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小湊拓也 |
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2002年9月、「武闘巫女伝サツキ」(マイクロマガジン社)で商業作家デビュー。以後「監獄の墮天使バトルマーメイド」(マイクロマガジン社)、「コズミックナースユキナ」(キルタイムコミュニケーション)、「破邪の鬼」第1部・第2部(株式会社パピレス)を世に問い続ける。 |
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■サンプル1
4頭のサラマンダーが、舞台上から夜空へと向かって一斉に炎を吐いた。 激しい炎の揺らめきが、無数の花と、それらに囲まれた美しい乙女の姿を形作る。言うなれば、炎で出来た彫像である。 夜空に出現した、その紅蓮の芸術作品を見上げ、観客たちが大いに歓声を上げて拍手をする。 ルーシィ・クラウンもまた、呆然と見上げながら拍手をするしかなかった。 (あたしが、これ……出来るようになるまで、何年? 何十年かかる? かな) 「あれが出来るようになりたい、なぁんて思わない事さね」 ルーシィの師匠である魔女ロザンナが、弟子の心を読んで言った。 腰の曲がった小さな身体を、黒いローブですっぽりと包み込んだ老婆。ロザンナ・ミルダは、まさに絵に描いたような魔女そのものである。 「お前さんはサラマンダーなんか召喚するよりも、まず箒で空飛べるようになるこった。あと猫やカラスと話が出来るようにもならんとね」 「……わかってるよ、先生」 召喚魔法に手を付ける前に、修得しなければならない術は山ほどある。 ルーシィ・クラウン。17歳。ロザンナに弟子入りして1年目の、魔女見習いである。顔立ちは、辛うじて美少女の範疇に入るだろう。髪は明るい赤毛、その頭に今は魔女のとんがり帽子を被っている。身にまとっているのは、色気も何もない茶色のローブである。おしゃれが出来るのは、一人前の魔女になってからだ。 舞台の上ではサラマンダー4頭が、召喚者である魔女サラ・エルスマンと一緒に、客席に向かってペコリと行儀良く一礼している。割れんばかりの拍手が起こった。 サラ・エルスマンは、ルーシィよりも1つ年上の18歳。優美な肢体に、ドレスのような赤いローブをぴったりと貼り付け、にこやかな美貌に眼鏡をかけている。 彼女やロザンナだけではない。王国全土の高名な魔女あるいは魔法使いが今日、この場に集まっているのだ。同じような魔法の見せ物が、あちこちで行われている。 魔法の、祭典である。 1年前、王国を脅かしていた魔王が勇者の一行に倒されて、今やこんな祭りが開催されるほど平和になってしまった。 「あら……見に来てくれたのねルーシィ。それにロザンナ先生も」 舞台を終えたサラが、気さくに声をかけてくれた。ルーシィは、とりあえず片手を上げて応じた。 「凄かったよ、サラ先輩……ほんともう、かなわないや」 「かなうつもりでいたんだものねぇ、この子は」 ロザンナが、手にした杖でルーシィの身体をつついた。この杖を振るって、ロザンナは炎でも雷でも自在に引き起こす事が出来る。 ルーシィも同じ杖を持っているが、振るったところで火花も出ない。 「まったく。サラはねぇ、物心ついた頃から英才教育ってもんを受けてきたんだ。昨日今日、魔法をやり始めたお前さんとは違うんだよ。身の程ってものをわきまえな」 「あ、憧れて目標にするくらい、いいじゃんか。あたし、やっぱりサラ先輩みたいになりたいよ。どのくらいかかるか、わかんないけど」 「ふふっ、ありがとう。光栄だわ……ルーシィは私なんかよりずっと頑張り屋さんだから、サラマンダーの召喚くらい、すぐ出来るようになるわよ」 「魔法と言えば召喚魔法、なのかねえ今は」 ロザンナが、いくらか嘆かわしそうに言った。 「確かに派手で、見栄えもするけれど……魔法はそれだけじゃないって事、どのくらいの人間がわかってくれてるものやらねぇ」 「一般の人たちに一番アピール出来るのは、やっぱり召喚魔法ですから」 サラが微笑んだ。若干、諦めのようなものが混ざった笑顔だとルーシィは思った。 「召喚魔法を見て、憧れて、魔法使いの道を目指してくれる人が増えればいい……魔法ギルドの方々は、そう考えておられるみたいですね」 「憧れて、実際に魔法の修行を始めてすぐに辞めていく。そういう連中がどれだけ多いか、ギルドのお偉いさん方もわかっちゃいるんだろうけど」 言いながらロザンナが、祭りの場を見回した。 魔法陣からキマイラを召喚し、餌付けをしている者がいる。悪魔を召喚し、玉乗りやジャグリングをさせている者もいる。サキュバスを召喚して、ストリップショーまがいの事をさせている者までいる。 「ちょいと前までは魔王の手下……人間を殺しまくってた連中だって事、どいつもこいつもわかってるのかねえ」 ロザンナが、溜め息をついた。この老婆も、その気になればベヒモスやリバイアサンくらいなら召喚出来る。 召喚された怪物たちに、正当な報酬が与えられているからこそ成立する召喚魔法ではある。とは言えルーシィにとっても、見ていてあまり気分の良いものではなかった。 「確かに、召喚魔法の派手さしか見ていないような人たちは、1週間くらいの修行で辞めちゃうみたいですね……その点、ルーシィは凄いわ。ロザンナ先生の下で、1年続いているんだもの」 サラが、誉めてくれた。 「ま、才能はともかく根性はある子だからねぇ。1年保ったから、あと10年は続くかね」 ロザンナも、誉めてくれたのだろうか。 「10年で、サラ先輩の背中くらいは見えるようになれればいいけどね……」 ルーシィが苦笑した、その時。 祭典の会場全体を揺るがすような、轟音が響いた。何かが、爆発したようだ。 悲鳴も聞こえた。観客たちが、魔法使いたちが、逃げ惑っている。 「言わんこっちゃない……誰か、何かやらかしたみたいだねえ」 ロザンナが、骸骨のような指をパチッと鮮やかに鳴らす。 箒が飛んで来て、彼女の眼前で止まった。駐箒場に預けてあったものである。 腰の曲がった老婆の身体が、鮮やかにそれにまたがる。 「飛んで来れるようならついといでルーシィ。駄目ならここで大人しくしてな」 そんな事を言っている老婆を乗せて、箒は高速で宙に舞い上がり、轟音の聞こえた方向へと飛んで行った。 「……そんな事言われたら、行くしかないじゃんよ」 言いつつ、ルーシィも指を鳴らした。あまり鮮やかな音はしなかった。 途端、後頭部に凄まじい衝撃と激痛が走った。ルーシィの箒が、飛んで来て激突したのだ。 「ち、ちょっとルーシィ! 大丈夫?」 頭を抱えてのたうち回るルーシィを、サラが気遣ってくれる。 気遣われ、助け起こされながら、ルーシィは激痛と怒りの叫びを張り上げた。 「こッ……んんのクソ箒! へし折られたいかあああああああああ!」 「短気を起こしちゃ駄目よルーシィ」 サラが、先輩らしいなだめ方をした。 「召喚魔法と同じ。辛抱強く心を通わせて、信頼を築き上げるのよ。そうすれば箒も、思う通りに飛んでくれるわ」 「し、辛抱強く心をね……じゃまず名前でも付けてやりますか」 己の頭をさすりながら、ルーシィは箒にまたがった。そして号令を下した。 「よし飛べ、流星号!」 ルーシィを乗せたまま、箒は飛んだ。前へ、ではなく真上へ。 かと思えば右へ旋回し、回転しながら左へ飛んだ。ルーシィが方向を把握出来たのは、そこまでだった。あとは悲鳴を上げて箒にしがみつくのが精一杯だった。 「ルーシィ! 大丈夫? ルーシィ!」 サラが自身の箒にまたがり、鮮やかに飛行して来る。 ルーシィは墜落していた。顔面で地面を擦る彼女を小馬鹿にするように、流星号はふわふわと浮かんでいる。 「いっ……たぁい……こいつ、人がせっかく付けてやった名前……気に入らないっての?」 「……私も、流星号はどうかと思うわ」 空中で箒にまたがったまま、サラが正直な事を言っている。 再び、爆発が起こった。悲鳴も聞こえた。 「ああもう、走った方が速い!」 右手に杖を持ったまま、ルーシィは左手で流星号を引っ掴み、走り出した。 「あ、待ってルーシィ!」 サラが箒を駆って、空中から追いすがって来る。 やがて、騒動の現場が視界に入った。 巨大なドラゴンが、そこにいた。口元で炎の吐息をくすぶらせ、猛り狂っている。 「た、助けてぇ……」 ドラゴンの前足で地面に押さえ付けられ、悲鳴を上げているのは、魔女シルビア・メスラーである。サラの同僚で、箒もまともに操れないルーシィをいつも馬鹿にしている娘だ。 召喚魔法の技量は、そこそこある。が、さすがにドラゴンの召喚は荷が重過ぎたようだ。 近くでは地面が2ヵ所、クレーター状に陥没し、そこで炎が燃えている。ドラゴンが吐き出した火の玉であろう。 魔法使いたちが、慌てふためきながら遠巻きに場を囲んでいる。幸い、死者が出た様子はない。が、このままではシルビアがまずドラゴンに踏み潰されて死ぬ。 「待て待て待てぇえーっ!」 左手に箒、右手に杖を持ったまま、ルーシィはドラゴンの前に走り出た。 「無茶よルーシィ!」 サラが悲鳴を上げている。他の魔法使いたちも、同じような事を叫んでいる。 無視してルーシィは、右手の杖をドラゴンに向けた。 「あたしが相手だドラゴンめ! 行くぞっ、サンダーストォオオオムッ!」 電撃の魔法が発生し、逆流し、ルーシィの右手をパチッと襲う。 思わず杖を落としてしまいながら、ルーシィは悲鳴を上げてのたうち回った。 「ビリビリッて! ビリビリッて来たー!」 「おやおや、静電気くらいは起こせるようになったんだねえ。上達したもんだ」 遠巻きに騒いでいる魔法使いたちの中で、ロザンナが呑気な声を出している。 一方シルビアは、ドラゴンの前足の下で泣き叫んでいる。 「なっ何やってんのよ半人前! おバカやってないで早くあたしを助けなさぁああああい!」 ドラゴンが少しでも前足に体重をかけたら、シルビアの細い身体など一瞬にして潰れて広がる。 いや、その前にルーシィが灰になってしまうかも知れない。 ドラゴンが、こちらに向かって口を開いているのだ。その大口の中で、炎が激しく渦巻いている。必殺の火の玉が、吐き出されようとしている。 「ルーシィ逃げて! 逃げなさい!」 サラが悲痛な声を、ロザンナがのんびりとした声を発している。 「ほれほれルーシィ嬢ちゃんや、そろそろ本気を出した方がいいんじゃないのかねえ」 「うっぐうぅ……み、みんな見てるって言うのにぃ……」 ルーシィは泣きながら立ち上がり、そして、 「行けえぇっ、ハイパー流星号!」 左手の箒を、ドラゴンに向かって思いきり投げつけた。 今にも炎を吐こうとしていたドラゴンの首に、投げ槍の如く飛んだ箒の柄尻がめり込んだ。 息を詰まらせたドラゴンの巨体が、後方に吹っ飛ぶ。その口から、火の玉になり損ねた炎が吐瀉物の如く夜空にぶちまけられる。 ドラゴンの前足から解放されたシルビアが、うつぶせに倒れたまま、呆然とルーシィを見上げた。 「ルーシィ……何? 今の魔法……」 「魔法じゃないんだなああ、これが」 ギリギリと歯を噛み締めながらルーシィはシルビアの眼前を通過し、そして右手の杖をビュンッと振るい構えた。 1年前はこんな魔法の杖ではなく、大型のハルバードを振り回していたものだ。 サラも、呆然としている。 「ロザンナ先生……これは一体?」 「ルーシィはねえ、去年まで魔王討伐の勇者のパーティーにいたのさ。前衛最強の、戦士としてね」 「ちょっと先生、余計な事しゃべんないでッ!」 叫びながらルーシィは踏み込み、杖を振るった。 起き上がり、牙を剥こうとしていたドラゴンの顔面を、その杖が思いきり殴打する。 目を星にして揺らいだドラゴンの頭部を、ルーシィは両手で掴んで引きずり寄せ、抱え込み、そして全身を捻った。 「うおりゃああああああああ!」 1年前、魔王にハルバードを叩き込んだ時以来の気合いを込めて、ドラゴンを投げ飛ばす。 投げ飛ばされた巨体が、地響きを立てた。 「まだやるかオラァア!」 ルーシィは1度ダンッ! と片足で思いきり地面を踏み付けながら、脅しの叫びを放った。 ドラゴンが悲鳴を上げ、巨体を丸めて震え上がる。 ロザンナが歩み寄って来て、そんなドラゴンの背中を優しく撫でた。 「おうおう、かわいそうに。今、魔界に帰してやるからねえ」 「ったく……何調子に乗ってこんなもの呼び出してんだっ!」 ルーシィはシルビアを、胸ぐらを掴んで引きずり起こした。 ドラゴンに負けず劣らず怯え震え上がりながら、シルビアが声を漏らす。 「何よ……何なのよ……あんた何で、魔法の修行なんか始めたのよ……必要ないじゃないのよォ……」 「そ、それは……」 「思いを寄せていた勇者様をねぇ、同じパーティーの女魔法使いに盗られちまったのさ」 ロザンナが言った。その傍らではドラゴンの巨体が、地面に描かれた魔法陣の中へと消え入りつつある。 「だからシルビア、うちのルーシィをあんまり怒らせない事さね。冗談抜きで、トロールくらいなら素手で殺れる子なんだから」 「そっ、そういう自分にさよならしたくて魔法を習い始めたのにぃ……何で全部バラしちゃうんだよおおおおおおお!」 ルーシィは座り込み、泣き出した。 サラが優しく、頭を撫でてくれる。 「ルーシィにも辛い過去があったのねえ……よしよし」 「うわああああん! 勇者様、勇者さまぁあああああああ!」 滝のような涙が、いつまでも止まらなかった。 |
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