■落武者狩り■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオEX クリエーター名 松原祥一
オープニング
 そこのけそこのけ、魔皇が通る。

●不和と悪と戦乱
 神帝軍降臨から一年目の3月某日。
 折しも、東京千代田上空では神魔の一大決戦が繰り広げられていた。
 この物語はそれに前後する。

『現在目標は高井戸から八王子方面へ高速で移動中‥‥』
「四係明智以下10名現場に到着しました」
『何としても、目標を都外へ出すことだけは阻止せねばならん』
「千代田は、凄い事になってますよ。いいんですかね、僕らは此処にいても」
『目標は単騎だ、一気に片をつけろ』
「あーあ、警官なんて損な商売だぜ」
『調布の迎撃ライン、突破されました!』

 都心での両軍衝突の余波は凄まじい速度で拡散していた。
 魔皇軍側の切り札である悪魔化の影響だ。
 一部の楽観主義者達を嘲笑うように、この秘術はコントロール不能である事はすぐにわかった。同士討ちすら起きた。それでも暴力的な戦闘力強化の効果が無視できないのも事実だったから、悪魔化は瞬く間に戦場すべてに波及した。
 但し、本当の悲劇は戦いのあとだった。
 巨城が堕ちてもデアボライズの解除に成功したのは全体の半分にもみたず、悪魔の暴走が始まった。

「押されてるか」
 武田彰利はパイプ椅子の中で身動ぎした。
 彼が指揮する警視庁魔皇対策課五係は府中にいた。巨大神殿決戦に警察の出番はなく、もしもの時の桜田門の運命を考慮して後方に追いやられた。
「‥‥二月前に退官しておけばな」
 題目はある。決戦前後で跳梁する魔皇軍の行動抑止、しかし首都圏へ入り込んだ魔皇は一万を超える。このとき百人に満たない対策課に出来ることは何もない。
「腐るな。府中神殿からも連絡は入れてもらってるんだ。もうすぐ出動命令が来るぞ」
 答えたのは六係の山内警部。武田、山内の両名は所謂同期の桜だ。
「犬死だぞ」
 魔皇対策課は警視庁と神帝軍のどちらの本道からも外れる故に、独自の情報網を発達させていた。おかげで幸か不幸か警察官の中では最も早く桜田門の運命を知った部類に入る。
「そうは思わん。自衛隊まで戦争を始めた、市民を守るのは警察の仕事だろう」
 二人の警部と彼の部下達はその日全員殉職する。

 デアボライズ魔皇達は破壊衝動のままに市街を蹂躙、府中市だけで死亡者は一千人を超えた。僅か一日にも満たない決戦で関東近圏の死者は延べ数万人に達したが、その殆どが決戦そのものでなく、決戦後に暴走した悪魔化魔皇による被害者だ。また人間の精気を求める悪魔達の習性により、都心から避難していた人々の避難施設が真っ先に襲われるなどの悲劇も各地で起こった。

「悪魔の戦略だな。今の戦力で神帝城を攻略すれば、こうなる事は予測出来た」
 生々しい破壊の跡を眺める男がいた。八王子署襲撃犯の久留間遊介。
「だから言ったろニイさん? あの司なんてアマどもを信用しちゃダメさぁ」
 久留間に近づいたのは総髪の巨漢。名は設楽九鬼。名前の通り、鬼の如き悪相の持主だが、不思議とその口調は陽気だ。
「‥‥司は敵か?」
「司は味方さ。いいかぁ、ニイさん。敵に勝てるんなら、どんなに危険な兵器だって使いたいのが人情だよな。負けそうなら核兵器のボタンだってバンバン押すさ。それが人間だよ、これからは大変だぞぉ。なにしろ魔皇怒らせたらすぐ悪魔化だ、がははは‥‥」
「それがどうした、とうに俺達の道は鮮血と共にある」
 久留間は設楽に背を向けた。
「ニイさん、一緒にやらねぇか? 今が攻め時だよ」
「やり残した仕事がある」

●敗残兵と落武者狩り
 東京決戦を生き延びたグレゴール達も安心は出来なかった。
 ギガテンプルムからのエネルギー供給で活動していた彼らはすぐさま他のテンプルムと再結合しなくては生きていけない。だが激戦に疲弊した聖鍵戦士達のなかにはシャイニングフォースを使う力さえ残っていない者も多かった。
 設楽は決戦に参加した魔皇達に声をかけて、東京から流れてきたグレゴールを叩くべく網を張った。
 落武者狩りである。
 神帝を倒したとは言え、神帝軍は決して牙を失った訳ではない。まだ終戦には程遠いのは誰の目にも明らかだった。それならば勝利に酔うよりも叩ける時に敵を減らしておくのが男の信条だった。

 そして落武者狩りを行う彼の耳に、東京に留まっていた約20名のグレゴールの情報が飛び込んでくる。ギガテンプルム墜落時、そのグレゴール達は力を合わせて自分達のマザーを脱出させようとしたらしい。何とか脱出には成功したもののマザーは負傷し、彼らの努力も空しく数日後に息を引き取った。無論、残された彼らには新しいテンプルムへ向かう以外に道は無い。
「泣かせる話さぁ。だけど弱った敵は叩かないとねぇ」
 設楽は戦士達を死んだマザーと同じ所へ送ろうと考えたが落武者狩りに参加した魔皇達は傷を癒す為に一端隠れ家に戻ると主張した。しかたなく彼は自分の逢魔を通じて密と連絡を取る。
 他の魔皇の応援を求めるためである。

 傷ついたグレゴール達は都心から西方――東京競馬場近くの府中神殿を目指していた。それより近く中野や杉並、三鷹にも神殿はあるが、これらのテンプルムは既に敗残兵を収容しすぎて余剰グレゴールが問題になり始めていた。

「‥‥すまない、迷惑をかける」
 グレゴール奥田敬は少年に頭を下げた。分散した20数名のうち、奥田と四人の仲間はいち早く府中市に入る事が出来た。しかし、1人のグレゴールがそこで体力の限界に達した。ボロボロの体を引きずり、進退窮まった彼らに目の前の少年が手を差しのべた。
「気にしないでいいよ。困ってる時はお互い様だから」
 グレゴール達はラーメン屋を営む少年の家に匿われていた。少年の両親も彼らの事情に同情して快く部屋を貸してくれた。
「私の従兄弟が皆さんと同じだったんです。遠慮なさらず、必要なことがあれば言って下さい」
 父親と仲の良かったその従兄弟は東京で戦死したそうだ。
「ありがとう」
 どうやって仲間か府中神殿と連絡を取ろうかと奥田達が悩む中、敗残兵を探す逢魔の密は彼らを発見した。

 一方、府中神殿では。
「まだ連絡はないか?」
 大天使サリエルは20数名の未帰還グレゴールの存在を知り、彼らからの連絡を待っていた。居所さえ分かれば、ネフィリムを送って回収するつもりだったが、肝心の伝令は設楽らによって殺害されていた。
「探せ。これ以上、魔皇達の好きにさせてはならん」
シナリオ傾向 ハード系、PC主導、ドラマ重視
参加PC 錦織・長郎
筧・次郎
速水・連夜
メレリル・ファイザー
仲原・恭平
柴田・こま
キリカ・アサナギ
ゼスター・ヴァルログ
不破・流斬
北原・亜依
フィル・クライス
電我・閃
殺魔・玲璽
岸谷・哀
斬煌・昴
落武者狩り

●混迷依頼
 府中駅。
 様々な手段で到着した魔皇達を依頼人は愛想良く出迎えた。
「がははは、それで班分けかぁ。そこまでしてくれなくても良かったんだが」
 頭数が合わない理由を聞いて、設楽九鬼は声を出して笑う。依頼を受けた魔皇15人は意見の相違から、幾つかの班に分かれていた。
「という事は、お前さん達は『殺しOK班』と。どうも、よろしく」
 待ち合わせ場所に現れたのは魔皇5人とその逢魔。
 錦織・長郎(w3a288)、仲原・恭平(w3b417)、キリカ・アサナギ(w3b902)、逢魔・ナナ(w3b902)、北原・亜依(w3c968)、逢魔・アサミ(w3c968)、それにメレリル・ファイザー(w3a789)と逢魔・モーヴィエル(w3a789)。しかし、この班の名前は誰が考えたのか‥この時期の魔皇達の心理状態を垣間見るようで面白い。
 残る魔皇10人と逢魔は『殺しNO班』とか『交渉班』というらしく、また単独行動を選んだ者もいるようだ。各班は必ずしも味方とは云えない関係であり、いつどこで絡んでくるかは分からなかった。
「それじゃ、ちょいと汗かいて貰いますか」
 設楽は用意しておいた府中周辺の地図のコピーを1人ずつ手渡す。北原を除いて、他の4人は同じ事を考えていたので黙ってそれを受け取る。人数が少なくなったのでかなり穴が空く事になるが、捜索は原則二人一組で行う。また幾ら相手が弱っているからといって、敵の数が多い時は手を出さないよう注意がされた。
「それでグレゴールを探している最中に、柴田達に出会ったらどうするの?」
 地図を見ていたキリカは聞いておかなければならない事を口にした。『殺しNO班』の中心人物、柴田・こま(w3b515)はキリカ達が倒そうとしているグレゴール達を助けると言った。遭遇すれば穏便にはすまない。
「因果を含めて、それで駄目なら‥」
 依頼を無下にされ、面白くはないはずの設楽は笑っていた。

 依頼と敵対する道を選んだ『殺しNO班』。
 メンバーは柴田、逢魔・カーラ(w3b515)、不破・流斬(w3c871)、逢魔・神無(w3c871)、電我・閃(w3g357)、逢魔・欄(w3g357)、岸谷・哀(w3h560)、逢魔・N(w3h560)、斬煌・昴(w3i628)の9人。OK班と比較して設楽の分だけ魔皇が1人少ない。
「私達が、一番乗りですね」
 柴田たちは待ち合わせ場所には現れず、グレゴール達の発見されたラーメン屋に直行した。
「抜け駆けと云われそうだが、仕方ないか」
 電我は用意した無線機を他の班に渡す時間が無かった事をぼやく。9人はラーメン屋が見える道の角に集まっていた。
「まあ、魔皇同士で殺しあう訳にもいかない。となれば俺達が奴らに先んじてグレゴールを助け、依頼を無効にするしかあるまい」
 諭すように岸谷は云った。
「弱ったグレゴールを殺すなんて悪趣味な真似をさせない為にはな」
 岸谷は以前に穏健派の権天使と会った事があり、心が和平に傾いていた。話し合いで戦いが回避できると信じていたし、だからこそ依頼に反してグレゴールを救う話に乗った。柴田班は、尋常な戦いなら拒まないが気の進まぬ戦いは御免というタイプが多いようだ。
「奥田さんたちを助けて、みんなでラーメンを食べて帰りましょう」
 柴田の言葉に、逢魔・Nは激しく賛意を示した。
「あ、それ大賛成です。‥‥グレゴールさん達とらーめんを食べたら‥幸せですね」
 Nは夢をみるかの様に微笑む。

「俺達たった二人で、他の奴らより先にグレゴールを見つけるのか?」
「‥難しいが、見過ごせない事実が目の前にあるんだ。餓鬼の使いではないんだから、1人でも多く救わなくてはな」
 フィル・クライス(w3e852)と速水・連夜(w3a635)は『交渉班』。
 立場的には設楽班と柴田班の中間で、発見したグレゴール達には降伏か戦闘かを選ばせる。降伏した者は神帝軍を離反したユディットのいる旭川テンプルムに送り届けるが、あくまで魔皇との戦いを選ぶなら倒すというスタンスだ。どっちつかずの感があるのか、最も人数は少ない。

 三班で魔皇が12人、残る3人の行動は不明。
 依頼者の手を離れ、思惑入り乱れた府中の落武者狩りの行方は何処か‥。

●殺不殺
「では、交渉はわしに任せてもらうぞ」
 白髪の魔皇は有無を言わさぬ目で仲間達の了解を取り付ける。そうして不破流斬はラーメン屋の裏口まで回り、ドアの隙間に手紙を押し込んだ。扉を二度ほど叩いてから不破はひとまずその場を離れる。
「素直に話を聞いてくれればいいがな」
 不破が出たあと、斬煌は不安を吐露するように呟いた。グレゴールにも戦う理由はあるだろう。交渉は容易ではないと思っていた。仮に決戦で敗北したのが魔皇軍で神帝が講和を申し出ていたら、魔皇達は不利な講和を受け入れたろうか。
「聞いてくれなくても、いいです。それでも、私は‥彼らを助けます」
 決意を口にする柴田。それに答えるように、すぐ近くで声がした。
「探したわよ」
 現れたのは不破ではない。道の真ん中に立った少女は柴田達を見据えていた。
「グレゴール達を府中に行かせる訳にはいかない、ここで諦めてもらうわよ」
 少女の目にあるのは敵意。大勢に影響が無い交渉班と違って、柴田の目的は彼女には見過ごせなかった。その思いがある故に設楽班で唯一人、彼女はこの場にいた。
「北原さん‥‥」
 柴田は動けない。柴田は戦闘的な性格ではない。切り替わるのが遅い。
「こま! 何ぼーっとしてますのっ」
 反面、カーラの反応は群を抜いて速かった。逢魔は躊躇なく魍魎の矢を北原に放ち、主人を庇うようにこまの前に立つ。
「‥馬鹿ね、自分から出てくるなんて」
 狙いは初めから逢魔。光がカーラを撃ち、体を硬直させた凶骨は構えた格好のまま倒れる。真蛇縛呪だ。暫くは指一本動かす事も出来ない。
「なっ」
 岸谷は声を失う。彼は真魔炎剣で神輝力で囚われた者は解呪出来る。しかし、ダークフォースは破れない。真蛇縛呪を破れるのはシャイニングフォースだけだ。
「グレゴール達を府中に送ると言うことは、サリエルにネフィリムを送る場所を知らせ、仲間達の命をネフィリムの刃の前に晒すこと。傷ついた敵を助けるために仲間の命まで危険にさらすなら、貴方はただの裏切り者よ。何もできないよう、私がきっちり足止めしてあげるわ」
 最初に倒したかった時空飛翔の使い手を無力化し、冷徹な北原の目が柴田達を捉えた。

「カ‥カーラ?」
 私はカーラがいるし、大丈夫‥‥そう柴田は思っていた。
「柴田様、お覚悟を」
 武器を構えたアサミが柴田に迫る。柴田は盾を出して攻撃を受け止めた。反撃しようと真デヴァステイターの引き金にかかった力に必死で耐える。逃げ出したかったが、それは奥田達を見捨てる行為だ。
「違う」
 ならば出来ることは一つだけ。
「私が、貴方をここで止めます‥‥奥田さん達をお願いします」
 一度、閃達に振り向き、柴田は北原の前に出た。
「馬鹿もそこまで来ると、笑えないわね」

 電我、欄、岸谷、N、斬煌の五人は北原の横を抜けていく。北原は追わなかった。彼らは北原と比べると一段は落ちる。あとから追いかけても十分だった。

「‥‥む」
 ニードルアンテナを出していた不破は変事を感じ取る。傍らの神無が短く悲鳴をあげた。通りに出た不破は数十m先で北原と対峙する仲間達の姿を見た。
「馬鹿者がっ」
 走り出して、そこで初老の男は別の異変に気づく。

「ゼスター、大丈夫ですか? 顔色が少し悪いですよ」
 主人を気遣う逢魔・ソフィア(w3c305)に、ゼスター・ヴァルログ(w3c305)は平静を装って答えた。
「別にいつも通りだ。‥‥唯、この辺りにはあまり良い思い出が無い。それで少し気が滅入るがな‥」
 ゼスターは思うところあって単独で動いていた。1人の身軽さで最も早くラーメン屋に来ていた彼は今まで影に潜んで息を殺していた。
「ソフィア、周囲を警戒しておけ。それと、いつでも戦闘に入れるようにもな」
 逢魔に注意を促してすぐ、ラーメン屋から5人の客が出てきた。客達は無言で店の横に停められたラーメン屋のライトバンに乗り込む。
「まさか」
 ゼスターは発進した車を追いかけた。全力で疾走し、ライトバンの上に飛び乗る。
「逃げられると思ったか? 所詮、敵は敵だな。‥‥ならば、1人残らず黄泉に送るまでだ!」
 ゼスターの真両斬剣が次の瞬間には文字通りバンを真っ二つにするかに見えた。
「いかんっ! 待った‥‥いや待て!」
 不破の必死の制止がなければ、そうなっていたであろう。狼風旋を使った不破は素早くバンの前に回りこみ、ディフレクトウォールを出した。急制動をかけた車がスピンするのを不破は盾をぶつける。車は止まったが、老戦士はガードレールまで飛ばされる。
「どういう事だ?」
 真シューティングクローで車を止めるのに力を貸したゼスターは、合点がいかない顔だ。
 車に追い付いた電我達は魔皇殻を突きつけて客を外に出した。
「まだ決裂したと決まってはいない」
 不破は外で奥田達と交渉したい旨の手紙をラーメン屋に置いていた。直接乗り込まなかったのはその場で戦いになった場合の人間の被害を憂慮したからだ。
「離せ、悪魔! その人に触るな!」
 引き出されたうちの1人は子供だった。ファンタズマの腕を掴んだ斬煌を睨んで視線を外さない。
「その人?」
 電我はハッとして客達を見る。柴田班は依頼の本流から外れていたので情報が殆ど入っていない。そして神属を見分けられる者が1人もいない。
「しまった!!」

「小細工して、逃げられると思った?」
 北原の真葛藤の鎖はグレゴール奥田敬の胸を貫いていた。裏口からラーメン屋の夫婦に伴われて現れた奥田達の前に北原は立ち塞がった。車内の人数が合わないことはアサミが気づいた。
「奥田! おのれ、魔皇!」
 完調なら立場は逆だったかもしれないが、今は北原が圧倒的だ。奥田の息の根を止め、飛びかかるグレゴールを反対に叩きのめす。
「なんて酷いことを‥‥この人達は戦える体じゃないんだ!」
 ラーメン屋の主人の嘆きは、真蛇縛呪で動きを封じられた柴田の耳にも届いた。
 倒れた柴田の瞳は無情にも最後に残る導天使に放たれた鎖の軌跡を写していた。
「つッ」
 鎖は天使に届く直前で、真テラーウイングで飛び込んだ岸谷の背中に当たった。
「痛‥‥く、ここで退いたらシモンに合わせる顔が無い!」
 天使を庇って、両手を広げる岸谷。その手の真サベイジクローは北原に向いていた。戻ってきた柴田班を一瞥し、北原は眉を顰める。全員を呪縛する魔力は無く、そもそも時間が無い。
「もういいわ。‥‥しなさい」
 退却する北原を柴田班は追わなかった。彼らはファンタズマ2人と、ラーメン屋の二階で昏睡状態のグレゴールを保護。天使達は柴田とカーラの呪縛を解いた。完全に信じた訳ではないようだが、目の前で命を助けられた事実は重い。

●捜索の網
「ああ、思想と偽善と欺瞞と混沌に満ちた仲間達、なんて人間らしいんだ。久しぶりに面白い仕事が出来そうですよぉ♪」
 筧・次郎(w3a379)は、双眼鏡で街を覗く。
 筧が居るのは、悪魔化の影響で廃墟になったビルの上。個人行動を選んだ彼は府中駅周辺の騒ぎを無視して東側、都心の近くに陣取った。
「足の引っ張り合いに巻き込まれるのはご免ですからね、独りが一番」
 グレゴールを発見すると言っても一筋縄にはいかない。弱って気配も隠しているグレゴールは一般人と区別がつかない。隠れ難い導天使に筧はヤマを張る。

「キミ、この辺りで聖鍵戦士を見なかったかね?」
 通行人を呼び止め、スーツ姿の錦織はぱちもんの警察手帳を見せた。
「刑事さん、何かあったんですか?」
「うむ、僕は府中神殿から頼まれているのだが、落ち都組の聖鍵戦士を探しているんだ。魔皇が狙っているらしくてね」
 空々しいが、錦織は年齢もそこそこで落ち着いて見えるので信用されやすい。
「堂に入ったものだ」
 二人一組の原則に従ってコンビになった仲原は情報収集は専ら錦織に任せる形になった。彼はグレゴールの知人を装って情報収集する気だったが、錦織のやり方を見るうちに、考えてみればそんな怪しい聞き方は無いと思い直した。寡黙な仲原は偽刑事が職務質問をしている間、黙って後ろで目だけ光らせた。
「要領はナンパと同じだよ。大切なのは、相手を引かせない目配り、気配りだ」
 錦織は携帯で仲間にグレゴールらしき人物の目撃情報を知らせる。今回はどこまで隠密行動を貫けるかが分かれ目だ。それが既にラーメン屋で破綻しているとは未だ知る由もない。
「どうしてグレゴールは、さっさとテンプルムに連絡して迎えに来て貰わないのかな?」
 キリカは逢魔のナナと二人でグレゴール達を探していた。場所は白糸台から多摩川線沿線。
「さあね、色々と事情があるんじゃないの」
 ナナは密から貰ったグレゴール達のリストに目を通していた。情報は所々抜けているが、依頼人に従う設楽班はデータがある分だけ他班より条件は良い。ただ、これはどの班にも云える事だがウインターフォークは1人も参加して居らず、故に突出した成果は見込めない状況だ。
「このだだっ広いトコで、グレゴール探すのはちょっと難しいかな」
 メレリルは調布飛行場の西側を逢魔のモーヴィエルと一緒に歩いた。近くに警視庁が拠点としている警察学校があり、グレゴール達が来る可能性はあった。
「何かイイ情報はあった?」
 烏と話すモーヴィエルに聞くが、逢魔は首を振る。
「先日、警察学校で騒ぎがあったそうだけど」
「それは知ってる。ん‥‥」
 府中の警察学校は警察グレゴール関係で神帝軍の出城のような所がある。メレリルは立ち止まって思案をめぐらせた。

「いま、東京はどんな感じでしょう? 激しい戦いだったと聞きますけど」
 速水は東京に住む友人を心配して出てきたフリをした。話を聞かれた酒屋の店主は難しい顔をする。
「どうもこうも、メチャクチャだね。車で様子を見にいったんだが、会社や家を無くした人達が地面に座って、ずっと動かない姿を見てると‥‥日本はどうなるかと」
 3・15決戦は東京都民に強い反魔皇感情を引き起こしていた。東京中枢の破壊と悪魔の虐殺、魔皇に味方する謂れは絶無だ。多くの魔皇が平穏な暮らしを望んだ結果が、東京の人間には正反対の結果をもたらした。彼らが神帝軍寄りになるのも無理からぬ事だろう。
「きっと‥‥軍が悪魔を倒して、また平和になりますよ」
 その言葉だけは、速水にとって偽りではない。
「神帝軍と言えば、さっきグレゴールが来て、東京の大神殿から落ちた仲間の人の事を聞いてたね。なんでも魔皇が探し回ってるとか‥」

●混線模様
 店主の話を聞いた速水は、フィルに連絡を入れた。
「なんだ? 今は取り込み中だ‥」
「府中のグレゴールが街に出て、仲間を探してる。どうやら痺れを切らしたようだ」
「‥‥こっちもネフィリムに追われて大変なんだ」
 フィルは野川公園を真テラーウィングで飛行し、空からグレゴール達を探した。或いは彼の姿を見た誰かの通報で落武者狩りが露見したのかもしれない。グレゴールを見つける前に、フィルはネフィリムに発見された。
「じゃ、あとでな」
 電話を切った。フィルは低空を木々の間を縫うように逃げたが、追うネフィリムは3機。神機巨兵はテラーウイング以上の速度で地上を疾走した。振り切れないと悟ったフィルが高度を上げようとした時、能天使は数十mを一気に跳躍した。
 巨大な長剣が魔皇の二つの足を体から切断した。

「迷惑なんだけど」
 メレリルは白いコートを纏った殺魔・玲璽(w3g856)の姿に、眩暈を感じた。グレゴールの目撃情報を追った結果、辿り着いたのが仲間では骨折りの甲斐が無いことこの上無い。
「紛らわしいか? だが不干渉と決めたはず、行動の自由は保障されているはずだが」
 殺魔はグレゴールの振りをしていた。彼はグレゴールを二人、導天使を一人救助し、安全な所まで送っていた。対してメレリルは一人のグレゴールを倒している。
「止めたくば、構わん‥‥来い。俺の失敗は既に織り込み済みだ」
「開き直らないで欲しいな。倒す気はないから」
 既に何人かテンプルムに入ったとなると、この依頼は破綻が近い。メレリルは設楽に連絡だけして、持ち場を離れた。

「これで3人」
 私服刑事に化けた錦織と仲原は民家や路地裏に隠れたグレゴールを誘い出し、効率よく始末していた。
「が、がは‥‥?」
 回転する触手の先端が胸を突き破り、血の花を咲かせている。グレゴールは驚きの表情を浮かべ、振り返ろうとして首筋にも真テンタクラードリルを受けて絶命した。
「‥‥不運を呪うが良かろう」
 シャイニングフォースを使い果した戦士達には魔を識別する方法がなく、味方を装った錦織に易々と後ろを見せた。
「呆気ないな」
 仲原は錦織が仕事を済ませる間、見張りについていた。彼らは一般人を巻き添えにしないようかなり気を配っていた。
「順調な時はこんなもの。油断はしないがいい」
「それでファンタズマはどうする?」
 錦織達は戦士を誘い出す間に少し話を聞きだしていた。目立つファンタズマは殆どがまだ後方で、グレゴール達がバラバラになってテンプルムを目指しているらしい。だが錦織は刑事に化けても導天使の隙はつけないと判断し、仲間に連絡するに留めた。

「え‥‥柴田こまが?」
 一人の衰弱したグレゴールを倒した直後、キリカは設楽から、柴田班がラーメン屋に潜伏していたグレゴール達を救出した知らせを受けた。
「府中に行かせたら‥‥何とか止められないの?」
 設楽班は展開しすぎていたから、それは現実的ではないだろう。北原が止められなかった時に結果は決まっていた。
「‥‥分かった。ボク達も撤退するよ」
 キリカとナナは多摩川線を北に向けようとした。そこで彼女達は仲間達に遭遇する。

「頑張れ、テンプルムはもうすぐだ!」
 先発した同胞の帰りを待てずにグレゴール3名が衰弱の酷いグレゴールの導天使2名を連れて府中神殿を目指した。発見されないよう裏路地を進んだのは彼らの不運。
「そうは行きません」
 通行人を装った筧次郎の横を先頭の戦士が通り過ぎる。生け贄の短剣で首を打たれ、グレゴールの頭は半分ずれていた。
「主の援護を‥‥」
 逢魔・鳩(w3a379)はファンタズマを幻影の篭手で牽制する。筧はグレゴールが叫び声をあげる前に、二人目の戦士にラピッドクロスボウの狙いをつけていた。三発の矢に射抜かれてグレゴールは力なく倒れる。
「やはりこのトキメキは忘れられませんねぇ♪」
 筧はここまでにファンタズマ二人を人知れず闇に葬っていた。合わせて4人、悦に入る筧に残ったグレゴールが斬りかかる。
「逃げないのですか。それは良かった」
 躱しざまに戦士の背中に生贄の短剣を突き刺す。相手の膝が崩れ、筧は短剣を引き抜くと腕を回して今度は首筋に短剣を埋めようと振り下ろす。
「やめろぉ!!」
 叫んだのは電我。グレゴール狩りを止めようと柴田班は二手に分かれた。岸谷、斬煌、それに欄とNも一緒だ。
「見つかりましたかぁ。仕方ありません」
 筧は短剣を止めると、一歩退いた。
「どうして‥‥こんな事をするんだ。遺された者の苦しみが分からないのか‥‥」
「生憎と、とっくの昔に人は止めてまして、今更人間面する気はありません」
 自分が人でなしだとカミングアウトした筧は掌中の武器を消した。
「何のまねだ?」
 岸谷はいつでも飛び込めるよう真テラーウイングを出して身構えた。
「仕事は終りという意味ですよ♪」
 路地の塀を乗り越えて筧は逃げた。鳩が主人に続く。
「これは一体、なに?」
 キリカとナナが現れたのは筧が消えた直後。力なくうな垂れる仲間達と、震える導天使達、それに三人のグレゴールの死体が横たわる。
「‥私達は‥なんのための戦いをしているのでしょうか」
 戦士達の骸を眺めて、欄は呟く。三人のグレゴールを殺したのも、三人の導天使達を救ったのも魔皇。そうであるなら何故どちらかでなく、奪い救うのか。
「それが戦いの重さだ」
 斬煌の答えは、真実のようであり、また何も答えていないようでもあった。

●府中神殿
「同胞を助けて頂いた礼をすべきか、それとも此処で同胞の仇を取るべきか、悩むところだ」
 府中テンプルムの大天使サリエルは、ラーメン屋から導天使2名とグレゴール1名を連れてやってきた柴田達を憎々しげに見つめた。
「此度の戦いはわしら魔皇にも不満とするところあり。そして怪我人に刃を向ける理由も無い、わしは一人の人間としてこやつらを連れてきた。今は休戦し、こやつらの保護をお願いしたい」
 代表して口上を述べたのは不破。
「都合の良い時には戦い、また助けるか。如何にも魔皇らしい、言い様だ」
 自侭に振舞う魔皇の心根は平穏と調和を目指す神帝軍の忌み嫌うところだ。今も府中で魔皇がグレゴール狩りを行っている事を知った上での大天使の返答だ。
「戦いをやめたいと思っている魔皇も沢山、居ます」
 柴田は訴える。
「ちゃんと話せば戦いは止められると思います。だから攻撃を止めて、暫く様子を見てくれませんか? せめて、お互い落ち着いて考える時間が欲しいです」
「東京を破壊しておきながら攻撃するなだと?」
「こんな風になってしまったの、悪魔化した人達だけの所為じゃな‥」
 不破は柴田の抗弁を止めた。ここは戦争の是非を話す場では無いと思わなくては生きて帰ることは無理だ。
「同胞の命に免じてこの場は見逃そう。だが心得違いはせぬことだ。次にまみえた時に容赦はせぬ」
 そう云って大天使は柴田達を帰した。
 保護した導天使達の情報から残りのグレゴール達の位置を推察したサリエルは四方に派遣していたグレゴールとネフィリムに指示を出した。依頼は崩れ、魔皇達は散り散りになって逃げた。またその影で、魔皇の援護に動いていた逢魔の密数名が命を落とした。