なつきたっ・サマードリームノベル
フォル=アヴィン



【Turn the wheel】

●夏夢

 ――夏が、来る。

 眩しい陽光に揺れる一面の向日葵に、染み入るような蝉の声。
 涼を求めた岸辺であがる、水飛沫と歓声。

 あるいは祭囃子に、縁日屋台。
 夜には鮮やかな炎の芸が、大輪の花を空に咲かせ。
 時には、揺らめく蝋燭の火に儚い思いを重ねる。

 辿る幾多の記憶は、尽きず。
 これより迎える記憶も、また尽きない。
 ……そして。

 今年も熱い、夏が来た――。

●かの車輪を回すは
 さざ波が夕陽を反射し、小さな瞬きを繰り返していた。
 黄昏の空を映す湖面には観光客がボートを浮かべ、過ぎる夏を惜しみながら、ひと時の小さな遊覧を楽しむ。
 風景だけを見れば、赤い月が現れる前とほとんど変わらない平和が広がっていた。
 湖畔の遊歩道で手すりに肘を置き、水の上を渡ってきた涼しい風を受けながら、フォル=アヴィンは重い息を吐く。

 この日、『成層圏プラットフォーム』の研究施設では、様々な形でコルシカ島へのアプローチを試み続けた者達と、直接関与はしないながらも気にかけていた者達、そして新たに事態に関わることになった者が集った。
 状況はこう着している訳ではないが、有効となる次の手を見定めることは難しく。
 それを模索するためにも、今後の方針に関する情報や意見の交換が成されたのだった。

 ボーデン湖の美しく穏やかな光景を目にしても、寄せる波に地中海に浮かぶ島が思い出されて、心にかかる雲は晴れない。
 否、今は僅かだが、雲の切れ間から日の光が見えた気がした。
「フランス軍の協力が、得られれば……少しはやり易くなるか」
 微かな光の形を言葉に変えて、小さく口にする。
 そして呟いてから、フォルはふとフランス軍の『繋ぎ役』に見覚えがあったことを思い出した。
「ああ、そうか。正月に、ラスト・ホープで見かけたんだ……」
 肝心の懸念とは別に引っかかっていた疑問が晴れて、逆に一人苦笑する。
 これが、コルシカの現状を打開できるような閃きならば、苦労はしない……と。
 改めて思い返してみれば、事態は実にバラバラに散らばったパズルを、完成絵図ナシで組み立てる作業に似ていた。
 バグアに占領されている島を救おうとして進めてきた策の、「これまで」と「これから」。
 最終的な全体像は頭の中にあるのだが、それを完成させるために必要なピースが少な過ぎる。足らないピースは欠けているのか、手持ちのピースを組み合わせればその形になるのか、あるいはピース自体が最初から存在しないものなのか、それすらも漠然として判らない。
 手に入れたピースと大きな枠を前に、どこから手をつけるべきなのか悩む――未だにそんな状態から進んでいない感がして、また深く息を吐いた。
「どこぞのいわれでは、ため息をつくと幸せが逃げていくのだそうな」
 突然、聞き覚えのある声がのん気に講釈を垂れ、フォルは背後を振り返った。
「だが医学的見地に立てば、ため息とは『身体知』よりくる呼吸調整の一つで、我慢せずにため息をついた方が身体的にも精神的にもよいそうだ。
 ともあれ、腹が減っては戦はできぬというのは、いわれ的にも医学的にも確かなので、一つどうであるか?」
 にっと笑ったティラン・フリーデンは、丸い白パンに挟んだ焼きソーセージをフォルへ差し出す。
「ホットドッグ?」
「とは、少々違うのだよ。焼きソーセージの、一般的な食し方なのである」
 そう言って、見本を示すようにティランは自分の分のソーセージをかじった。
「じゃあ、遠慮なく。いただきます」
 礼を言いながら、白パンを受け取る。
 マスタードもケチャップもかけていないソーセージをかじれば、焼いたばかりのせいか予想外に熱く、フォルは苦労しながら噛んで飲み込んだ。
「口に合えばよいのだが」
「熱いけど、美味しいですよ」
 熱さに苦戦する様子にか、フォルの答えを聞いてか、からからと明るくティランが笑う。
 相変わらず、どこか妙にズレている玩具職人に苦笑したフォルは、黒い瞳を伏せて手にしたパンを見つめた。
「俺……最近になって、やっと気付いたんです。能力者とて万能じゃない、と」
 もしかすると、今のコルシカではパンを手に入れることすら、ままならないかもしれない。
 友人や家族が病に倒れたり、兵士にされて、心置きなく語る相手もいないかもしれない。
「俺達は、映画の中の正義の味方には、なれない」
 投下したコンテナの救援物資も、どれだけ多くの人に渡ったのか。
 必要な人の手に届いたのかすら知る方法も、ない。
「差し出された手の全てを掴む事は、不可能で……」
 そして、深く目を閉じれば。
 ――今でも鮮明に蘇える記憶が、胸を焼く。
 開いた方の手をフォルは、ぎゅっと握り締めた。
「でも、手の届く範囲くらいは何とかしたい。そう思っています」
「本当は、こちらの我が侭にフォル君達を巻き込む形となって、申し訳ないとも思っているのだよ」
 フォルの言葉に耳を傾けていたティランは、珍しくどこか沈んだ様子で呻いた。
「助けを求める手は、やはり掴みたくなるのが人情ではあろう。だが何もかも、君達にばかりに押し付けているばかりであるしなぁ。個人的な私情で、事態を悪い方向へ向かわせてしまった気もするのだ」
「でもまだ、答えは出ていませんよ」
 浮かぬ顔の相手へ、フォルが頭を振る。
 少なくとも、まだ彼自身は納得も諦めもしていない。
 まだ、手は届くはずなのだ。
「ティランさんは……コルシカの今後が、どうなってほしいと思っているんです?」
 改めてフォルに問われたティランは、ぽしぽしと髪を掻く。
「どうと言うか、本来のあるがままに、であるな。コルシカは、そこに住む人々と共にある故。かといって、そのためにコルシカの人々の血が流れるとなると……やはり単なるエゴと言われても、致し方なかろうが」
 夕焼け空にボヤくティランだったが、急に残ったソーセージを口へ放り込み、両手を叩いてパンくずを払った。
 その仕草にフォルもまたかじりかけたパンを思い出し、適度に冷めたそれを口へ運ぶ。
「確かにエゴかもしれませんが、やはり今のコルシカの状態が正常だとも、俺には思えません。だからこそ、こうしている訳ですし」
「う〜む……」
 励ますようなフォルに、唸ったティランは前のめりで柵へもたれかかる。
「覚悟が足らぬと言われればソレまでかも知れぬが、やはり諸君の方が腹が据わっているのであるよ。確かに万能な正義の味方ではないかもしれぬが、ページの間やモニター画面から出てこれん連中より、ちゃんと手を伸ばして掴むことが出来る方が頼りになるというか」
 何に納得したのかティランは何度も頷き、逆にフォルが苦笑した。
 その間にも夕陽は西へと沈み、残照が空を染める。
 ボートの影もなくなった湖より吹く風が、急に肌寒く感じられた。
「ここの夏も、もう終わりですか」
「実に、早いものなのだよ。出来ることなら、コルシカの人々と共に無事なクリスマスを迎えられればいいのだが」
「そうですね」
 願うように呟いて、フォルは名残に染まる空を眺める。
 視線の先では、数羽のカモメが力強く翼を打ち。
 港の入り口に立つ灯台とライオン像の間を抜けると、群れを成して飛び去っていった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【ga6258/フォル=アヴィン/男性/外見年齢29歳/ファイター】
【gz0039/ティラン・フリーデン/男性/外見年齢28歳/一般人(技術者)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせ致しました。
「なつきたっ・サマードリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
 なつきたどころか、もう秋もど真ん中になってしまいました。大変長い間お待たせしてしまい、申し訳ありません。
 長らく予定が延びて引っ張っりまくりなコルシカ島の方も、次が大きな分岐点となる予定です。時期的にまた大規模作戦と重なり、心苦しいところですが。
 立場が変われば見方も変わり、何をもって『最善』とするかは難しい選択。厳しい状況下でフォルさんが何を選び取っていくか、楽しみに(?)しています。
 最後となりましたが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)


written by 風華弓弦