■逃亡者を追え■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 新東京・デモンズゲート某所にあったテロリスト魔皇のアジトを、GDHP警備部警備第1課の特殊急襲部隊が急襲したのは4月のある夜のことだった。
「GDHPだ! テロリスト諸君、神妙に投降したまえ!!」
「リーダー! 逃げてください!! ここは俺たちが……!!」
 アジト周辺はたちまち戦いの場と化した。銃弾はもちろん、魔皇殻による攻撃、果てはダークフォースやらシャイニングフォース(当たり前だが、これはグレゴールのGDHP隊員が使用した物だ)まで飛び交う始末。
 だが数で勝っていたGDHP側がやがてテロリスト魔皇たちを制圧する。これにて一件落着かに思えたけれども――。
「リーダーが居ないぞ!!」
 そう、このアジトに居たテロリスト魔皇たちを統率していたリーダーの姿がどこにもなかったのである。
「遠くまで逃げる暇はなかったはずよ! まだこの近くに居るはずだわ! ここから逃げるならあそこしか……!」
 と言って駆け出したのは、魔機装鎧エステルに身を包む”ソードダンサー”なる二つ名を持つ少女――内海綺羅であった。
 実はこのアジトの近くには、まるで迷宮のようになったエリアが存在しているのである。道幅は1人が通れる程度、やたらと入り組んでいて、崩れた壁や建物などで行く手が遮られていたり、時には道に穴が空いていたりもする。そんなエリアだ。
 そこへ逃げ込まれたら、早いうちに捕まえないことにはそのまま逃亡を許すことになってしまうだろう。何としてもリーダーの身柄を確保し、逃亡を阻止せねばならない。
「くそっ! 僕はまだ捕まる訳にはいかない……!」
 リーダーと呼ばれていた黒髪の青年は、今まさに件の迷宮たるエリアへ足を踏み入れようとしていた――。
シナリオ傾向 戦闘:4/危険度:4/先読み:5(5段階評価)
参加PC 高町・恭華
真田・浩之
烏月・都破沙
逃亡者を追え
●予期せぬ攻撃
 現場から幾分か距離あるビルの屋上。ここからは現場の様子が、その全てではないが見通せていた。現場より脱出したテロリスト魔皇のリーダーが足を踏み入れた迷宮たるエリアも、また同じく。
「……ほう、あの中を逃げられたか」
 屋上に居た小柄な女性、烏月都破沙は深紅の瞳を細めつぶやいた。都破沙はリーダーが足を踏み入れる所を、この場所より目撃していたのだ。
 都破沙のそばではウォンウォンと唸る音があった。1つ? いや、2つだ。取手と台車がついた発電機が2台、フルに稼動している最中であった。
 発電機が稼動しているということは、当然それらを使用する何かしらの機器が存在していることでもある。もちろん、この場に存在していた。
「ちゃちな銃砲とは速さも威力も違う……」
 そう都破沙がつぶやき、準備したのは全長4550ミリ・口径80ミリの火薬複合式レールガン。これが発電機を必要としている代物だ。
「……さて、慄け雑衆」
 都破沙がレールガンの矛先を、ゆっくりと向けた――。
 同じ頃、GDHP捜査官の高町恭華は逢魔・フィアリスとともに現場周辺に居た。今回の急襲において、現場周辺の警備に狩り出されていたのである。場所が場所ゆえに、2人とも人化を解いている。なのでフィアリスの背には、ナイトノワールの特徴である黒き石の翼も見られる。
「どうしますか?」
 フィアリスは綺羅の駆け出した姿を見て、恭華へ自分たちの取るべき行動を尋ねた。
「決まってる、リーダーを確保しないと」
 間髪入れず答える恭華。聞かれるまでもなく答えは決まっていた。それを聞いたフィアリスがダウジングの準備を始める。これでリーダーがどちらの方角へ逃げたか、おおまかでもつかもうというのだ。
 周囲では他のGDHP捜査官やカウボーイやらが、まだ忙しなく動き回っている。リーダー以外のこの場に居たメンバーは全員身柄を拘束した。彼らの連行やら証拠物件の回収など、リーダー追跡以外にもすべきことは多くあるのだ。
(……近くにテロリストの残党が居るなんてことは……)
 追いかける前、フィアリスがダウジング準備している間に、恭華は周囲をぐるりゆっくりと見回した。怪しい者が潜んではいないか、警戒したのである。
 その動きが、途中ではたと止まる。恭華の視線の先に、離れた場所にあるビルがあった。屋上で何かが動いたように、見えた。
「皆、逃げて! 早く!!」
 即座に叫ぶ恭華。数秒後――現場に爆音が響き渡った。ビルからの砲撃である。
 ビルの屋上では、何度となくレールガンによる砲撃を繰り返す都破沙の姿があった。
「ふ……いい眺めだ」
 乾いた唇をぺろりと舐めた都破沙の眼下には、砲撃によって大混乱に陥る現場の光景があった。都破沙は砲撃を一旦中断し、レールガンの向きを今度は迷宮エリアの方へと変えた。
「時間的にはそろそろか」
 そして都破沙は、迷宮エリアの入口付近へと次なる砲撃を行った。ちょうど綺羅をはじめ、リーダーを追いかけていった者たちがその辺りへ差しかかろうという頃合であった。
「使えそうなテロリストを、狗の手に落とすのは面白くない。……貴様たちもそうは思わないか?」
 都破沙のつぶやきとともに、今度は迷宮エリアにて爆音が響き渡った……。

●第3の男
 砲撃による爆音は、デモンズゲート内の離れた場所でも聞こえていた。
「何だい、この爆音は?」
「どこかの馬鹿がまた、殲騎で暴れてるんじゃねえか?」
 夜遅くになっても営業している飲食店では、客たちのそんな声が聞こえてくる。魔に属する者は人化を取っていなければ食事する必要はないが、娯楽の一種として食事を楽しんだりする。ここに居るのも、ほぼそういった者たちであろう。
「親父、勘定置いとくな」
「毎度あり!」
 客である1人の青年が、勘定をテーブルの上に置いて店を出てきた。そして爆音の聞こえた方角を向き、空を仰いでぼそっとつぶやいた。
「……内海め。トチったようだな」
 青年――真田浩之は小さな溜息を吐いた。元GDHPだった浩之だが、その時代に培われたコネクションはまだ一部生き残っている。なので、アジト急襲が近日中にあるらしいことをつかんだ浩之はこの数日様子を窺っていたのだが……。
(仲間が潜んでたか)
 一旦騒動が治まってからのこの爆音。テロリストの仲間たちが、リーダーを逃がすなり捕まった者たちの奪回なりを目論んで攻撃を仕掛けてきたに違いない。浩之がそう考えたのも当然のことだろう。実際は違うのだが、そんなことは知るよしなく。
 浩之はポケットから通信機を取り出すと、逢魔のイルイへと連絡を取った。
「イルイ。『保険』が必要になった。今から行く。どこに今……」
 尋ねる浩之。だがイルイから返ってきた言葉を聞いて、眉をひそめた。
「居ない?」
 浩之、強張る表情。けれども続くイルイの言葉に、強張った表情がやや緩む。
「……場所はつかんでいるんだな。よし、ならそこへ直接行く。合流しよう」
 浩之はイルイへそう伝えると、夜の闇へ姿を消した。

●勧誘
(不覚! 仲間が潜んでたなんて!)
 迷宮エリアを1人駆けながら、綺羅は自らの読みの甘さを悔やんでいた。入口に差しかかった時に砲撃を受けたが、先頭を走っていた綺羅は辛うじて巻き込まれずに済んだのであった。
 巻き込まれた仲間のことはもちろん気になるが、そちらへ構っていると逃げるリーダーを取り逃がしてしまう。綺羅は任務を優先し、リーダー追跡を続行していた。
 入り組んだ道を右へ左へと駆け続ける綺羅。その前方、視界に1メートル以上ある物体が飛び込んでくる。
「魔獣殻!!」
 右腕の武器の矛先を、現れた魔獣殻――二足恐竜型だ――に向けて綺羅は身構える。その魔獣殻は行く手を塞ぐようにしているのだ。どうにかせねば、追跡などままならない。
「……行くわ!」
 綺羅は気合いの声とともに、迫ってくる魔獣殻へ迷うことなく向かっていった。
 このように綺羅が魔獣殻に行く手を阻まれている間も、リーダーは迷宮エリアを逃げ続けていた。その距離は確実に、着実に開いていた。
「……撒いたか?」
 後方をちらと振り返り、つぶやくリーダー。その時だった。行く手の角から機械的な竜の翼、真ルナティックウィングをつけた小柄な女性が姿を見せたのは。
「撒いたんじゃない。撒かせたんだ」
 女性――都破沙の唐突な登場に、ぎょっとして足を止めるリーダー。身構えようとする彼に向かって、都破沙は静かに伝えた。
「慌てるな。私は狗ではない」
「……どこから来た」
 警戒を続けるリーダーの質問へ、都破沙は無言で上空を指差した。砲撃を行った例のビル屋上から、真ルナティックウィングを使って上空から進入してきたのである。
「魔属独立派組織、Fragment of eXileの者だ。お前に志があるなら我らに協力しろ。この場は私が埒を明けよう」
 都破沙がリーダーをまっすぐ見据えて言った。どうやら都破沙がああいう行動を取ったのは、組織の命もあったからのようだ。
「独立派?」
 つぶやくリーダー。その表情の僅かな曇りを都破沙は見逃さなかった。
「……志はどうも少し違うらしいな」
 淡々と言う都破沙。リーダーの表情に『一緒にするな』という感情を見て取ったのである。
「それは、共闘の申し入れかい」
 リーダーが都破沙へ問う。
「そのようなものだ」
「断る、と言ったら?」
「…………」
 無言で笑みを浮かべる都破沙。……ぞっとする笑みであった。
「僕の主義として」
 ふう、と溜息を吐くリーダー。
「借りは返すということがある。爆音が聞こえた。あれは君の仕業だね?」
「だとしたら……?」
「何かの折に、借りを返させてもらう。君の組織にじゃない、君個人にだ。申し入れのことは、それを返すまで保留させてもらう。……第一、交渉は対等な条件でやるものだろう?」
「く……くく……。面白い、それでこそ助けた甲斐があるというものだ」
 楽し気にそうつぶやいてから、都破沙はリーダーへ向き直った。
「よかろう。いい返事を期待しておこう」
「感謝する。僕の名は――」
 リーダーは自らの名を都破沙に告げると、先を急ぐべく姿を消した。1人残された都破沙だったが、じきに迫ってくる複数の足音に気付いた。恐らくはGDHPの連中であろう。囲もうという腹づもりらしい。
「来たな人間とその走狗。化物の闘争を味あわせてやろう。ふふ……精々踊ろうではないか」
 都破沙は慌てることもなく、その場に立っていた。やがてGDHPの者たちが姿を見せ――彼らへ稲妻が降り注いだ。都破沙の使用したダークフォース、真衝雷撃の力であった。
「私に志を語らせるとは悪趣味な冗談だよ、兄さん」
 都破沙のそのつぶやきは戦闘離脱後のこと。それを知る者は、誰も居ない。

●説得
 都破沙の助力もあって、迷宮エリアを抜けてどうにか逃げ切ったリーダーは、ある廃屋へと姿を見せた。
「夏実、居るかい」
 小声で誰かへ声をかけ、廃屋へ足を踏み入れるリーダー。だがしかし、空気の微妙な違いに気付き声を荒げた。
「そこに居るのは誰だ!」
 誰か、奥に潜んでいるようなのだ。
「やれやれ……ま、遅かれ早かれ気付かれるとは思ったけれど」
 などと言ってリーダーの前に姿を現したのは浩之だった。イルイが、リーダーの逢魔が出入りしているらしい場所をつかみ、連絡を受けた浩之がここでリーダーがやってくるのを待ち受けていたのである。
(それにしてもイルイはどうしたんだ)
 本来ここでイルイと合流する手筈になっていたが、未だこの場に現れない。心配して通信機で連絡しようと思っていた矢先に、リーダーが現れたのであった。気になるが、今は目の前のリーダーに集中しなければならない。
「誰だ」
 再度リーダーが浩之へ尋ねた。
「俺か。俺は真田浩之……今は『雪花』の魔皇やってる、といえば分かってくれるかな」
 苦笑いして名乗る浩之。リーダーがぴくんと反応した。
「……北海道に協力する魔皇も居るらしいとは聞いていたが、よもや目の前に現れるなんてね。で、『雪花』の魔皇が僕に何の用だい」
「説得に来た」
「説得だって?」
「ああ、そうだ」
 浩之は頷いてから、大きく息を吐き出した。
「まぁ、気持ちはわかるけどね……。でも、暴力で訴えても、『奴ら』の『いい材料』にされるだけだ。少し調べさせてもらった。人類派議員の偉いさんに暗殺仕掛けたんだって? ところが同じ場に居たGDHPの偉いさんまで巻き込んだそうじゃないか。……そりゃあアジトも急襲されるはずだ」
 組織の上の者がやられたのだ。組織の面子にかけて、何としても犯人を挙げようとするだろう。綺羅たち特殊急襲部隊が動かされるのも当然のこと。
「……間違ったことをしているとは思っていない」
 リーダーが静かにつぶやいた。浩之はじろりとリーダーを睨み付ける。
「正しい間違ってるどうこうを、今ここで議論する気はない。だが、俺は馬鹿なことをしている、とは思ったぞ。議会での魔属の発言力はかなり低い。お前たちの行動でさらに下がったことだろう。いいか……お前たちの活動は、酒をあおって上司の愚痴をこぼすサラリーマンと同じだ。『本気』で奴らとヤりあうつもりなら、酔いを醒ませ。仮にも『組織』を束ねる器があり、それだけの信頼を集められるのなら、他に使い方もあるはずじゃないのか? どうなんだ、おい?」
 心から自らの意見を訴える浩之。しばしの沈黙の後、リーダーが口を開いた。
「……酔っているのはどっちかな」
「何?」
「日本……今はパトモスか。現状は僕に言わせれば、口当たりのいい甘いカクテルを飲まされた若くうぶな女性みたいなものさ。口当たりがいいからついつい飲んでしまうけれど――そこに隠れる高いアルコール分に気付かない」
「気付いた頃には、飲ませた相手のなすがまま……か?」
 浩之がそう尋ねると、リーダーはこくりと頷いた。
「僕が望むのは対等な関係だ。従属なんかじゃないし、支配や独立を望む気もない」
「……だからって、ウォッカ放り込んでどうするよ」
 呆れたようにつぶやく浩之。
(説得は決裂だな)
 と思い、浩之が実力行使を考え始めた時である。
「秋人様から離れなさい!!」
 廃屋の外からその声とともに、入ってくる2つの人影があった。
「夏実!」
「イルイ!」
 秋人と呼ばれたリーダーと、浩之の声が重なった。巫女装束に身を包んだナイトノワールのイルイが、夏実と呼ばれた逢魔に頭部へ銃を突き付けられていたのである。
「繰り返します、秋人様から離れなさい!」
「やめろ、夏実!」
 再度警告する夏実を秋人が叱りつけた。そして浩之の方へとすぐ向き直る。
「申し訳ない。彼女は君の逢魔だね? 夏実には今すぐやめさせるから……」
 秋人が本当に申し訳なさそうに浩之へ謝った。
「イルイ……いったいどうしたんだ」
「すまない。不意を突かれた」
 とても渋い表情のイルイ。恐らく廃屋の様子を窺っていた時、夏実に発見されてしまったのだろう。
「夏実。すぐにその娘を解放するんだ」
「分かっています。ですがそれは、秋人様の身の安全が確保されてからです」
 夏実としては、あくまで秋人の身の安全が先らしい。
「……分かった。手を出さない、それでいいな」
 結論を下す浩之。信頼するイルイを見殺しにすることなど、出来る訳ないのだから。
「馬鹿なことを……」
 イルイが悔しそうにつぶやいた。
「秋人様、こちらへ」
 淡々と言う夏実。秋人は夏実の方へと歩きかけ、浩之へ振り向いた。
「お詫びに1つだけ約束しよう。僕がこの先、組織を作ることはない。僕と夏実だけでこれからは動いてゆく。2人で出来ることなんて、たかがしれているだろう?」
「……それ、多少は説得の効果があったと考えるぞ」
「さあね。僕はただ、対等な関係で居たいだけさ」
 秋人はそう言い残し、夏実とともに廃屋から足早に姿を消した――。

●捜索
「ここかな」
「……たぶん」
 そんな会話を交わしてから、恭華とフィアリスは廃屋の中へ突入した。だが中はもぬけの殻、誰も居やしない。それもそのはず、秋人と浩之が顔を合わせていた時から結構な時間が経過していたのだから。浩之とイルイもまた、姿を消していた。
「ちょっと遅かったみたい……」
 やれやれと肩を竦める恭華。その姿はスカートが破れたり、袖が取れていたりとかなりぼろぼろ。フィアリスも似たようなものである。砲撃の影響もあるが、最短距離でここまで突っ切ってきたのもかなり影響していた。
 砲撃による混乱後、フィアリスのダウジングによって多少なりとも反応のあった方角に怪しい場所はないかと本部へ問い合わせた。で、挙げられた場所を順番に回ってきたのである。
「仕方ない。遺留物を探そう」
 せめてもの手がかりを得るべく、恭華とフィアリスは気持ちを切り替えて廃屋の捜索を始めた……。

【了】