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工藤三千 |
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藤たくみと申します。現在はリンクブレイブ関連のみ受け付けさせていただいております。ご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。 |
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■サンプル1
あいつと知り合った時の事? 別に面白くもなんともないわよ。 昔から全然変わらないし、多分話の途中で展開が読めてくるんじゃない? それで良ければ、まあ話してあげない事もないけど。 その代わり、一杯おごってね。
* * *
月を、眺めていた。 なまっちろくてうそ寒い、総毛立つほど大きな満月を。 色味の乏しい光を、けれど目も眩むほどの影を、真っ向から一身に浴びて。 高層ビルの屋上にしては穏やかな風が、あたしの髪を好き放題にもてあそぶ。 それさえ、心地好い。 街中を行き交う無数の車のエンジン音も、その何倍もの雑踏のざわめきも、ここには届かない。 またとない特等席、夜通し月見と洒落込もうか――目を伏せた矢先、耳膜に無粋なノイズが突き刺さった。 ≪こちら“羊飼い”、応答せよ≫ 無機質なようでいて機嫌の悪さを滲ませた――今回の仕事を持ってきた相棒の――イヤホン越しの声に、こっちまで気分が悪くなった。 せっかく気持ちのいい夜だったのに。 「……こちら“踊り子”。どーぞ」 あたしは目一杯不愉快に応答した。 ≪ターゲット接近中、直ちに所定の位置へ≫ 「もう着いてるわ。小一時間も前から」 以来、転落防止の金網に腰掛けて今まで待ちぼうけを食わされている。 もっともそのお陰で観月を味わう事ができたのだけれど。 ≪それで機嫌が悪いのか≫ 「残念だけどハズレ」 ≪……まぁいい。予定より遅いが、ターゲットは情報通り車で移動中。五分後には到着する見込みだ≫ 「了解。――あの霊柩車みたいなやつね」 遥か百メートル下のアスファルトを見下ろして手前の車線を遡れば、まばらに連なって走る車両の中でも一際目立つ、黒塗りに金の装飾が甚だしく主張しているリムジンがこちらへ向かっているのが認められた。 あんな悪趣味な車、死んでも乗りたくない。 ≪相変わらず目がいいな≫ 「おかげで食いっぱぐれずに済んでるわ」 ≪捕捉できているならいい、あとはやるだけだ。……しくじるなよ≫ 無粋な通信は、言うだけ言って一方的に、やっぱり無粋に途切れた。 「……相手次第よ」 霊柩車の速度に目を慣らす。 降車するタイミングを見極める。 狙うはその瞬間。 自分の『速さ』を計算する――そろそろか。 ふと、真ん前の月を見た。 応えるように、今までよりも強い風があたしを突き抜けた。
――今。
とん、と金網を蹴って宙に――満月に向かって身を投げ出す。 ビルに当たって昇る気流を全身に浴びながら、右手で腰の鞘を、左手で柄を、ゆっくりと握る。 髪が、コートが、肌が、ぐいぐいと下から押さえつけられて。 けれどそれよりもずっと強い重力が、あたしを地面に叩きつけようと下から引っ張り続ける。 風鳴りがうるさい。 目が乾きそう。 息が止まる。 でも、抵抗する必要はない。 委ねればいい、水に浮かぶ時のように。 少しの間目を閉じて、また開く。 永遠のような一瞬のあと。
――ほら、もう目の前。
霊柩車がビルに近づいてくる。 幸い他の車両も人通りもない。
――接地まで二十秒。
ほどなく霊柩車が止まる。 あいつの姿はまだ見えない。
――十秒。
後部座席のドアが開く。 恰幅のいい小柄な紳士が無用心に顔を出す。
――五秒。
柄を握る手の親指で鍔を押し上げる。
――二秒。
抜きっ放しにあいつを。
――一秒。
剣を、薙いだ――刹那、車の中から飛び出した影がターゲットを蹴飛ばしがてら抜刀し、あたしの一撃を受け留めた。 それどころか、 「むんっ!」 押し……返した!? 力んだそいつの両足を中心にアスファルトが砕けて、小さなクレーターができる。 「うそっ!?」 今一度宙へ浮かんだまさかの拍子に、つい間抜けな声をあげてしまった。 自由落下と必殺の間合いを以って強襲。 どんな達人だろうと、常人なら力負けして受け太刀もろとも叩っ斬られる筈。 という事は―― 「同類ってわけ」 敵はあたしと同じ、異能の持ち主。 話が違う。そんな護衛が居るなんて、事前情報にはなかったのに。 (でも、こっちの動きが察知されていたのだとしたら?) たとえば――そう、ターゲットの到着が予定より遅かったのは、こいつと合流する為だったとしたら? 着地までの僅かな時間、必死に思考を巡らせる。 (そんな事よりも、今は) この場を切り抜けるのが先だ。 状況を見る。 ターゲットはのびてでもいるのか、蹴倒されたままぴくりともしない。 運転手が降りて、そちらへ駆け寄っている。 そして。 「……っ!?」 あたしの剣を受けたやつに目を凝らそうとした瞬間、相手はもう化け物じみた速さで突っ込んで来ていた。 着地を狙うのは定石――だけどこっちだって素人じゃない! 逆袈裟の軌跡が月光に煌き、迫る。 あたしは大上段から振り下ろし。 どうにか受け留めて、着地と同時に三合――繰り返すけど同時にだ――刃を交える。 案の定、相手はその全てに対応してきた。 それでも打ち返されては打ち返し、なんとか競り合いに持ち込む。 「あの抜きっぷりと言い、相当使うな」 ぎりぎりと刃を押し付けながらもひどく落ち着いた声で、そいつは言った。 「嫌味かしら? 簡単に止めたくせに」 見れば、年の頃はあたしとそう変わらない、凛々しい顔立ちをした男だ。 平然としているのが気に入らないけど。 上から下まで黒尽くめのスーツ姿で、あの霊柩車にはお似合いだとかどうでもいい事を思ったりしながら、負けじと鍔元でせめぎ合った。 「お互い様だ」 「ふぅん、そう」 言葉通りなら、今のこの状況は彼にとっても想定外と言う事になる。 それはそうなんだろう、こんないい勝負なんて本当にレアケースだ。 異能同士の戦いなんて、大抵は力の差であっさり決着がつくものなのだから。 (これっぽっちも嬉しくはないけど) でも、似たり寄ったりの腕前ならまだなんとかなるかも知れない。 というわけで、舌戦開始。 「ところで」 「なんだ」 「仕事の邪魔なんだけど」 「それが仕事なものでな」 「いいじゃない。ちょっとそこでのびてる悪党バラすだけよ」 「確かに悪党だが、俺にとっては雇い主だ」 「じゃあこうしましょ。手を引いてくれたら報酬は山分け」 「随分気前がいいな……、だが断る」 「悪い話じゃないと思うわ」 「信条に反する」 「かたい事言わないでよ、ね?」 「言う」 「ケチ」 「なんとでも――ぬ!?」 彼が喋る息継ぎの合間を狙って微かに剣を引き――思いっ切り斬り払った。 狙い通り、相手は不意に応じきれず堪えるので精一杯。 最初からあんな話が通用するなんて思ってない。 あたしは振りっぱなしに身を任せて方向転換しながら、一目散に手近な曲がり角目掛けて走り出した。 「待て! 勝負は、」 「今度ね!」 追いすがる気配に振り返る余裕なんかなくて、ピンを抜いた閃光弾を放り捨てる。 「――っ!」 あの月のように白い闇が、背後から何もかもを照らして、眩ませていた。 あたしは、ただひたすら走った。
* * *
こんなところね。 今にして思えば最低の出会いだわ。 あれ以来、時には商売敵として切り結んだり、時には仲間として死線を潜り抜けたりして、それこそ見飽きるぐらい顔を合わせる事になるんだけど……全部聞きたい? 朝までかかるわよ。 その間の酒代、出してくれるのかしら。 あたしは別に構わないけど。
■サンプル2
風が、白かった。 強くて、冷たくて、肺の中まで凍ってしまいそうなくらい寒くて。 張り詰めているのに、でも、なんだか柔らかくて。 時々息ができなくなる事もあるけれど、そんなにいやじゃなかった。
お姉ちゃんが死んだ。 遠い戦地で、戦っている最中に急激な寒波が押し寄せて。 敵も味方も、戦車や大砲も、全部真っ白な雪に包まれて、そのまま消えてしまったらしい。 報せが届いてから、お母さんはずっと泣いてばかり。 お父さんは仕事をしなくなって、毎日お酒ばかり飲むようになった。 そうしているうちに、あの寒波がこの土地にもやってきて。 家も、草原も、木も、空も、空気も、目に見えるものも、そうでないものも、何もかも真っ白に染めてしまった。 誰も出歩かなくなって、村は凍りついた。 だけど、私は外に飛び出した。 ひょっとすると、この白い世界のどこかに、お姉ちゃんがいるかも知れないから。 泣き声とお酒の匂いでいっぱいの家の中より、お姉ちゃんの傍に行きたかったから。
「うっ――わ!」 踏んだところがたまたま深くて――というより、盛り上がっていて。 細かな綿くずみたいな真っ白く敷き詰められた冷たい小山に顔から突っ伏した。 「…………」 体が、重い。 指が痛くなってきた。 もう何時間歩いただろう。 もっと厚着してくればよかったかな。 「いいか」 どうでも。 そんな事より、今はお姉ちゃんを探さなきゃ。 身を起こすと、コートにたくさん雪がへばりついていた。 だけど、気にならない。 それ以外のところも、手袋も、長靴も、帽子も、髪も、肌も真っ白だったから。 ただただ白いだけのこの景色に、例外なんてひとつもない。 少し、お姉ちゃんに近づけた気がした。 だから、先を急ぐ事にした。 相変わらず風が強い。 四方八方足元頭上のいたるところから吹きつけて、私をもみくちゃにする。 もっと速く進みたいのに、早くお姉ちゃんのところに行きたいのに。 うまく歩けなくて、いらいらが募る。 重かった足の感覚が薄い。 息をすると痛い。 「な、んなの」 たったこれだけ言おうとした口も、きちんと動かない。 背筋を伸ばせない。 つらい。 お姉ちゃんもつらかったのかな。 こんな気持ちのまま、心まで凍りついて、消えてしまったのかな。 解けたら、また元気になる? 優しくしてくれる? どこにいるの? 私は―― 「――ここにいるよ」 見つけてよ。 帰ってきてよ。 早く。 「はやくっ――」 大声を出してみたけど、風の音には全然かなわない。
疲れた。
疲れたら休みなさい――お姉ちゃんにそう教わった。 体のいう事をきかないと体もいう事をきいてくれないからって。
じゃあ。
いいかな。
ひざを折ったら、あんなに邪魔だった雪が優しく迎えてくれた。 寝転んでしまいたいくらい、ふかふかだ。 まるで――。 「そっか」 どうして気がつかなかったんだろう。 始めから、ここにいたんだ。 ずっと傍に。 「よかった」 ほっとしたら、なんだか眠くなっちゃった。 横になると、風が頭を撫でてくれた。 雪が、肩を抱いてくれた。 だから、安心して、目を閉じた。 「おやすみなさい」
お姉ちゃん。
静かだ。 どのくらい眠っていたのかな。 開けようとしたまぶたがぎこちない。 息を吸おうとした口が動かない。 鼻がないみたいになにも感じない。 耳は――割れそう。 体中痛くて。 でも、動いた。 「うっ……」 雪が、風が、止んでいて。 真っ白だった世界は、青くて高い空とお日さまの色が反射して、きらきらしている。 ぐるっと見渡すと、歩いて少しのところに黒い家が、雪にぽつぽつと穴を開けたように建っている。 見慣れた景色――わたしの村。 あんなに歩いていたのに、結局どこにも行ってなんかいなかった。 どこにも。 「お姉ちゃん……いない、よ」 そう思ったら、顔が、目と喉の奥が熱くてたまらなくなった。 苦しくて、なみだが出た。 なにがなんだかわからなくて、ひたすら泣いた。
あとでお父さんとお母さんが探しにきてくれても、家に帰っても、ずっとずっと泣き続けた。 |
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