿うノベルになっていれば、幸いです。
もし何か描写違いや不都合などありましたら、遠慮なくリテイクを出して下さい。
最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
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