■呉テンプルム偵察■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオ クリエーター名 みそか
オープニング
 広島県の呉テンプルムを調査して欲しいのです。どのテンプルムに関してもそうですが内側の武装、配備についてはまだ不確定な部分が数多くあります。
 今後テンプルムを攻略するのにあたって、必要最低限の情報を得ておくことは悪いことではありません。
 もちろん最深部まで調査できたならばそれが一番ですが、テンプルムの中は敵の真っ只中です。新帝軍に正体を見抜かれるようなことがあれば、それは魔皇様の命に関わることになります。くれぐれも無理な深追いは避けてください。
 それでは、非常に困難な任務になるとは思いますが魔皇様の奮起をお願いいたします。

 司からの願いを聞いて魔皇は額から脂汗を流す。どうやら今回の任務は命がけになりそうだ。
シナリオ傾向 偵察。場合によっては戦闘
参加PC 御神楽・真澄
柊・日月
筧・次郎
御影・涼
鈴科・有為
白鐘・剣一郎
幾瀬・楼
呉テンプルム偵察
 『テンプルム』一年数ヶ月前突如として人類の前に現れたそれは人々の心に畏怖を植付けた。ある者はその姿に恐怖を抱き、またあるものは憎悪と嫌悪を、また別の者は頼もしさと誇りを覚える。テンプルムはまさに神帝軍の象徴であった。
 そして現在も、各都市の上空ではテンプルムが魔皇達を見下ろしている‥‥。

●一幕(第一層)
「いやぁ、このテンプルムの広さ、そして何より神々しさといったら素晴らしいものがありますからね。‥‥いえ、もちろんグレゴール様が個別に清掃員を雇うのが悪いと言っているわけではありませんよ」
「つまり私どもの申したいことといたしましては、私ども清掃会社に仲介をお任せいただければ長年の経験により蓄積された、徹底した清掃指導が行えるので。神帝軍の皆様により快適かつゆとりある生活がお送りいただけると思うのです」
 派手な髪を黒く染め上げ、カラーコンタクトと眼鏡で瞳まで地味にしてすっかり清掃会社の営業マンになりすました御影・涼(w3a983maoh)と逢魔・伊珪は一階のグレゴールを前にして、頭の脳細胞をフル動員しながら慎重に言葉を選んでなんとかグレゴールに取り入り、そして情報を聞き出そうと苦心する。
「よろしければ近日にでも社員を派遣いたしますが‥‥。いえいえ、当然お試し期間ですのでお金のほうは頂きません。はい、信頼と信用が我々のモットーなもので」
「つきましては是非とも見積もりの方を‥‥。見たところかなりの階数ありそうですので‥‥‥‥」
 涼と伊珪の巧妙な営業トークはグレゴールに話す間も与えず、不信感を相手に与える間もなく話をポイントまで持っていく。だが、その言葉を発すると共に二人の脳裏に大きな疑問の渦が浮かぶ。テンプルムの外観と噂とが余りにも釣り合わないのだ。噂では四階層までという話ではあったが、外観とこの階層の高さを見比べてみる限り八もしくは九、下手をすると二桁にのぼる階層があると容易に想像できる。
 噂とは概してあてにはならないものだがここまで違うというのも珍しいと二人は感じながらも、だからこそ自分たちがここに来ているのだという使命感を思い出し、二人は必死にグレゴールから情報を聞き出そうと苦心する。
 しかし、グレゴールの口は思いのほか堅く、無料なら掃除してくれと言われた一階層の地図の他は、結局明確な数字に基づいた情報を手に入れることは出来なかった。
 二人はこれ以上の詮索が無意味であり、かつ危険であるということを判断すると適当なところで話を切り上げて応接室を後にする。
「涼‥‥。いまいち情報が入らなかったな」
「そうでもないさ伊珪。少なくとも一階層の地図を手に入れただけでも俺と伊珪の成果と言えるさ。‥‥それにしても今回の依頼はあてにならない情報が多すぎる。二階層に行った奴らが無事だといいんだが‥‥」
 涼はうつむく伊珪を力強い言葉で励ますとメモ帳を開き、今回得られた数少ない情報を確かに書き留めた。

「むむっ、登ってはいかんというのか!! 山はこれほど近くにあるというのに、登攀を断念せねばならん理由は!?」
「度し難い愚者め‥‥‥‥。第一注意をひいたら終わりの状況で何故そのような目立つ格好なのだ!」
「‥‥それ以前に‥‥登っている最中に‥‥ネフィリムに撃墜されて‥‥終わる気がしますが」
 幾瀬・楼(w3g589maoh)は市役所からテンプルムまでを登山用ロープで登攀するという無謀な計画をたてたが、逢魔・宇明と逢魔・鳩の冷静な指摘によってすごすごと異様に長いロープを手放す。
「だが目の前に山があるのに登らないというのは‥‥‥‥」
「‥‥今回の依頼はそのような戯れを行ってよい類のものではないでしょう。グレゴールに私達の正体が知られたならばそれは私達には死の危険を、そして二階層に潜入しておられる魔皇様にとってはほぼ確実な死を意味します。‥‥くれぐれも、無謀な行動は控えて下さい」
 尚も食い下がる幾瀬を逢魔・ペトルーシュカが諌め、幾瀬が静かになったことを確認すると、四人は他の魔皇達に比べると遅れ気味にテンプルムへと繋がるエレベーターに乗り込む。エレベーターは魔皇が乗っていることもつゆ知らず、機械的にスピードを高めるとものの十数分でテンプルム‥‥敵の本陣へと魔皇達を誘った。
「お疲れ様。ここまで来るの疲れたでしょ?」
「うん、お姉ちゃんもこんな素敵なところに誘ってくれてありがとう。ここの地図ってある? ペトちゃんと二人で自由課題の研究するんだっ!」
 一足先にテンプルム内に潜入し第一層の内部構造を調べてきた逢魔・沙玖弥は四人を出迎えると、普段からは到底想像も出来ない笑顔と口調で話し掛ける鳩と抱擁する。
「張り切るのはいいけど迷惑をかけないように注意してね。‥‥それに、こことここと、ここは立ち入り禁止だから勝手に入っちゃ駄目だよ」
「うんっ。‥‥ハトちゃん、早く行こっ!」
 一通り社交辞令を済ませた後、沙玖弥はパンフレットとそれに挟まれた一階層の詳細な地図を手渡すと笑顔で、まるで親友のように手を繋いでテンプルムの中を歩き回る鳩とペトルーシュカを見送る。
「パティ、演技特訓の成果はどうでしたか? 是非とも普段からその口調で話し掛けていただきたいところなのですが」
「‥‥あれくらいなら‥‥誰でも演技でできます。‥‥お望みとあれば今日からでもあの口調でお話しますが?」
「いえ、やはり調子が大いに狂うと思うのでやめておきましょう」
 携帯電話の振動を察知した鳩が緊張に表情を僅かに歪めながら人気のない場所まで走って通話を開始すると、受話器の向こうからはそれと相反してなんとも気楽な声で話し掛ける筧・次郎(w3a379maoh)の声がした。
「いえ、やはり大いに調子が狂いそうなのでやめておきましょう。ところでそちらの首尾はどうですか?」
「‥‥それは終わったら連絡します。‥‥第一携帯電話は非常時もしくは作業終了時以外使用しない約束では?」
「そのつもりだったんですがね。いやぁこちらの仕事がなんとも予想外でして。パティの声でも聞かないと混乱してしまうんですよ。っと、あまり長く話すと盗聴されるかもしれませんね。用件のみを話します。今、涼さんと伊珪さんが一階の監視を引き付けてくれているそうです。つまり‥‥‥‥」
 鳩は受話器の向こうで話す主の言葉からその表情までを読み取ると、周囲の視線から隠れるようにとある区画へと走っていった。

●二幕
「さて、これからどうしたものでしょうねぇ‥‥。まさかテンプルムがこれほど複雑で、なおかつエコロジーな建造物だったとは。予想外も予想外、まったく、掃除のしがいがありまくりですよ」
 筧は噂で聞いたテンプルムと目の前に広がる情景の余りにもの差異に、建築物と生物が融合したような質感をもつテンプルムの壁を握り締めながら、誰へともなく嫌味を放つ。
「仕方ないだろう。調査することが僕達の役目だったんだ。こういうことがわかっただけでも収穫だよ」
 清掃員に変装して二層に潜り込んだ柊・日月(w3a201maoh)は筧と同じく噂で聞いていたものとは全く違う、流線的かつ生物的なテンプルムの構造に溜息をつきながらもなんとか気を取り戻して地図と写真を書き記す。
 二人に渡されたものは断片的というよりは極地的な地図とほうきと塵取りが一組。掃除場所まで来るにも目隠しを強制されてぐるぐるどこかを回る始末であった。
「そもそも階層という考えに間違いがあったのかもしれない。ここには上り坂もあれば下り坂もある。もっと何か複雑な建造物なのか‥‥」
「ですがね、これではまったく何の役にもたちませんよ。『いやぁ、テンプルムの中はごちゃごちゃしていて何がなんだかわかりませんでした』というののどこが情報ですか!」
「‥‥それはそうだね。でも焦りは禁物だよ。他の情報が全て間違っていたとしてもここが敵の本拠地ということに間違いはないんだ。‥‥だけどこのまま帰っても仕方がないというのもまた事実。他の人たちも多分同じ考えだろう。ここは少し危険を冒してでも‥‥」
 柊の言葉に筧は冷や汗を流しながら頷くと、現在時刻と掃除終了時刻とを見合わせながらテンプルムの奥へと慎重に歩を進めていった。

「ここは居住区か? ‥‥くそっ、何がなんだかわからん」
 鈴科・有為(w3d105maoh)は、緊張のあまりモップを握り締めたまま震える指先をなんとか押さえ込み、呪文のように何かを呟きながら掃除担当場所への通路とこれまであった分岐路の数を必死に頭に繋ぎとめる。
「こっちは大丈夫だ。掃除ご苦労」
「っ!! ‥‥なんだ、あんたか。驚かさないでくれ」
 突然目の前から放たれた声に、思わず飛び上がって声をあげそうになるのを両手でなんとか封じ込めると、有為は目の前の人物に安堵の嘆息を漏らす。
「小声で話そう。どのみちみんな掃除を真面目にやっているわけではない。少しくらい情報交換をしても怪しまれることはないだろう」
「それはそうだがな‥‥。で、これから先はづなんだ?」
 有為はいつの間にか震えが止まった右手で帽子の上から頭をポリポリと掻くと、同じ服を着た白鐘・剣一郎(w3d305maoh)に小声で話し掛けた。
「ああ、沙玖弥からカウンターをもらったから一応それで数えてみた。部屋らしき扉の数は10だ。全部個室だろうからこのフロア‥‥便宜上のフロアには10人グレゴールが住んでいるということになる」
「このフロアで10か‥‥。これから上に全部それだけグレゴールが住んでいるとすれば合計は70か80程度。‥‥思ったより少ないな」
「だがどちらにしろ今の俺たちでなんとかできる数ではない。‥‥それに何にしろ不確定要素が多すぎる。ここはひとまず撤退して他の奴らの情報と合わせよう」
 有為と剣一郎は余りにも不可思議なテンプルムの構造に溜息をつきながらも作業場所に戻り、テンプルムを後にした。

●三幕
「つまり我々は誰にしろ己の信念に基づいて行動しているわけだ。そりゃ気に食わない奴、明らかにおかしい奴‥‥。たくさんいるが、結局のところこの世界をよりよい方向に持っていこうという姿勢は変わらないわけだからな。いちいち目くじらを立てても始まらないさ」
 御神楽・真澄(w3a125maoh)は、掃除場所に偶然通りがかった人のよさそうなグレゴールの愚痴を交えた世間話を聞いていた。
「そうなんですか‥‥。でも、聖鍵戦士の方は戦いに赴かれているようですけど‥‥やはり戦いをお望みなのでしょうか? ‥‥私は、戦いは‥‥‥‥怖いです」
 真澄の言葉にグレゴールは軽く含み笑いをすると、至極当たり前のことを知らない人物へ知識を教える時のように、例えるならば未開の土地に住んだ原住民にテレビの存在を教える一般人のように『やれやれ』と呟きながら質問へ返答する。
「怖いに決まっているじゃないか。我々だって命は惜しい。‥‥だがね、君は目の前に銃を持った殺人鬼がいて、後ろには大事な人がいる状況で果たして怖いと言っていられるかな? それと同じなんだよ。我々はよりよい世界を作り上げ、守るために行動しているわけだ」
 グレゴールの自信に満ちた言葉に真澄はただ感情の篭っていない声で頷くことしか出来ない。だが、彼女にそれ以上の何を言うことが可能だったのだろうか? 己と家族との生活を保つために殺しを働く男と、大事な恋人を殺された女。この二人を主人公として果たして喜劇は書けるであろうか? どちらが正しいわけではない。どちらが間違っているわけでもない。ただ、根本的に生きる枠が、生まれた環境が、考え方の方向が、とにかく何か大事なものが全く違ってしまっているのだ。人は常識の中で生きる。だが、その常識が全く通用しなかったとしたらどうだろうか? 自分にとってそうであるように相手にとっても自分は非常識な人間に他ならないのだろう。
 その意味で魔皇とグレゴールはまさに対となる存在であった。夕方と夜は時に同居できるかもしれないが昼と夜の同居は出来ない。答えは至極単純なことであったのだ。そして、答えというものは大抵単純なものなのである。
「‥‥そろそろ仕事に戻らないと。あの‥‥私結構ドジなので、その、危険な場所‥‥例えば武器とかがある所は危ないから近付かない様にしたいのですが。‥‥場所って教えて頂けますか?」
「ああ、つまらない話に巻き込んですまなかったな。掃除用に大体の地図はもらっているだろう。その地図に書かれていないところには入らないほうがいい。‥‥もちろん君がそうだというわけじゃないが仲間には疑り深い奴もいるからね。時間になればここに誰か迎えに来るさ」
 答えを知って悲しげな真澄の表情を別の意味に受け取ったのか、グレゴールは話を切り上げると返答もそこそこに真澄の前から立ち去る。それは彼なりの気遣いではあったが、その共通した優しさは真澄にとって、ただ明確な違いを浮き彫りにするだけのものでしかなかった。

●終幕
「今、連絡が入りました。‥‥便宜上の二層から三層へと上階へ向かう道を日月様が発見したようです。また、筧様がエネルギー集積機関であろうものを発見したそうです‥‥」
 ペトルーシュカは受話器の向こうで話す日月の報告が終わると同時に携帯電話の電源をオフにする。一般解放区域とは全く違った、神々しさに満ちた有機的な世界に来てしまったかのような光景は彼女達を警戒させるには十分すぎるほどの効力を持っている。
 幾つかの通路と扉を通過した後、少し開けた場所に出る。壁から覗き見れば、視界に映ったのは記憶にある機体‥‥。まるで植物のように壁からはえるようにして格納されているネフィリム。
「なるほど、格納庫ですか。‥‥ここまでにしましょう。これ以上深入りすると危険です」
「‥‥了解‥‥。‥‥撤収‥‥‥‥します」
 二人はネフィリムが数機配置されている格納庫を数枚写真に収めると、足早にテンプルムを立ち去った。

 偵察は混乱をきたしながらもなんとか成功し、魔皇達は貴重な情報を持ち帰った。