Sang residue
「空を彩るは、硝煙か‥‥」
遠くで、争いの報せを聞く。
どうせ彩るのなら、この身を焦がすほどの情熱の華がよいと。
そんな事をそっと心の中で呟きながら。
◇◆◇
しゃくっと大泰司 慈海は手に持ったスイカに齧り付いていた。
赤々とした実が口の中で弾け、甘い水分で満たされる。口の横から流れ落ちる雫を指で拭うと、そのまま浴衣の足元でふき取った。
「あんちゃん、うまいかのぉ?」
酒を持ってきた老婆が慈海の食べっぷりを嬉しそうに眺め聞いて来る。
「あぁ、このスイカも美味しいねぇ〜。しかも夜空が綺麗だ。酒も進むわ〜」
ふと見上げるとそこに開くは夏の醍醐味。花火だ。
今日はこの地域の夏祭りで、宿からでも見える大輪の花々が心にまで響く。
慈海にとって夏とは、感慨深いものの一つである。
それは自分の生まれた季節だから。もちろんそのことは忘れてはいけない。
しかし、彼にとってそれだけでは無いのもまた事実であった。
―― 自分を終えようとした日。
それは彼にとって思い出すことの無い日々。だが、それもまたこの暑い夏の日。彼の生と死が、両方関わる季節なのである。
傾ける酒が喉を潤すように、いつしか思い出が彼へと戻ってくる事があるのだろうか。それとも‥‥酒が体から抜けきるように、いつまでも留まらないものとして過ぎ去っていくものだろうか。
彼が思い出さないこと、それもまたそれにまつわる事実の深さと関係あるのは間違いなさそうだった。
◇
そもそも彼にとって傭兵になった理由はなんだったのだろうか。
彼が失った過去とは‥‥。家族とは‥‥。
消えた過去と引き換えに得た、新たな命。そこに広がっていた世界は、あまりにもまだ歳若い者達ばかりで。差し伸べる手は、熱い思いでかられている。
だが、それは慈海にとって?
情熱は既に過ぎ、そしてどうしても一歩引いた目線から見つめてしまう。胸を躍らせる事はなく、ただただ過ぎ行く時間を弄ぶように。
心通わせる者達が、眩しく見えて仕方が無かった。
自分が心通わせるにはあまりにも離れすぎていると感じ、逃げ道は酒だけ。
打ちあがる花火が消える瞬間を見て、あのようにパッと散りたいという思いにかられることも暫し。無いとは、否定出来なかった。
◇◆◇
慈海は杯をくいっとあおった。
既にそんなに入っていなかったのだろう、そのまま上を見上げる姿勢で止まった。
目の前で光が弾けた。
同時に脳裏に様々な景色が弾け飛ぶ。この感覚には覚えがあった。
覚醒。そう、覚醒の時にたまに起きるあの、記憶の洪水だ。
キツイ、香水の香り。暑い、日差し。そして、漂ってくる塩を含んだ浜風。
帰る家が、いくつかあった。花を探す蝶の如く、あちこちに止まり羽ばたいていた。
巡るのは、小さなピースたち。ふと浮かんでは消え、まるで壊れた映画のフィルムのように、細切れな時間たち。掻き集めても、何処か歪なまま。あわさる事の無いピースたちはその場へと零れ落ちていく。
過去が、そこには散らばっていた。
普段は思い出すことの無い、遠い遠い自分の行動。
当たり前のようで、当たり前ではない。華やかな彼の時代。
それは、目の前で繰り広げられる夜空の宴のように、華やかに魅せては散っていったのだった。
最後の一滴が杯へと移っていく。傾けた徳利からはもう、出るものは無い。
きっと今宵の見た記憶は、明日になったら覚えていないだろう。
一度失ったものだ、無理に思い出そうとも慈海は思わない。しかし、満面の笑顔のたった一人の少女‥‥その少女の面影だけが記憶の洪水の中見え隠れしていて。いつまでも、いつまでも手に掴んでいたいと思った。
―― そう、あの笑顔のように‥‥。今、一緒に戦うとし若い仲間たちにも笑顔が溢れるように‥‥。
心密かに誓いつつ、最後の一滴までも落とすように杯を傾け、飲み干した。
夏の夜が見せた、一時の幻想。
それは光によるものなのか、酒による物なのか。
ただ‥‥いつか今の自分と重なる日が来るかもしれないと、不確かな予感が襲ってくるのを慈海は光の花で影を落とした眼鏡の奥底で感じ取っていたのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga0173 / 大泰司 慈海 / 男 / 44 / サイエンティスト】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注ありがとうございました。
何時もお世話になっております。そして、粋な彼の人生を垣間見せていただきありがとうございました。
いつもの如く、いつものように飲んでいたはずなのに‥‥なのにですがっ。
彼の昔を想像しつつ、どのように交差するのか。
描いた映像を言葉にするのが、やはり大変なのですが、少しでも伝わってくれたらと思います。
彼の人生を、少しでも覗かせれたのなら良いのですが。
それでは、またお会いすることを願いまして。
雨龍一
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