クリエーター名  奈華里
コメント  マスターと兼任で登録させて頂いてる奈華里と申します。まだ手探りの段階ではありますが【ちょいギャグ、ほのぼの、時々シリアス、頑張る戦闘系】な感じで、お気に召しましたらよろしくお願いします
サンプル ■サンプル1
 孤高の勇者――それが彼の通り名だ。
 名前はある事にはあるのだが、気付けばその名で呼ばれる事が多い。
 なぜその名がついたかといえば、答えは簡単。彼はルーキー時代から一人で行動し、いくつもの村を救ってきたからに他ならない。けれど、彼は孤独を好んでいた訳ではない。ただ単に誰にも知られたくない秘密を持っていただけ…。
(あれにだけは絶対に会いたくない)
 目にするだけで体中の細胞が拒否反応を示し、活動が一時停止する。
 それだけ苦手であり、絶対に誰にも知られたくないと彼は思っている。
「あのすいません。孤高の勇者さんですよね? お願いです、僕を隣の村まで護衛して下さい!」
 そんな彼に舞い込んだ小さな依頼――。
 勇者と言えば強大な悪に立ち向かうイメージがあるかもしれないが、この世界ではそんな悪は存在しない。従って専ら勇者と言っても普段は『腕っ節のいい何でも屋』であり、この手の頼み事を頼まれるのもさして珍しい事ではない。
「お前一人なのか? それは確かに危ないな」
 勇者が問う。
 ちなみに強大な悪がいないとはいえ、この世界では人を襲う魔物は存在する。そんな魔物を討伐するのも勇者の仕事だ。兵士や騎士といった職種もあるが彼等への報酬は高く、低下層の住民が頼るのは専ら勇者という訳だ。
(とはいえ、この街道は出会っても中級…簡単な仕事となりそうだな)
 勇者は地図を頭に思い浮かべて、旅の流れをイメージする。
 少年の目的地まではそれ程遠くなく、今から出発すれば夕方には着けそうだ。
「では行くか」
 勇者はそう言い立ち上がる。
「はいっ、宜しくどうぞ」
 依頼者の少年は嬉しそうに目を輝かせ、彼の後を追った。


「あの、本当すいません。立派な勇者様にこんな簡単な依頼頼んじゃって…」
 少年が少し申し訳なさそうに言う。
「別に構わんさ。俺の仕事に大も小もない」
 一方勇者は少年の歩幅に合わせながらゆったりと歩いている。
「僕…憧れてるんです、貴方に。だから僕も勇者になりたいなって思ってて…今日も本当は実力試す意味でも一人で行く予定だったんですが、最近この辺に出る魔物が変わってきてるらしくて」
「ん、変わってきていると? どういう事だ?」
 昨日こちらに着いたばかりの勇者が眉を顰める。
「どうも下級モンスターが増殖しているらしくて…」
「下級、だと」
 嫌な予感――ぬかったとそう思ったが、もう遅い。
 まだ奴と会うと決まった訳ではないが、もしそうなら勇者最大のピンチとなる。
「そ、その下級モンスターの名称は判っているのか?」
 動揺を悟られない様に振舞いつつ彼が問う。
「えっと、確か…あ、その前に休憩しましょう。この近くに湖があるんです!」
 答えを言う前に少年が走り出す。
「おい、待て!」
 そう言い、呼び止めようとしたその時だった。がさりと茂みが音を立てて、その先には奇妙な物体…。
(ぬ、これは…まさか!)
 脳にある魔物のデータを呼び出すまでもない。本能が奴である事を教えてくれる。寒気で強張る身体を無理矢理動かして視線を送った先、そこには彼の苦手な世界最弱モンスターが存在して、
「ふぐぅっ!?」
 勇者の五感全てが警鐘を鳴らす。逃げたい…しかし、少年をほっておくことはできない。
「ゆ、勇者様ぁー!」
「ッ!?」
 足をゼリー状の本体にとられ、助けを呼ぶ声に勇者は湿る手で得物を抜き放つが、いうことをきかない。
(くそっ、何てことだ。助けなければ…俺がやるんだ。逃げは許さん…逃げは…)
「…る、さん…」
「え?」
 勇者の呟きに少年が目をぱちくりする。
「…げ…は、ゆ…さん」
「へ? 今なん…」
「逃げは許さ――ん!!」
「えーーーーー!?」
 勇者の突然の怒声に少年の叫び。
 しかし、少年の反応を介さず勇者はその場でかくりと俯くと、それからというもの全く動かなくなってしまう。
「え、え……逃げるなって…僕、守って貰える約束じゃあ…」
 困惑する頭で少年が言う。けれど勇者は沈黙を保っていて、そこで少年は必死に考える。
(そ、そうか…僕が勇者になりたいって言ったから…きっとわざと…)
 少年の腰には護身用の短剣。ならば、それを使えば戦える。
「勇者様、僕やります!」
 生死の危機を感じ、少年が短剣を抜き放つ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 その後の少年は無我夢中だった。足元の一匹を倒すと、次は勇者に向かうものに近付きに剣を振り下ろす。
 飛びかかってくるやつは剣の腹ではじき返し、着地した所を先回りし仕留める。
 そうして暫くの後、少年は見事その場にいた魔物に勝利した。
「やりました、勇者様! 僕、出来ましたよー!」
  初めての討伐――否応なしでも高揚感を覚え、その嬉しさを伝えようと彼は勇者に飛びつく。が、

 ばったーーん

 少年の勢いに圧されて勇者諸共二人はその場に転倒する。
「え、ええっ…ちょ、勇者様―――、しっかりして下さい―――!!」
 打ち所が悪かったか、白目を剥く勇者に再び少年から困惑な声が上がるのだった。


「む、うるさいな…静かにし……ぬわっ」
 身体に感じる震動と何処かで聞いた獣の鳴き声に慌てて勇者は飛び起きる。
「あ、気が付きましたか?」
 その様子に勇者の傍にいた少年から声がかかる。どうやらそこは荷車の荷台のようだ。
「くっ、何なんだ一体?」
 勇者が首を傾げる。するともう一人、荷台を操縦している老人が笑いながら説明してくれる。
「おお、ようやっと気が付きなさったか。あんたとこの坊主が草原にいてな…あんたが倒れたから乗せて欲しいってんで、すまないが儂の豚達と一緒に乗せたんだよ」
「そ、そうか…それはすまない」
 そこでようやく勇者はあの時の事を思い出す。
(そうだ、俺はあの魔物に遭遇して…それで、どうなった?)
 勇者といえど人間だ。苦手なものの一つ位はある。
 それが彼の場合あの魔物であったのだが、それは極秘事項であり誰にも知られたくない事実である。
「おい、少年…おまえ」
 内心恐る恐るであるが、それを表面には出さず勇者は慎重に問う。
「あの、勇者様。僕…」
 その何とも複雑そうな様子に勇者は覚悟しつつも多少の言い訳を模索する。
「いや、あれはその…」
「本当にすみませんでした。そして、有難う御座います」
「はぁ?」
 少年の言葉に勇者は素っ頓狂な声を出す。
「僕を鍛える為に手を出さなかったんですね! なのに僕、勢い余ってあんなこと…」
「はぁ?」
 あんな事とはどんなことか。さっぱり勇者には理解できない。それもその筈、彼は剣を構えた辺りから記憶がないのだ。
「僕、これで勇者に近付けた気がします。本当に有難う御座いました」
 少年が笑顔で言う。
「そ、そうか…ならば、よかった…ははは、ははははは〜…」
 勇者の乾いた笑い。一体何があったというのか…気になる彼であるが、相手は子供。酔わして聞き出す訳にもいかない。この件で彼から脅される事はないと思うが、このままびくびくして過ごすのは御免だ。となると、格なる上は――。
「おい、少年。お前は勇者を目指していると言ったな。その…本気ならば、俺の弟子にならないか?」
 勇者が言う。
「えっ、本当ですか! やったーー!」
 少年はそれを素直に喜ぶ。
 苦肉の策であったが、それ即ち孤高の崩壊である事に気付いたのはその後少ししてからで…更に自分の弱点を悟られていなかったと知るに至るのにはまだ時間を要するのだった。